24時間テレビ 「愛は地球を救う」

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
24時間テレビ 「愛は地球を救う」
24HOUR TELEVISION
"LOVE SAVES THE EARTH"
Nippon Budokan 2010.jpg
メイン会場の日本武道館
ジャンル チャリティー番組 / 長時間特別番組
放送時間 毎年8月第3 / 第4 / 第5
土曜日18:30 - 翌日曜日20:54
(26時間24分)
放送期間 1978年8月26日 -(37回)
放送国 日本の旗 日本
制作局 日本テレビ
製作総指揮 梅原幹長尾泰希廣瀬健一(制作)
福田博之(制作指揮)
演出 三觜雅人、清水星人、川邊昭宏、古立善之(S1サブ演出)
福田逸平太(武道館演出)
高橋利之(総合演出)
プロデューサー 小野隆史切田美伸、吉無田剛、岩下英恵
道坂忠久(総合プロデューサー)
加藤幸二郎田中宏史(共にチーフプロデューサー)
出演者 各回の放送概要を参照
音声 通常:ステレオ放送
ドラマスペシャル放送時:解説放送
字幕 通常:リアルタイム字幕放送(一部時間帯を除く)
ドラマスペシャル放送時:文字多重放送
データ放送 番組連動データ放送
オープニング 谷村新司加山雄三サライ
エンディング 谷村新司・加山雄三「サライ」
外部リンク 公式サイト

特記事項:
第37回(2014年)時点。
テンプレートを表示
24時間テレビ
チャリティー・リポート
ジャンル チャリティー番組 / ミニ番組
放送時間 毎週日曜日5:25 - 5:30→
毎週日曜日5:40 - 5:45→
毎週日曜日5:40 - 6:00内→
毎週日曜日5:10 - 5:30内→
毎週日曜日5:40 - 6:00(5分)
放送期間 1978年9月9日 -(1645回)
放送国 日本の旗 日本
制作局 日本テレビ
出演者 日本テレビアナウンサー(ナレーター)
字幕 文字多重放送(日本テレビの場合、2008年4月 - )
オープニング 谷村新司加山雄三サライ
(インストゥルメンタルアレンジ版、イントロ部分のみ)
外部リンク 公式サイト

特記事項:
放送回数は2012年10月7日時点。日本テレビでは2012年10月7日放送分より『日テレアップDate!』内で放送されている。
テンプレートを表示

24時間テレビ 「愛は地球を救う」』(にじゅうよじかんテレビ あいはちきゅうをすくう、: 24HOUR TELEVISION "LOVE SAVES THE EARTH")は、1978年から毎年8月下旬[1]土曜日から日曜日にかけて生放送されている日本チャリティー番組。通称『24時間テレビ』、『24HTV』。

日本テレビ系列NNNNNS)30社[2]沖縄テレビフジテレビ系列[3]を加えた民間放送局31社が共同で主催している。

正式番組タイトルは『24時間テレビ○○ 「愛は地球を救う」』となる(○○には放送回が入る)[4]

目次

概要[編集]

1978年、「愛は地球を救う」をキャッチフレーズとして、日本各地でチャリティーキャンペーン活動を行う番組として誕生した。年末などを除いて、通常の放送を休止し特別番組終夜放送することは当時としては画期的な企画であり、福祉をテーマにしたことから実現可能であった。

視聴者から寄せられた寄付を、国内外の福祉・環境保護・災害復興の支援に役立てる事を目的とした番組であり「本当の主役は(テレビの前の)あなたです」を謳い文句にしている。このキャッチフレーズは2000年代初頭までエンディングで表記されていた[5]

番組のイメージカラーは黄色。番組のシンボルマークは赤色・黄色・緑色グラデーションで色付けされた地球と軌道上を周回するをデザインしたものである。

毎年8月下旬の土曜日夜から日曜日夜まで生放送されている(8月最終週の週末に放送されることが多い)。第1回(1978年)の放送時間は土曜日20:00 - 日曜日20:00であり、文字通り「24時間」であったが、その後24時間半→25時間→25時間半と次第に長くなり、第25回(2002年)以降は原則として土曜日18:30 - 日曜日20:54と26時間半に渡って放送されている[6]

番組内容は毎年設定されるメインテーマに基づき、健常者のみならず、障害者被災者難病患者などにも着目し、チャリティーマラソンドラマスペシャルドキュメンタリー、チャレンジ企画などを中心に構成されている。番組内では出演者が応援ソングを歌う場面があり、使用される楽曲は毎年40曲前後にも上る。

メイン会場として日本武道館が使用されているほか、日産グローバル本社ギャラリーや系列各局のイベント会場では、チャリティーオークションなどのチャリティーイベントが開催される。

徳光和夫は番組開始以来全ての回に出演している。第3回(1980年)から第33回(2010年)には31年連続で総合司会を務めた。

募金活動[編集]

番組シンボルマークが描かれている専用募金箱
汐留日本テレビタワー
募金会場
名古屋市久屋大通公園 2005年)

全国31社の民間放送局によって、全国から寄せられた募金の管理および適切な配分・行使を行うことを目的として、「24時間テレビチャリティー委員会」を組織している。全国各地で行われるチャリティーキャンペーン活動は、加盟各社がそれぞれの放送エリアで独立して実施している。

募金は経費を一切差し引くこと無く、全額が3つの支援活動に分配されて活用される。

  • 「福祉」(高齢者や身体障害者への支援):福祉車両の贈呈、身体障害者補助犬普及支援、障害者情報保障支援など
  • 「環境」(地球環境保護支援):日本をきれいにするプロジェクト、全国各地での環境美化活動など
  • 「災害復興」(災害緊急支援):日本国内・海外で発生した災害に対する緊急支援など

委員会や主催局は、社会福祉法第73条及び同施行規則14条・15条[7]に基づき、厚生労働大臣の許可を得て募金活動・慈善活動・資金配分などを行っている。この様な法的な規制や公正な募金活動の実施のため、募金スタッフの責任者は法令に基づいた「寄附金募集従事証」を所持している。

募金はメイン会場の日本武道館汐留・日本テレビ本社汐博会場内)、日産グローバル本社ギャラリー、系列各局のイベント会場、協賛企業・協力店[8]で受け付けているほか、金融機関[9]での振込による募金やイオンカードクレジットカードを利用したインターネット募金も可能。金融機関の24時間テレビ専用口座での振込募金は年間を通じて行う事が可能となっている。募金の方法は番組内及び公式サイトなどでも案内される。

東日本大震災など大災害が発生した場合には、日本テレビ系列各局が「24時間テレビ緊急募金」を告知し、募金を呼びかけている。この際、預けられた募金は日本赤十字社を通じて全額が被災地への義援金として贈呈される。

現在は携帯電話のウェブコンテンツを利用した「24時間テレビケータイチャリティー」も実施しており、番組携帯サイトから待ち受け画像着信ボイス、着信ムービーなどのチャリティーコンテンツを購入することで募金に参加することができる。第35回(2012年)以降はスマートフォンからも参加可能になった。

日本テレビの夏のイベント「汐博」の収益の一部もチャリティー募金として寄付されている。

日本テレビ系列局が無い沖縄県からは、フジテレビ系列の沖縄テレビが特例で参加しているが、FNS協定に反するという理由で一時期募金を行っていなかった。現在は募金額の一部をFNSチャリティ(日本ユニセフ協会と協力)に納入するという条件付きで募金を行っている。

本番組の募金活動を悪用した詐欺行為が度々発生している。そのため、番組内や公式サイト、募金の告知スポットCMなどでは戸別訪問募金を一切行っていないことを強調し、詐欺行為に騙されない様に注意を呼び掛けている。

2013年12月1日、「24時間テレビチャリティー委員会」は内閣府公益認定等委員会から公益社団法人の認定を受けた。これにより、新たに発足した「公益社団法人24時間テレビチャリティー委員会」に対する寄附金には寄附金控除(企業の場合は損金参入)などの税制上の優遇措置が適用されるようになった[10]

チャリTシャツ[編集]

BYR color wheel.svg この項目ではを扱っています。
閲覧環境によっては、色が適切に表示されていない場合があります。

番組オリジナルのTシャツは「チャリTシャツ」と呼ばれ、基本的に黄色をベースにしている。これは、映画『幸福の黄色いハンカチ』から採ったものである。第27回(2004年)以前は山吹色に近かったが、第28回(2005年)以降はレモン色に近い配色に変わっている。

第28回(2005年)以降は黄色以外の色のTシャツも製作されている(下表参照)。番組開始からしばらくの間は、地球と月をイメージした番組シンボルマークをデザインしたものを使っていたが、1990年代後半からはパーソナリティーや著名デザイナーのデザインによるものが多くなっている。

チャリTシャツはタオル缶バッジクリアフォルダチャリティーバンドチャリティーバッグなどと共にチャリティーグッズとして市販されている。

第27回(2004年)まではイトーヨーカドーの一部店舗で販売されていたが、協賛企業がIYグループ(現在のセブン&アイ・ホールディングス)からイオンに替わった第28回(2005年)以降は、イオングループ各店舗(イオンダイエーマックスバリュイオンスーパーセンターミニストップビブレなど)で販売されている。

その他、日本テレビオフィシャルショップ「日テレ屋」(汐留店・東京駅店)や協力店[11]でも購入できる。通信販売も行なっており、「24時間テレビチャリティーグッズ通販サイト」で注文を受け付けている。

チャリTシャツは毎年約30万枚 - 100万枚程度売り上げており、販売収益金はチャリティー募金として寄付されている。歴代最多の販売枚数は第36回(2013年)の124万枚。

出演者とスタッフは原則としてチャリTシャツを着用し、番組内に挿入されるニュースコーナーを担当するキャスターやニュース専門チャンネル日テレNEWS24』に出演するキャスターも当日はチャリTシャツを着用する。スタッフの多くは番組開始以来使われてきたスタッフ専用の山吹色のTシャツを着用する。ただし、コーナー出演者やゲスト出演者は例外的にスーツタキシードジャージなど別の衣装で登場する場合がある。

番組プロモーションの一環として、本番組の1週間前から日本テレビ系列の報道番組情報番組の一部出演者はチャリTシャツを着て番組に出演する。

放送回(放送年) デザイナー
第1回(1978年) - 第21回(1998年 不明
第22回(1999年 新垣仁絵SPEED
第23回(2000年 不明
第24回(2001年 飯田圭織モーニング娘。
第25回(2002年 工藤静香
第26回(2003年 松岡昌宏TOKIO
第27回(2004年 大野智
第28回(2005年 黄・・■・□ 香取慎吾SMAP
第29回(2006年 黄・ スタジオジブリ
第30回(2007年 黄・ NIGO
第31回(2008年 黄・ 村上隆
第32回(2009年 黄・桃・ ピクサー
第33回(2010年 黄・桃・赤・青・ スタジオジブリ
第34回(2011年 森本千絵
第35回(2012年 黄・桃・ 奈良美智&大野智(嵐)
第36回(2013年 黄・桃・水・□白 草間彌生&大野智(嵐)
第37回(2014年 黄・桃・水・□白・■黒 天野喜孝

主催局[編集]

現在の主催局[編集]

現在の主催局は日本テレビ系列NNNNNS)30社[2]沖縄テレビフジテレビ系列[3]の計31社で、各局が共同主催で実施している。フジテレビ系列やテレビ朝日系列とのクロスネット局では、一部時間帯は当番組をネットせず、他系列の番組や自社制作番組を放送する。

多くの時間帯は日本テレビからの内容が放送されるが、系列各局独自の内容も放送され、これを「ローカル差し替え」と呼んでいる。差し替えた時間帯に日本テレビで放送された企画が見られないことに対する意見・苦情に配慮して、その企画を当日または後日の夕方・深夜などに遅れ放送する局もある。

対象地域 放送局 系列 備考
関東広域圏 日本テレビ(NTV) 日本テレビ系列 基幹制作局
北海道 札幌テレビ(STV) 北海道地区幹事局
青森県 青森放送(RAB)
岩手県 テレビ岩手(TVI)
宮城県 ミヤギテレビ(MMT) 東北地区幹事局
秋田県 秋田放送(ABS)
山形県 山形放送(YBC)
福島県 福島中央テレビ(FCT)
山梨県 山梨放送(YBS)
新潟県 テレビ新潟(TeNY) 第4回(1981年)から参加
長野県 テレビ信州(TSB)
静岡県 静岡第一テレビ(SDT)[12] 第2回(1979年)から参加
富山県 北日本放送(KNB)
石川県 テレビ金沢(KTK) 第13回(1990年)から参加
福井県 福井放送(FBC) 日本テレビ系列 / テレビ朝日系列 [備考 1]
中京広域圏 中京テレビ(CTV) 日本テレビ系列 中部地区幹事局
近畿広域圏 読売テレビ(ytv) 関西地区幹事局
鳥取県島根県 日本海テレビ(NKT)
広島県 広島テレビ(HTV) 中国・四国地区幹事局
山口県 山口放送(KRY)
徳島県 四国放送(JRT)
香川県・岡山県 西日本放送(RNC)
愛媛県 南海放送(RNB)
高知県 高知放送(RKC)
福岡県佐賀県 福岡放送(FBS)[13][14] 九州地区幹事局
長崎県 長崎国際テレビ(NIB) 第14回(1991年)から参加
熊本県 くまもと県民テレビ(KKT)[14] 第5回(1982年)から参加
大分県 テレビ大分(TOS) 日本テレビ系列 / フジテレビ系列 [備考 2]
宮崎県 テレビ宮崎(UMK)[2] フジテレビ系列 / 日本テレビ系列 / テレビ朝日系列 [備考 3]
鹿児島県 鹿児島読売テレビ(KYT) 日本テレビ系列 第17回(1994年)から参加
沖縄県 沖縄テレビ(OTV)[3] フジテレビ系列 [備考 4]
備考
  1. ^ クロスネット局ではあるが、フルネット局と同様にほぼ全ての時間帯を同時ネットで放送する。
  2. ^ クロスネット局のため、日曜日の夕方に一時中断する時間帯があるものの、大部分の時間帯を同時ネットで放送する。
  3. ^ クロスネット局のため、土曜日のプライムタイムの時間帯は同時ネットせず、日曜日の朝と夕方にも一時中断する。
  4. ^ 日本テレビ系列局ではないため、同時ネットするのは土曜日の深夜や日曜日の朝・昼の一部時間帯に限られている。オープニングやエンディングも同時ネットせず、多くの時間帯は放送しない。

過去の主催局[編集]

対象地域 放送局 現在の系列 備考
新潟県 新潟総合テレビ(NST) フジテレビ系列 第1回(1978年)から第3回(1980年)まで参加
静岡県 静岡けんみんテレビ(SKT)[15] テレビ朝日系列 第1回(1978年)のみ参加[16]
長崎県 長崎放送(NBC) TBS系列 第1回(1978年)から第6回(1983年)まで参加[17]
テレビ長崎(KTN) フジテレビ系列 第1回(1978年)から第13回(1990年)まで参加[18]
熊本県 テレビくまもと(TKU) 第2回(1979年)から第4回(1981年)まで参加
鹿児島県 鹿児島テレビ(KTS) 第1回(1978年)から第16回(1993年)まで参加

歴史[編集]

11PM』のスタッフだった都築忠彦が、アメリカラスベガスで毎年開催されているチャリティーテレソン『レイバー・デイ・テレソン』(別名:MDAテレソン、英語版はこちら)を見て、日本でもやれると考え企画し、当時制作局長の井原高忠を口説き落として実現した[19]。『11PM』の「巨泉の考えるシリーズ・世界の福祉特集」から誕生したものでもある。

  • 第1回(1978年) - 「日本テレビ開局25周年記念特別番組」としてスタートした。
    • 当時の民放番組のスポンサー体制は一社提供が主流であり、複数社が提供を行う形とした本番組の仕組みにスポンサーが難色を示していたことに加え、週末のゴールデンタイムの番組が固定されていた関係で、局内からも本番組の放送には反対の声が多かった。当初は1回限りの予定だったが、募金額が予想以上に多かったこともあり、当時日本テレビ社長の小林與三次の意向で翌年以降も開催することが決定した[20]
  • 第2回(1979年) - テレビくまもと熊本県での放送を開始した。静岡県での放送が静岡けんみんテレビ(現:静岡朝日テレビ)から静岡第一テレビに移行した。
  • 第3回(1980年) - メイン会場として初めて日本武道館が使用された。徳光和夫が初めて総合司会を務めた。
  • 第4回(1981年) - テレビ信州長野県での放送を開始した。新潟県での放送が新潟総合テレビからテレビ新潟に移行した。
  • 第5回(1982年) - 熊本県での放送がテレビくまもとからくまもと県民テレビに移行した。
  • 第6回(1983年) - 「日本テレビ開局30周年記念番組」として放送された。
  • 第7回(1984年) - 前年まで長崎放送テレビ長崎での相互放送であった長崎県での放送がテレビ長崎に一本化された。
  • 第11回(1988年) - 「日本テレビ開局35周年記念番組」として放送された。
  • 第13回(1990年) - テレビ金沢の開局により、石川県での放送を開始した。これにより、全都道府県でのネット体制が確立した。
  • 第14回(1991年) - 日本武道館の改修工事と1991年世界陸上競技選手権大会国立霞ヶ丘陸上競技場)の独占放送などの事情から、放送が7月末に繰り上がり、東京都庁舎がメイン会場として使用された。しかし、番組内容のマンネリ化が進んだことで募金額や視聴率が低迷した責任を取る形で、番組開始以来番組に携わってきた都築忠彦が同年を最後に番組から降板した。また、番組開始以来多数の音楽を提供し、音楽監督の立場で参加してきた大野雄二も同年限りで番組から降板している。なお、同年の平均視聴率は6.6パーセントビデオリサーチ調べ、関東地区)で、過去最低を記録している。またこの年、長崎県での放送がテレビ長崎から長崎国際テレビに移行した。
  • 第15回(1992年) - マンネリ化が進行していた番組の「テコ入れ」を図るために以下のリニューアルを行い、番組のエンターテインメント化を図った。
    • 前年までは各コーナー毎に放送時間をはっきりと区切っていたが、番組全体を1つの番組として作られるようになった(タイムテーブル上のパート編成はこの頃から)。
    • 番組のメインテーマがチャリティー色の強いものからシンプルな物に改められた。
    • チャリティーマラソンがスタートした。
    • テーマソングとして「サライ」が誕生した。前年まで大野が作曲し番組内で使用されてきた従来の番組テーマソングがほぼ姿を消した。
    • 番組終了時刻を20:00に繰り下げた。
  • 第16回(1993年) - 「日本テレビ開局40周年記念番組」として放送された。
  • 第17回(1994年) - 鹿児島県での放送が鹿児島テレビから鹿児島読売テレビに移行した。これにより、現在のネット局体制が確立した。
  • 第21回(1998年) - 「日本テレビ開局45周年記念番組」として放送された。
  • 第24回(2001年) - 番組開始時刻を18:30に繰り上げた。総合司会の徳光和夫が同年6月に急性心筋梗塞の手術を受けたため、体調を考慮して土曜日深夜から日曜日昼までの時間帯はみのもんたが総合司会を代行した。
  • 第25回(2002年) - 番組終了時刻を20:54に繰り下げた。以降の放送時間は一部の回を除き、土曜日18:30 - 日曜日20:54の約26時間半となっている。
  • 第26回(2003年) - 「日本テレビ開局50周年記念番組」として放送された。
  • 第27回(2004年) - アテネオリンピックを中継する影響で土曜日19:30 - 日曜日21:24に放送される予定だったが、野球中継が延長したことやチャリティーマラソンの到着が遅れたことから、最終的には土曜日19:45 - 日曜日21:34に放送された。
  • 第28回(2005年) - IYグループ(現在のセブン&アイ・ホールディングス)が協賛から撤退し、替わってイオンが参入した。平均視聴率が過去最高の19.0パーセント(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を記録した。
  • 第29回(2006年) - ハイビジョン制作を開始した。『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』の人気企画だった「高校生ダンス甲子園」が復活した。
  • 第30回(2007年) - 新テーマソング「勇気のカタチ 〜私を変えてくれたあなたへ〜」が誕生した(翌年以降は使用されていない)。グランドフィナーレ中の20:52には、歴代最高となる瞬間最高視聴率43.9パーセントを記録した(ビデオリサーチ調べ、関東地区)[21]。この回はATP賞の特別賞を受賞し、10月23日に行われた授賞式には萩本欽一と徳光和夫が参加した。
  • 第31回(2008年) - 「日本テレビ開局55周年記念番組」として放送された。
  • 第32回(2009年) - 日本武道館に代わり、東京ビッグサイトがメイン会場として使用された。日曜日が第45回衆議院議員総選挙の投開票日と重なったため、本番組終了直後の21:00からは選挙特別番組ZERO×選挙2009』を放送した[22]。投票締め切り1分前の19:59から6分間は本番組を中断して『ZERO×選挙2009』のスタジオから出口調査の速報を報じ、再開後も番組終了までL字型画面テロップで当落情報を随時伝えた。選挙特別番組との兼ね合いからメイン会場を変更したりローカル枠を縮小する地方局も多かった。
  • 第34回(2011年) - 前年まで長らく総合司会を務めてきた徳光和夫がチャリティーマラソンランナーに起用された。これにより総合司会には、同年3月末で日本テレビを退社した羽鳥慎一が起用された。この年は東日本大震災に伴ってチャリティー募金の受付開始時期を繰り上げたこともあり、第1回(1978年)以降上回ることがなかった年間募金総額が歴代最高を記録した[23][24]
  • 第35回(2012年) - 番組終了時刻を21:09に繰り下げた。
  • 第36回(2013年) - 「日本テレビ開局60周年記念番組」として放送された。番組終了時刻を20:54に繰り上げた。
  • 第37回(2014年) - グランドフィナーレにあたる最終パート(日曜日19:00 - 20:54)の平均視聴率が歴代最高となる31.5パーセントを記録した(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。

各回の放送概要[編集]

視聴率ビデオリサーチ社調べ、関東地区のもの。

放送日 メインテーマ 総合司会 メイン
パーソナリティー
チャリティー
パーソナリティー
番組
パーソナリティー
サポーター
ほか
チャリティー
マラソンランナー
メイン会場 募金総額 平均
視聴率
1 1978年
8月2627日
寝たきり老人にお風呂を!
身障者にリフト付きバスと車椅子を!
萩本欽一
大竹しのぶ
大橋巨泉
竹下景子
- ピンク・レディー - - - 郵便貯金
ホール
1,190,118,399円 15.6 %
2 1979年
8月25・26日
萩本欽一
黒柳徹子
國弘正雄
徳光和夫
ピンク・レディー
日本青年館 727,657,482円 11.5 %
3 1980年
8月3031日
カンボジア・ベトナム・ラオスの
難民のために!
萩本欽一
徳光和夫
石野真子 日本武道館 982,293,333円 10.8 %
4 1981年
8月2223日
アジア・アフリカの障害者のために!
国際障害者年記念
徳光和夫
見城美枝子
萩本欽一
宮崎美子
885,191,232円 11.3 %
5 1982年
8月21・22日
ストップ!ニッポン姥捨て時代! 徳光和夫 萩本欽一
星野知子
岩崎宏美
605,736,459円 8.2 %
6 1983年
8月20・21日
君の地球のボランティア!
アフリカ飢餓緊急援助!
世界コミュニケーション記念
萩本欽一
斉藤慶子
斎藤ゆう子
1,036,578,114円 10.5 %
7 1984年
8月1819日
この地球の未来は子どもたちのもの! 徳光和夫
沢田亜矢子
萩本欽一 805,085,881円 8.0 %
8 1985年
8月24・25日
アフリカ飢餓救援 徳光和夫
アグネス・チャン
小泉今日子 1,013,429,697円 10.7 %
9 1986年
8月23・24日
寝たきり老人にお風呂を!
身障者にリフト付きバスと車椅子を!
そしてアジア・アフリカの
飢えた子どもたちのために!
沢口靖子 749,355,128円 8.9 %
10 1987年
8月22・23日
SAVE THE CHILDREN 菊池桃子 885,465,365円 7.7 %
11 1988年
8月27・28日
君は地球のボランティア
お年寄りに在宅福祉を、
障害者に社会参加を!
徳光和夫
アグネス・チャン
久和ひとみ
小牧ユカ
後藤久美子 787,437,001円 7.8 %
12 1989年
8月26・27日
アジア・アフリカの
子どもたちに海外援助を!
徳光和夫
アグネス・チャン
和田アキ子
渡辺徹
南野陽子 662,211,879円 11.6 %
13 1990年
8月25・26日
地球を救え!10年計画 徳光和夫
アグネス・チャン
山田邦子
渡辺徹
宮沢りえ
南野陽子
806,551,220円 8.5 %
14 1991年
7月2728日
雲仙・普賢岳災害救援!
寝たきりのお年寄りにお風呂カーを!
障害者に社会参加を!
アジア・アフリカに海外援助を!
渡辺徹
森口博子
徳光和夫
福留功男
宮沢りえ
西田ひかる
畠田理恵
東京都庁舎 883,192,270円 6.6 %
15 1992年
8月29・30日
愛の歌声は地球を救う 徳光和夫
楠田枝里子
観月ありさ ダウンタウン 間寛平 日本武道館 957,702,743円 17.2 %
16 1993年
8月21・22日
出会い 赤井英和
裕木奈江
松村邦洋
松本明子
853,389,423円 15.9 %
17 1994年
8月20・21日
チャレンジ! 牧瀬里穂 中山秀征
酒井法子
ダチョウ倶楽部 788,460,358円 14.7 %
18 1995年
8月26・27日
もう一度、チャレンジ 徳光和夫
永井美奈子
鈴木杏樹 SMAP
久本雅美
間寛平 1,056,798,341円 16.9 %
19 1996年
8月24・25日
ONE LOVE
〜つなげよう!ひとつの愛〜
瀬戸朝香 間寛平
江角マキコ
赤井英和 909,012,004円 14.1 %
20 1997年
8月23・24日
勇気を出して 飯島直子 KinKi Kids
加藤紀子
山口達也 960,303,779円 15.5 %
21 1998年
8月22・23日
いま、始めよう 徳光和夫
笛吹雅子
広末涼子 TOKIO 森田剛 908,938,502円 12.0 %
22 1999年
8月21・22日
伝えたい…夢のちから! SPEED - KONISHIKI
爆笑問題
にしきのあきら 877,487,670円 13.9 %
23 2000年
8月19・20日
がんばる…君のために! RIKACO
藤井隆
V6 ナインティナイン
モーニング娘。
トミーズ雅 768,442,030円 14.7 %
24 2001年
8月18・19日
家族って何? 徳光和夫
松本志のぶ
モーニング娘。 今田耕司 えなりかずき 研ナオコ 846,047,659円 15.7 %
25 2002年
8月17・18日
家族で笑ってますか…? 雨上がり決死隊 石塚英彦
えなりかずき
ケイン・コスギ
西村知美 765,705,996円 15.4 %
26 2003年
8月23・24日
あなたを一番愛する人… TOKIO - - 柴田理恵
石塚英彦
舞の海
オセロ
山田花子 776,638,125円 15.6 %
27 2004年
8月21・22日
あなたの夢はみんなの夢 東山紀之
オセロ
曙太郎
石塚英彦
杉田かおる 719,045,124円 11.7 %
28 2005年
8月27・28日
生きる 徳光和夫
西尾由佳理
草彅剛
香取慎吾
キャイ〜ン
ガレッジセール
アンガールズ
磯野貴理子
小池栄子
菊川怜
青木さやか
丸山和也 1,000,346,999円 19.0 %
29 2006年
8月26・27日
(キズナ)
〜今、私たちにできること
KAT-TUN 篠原涼子 久本雅美
くりぃむしちゅー
柴田理恵
次長課長
綾小路きみまろ
小池栄子
アンガールズ 940,682,462円 17.7 %
30 2007年
8月18・19日
人生が変わる瞬間(とき) タッキー&翼 黒木瞳
新庄剛志
タカアンドトシ - 萩本欽一 1,015,442,574円 18.6 %
31 2008年
8月30・31日
誓い
〜一番大切な約束〜
仲間由紀恵 久本雅美
チュートリアル
エド・はるみ 1,083,666,922円 18.6 %
32 2009年
8月29・30日
START!
〜一歩を踏みだそう〜
NEWS 菅野美穂 ネプチューン
ベッキー
イモトアヤコ 東京
ビッグサイト
951,081,316円 16.8 %
33 2010年
8月28・29日
ありがとう
〜今、あの人に伝えたい〜
TOKIO 米倉涼子 森三中
AKB48
はるな愛 日本武道館 974,028,568円 15.8 %
34 2011年
8月20・21日
(ちから)
〜わたしは、たいせつなひとり。〜
羽鳥慎一
西尾由佳理
関ジャニ∞ 堀北真希 宮川大輔
イモトアヤコ
黒木瞳
真矢みき
徳光和夫 1,986,414,252円 17.1 %
35 2012年
8月25・26日
未来 みらい 羽鳥慎一
鈴江奈々
新垣結衣 タカアンドトシ - 佐々木健介&北斗晶
ファミリー
1,168,471,704円 17.2 %
36 2013年
8月24・25日
ニッポンって…?
〜この国のかたち〜
羽鳥慎一
桝太一
上戸彩 - 徳光和夫
間寛平
大島美幸 1,545,226,444円 18.1 %
37 2014年
8月30・31日
小さなキセキ、大きなキセキ 羽鳥慎一
水卜麻美
関ジャニ∞ 徳光和夫
間寛平
太川陽介
片岡愛之助
木村佳乃
宮迫博之
後藤輝基
ふなっしー
城島茂 936,955,640円 17.3 %

主なコーナー[編集]

本番直前スペシャル[編集]

日本テレビと一部の系列局で放送当日の夕方に60分 - 90分の枠で放送され、本編の内容予告や総合司会・パーソナリティーへのインタビュー、チャリティーマラソンランナーの現状報告、チャレンジ企画先との中継などが行われる。

第28回(2005年)までは『TVおじゃマンボウ』、第29回(2006年) - 第31回(2008年)は『ラジかるッ』の特別版として中山秀征をMCに日本テレビのスタジオから生放送された(通常時の『TVおじゃマンボウ』、『ラジかるッ』非ネット地域でも放送)。第32回(2009年)以降はベースとする番組は無く、メイン会場から独自の内容で放送されている。第33回(2010年)からはビビる大木がMCを担当している。

系列局の中には、独自にローカル枠の事前番組を放送する局もある。

オープニング[編集]

各回のメインテーマに基づくメッセージ性のあるVTRやメインパーソナリティーによる生ライブから番組はスタートし、オープニングジングルと同時に番組タイトルとメインテーマが表示される。

その後、メインパーソナリティーが挨拶し、チャリティーパーソナリティー・番組パーソナリティー・総合司会・サポーターが紹介される。続いて、スタート直前のチャリティーマラソンなど各企画先との中継やこの後の番組内容の予告、募金方法の説明、応援FAX・応援ツイートの募集、基幹局やチャリティーイベント会場とのリレー中継などが行われる。

ローカル編成枠[編集]

ステージイベント会場
大阪市ツイン21 2005年)

ミニローカル枠[編集]

2分間 - 3分間のミニローカル枠が番組内で15回程度設けられている。総合司会やパーソナリティーが「続いてはこちらです」または「こちらをどうぞ」とコメントした後、各局では独自の内容(各局のメイン募金会場からの中継が多い)に切り替わる。

日本テレビでは、この後の放送内容の予告や「日本列島ダーツの旅的全国1億人インタビュー」などのミニコーナー、募金方法・募金受付店舗・チャリティーグッズ紹介のためのコント仕立てのVTRなどを放送する。ローカル各局では、各地域の募金・イベントに関する呼びかけや長時間ローカル枠の予告、募金受付会場・チャリティーイベントの様子などを紹介する。

それが終わると東京のメイン会場に画面が切り替わり、総合司会やパーソナリティーにより「皆様のご協力、お待ちしております」という挨拶が行われる。

長時間ローカル枠[編集]

日曜日には、各局が独自の企画を放送する長時間のローカル枠が設けられている。朝は8:45頃 - 9:45頃(放送回によって多少前後する)、昼は『NNNストレイトニュース』後の11:27 - 12:27、夕方は『NNNニュース』(『真相報道 バンキシャ!』の代替)後の16:59 - 17:23に編成される。

長時間ローカル枠を独自に放送するかどうかは各局の任意となっている。朝のローカル枠を差し替えて放送する局は少なく、日本テレビからの内容をそのまま放送する局が多い。昼・夕方のローカル枠はほとんどの局が独自に放送する。

これ以外の時間帯でも独自に差し替えて放送する局[25]もあれば、反対にこれらの時間帯も差し替えを実施せず、日本テレビからの内容をそのまま放送する局もある。

長時間ローカル枠の時間帯に日本テレビで放送された内容を、放送当日や後日の夕方・深夜などに遅れ放送する局もある(放送時間の関係で再編集・再構成することがある)。

チャリティーマラソン[編集]

第15回(1992年)の番組リニューアル以降、毎年実施されている。

土曜日の19時頃にスタートし、番組終了までにゴールとなる日本武道館[26]を目指す。走行距離はチャリティーマラソンランナーの年齢や体力などを考慮して決定されるが、基本的には100km程度走る事が多い。距離的にも気候的にも極めて酷な条件下で行われるため、伴走者や休憩所の設営などサポート体制には万全を期している。マラソントレーナーとして坂本雄次が基礎の体力づくりから本番までランナーをサポートする[27]。また、マラソンサポート企業としてニューバランス ジャパンがランニングシューズを提供している。

初めて実施された第15回(1992年)は、事前に出発地やルートを公開したため人が殺到し、交通の妨げになるとして途中棄権となった。翌年以降は出発地やルートは原則非公開となっている。

第28回(2005年)からは、日本テレビの傘下であるラジオ日本でマラソンの中継リポートを随時放送している。第29回(2006年)以降は、同局のインターネットテレビ日テレオンデマンド」で独自映像を1時間に1回程度配信している。

放送時間内にゴールできなかった場合は、番組の放送時間を延長したり、放送終了後に特別番組を編成するなどして対応してきた。第28回(2005年)以降は一部の回を除き、直後に『行列のできる法律相談所』の生放送スペシャルが編成されており、ゴールが間に合わなかった場合はその番組内で引き続きマラソンの様子を生中継して対応している。

放送の翌日(月曜日)には、チャリティーマラソンランナーの決定からトレーニングの様子、当日の舞台裏まで密着したドキュメンタリー番組が放送される。以前は『スーパーテレビ情報最前線』(2004年まで)→『アンテナ22』(2006年)→『夏ドキュ!』(2007年)内で扱っていたが、2005年及び2008年以降は特別番組『24時間マラソンの裏側』として月曜日の21時台または22時台に放送されている[28]。また、本番当日のダイジェストは月曜日の報道番組・情報番組の中でも放送される。

チャリティーマラソンランナーの決定に関しては、萩本欽一のように前年中に決まっていることもあれば、エド・はるみイモトアヤコのように本番2か月前に決まることもあるため、本番へ向けてのトレーニング期間も大きく異なる。

チャリティーマラソンランナーの発表に関しては、その年のメインスタッフが担当している番組またはメインパーソナリティーやチャリティーマラソンランナーがレギュラー出演している番組内で行われることが多い。生放送で発表される場合もある。

出来事[編集]

  • 第18回(1995年)は、同年1月17日に発生した阪神・淡路大震災兵庫県宝塚市の自宅を失った間寛平が被災地の復興を願うため、神戸市内から日本武道館までの約600キロメートルを1週間かけて走破した。寛平曰く「被災者のみんなに勇気を与えたかった」とのこと。昼間は体力を奪われるため、放送日前日までは基本的に夜間のみ走っていた。
  • 第19回(1996年)は、「つなげよう!愛のタスキリレー 日本列島縦断3600キロ」と題した一般参加者600人による襷リレーマラソンを行った。北ルートと南ルートが合流した後、アンカーとして赤井英和が100キロメートルを走った。片方のルートの到着が遅れてしまい、赤井のスタートが予定より大きく遅れた影響で、ゴールも遅れてしまい、放送時間を急遽30分延長した[29]
  • 第26回(2003年)は、山田花子が日本武道館まで残り4キロメートルのところで放送が終了した。そのため、22時から10分間の特別番組を編成し、ゴールの模様を生中継した。その際、日本武道館の使用時間期限を過ぎていたため、玄関前でのゴールとなった。『おしゃれカンケイ』以降の番組は10分ずつ繰り下げた。
  • 第28回(2005年)は、丸山和也弁護士として『行列のできる法律相談所』にレギュラー出演していた関係で、当日の『行列のできる法律相談所』は初めて日本武道館の道場から生放送を行った。レギュラー出演者に加え、ゴール直後の丸山も生出演した。この回の『行列のできる法律相談所』は関東地区で30.8パーセントの視聴率を記録した(2005年に放送された全バラエティ番組の中でトップの記録)。
  • 第30回(2007年)は、萩本欽一のゴールが遅れたため、直後の『行列のできる法律相談所』は内容変更の上、ゴールの様子を日本武道館から引き続き生放送した。この回の『行列のできる法律相談所』は関東地区で35.3パーセントの視聴率を記録した(1990年以降に放送された全バラエティ番組の中でトップの記録)。
  • 第32回(2009年)は、イモトアヤコ東京ビッグサイトまで残り1キロメートルのところで放送が終了した。第26回(2003年)・第30回(2007年)は、後続番組の内容を変更して生中継を行ったが、この年は同日8月30日に執行された第45回衆議院議員総選挙の投開票日だったため、選挙特別番組ZERO×選挙2009』が21時から放送され、ゴールの模様は生中継されなかった。ゴールの瞬間が生放送されなかったケースは番組史上初であり、選挙特番中の22時前に録画で約3分間放送された。この措置について賛否両論があったが[30]、日本テレビは「『24時間テレビ』と『選挙特番』という大型の2つの生放送が連続する、過去に例のない番組編成の中、なるべく早くイモトさんのゴールを伝えることを念頭に置きつつ、まずは、日本中が注目していた選挙を迅速かつ正確に伝えることを優先致しました。(中略)今回の経験をもとに、今後も引き続き視聴者の皆さまのニーズにお応えする放送を行うように心掛けます」とのコメントを発表している[31]
  • 第36回(2013年)は、大島美幸森三中)が日本武道館まで残り2キロメートルのところで放送が終了した。そのため、直後の『行列のできる法律相談所』は内容変更の上、ゴールの様子を日本武道館から引き続き生放送した[32]。この回の『行列のできる法律相談所』は関東地区で27.5パーセントの視聴率を記録した。

歴代ランナーの年齢と走行距離[編集]

芸名(ユニット・グループ名)および当時の年齢に関しては、ランナーとしての出演当時に使用・公表していたものを記載している。

放送回(放送年) チャリティーマラソンランナー 当時の年齢 走行距離
第15回(1992年 間寛平[注 1] 43歳 153 km[注 2]
第16回(1993年 44歳 200 km[注 3]
第17回(1994年 ダチョウ倶楽部 肥後克広:31歳
寺門ジモン:31歳
上島竜兵:33歳
100 km
第18回(1995年 間寛平 46歳 600 km[注 4]
第19回(1996年 赤井英和[注 5] 37歳 100 km
第20回(1997年 山口達也TOKIO 25歳
第21回(1998年 森田剛V6 19歳
第22回(1999年 にしきのあきら 50歳 110 km
第23回(2000年 トミーズ雅トミーズ 40歳 150 km
第24回(2001年 研ナオコ[注 6] 48歳[注 7] 85 km[注 8]
第25回(2002年 西村知美 31歳 100 km
第26回(2003年 山田花子 28歳 110 km
第27回(2004年 杉田かおる 39歳 100 km
第28回(2005年 丸山和也 59歳
第29回(2006年 アンガールズ 田中卓志:30歳
山根良顕:30歳
第30回(2007年 萩本欽一 66歳 70 km
第31回(2008年 エド・はるみ 非公表[注 9] 113 km
第32回(2009年 イモトアヤコ 23歳[注 10] 126.585 km[注 11]
第33回(2010年 はるな愛[注 12] 38歳 85 km
第34回(2011年 徳光和夫 70歳[注 13] 63.2 km[注 14]
第35回(2012年 佐々木健介&北斗晶ファミリー[注 15] 佐々木健介:46歳
北斗晶:45歳
佐々木健之介:13歳
佐々木誠之介:9歳[注 16]
合計120 km[注 17]
第36回(2013年 大島美幸森三中 33歳 88 km
第37回(2014年 城島茂(TOKIO) 43歳 101 km
注釈
  1. ^ 第29回(2006年)・第30回(2007年)・第36回(2013年)・第37回(2014年)には陸上十種競技マスターズ日本記録に挑戦した。
  2. ^ 200キロメートルの予定だったが、前述のトラブルにより途中リタイア。
  3. ^ 放送内としては最長距離。
  4. ^ 兵庫県神戸市から日本武道館まで1週間かけて走った。
  5. ^ 「つなげよう!愛のタスキリレー 日本列島縦断3600キロ」と題した600人による襷リレーマラソン。北ルートと南ルートが合流した後、アンカーとして赤井が100キロメートル走った。
  6. ^ 初の女性ランナー。
  7. ^ 女性ランナーとしては最年長。
  8. ^ 女性単独ランナーとしては最短距離。
  9. ^ 出演当時、公式プロフィールでは年齢を非公表としていたため、本項目では「非公表」と表記した。後に生年を公表しており、放送当時44歳ということが分かっている。
  10. ^ 女性ランナーとしては最年少。
  11. ^ 女性ランナーとしては最長距離。この距離はフルマラソン(42.195キロメートル)3本分である。ゴールは東京ビッグサイト
  12. ^ 初のニューハーフランナー。
  13. ^ 番組史上最年長。
  14. ^ 単独ランナーとしては最短距離。
  15. ^ 家族4人によるリレーマラソン。
  16. ^ 番組史上最年少。
  17. ^ 4人(500メートル)→健介(61.6キロメートル)→健之介(6キロメートル)→誠之介(4キロメートル)→北斗(47.9キロメートル)の順に走った。

モザイクアート制作[編集]

第29回(2006年)から実施している。

視聴者や出演者から提供された写真を集めて張り合わせ、チャリティーマラソンランナーや番組テーマに基づく巨大なモザイクアート作品をメイン会場内で制作する。制作段階が番組内で随時報告され、グランドフィナーレで完成作品が披露される。

日本列島ダーツの旅的全国1億人インタビュー[編集]

第26回(2003年)から番組内で随時放送されている。

1億人の大質問!?笑ってコラえて!』の人気コーナー「日本列島ダーツの旅」の特別版。全国各地に総合司会・パーソナリティー・サポーターが向かい、出会った人々にその年のメインテーマに基づいたインタビューを行う。

ドキュメンタリー[編集]

チャイムの音を合図に番組内で随時放送されている。

有名人やハンディキャップを持つ人、闘病者、被災者、故人などにスポットライトを当て、その年のメインテーマに基づく感動の実話を紹介する。

チャレンジ企画[編集]

番組内で随時中継で放送されている。

障害者被災者がタレントと共に水泳遠泳トライアスロン登山など様々な企画に挑戦する。かつては富士山登頂を目指す企画が度々行われていた。

天候や体調の影響で、リタイアとなるケースもある。

ドラマスペシャル[編集]

第3回(1980年)より開始され[33]、土曜日の21時頃から23時頃まで約2時間放送されている。

多くの作品が闘病記などノンフィクションを基にしている[34]2000年代以降はメインパーソナリティーを務めるグループのメンバーを主演に据えている場合が多い。

番組内でこのコーナーのみ解説放送(モノラル多重音声)が行われている(アイパートナーは石丸博也が担当)。また、字幕放送も同時に行われている。

ドラマ放送中に挿入されるCMの前後に数回、チャリティーマラソンランナーの現在の様子が報告される。

日曜日の午前中には、主役が演じた実際の人物やその家族・仲間をメイン会場に迎え、原作・原案となった実話を「24時間テレビドラマスペシャル 真実の物語」と題してドキュメンタリーの形で放送する。

ドラマスペシャルを同時ネットしないテレビ宮崎沖縄テレビでは、後日に遅れネットで放送される(提供クレジットは非表示)。

2009年10月28日には、第29回(2006年)の『ユウキ』から第32回(2009年)の『にぃにのことを忘れないで』まで4年分のドラマがDVD化されて発売された。第33回(2010年)以降の作品も順次DVD化され、売り上げの一部はチャリティー募金として寄付されている。

放送回(放送年) タイトル 主演 脚本 原作 視聴率
第3回(1980年 機の音 森繁久彌北林谷栄 倉本聰 - -
第4回(1981年 いのち・ひとつ 大原麗子 - 新藤兼人
第5回(1982年 スリーマンにアタック! 若尾文子 武田和子
第6回(1983年 黒い雨・姪の結婚 森繁久彌 高橋玄洋 井伏鱒二
第7回(1984年 さよならは涙を拭いてから 古手川祐子 寺内小春 -
第8回(1985年 いつかある日 大坂志郎 橋田壽賀子
第9回(1986年 縁談・結婚・そのさきX 沢口靖子 小山内美江子
第10回(1987年 車椅子の花嫁[35] 国生さゆり 重森孝子 鈴木ひとみ
長らえしとき 松坂慶子 佐々木守 早瀬圭一
第11回(1988年 二十歳・もっと生きたい 沢口靖子 井沢満水島総 福嶋あき江
第12回(1989年 叫んでも……聞こえない! 斉藤由貴 佐々木守 小野卓司
第13回(1990年 いつか見た青い空! 盲導犬ハッピー号の大冒険 南野陽子和久井映見 今野勉 -
第14回(1991年 夜が明けるまでに 恵子の選択 岸本加世子 菊池有起
第20回(1997年 勇気ということ 堂本光一KinKi Kids 松原敏春 26.3 %
第21回(1998年 心の扉 滝沢秀明タッキー&翼 石塚喜之 18.6 %
第24回(2001年 最後の夏休み 安倍なつみモーニング娘。 水橋文美江 24.7 %
第25回(2002年 父さんの夏祭り 石川梨華(モーニング娘。)・渡辺謙 森脇佐和子 19.9 %
第26回(2003年 ふたり 私たちが選んだ道 長瀬智也TOKIO 鎌形睦美 23.3 %
第27回(2004年 父の海、僕の空 滝沢秀明(タッキー&翼) 寺田敏雄 - 14.0 %
第28回(2005年 小さな運転士 最後の夢 阿部寛 26.6 %
第29回(2006年 ユウキ 亀梨和也KAT-TUN 水橋文美江・山岡真介 岸川悦子 22.7 %
第30回(2007年 君がくれた夏 〜がんばれば、幸せになれるよ〜 滝沢秀明(タッキー&翼) 吉田智子 山崎敏子 23.3 %
第31回(2008年 みゅうの足パパにあげる 松本潤 山岡真介 山口隼人 25.6 %
第32回(2009年 にぃにのことを忘れないで 錦戸亮NEWS 遊川和彦 川上ますみ 20.5 %
第33回(2010年 みぽりんのえくぼ 広末涼子・長瀬智也(TOKIO) 吉本昌弘 岡田典子 19.9 %
第34回(2011年 生きてるだけでなんくるないさ 村上信五関ジャニ∞ 篠崎絵里子 玉元栄作 22.2 %
第35回(2012年 車イスで僕は空を飛ぶ 二宮和也(嵐) 寺田敏雄 長谷川泰三 23.8 %
第36回(2013年 今日の日はさようなら 大野智(嵐) 橋部敦子 幸和也 23.4 %
第37回(2014年 はなちゃんのみそ汁 大倉忠義(関ジャニ∞) 西田征史 安武信吾・千恵・はな 22.3 %

深夜企画[編集]

日本武道館が使用できない深夜の時間帯(土曜日の23時頃から翌5時半まで)には、汐留S1・S2スタジオ[36]からバラエティー色の強い企画が放送される。

進行役はこれまでダウンタウンナインティナイン三宅裕司中山秀征久本雅美オセロロンドンブーツ1号2号爆笑問題中川翔子くりぃむしちゅースザンヌらが歴任し、第32回(2009年)以降はくりぃむしちゅー、ネプチューンチュートリアルが担当している。

歴史

当初は音楽ライブを中心とした構成が多く、第2回(1979年)の放送では東京浅草にあった国際劇場で夜通しの音楽ライブが行われた。

第5回(1982年)の深夜企画「正気の沙汰でナイト」では、赤塚不二夫タモリによる「SM鞭打ち合戦」が行われた。

第15回(1992年)以降はチャリティー色を薄めたバラエティー企画が中心となっている。過激な内容が放送されることも多く、第15回(1992年)には『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』の企画「チキチキ大喜利大合戦」のスピンオフ「ミッドナイト大喜利歌合戦」で、ダウンタウンがヘルメットを被った吉田ヒロの頭にチェーンソーの刃を当てたことがある。第17回(1994年)の放送では、『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』でも行われていた「人間水車クイズ」が行われた。

第19回(1996年)は「ナイナイのニュース決定戦」と「スポーツ超人選手権」の2つのコーナーを並行して放送した。

第27回(2004年)までは2部制で放送されることが多く、主に前半は出演者がテーマに沿った歌を歌う企画(『THE夜もヒッパレ』の生放送版)、後半はバラエティー企画が放送されていた。

第28回(2005年)は「懐かしの名番組 夜の同窓会」と題し、『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』、『マジカル頭脳パワー!!』、『電波少年』、『スーパーJOCKEY』、『お笑いスター誕生!!』など、かつて同局で放送されていた人気番組の出演者が揃い、当時放送されたVTRやそれにまつわるトーク、人気コーナーの再現などで振り返った。この年行われた『スーパーJOCKEY』の「熱湯コマーシャル」の復活版は第32回(2009年)まで継続して行われた。

第29回(2006年)から第31回(2008年)には、スタジオ出演者を含む芸能人の恥ずかし秘蔵映像をランキング形式で流す企画を放送した。

第32回(2009年)以降は『しゃべくり007』をベースにした「朝まで生しゃべくり007」が放送されている。第35回(2012年) - 第37回(2014年)は『嵐にしやがれ』と『しゃべくり007』の2部制で放送された。

ニュース枠[編集]

番組内で計4回のニュースが挿入される。ニュースコーナーを担当するキャスターもチャリTシャツを着用する。

スポーツ世界記録工場[編集]

徳光&所の世界記録工場』の特別版。土曜日の深夜から随時放送される。

アスリートや芸能人、小学生チームが様々なスポーツの世界記録やギネス世界記録に挑戦する。

これまで「ソフトボール世界一ピッチャーからヒットが打てるか?」、「ボウリング1分間で何回ストライクを出せるか?」、「トランポリンダンク世界記録に挑戦!」、「8の字跳びギネス世界記録に挑戦!」などの企画が放送された。

日本全国お天気リレー[編集]

かつて同局で放送されていた『ズームイン!!朝!』の「お天気リレー」の特別版。日曜日の早朝に行われる。

天才!志村どうぶつ園』など同局の人気番組やマジック漫談ものまねといった演芸とコラボレーションするなど、通常の「お天気リレー」とは一風変わったスタイルで放送される。系列各局やチャレンジ企画先と中継で結び、日曜日の天気予報のほか、メインテーマに沿った人物や風景を紹介していく。

アニメスペシャル[編集]

初回から第13回(1990年[37]にかけて、日曜日の10時頃から正午頃に約2時間のスペシャルアニメが放送された。第13回(1990年)を最後に放送されていない。

放送回(放送年) タイトル 原作 制作
第1回(1978年 100万年地球の旅 バンダーブック 手塚治虫 手塚プロダクション
第2回(1979年 海底超特急マリンエクスプレス
第3回(1980年 フウムーン
第4回(1981年 ブレーメン4 地獄の中の天使たち
第5回(1982年 アンドロメダ・ストーリーズ 光瀬龍竹宮惠子 東映動画
第6回(1983年 タイムスリップ10000年プライム・ローズ 手塚治虫 手塚プロダクション
第7回(1984年 大自然の魔獣バギ
第8回(1985年 悪魔島のプリンス三つ目がとおる 東映動画
第9回(1986年 銀河探査2100年 ボーダープラネット 手塚プロダクション
第12回(1989年 手塚治虫物語 ぼくは孫悟空
第13回(1990年 それいけ!アンパンマン みなみの海をすくえ! やなせたかし 東京ムービー

募金額中間報告[編集]

その時点での募金額を総合司会が報告する。

1回目は日曜日昼の長時間ローカル枠終了後、2回目は笑点チャリティー大喜利終了後[38]、3回目はグランドフィナーレの「サライ」間奏時。

第27回(2004年)までは募金額表示用に特設された電光掲示板電球方式)、第28回(2005年)からは日本武道館に設置されている電光掲示板(LED方式)で表示されている。

東京都庁舎で開催された第14回(1991年)は、紙に手書きで募金額を記入して発表した。東京ビッグサイトで開催された第32回(2009年)は、ステージ中央の大画面モニター(1回目の中間発表はパーソナリティー席のモニター)に映し出された。

高校生ダンス甲子園[編集]

第29回(2006年)から日曜日の14時台に放送されている。

天才・たけしの元気が出るテレビ!!』の人気コーナーの復活版。高校生が1分半程度のオリジナルダンスパフォーマンスで競う。

出場資格はメンバー全員が高校生であること、2人以上のチームであること。全国各地での1次審査(遠方の場合はビデオ審査での参加も可能)と予選大会を勝ち抜いた6チーム[39]が本番当日にメイン会場でパフォーマンスを行い、視聴者による投票(番組連動データ放送またはパソコンスマートフォンで参加可能)[40]によって優勝チームが決まる。『元気が出るテレビ!!』の演出担当だったテリー伊藤がパーソナリティーと共にコーナーを進行する。

全チームのパフォーマンスが終了した後には、エキシビジョンとしてパーソナリティーとコラボパフォーマンスを行う。

スペシャルコンサート・スペシャルダンス[編集]

パーソナリティーと障害者が協力して演奏やダンスを披露する。

第21回(1998年)と第33回(2010年)に行われた「旅立ちの時コンサート」では久石譲が音楽監督・指揮を務めた。第29回(2006年)・第33回(2010年)・第36回(2013年)のスペシャルダンスにはダウン症児者のダンスチーム・ラブジャンクスが出演した。

海外リポート[編集]

日曜日夕方の長時間ローカル枠で放送される[41]

チャリティーパーソナリティーが海外に赴き、戦争難民ストリートチルドレンスラム街飢餓難病伝染病エイズ幼児売春などの問題をリポートする。

笑点チャリティー大喜利[編集]

第11回(1988年)から放送されている。

笑点』の特別版。日曜日の17時20分頃から18時過ぎまで麹町Gスタジオから生放送される。

パーソナリティーが演芸に出演したり、座布団運びを務めることがある。

グランドフィナーレ[編集]

番組終盤には谷村新司加山雄三がメイン会場を訪れ[42]、日曜日の20時40分頃から「サライ」の大合唱が始まる。

合唱は東京のメイン会場だけではなく、チャリティーイベント会場や各局のメイン募金会場、各企画の中継先でも行われる。合唱中は番組のハイライトと各会場の合唱の様子が次々と切り替わって映る(ただし、チャリティーマラソンランナーが未到着または到着直後の場合はそちらの様子が優先され、合唱の様子はワイプによる小画面での放送となる)。ステージ上の日本テレビ小鳩文化事業団手話コーラス部による手話コーラスの様子が映るのも恒例となっている。

楽曲の間奏中には20時現在の募金額を総合司会が報告する。その後、スタッフロールが縦に流れ、メイン会場の外観やメインステージの遠景をバックに、各回のメインテーマに則したメッセージがクレジットされ、番組終了となる。番組終了直後には第1回(1978年)からの協賛企業である日産自動車のCMが入る(一部地域では差し替えあり)。

番組使用曲[編集]

「サライ」を大合唱する出演者・観客
(大阪市・ツイン21 2005年)

番組内ではチャリティーソングとして、番組オリジナルの楽曲やパーソナリティーを務める歌手の楽曲、メイン会場を訪れるゲストアーティストの楽曲が多数歌われる。番組内で使用される楽曲は毎年40曲前後にも上る。

第1回(1978年)は番組全ての音楽を大野雄二が担当し、以降第14回(1991年)まで大野の曲が多く使用された。第15回(1992年)の大幅な番組リニューアルと同時に大野が作曲した曲はほとんどが使用されなくなっている(同時に大野自身も番組から離脱)。

使用されている主な楽曲[編集]

原曲のアーティスト名も併記する。一部アーティストはメイン会場を訪れ、番組内で歌唱・演奏を行う。

かつて使用されていた主な楽曲[編集]

付記事項[編集]

協賛企業[編集]

現在の協賛企業[編集]

過去の協賛企業[編集]

メイン会場での観覧[編集]

以前は日本武道館への来場や観覧は自由であったが、警備上の問題に加え、出演するタレントを目当てとした観客が長時間に渡って会場に留まり続ける「出待ち」などの問題が指摘されたため、第20回(1997年)からは事前申し込み制に改められた。

観覧希望者は公式サイトに記載された内容に沿ってはがきで申し込みを行う(1人1通まで)。入れ替え制のため、1日目(18時半 - 21時頃)と2日目(7時頃 - 21時)のいずれかを選択して応募する。応募者多数の場合は抽選によって当選者が決まる。

当選者には事前に観覧招待券が送付される。入場時には本人確認のため、身分証明書コピー不可)の提示を求められるほか、会場内での撮影や録音は一切認められない。再入場については、土曜日は会場の使用時間の関係で不可となっているが、日曜日については来場者にリストバンドを配布し、それを装着することで退場・再入場が可能となっている。

募金に関しては自由来場となっているが、募金後はすぐに退出する事となっており、客席への入場は一切認められていない。また、土曜日21時頃から日曜日7時頃までは入場できない。第32回(2009年)のメイン会場だった東京ビッグサイトは募金受付が会場の外に設けられていたため、会場内に入ることはできなかった。

チャリティーイベント[編集]

日産グローバル本社ギャラリー横浜みなとみらい21[47]では、番組と連動したチャリティーイベントが放送日に合わせて2日間開催され、お笑いタレントアイドルミュージシャンアスリートなどが多数参加する。メイン会場の日本武道館からパーソナリティーが駆けつけることもある。

パーソナリティー、イベント出演者、有名人から提供された品物のチャリティーオークションやお笑いライブ、音楽ライブなど各種イベントが行われる。オークションの売り上げは寄付され、福祉車両の購入費などに充てられる。協賛企業である日産自動車エコカーや福祉車両(ライフケアビークル)の展示も行われ、日曜日の午前中には福祉車両の贈呈式も行われる。

日本テレビの新人アナウンサーが先輩アナウンサーと共に司会として参加する。また、日テレジェニックが出演するのも恒例になっている。

系列各局もローカル枠と連動したチャリティーイベントを独自に開催する。

番組ボランティア[編集]

番組放送当日に募金の受付や募金会場の準備・撤収、車椅子利用者の介助などを担当するボランティアを毎年公式サイトなどで募集している。

応募資格は満16 - 29歳の学生又は社会人で男女は問わない[48]。ただし、放送回や系列局によっては応募資格が若干異なる場合があり、一般募集自体を行わない(局が指定した福祉関係学科のある高校・大学での内部募集のみなど)系列局もある。

ヤングチャリティーボランティア[編集]

番組放送日を含む前1週間(月曜日 - 放送当日)に、チャリTシャツを着用して街頭で募金呼び掛けを行う。

日当はなく、食費補助として1日数百円が支給される。着用したTシャツはもらう事ができ、7日間参加すると2枚支給される。系列各局が7月下旬 - 8月上旬にCM、公式サイトを通じて募集する。

草の根チャリティーネットワーク[編集]

チャリティーの趣旨や活動に賛同し、募金活動に協力している団体。

商店街自治体、ボランティアサークル学校などの団体が系列各局に登録しており、年間を通して募金活動を実施している。

福祉車両[編集]

番組開始時は、日産自動車が提供するワンボックスカー日産・キャラバン)を改装した特装車(巡回式入浴車やリフト付きバスなど)が中心となっていた。現在ではそれらに加えて、日産・キューブ日産・クリッパー三菱の日産へのOEM車)などをベースとした小型車両を導入するなど、導入希望者側の事情を考慮した幅広い車種が寄付されている。

車体の塗装は、白色ベースで屋根と車体の下半分を青色に塗り、白色部分の周りに細く赤いラインを引いた物が長らく使用されてきた。第26回(2003年)以降は白色ベースで、車体両サイドに羽ばたく青い鳥「ハッピーバード」を描いたものに改められている。車体の前後左右に番組のシンボルマークと番組名、使用者の団体名が記されている。

スズキ・エブリイトヨタ・ハイエースなど、協賛企業である日産自動車以外のメーカーの車種も福祉車両として一部使用されている(系列局によっては日産以外のメーカーの地元ディーラーが協賛しているため)。

他番組との関連[編集]

第35回(2012年)以降、『嵐にしやがれ』の元日SPでその年のメインパーソナリティーを発表している。また、第35回(2012年)・第36回(2013年)には同番組でチャリティーマラソンランナーの発表が行われた。

おしゃれイズム』には、本番組放送翌週の回にチャリティーマラソンランナーがゲスト出演することがある。

第25回(2002年)より、『行列のできる法律相談所』は本番組の直後に放送される番組となっている[49]。そのため、チャリティーマラソンランナーが放送時間内にゴールできなかった場合の中継枠を兼ねて、日本武道館道場から生放送を行うことがある[50]。その際には、本番組終了直後の総合司会・パーソナリティー・チャリティーマラソンランナーがゲスト出演する。また、第28回(2005年)・第30回(2007年)・第34回(2011年)・第37回(2014年)には同番組の生放送スペシャルでチャリティーマラソンランナーの発表が行われた。

毎年、9月第1日曜日に系列局の青森放送で放送される青森県民駅伝競走大会中継では、チャリティーマラソンで使用した移動中継車が日本テレビより貸し出され、1号車として使用される。中継の直前番組では、中継車を紹介する際に必ずチャリティーマラソンについて言及する。

他局とのコラボレーション[編集]

読売新聞社の呼び掛けにより、『FNS27時間テレビ』にフジテレビ本社前で共同でチャリティー募金活動を行ったことがある。

第12回(1989年)には、在京民放各局の看板アナウンサーやキャスターが出演し、世界の福祉や貧困などに関わるクイズ形式のリポート企画が行われた。このためエンディングには、協力として「東京放送(現在のTBSテレビ)」、「フジテレビ」、「全国朝日放送(現在のテレビ朝日)」、「テレビ東京」と民放キー局4社がクレジットされた。

第28回(2005年)には、メインパーソナリティーの香取慎吾SMAP)が司会を務めるテレビ朝日系列の生番組『SmaSTATION-4』と同時中継を行った。テレビ朝日本社の受付にも募金箱が設置され、チャリティーを行った。

24時間テレビチャリティー・リポート[編集]

日本テレビ系列局で放送されている5分間のミニ番組。日本テレビでは1978年9月9日から放送されている。

集められた募金の使用経過の報告を行う。7月から9月には本番組の内容予告や開催当日のミニリポートを行う場合がある。

放送時間は各放送局により異なり、日本テレビ系列局が無い沖縄県など未放送の地域もある。日本テレビでは2012年9月30日までは毎週日曜日早朝に単独番組として放送されていたが、2012年10月7日放送分より『日テレアップDate!』の内包番組として放送されている。

『24時間テレビチャリティー・リポート』ネット局
放送対象地域 放送局 系列 放送曜日・放送時間
関東広域圏 日本テレビ(NTV) 日本テレビ系列 日曜日 5:40 - 6:00
北海道 札幌テレビ(STV) 土曜日 4:24 - 4:29
秋田県 秋田放送(ABS) 火曜日 10:55 - 11:00
山形県 山形放送(YBC) 土曜日 5:40 - 5:45
福島県 福島中央テレビ(FCT) 土曜日 11:55 - 12:00
新潟県 テレビ新潟(TeNY) 日曜日 4:55 - 5:00
長野県 テレビ信州(TSB) 日曜日 25:50 - 25:55
静岡県 静岡第一テレビ(SDT) 日曜日 4:40 - 4:45
富山県 北日本放送(KNB) 月曜日 11:25 - 11:30
石川県 テレビ金沢(KTK) 日曜日 6:40 - 6:45
福井県 福井放送(FBC) 日本テレビ系列 / テレビ朝日系列 日曜日 11:25 - 11:30
中京広域圏 中京テレビ(CTV) 日本テレビ系列 日曜日 5:55 - 6:00[51]
近畿広域圏 読売テレビ(ytv) 日曜日 27:35 - 27:39
鳥取県島根県 日本海テレビ(NKT) 日曜日 5:40 - 5:45
広島県 広島テレビ(HTV) 土曜日 27:05 - 27:10
山口県 山口放送(KRY) 火曜日 11:25 - 11:30
徳島県 四国放送(JRT) 日曜日 6:10 - 6:15
香川県・岡山県 西日本放送(RNC) 日曜日 25:50 - 25:55
愛媛県 南海放送(RNB) 日曜日 4:55 - 5:00
高知県 高知放送(RKC) 日曜日 5:25 - 5:30
福岡県 福岡放送(FBS) 土曜日 4:55 - 5:00
長崎県 長崎国際テレビ(NIB) 日曜日 5:20 - 5:25
熊本県 くまもと県民テレビ(KKT) 日曜日 5:40 - 5:45
大分県 テレビ大分(TOS) 日本テレビ系列 / フジテレビ系列
鹿児島県 鹿児島読売テレビ(KYT) 日本テレビ系列 土曜日 5:55 - 5:59

スタッフ[編集]

第37回(2014年)

脚注[編集]

  1. ^ 第14回(1991年)のみ7月下旬に実施された。
  2. ^ a b c テレビ宮崎はNNSには非加盟。
  3. ^ a b c 沖縄県には日本テレビ系列局が無いため。
  4. ^ 第14回(1991年)までは『24時間テレビ「愛は地球を救う」○○』というように放送回数は末尾に表記されていた。第15回(1992年)・第16回(1993年)はサブタイトルが「愛の歌声は地球を救う」となっていた。
  5. ^ 第15回(1992年)・第16回(1993年)は、当時日本テレビのキャッチフレーズだった「みんなのなかに、私はいます。」が使われた。
  6. ^ 第27回(2004年)・第35回(2012年)は除く。
  7. ^ 社会福祉法施行規制」 法令データ提供システム。
  8. ^ 日産ギャラリー日産販売会社ショールームブルーステージレッドステージレッド&ブルーステージ日産自動車販売日産フォークリフトなど)、日産カレストイオングループ各店舗(イオンダイエーマックスバリュミニストップイオンモールイオンスーパーセンターイオンタウンザ・ビッグビブレイオンシネママルエツグルメシティオリジン東秀など)、住友生命各支社ご来店窓口、東洋水産各支店・営業所・工場、サンスターチャリティーイベント会場、ヤクルト本社・各支店・各工場、読売新聞販売店(YC)、表参道ヒルズ、新宿高島屋、大宮高島屋、渋谷マークシティ、日本橋三越本店、横浜モアーズ川崎モアーズ町田東急ツインズ、藤沢・小田急百貨店東京駅一番街、浅草ハートのしっぽ、ニューバランス ジャパンオフィシャルショップ・アウトレットショップ、リンガーハットなど。
  9. ^ ゆうちょ銀行三井住友銀行三菱東京UFJ銀行みずほ銀行イオン銀行じぶん銀行など。
  10. ^ 「24時間テレビチャリティー委員会」に公益認定
  11. ^ 「TrapeFrape」(羽田空港新国際線ターミナル内)、「Tree Village」(東京スカイツリータウン東京ソラマチ内)、よしもと各劇場(よしもとテレビ通り新宿店神保町花月ヨシモト∞ホールなんばグランド花月、よしもとたのむヮ買うてぇ屋 道頓堀店)、よみうりランド(グッズショップ「よみうり本舗」)、ランキンランキン新宿店・自由が丘店・あざみ野店・北千住店・ekimoなんば店)など。
  12. ^ 1999年CM間引き問題で、日本民間放送連盟NNSの会員資格を除名・停止させられた際には、自主的な募金活動を自粛した。
  13. ^ 放送対象地域は福岡県のみ。募金活動や各種支援活動、福祉車両の贈呈などについては福岡県・佐賀県の両県を対象地域としている。
  14. ^ a b 1997年のCM間引き問題で、福岡放送が日本民間放送連盟・NNSの会員資格を除名・停止させられた際には、自主的な募金活動を自粛し、くまもと県民テレビが九州地区幹事局を代行した。
  15. ^ 現在の静岡朝日テレビ(SATV)。
  16. ^ アニメスペシャル『100万年地球の旅 バンダーブック』については、静岡放送(SBS)が10:30 - 11:25に短縮版を放送した。
  17. ^ オープニングから日曜日の早朝まで放送。第5回(1982年)は不参加。
  18. ^ 第1回(1978年) - 第6回(1983年)は日曜日の早朝からエンディングまで放送。第7回(1984年) - 第13回(1990年)は24時間放送。
  19. ^ 井原高忠 『元祖テレビ屋大奮戦!』(文藝春秋、1983年)5章3節。
  20. ^ 週刊昭和タイムズ』第15号。
  21. ^ 日刊スポーツ、2007年8月21日付。
  22. ^ NHKと民放5系列の中で、20時台から選挙特番を編成しなかった局は日本テレビ系列のみであった。
  23. ^ 24時間テレビ34「愛は地球を救う」募金報告 総額は歴代最高の19億8,641万4,252円
  24. ^ 「東日本大震災緊急募金」に寄せられた義援金を含む。
  25. ^ 読売テレビ中京テレビ福岡放送など。
  26. ^ 第32回(2009年)のみ、東京ビッグサイト
  27. ^ 第33回(2010年)・第37回(2014年)は手術明けだったため、常時の併走は見合わせた。
  28. ^ 第36回(2013年)・第37回(2014年)は『24時間テレビ マラソン&深夜しゃべくりの裏側SP』として放送された。
  29. ^ 直後に放送された『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』は前半コーナーの一部をカットするなど放送時間を短縮し、21時以降は通常編成となった。
  30. ^ “24時間マラソン挑戦のイモト、中継されず不満広がる”. J-CASTニュース (ジェイ・キャスト). (2009年8月31日). http://www.j-cast.com/2009/08/31048514.html 2011年7月9日閲覧。 
  31. ^ 自己批評・検証番組『あなたと日テレ2009年9月6日放送分より
  32. ^ チャリティーパーソナリティーの上戸彩は裏番組の日曜劇場半沢直樹』(TBS系)に出演していたため、ゴールの瞬間はステージ上では立ち会えなかった。
  33. ^ 第15回(1992年) - 第19回(1996年)・第22回(1999年)・第23回(2000年)は除く。
  34. ^ 第1作目の『機の音』(脚本:倉本聰)は「118歳で機織りを続ける日本最高齢者」を主人公とするフィクションである。
  35. ^ 『24時間テレビ』放送前日の『金曜ロードショー』で特別企画として放送された。
  36. ^ 第28回(2005年)までは麹町Gスタジオ
  37. ^ 第10回(1987年)・第11回(1988年)は除く。
  38. ^ 第31回(2008年)・第32回(2009年)・第34回(2011年)・第36回(2013年)・第37回(2014年)は2回目の中間報告は行われなかった。
  39. ^ 第37回(2014年)は予選大会を勝ち抜いた7チームが当日の午前中にチャリティーイベント会場(日産グローバル本社ギャラリー)で準決勝を行い、その内5チームが決勝に進出した。
  40. ^ 第36回(2013年)までは電話投票
  41. ^ 第36回(2013年)・第37回(2014年)は放送されなかった。
  42. ^ 第32回(2009年)は放送日がアリスのコンサート開催日と重なったため、谷村は欠席し、加山のみが出演した。
  43. ^ 第28回(2005年)のみSMAPの「世界に一つだけの花」の大合唱でエンディングを迎えた。
  44. ^ 第37回(2014年)はオープニングでも歌われた。
  45. ^ 第36回(2013年)には歌われなかった。
  46. ^ それ以前にも、かつて番組内で日曜日の朝に放送されていたアニメスペシャルを「スミセイ・アニメスペシャル」の冠タイトルで提供していたことがある。
  47. ^ 第31回(2008年)までは旧・日産本社ギャラリー(銀座)。第34回(2011年)は日産スタジアム東ゲート前広場で開催された。
  48. ^ 第37回(2014年)、日本テレビの場合。
  49. ^ 第32回(2009年)は『ZERO×選挙2009』を放送したため、同番組は休止となった。
  50. ^ 第28回(2005年)・第30回(2007年)・第34回(2011年) - 第37回(2014年)。
  51. ^ 毎月最終日曜日は『あなたと中京テレビ』放送のため、5:40 - 5:45の放送となる。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]