田中理恵 (体操選手)

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田中 理恵 Gymnastics (artistic) pictogram.svg
Rie Tanaka 2010.jpg
選手情報
フルネーム 同じ
愛称 理恵
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1987年6月11日(27歳)
生誕地 和歌山県岩出市
身長 157cm
体重 45kg
代表 2008年 - 2012年
所属 日本体育大学
学歴 和歌山県立和歌山北高等学校→日本体育大学
コーチ 瀬尾京子
 
獲得メダル
ジャパンカップ
2010 女子 団体総合
アジア大会
2010 女子 団体総合
2010 女子 個人総合
2010 跳馬
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田中 理恵(たなか りえ、1987年6月11日 - )は、日本の元体操選手。和歌山県岩出市出身。日本体育大学助教。2020年東京オリンピック・パラリンピック組織委員会理事[1][2]

概要[編集]

身長157cm、体重45kg。兄の田中和仁、弟の田中佑典も同じく体操選手。コーチは元体操日本代表の瀬尾京子。高校時代の同級生に女子プロボクシング世界チャンピオンの真道ゴーがいる[3]。 女子体操選手としては大柄な、身長157cmの長身と長い手足を生かした美しい演技が持ち味[4]。2010年のロッテルダム世界選手権では、日本人女子として初のエレガンス賞を受賞した。 和歌山県立和歌山北高等学校日本体育大学卒業。日本体育大学大学院修了。日本体育大学研究員を経て、2013年より日本体育大学児童スポーツ教育学部助教。

経歴[編集]

2008年まで[編集]

体操を始めたのは6歳のときから[5]。父親は体操クラブも開いており[4][6]、母親も体操選手という体操一家で育った[7]。中学生の時は全国大会で活躍したが、高校時代は伸び悩み、弟によると情熱を失いかけて練習不熱心だったという[6]。この時、左足首遊離軟骨も経験した[5]。高校卒業後は日体大に進学し左足の手術を行った[4]

大学3年となった2008年は北京オリンピック代表を目指したが出場を逃した[4]

2009年[編集]

  • 2009年全日本選手権鶴見虹子に次ぐ2位に入賞し、一躍注目を集める。同年6月に行われたNHK杯では、初日終了時点で2位に付けたものの、二日目は一転して段違い平行棒平均台での落下が響いて[8] 順位を6位に下げ、世界選手権代表をあと一歩のところで逃した。兄の和仁と兄妹そろっての代表入りは実現しなかった[9]。その直後にベオグラードで行われたユニバーシアードに出場した[10]。「楽しんで、3日間ノーミスで出来た。でも、その舞台が世界選手権じゃなかったのがすごく悔しかった」ことから現役続行を決意[11]。周囲の勧めも有り、大学院進学を決めた[12]。当初は大学卒業後、故郷・和歌山で高校の体育教員の道も考えていたという[13]

2010年[編集]

  • 2010年の全日本選手権では4位入賞を果たし、NHK杯の出場権を獲得。世界選手権代表入りへ大きく前進した[14]。同年6月のNHK杯では初日3位[9]。最終日は総合4位(選考順位3位)となり、男子総合4位・種目別順位1位となった兄と共に、日本の体操界史上初となる兄妹同時の世界選手権代表入りを果たした。国際的な一線級の女子体操選手としてはかなりの高齢となる23歳での初の世界選手権代表入りであり、協会関係者も「ここ30年ではいないと思う」と言われるほど異例である[7]。同年7月に行われたジャパンカップでは安定した演技で団体総合の銀メダル獲得に貢献。
  • 同年10月、ロッテルダムにて行われた世界選手権では女子団体で予選を8位で通過、決勝での5位入賞に貢献[4]、個人総合も決勝進出を果たし、17位と健闘。最も美しい演技で観客を魅了した選手に贈られる『ロンジン・エレガンス賞』を受賞した[15][16]。「ドーピングに呼ばれたのかと思ったら、受賞だと知って、びっくりした。めっちゃ嬉しい」と喜びを表した。なお、日本人選手がエレガンス賞を受賞したのは、2007年冨田洋之以来2人目。
  • 同年11月の広州アジア大会にも出場。エースの鶴見が不振に陥る中、団体で銀メダル獲得に貢献。更に個人総合でも銅メダル跳馬でも銀メダルを獲得した。なお日本人選手が跳馬でメダルを獲ったのは、1990年北京大会での瀬尾京子以来、20年振り。瀬尾は現在、自身のコーチも務めている。また小沢茂々子(戸田市スポーツセンター)も同種目で銅メダルを獲得している。同年12月に行われた全日本種目別では跳馬と平均台で優勝し、初のタイトルを獲得した。

2011年[編集]

  • 4月の全日本選手権では2位[17]、6月に行われたNHK杯では2位になり、この大会では兄の和仁、弟の佑典と共に10月に東京で行われる世界選手権代表を決めた[6][18]。世界選手権では団体でのロンドンオリンピック出場権獲得に貢献。個人総合では20位。

2012年[編集]

ロンドン五輪
  • 3月、日本体育大学大学院を修了。4月、同大学の研究員として現役を続ける。同じく4月の全日本選手権の個人総合で初優勝を飾り、鶴見虹子の大会7連覇を阻止した。
  • 5月4日、NHK杯体操女子個人総合において初優勝し、ロンドンオリンピック出場を決めた。弟の佑典、兄の和仁も五輪出場を決め、3兄弟揃っての五輪出場は日本体操史上初の快挙となった。オリンピックでは団体の2大会連続決勝進出(8位入賞)に貢献したほか、個人総合で16位の成績を収めた。
  • 11月21日、2013年4月より日本体育大学児童スポーツ教育学部助教に内定[19]

2013年[編集]

  • 4月、本「田中理恵Smile」発売。
  • 5月17日、交流戦、巨人―西武(東京ドーム)、白のポロシャツに黒の短パン姿で、ワンバウンド投球となったが「体操選手っぽくしようかな」と、左足を高く上げるダイナミックなフォームを始球式で披露。
  • 2020年東京オリンピック招致団の一員として、6月15日にスイスローザンヌで開催されたオリンピック委員会連合総会と、9月8日にアルゼンチンブエノスアイレスで行われたIOC総会でスピーチを行った[20][21]
  • 12月16日、日本体育大学世田谷キャンパスで記者会見を開き現役生活からの引退を発表した[22]。引退後は日体大教員として体操選手の指導にあたる。

2014年[編集]

メディア出演[編集]

テレビ番組[編集]

CM[編集]

関連作品[編集]

DVD[編集]

  • 情熱大陸X田中理恵」(2011年9月21日発売 ポニーキャニオン)2011年4月24日に放送された「情熱大陸」番組本編に加えて、未放送シーン約20分を特典映像として収録。

[編集]

  • 「田中理恵 Smile」(ベースボールマガジン社、2013年4月、ISBN 978-4583105482
  • 「美ライン ストレッチ&エクササイズ」(共著、世界文化社、2014年1月16日、ISBN 978-4418144051

脚注[編集]

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  1. ^ “元体操代表の田中理恵さん、五輪組織委の理事に”. 日本経済新聞. (2014年3月8日). http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG0800Y_Y4A300C1CR0000/ 
  2. ^ 評議員会を開催 組織委員会新理事を選任 一般財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会
  3. ^ “チャンプへの道をつきすすめ 性同一性障害と向き合う真道ゴー選手 来月WBC世界女子フライ級タイトルマッチ”. MSN産経west. (2013年4月3日). http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/130403/wlf13040309150004-n3.htm 
  4. ^ a b c d e 松原孝臣 (2010年11月10日). “女子体操界に遅咲きの美しき選手が! 気品ある演技で魅せた田中理恵。”. Sports Graphic Number. 2011年6月13日閲覧。
  5. ^ a b 美女カタログ「お兄ちゃんがいれば大丈夫!」妹系体操選手、田中理恵”. 産経新聞 (2010年6月19日). 2011年6月13日閲覧。
  6. ^ a b c 理恵&和仁&佑典…田中3兄弟世界切符”. デイリースポーツ (2011年6月13日). 2011年6月13日閲覧。
  7. ^ a b 田中3兄妹、世界選手権ゲット!”. サンケイスポーツ (2011年6月13日). 2011年6月13日閲覧。
  8. ^ “ビジュアル系”田中理恵も登場…体操NHK杯”. ZAKZAK (2009年6月8日). 2011年6月13日閲覧。
  9. ^ a b 兄妹代表へ田中理恵3位、和仁6位/体操”. 日刊スポーツ (2010年6月13日). 2011年6月13日閲覧。
  10. ^ 女子は椋本、田中ら5人 体操ユニバーシアード代表”. 共同通信 (2009年4月25日). 2011年6月13日閲覧。
  11. ^ 田中理恵、世界選手権代表 今年こそ 体操NHK杯 asahi.com 2010年6月13日付け記事
  12. ^ 史上初!和仁&理恵、兄妹世界代表/体操 sanspo.com 2010年6月14日付け記事
  13. ^ 松原孝臣 (2010年11月10日). “女子体操界に遅咲きの美しき選手が! 気品ある演技で魅せた田中理恵。”. Sports Graphic Number. 2011年6月13日閲覧。
  14. ^ このときの2位が笹田夏実(OSTC大泉スワロー体育クラブ。母親は元体操選手の加納(現性:笹田)弥生)、3位が谷口佳乃(戸田市スポーツセンター)で、二人とも15歳未満のため、世界選手権代表に選出されないことから。
  15. ^ 『田中、観客を魅了しエレガンス賞!』 sanspo.com 2010年10月23日付け記事
  16. ^ 『田中理恵選手、ロンジン・エレガンス賞受賞』 日本体操協会公式ブログ 2010年10月24付。
  17. ^ 内村が大差をつけて4連覇、鶴見は史上初の6連覇を達成 全日本体操競技選手権”. スポーツナビ (2011年4月24日). 2011年6月13日閲覧。
  18. ^ 田中3兄妹、世界選手権代表確実!…NHK杯”. 報知新聞 (2011年6月13日). 2011年6月13日閲覧。
  19. ^ 田中理恵、現役続行!先生でリオ目指す/体操(1/2ページ)”. スポニチ (2012年11月22日). 2012年11月22日閲覧。
  20. ^ 理恵、英語で五輪招致スピーチ「100点満点」”. 産経スポーツ (2013年6月11日). 2013年11月11日閲覧。
  21. ^ 東京招致へ「あとは祈るだけ」体操ロンドン五輪代表、田中理恵選手(26)”. msn産経ニュース (2013年9月6日). 2013年11月11日閲覧。
  22. ^ http://www.asahi.com/articles/TKY201312160267.html
  23. ^ 「チーム和歌山応援団」結成
  24. ^ 紀陽銀行は新テレビCMに「田中理恵」を起用!音楽は「コブクロ」で決定! (PDF)”. 株式会社紀陽銀行 (2014年5月30日). 2014年7月18日閲覧。

外部リンク[編集]