河本準一

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河本準一
本名 河本準一
生年月日 1975年4月7日(40歳)
身長 162cm
方言 標準語関西弁
最終学歴 岡山県立東岡山工業高等学校
出身 吉本総合芸能学院 (NSC) 大阪校13期
コンビ名 次長課長
相方 井上聡
芸風 コントボケ
立ち位置
事務所 よしもとクリエイティブ・エージェンシー
活動時期 1995年 -
同期 ブラックマヨネーズなど
現在の代表番組 ヨソで言わんとい亭〜ココだけの話が聞ける(秘)料亭〜
過去の代表番組 イラっとくる韓国語講座
配偶者 重元直美(元アイドル)
受賞歴
2009年 S-1バトル月間チャンピオン(7月)

河本 準一(こうもと じゅんいち、1975年4月7日 - )は、日本お笑い芸人であり、井上聡とお笑いコンビ次長課長を組んでいる。愛称準ちゃんヌルヌル王子もっちじゅんを愛知県名古屋市緑区生まれ[1]岡山県津山市岡山市北区育ち。よしもとクリエイティブ・エージェンシー吉本興業子会社)所属。 吉本総合芸能学院 (NSC) 大阪校13期。身長162cm、体重58kg。血液型AB型

プロフィール[編集]

愛知県名古屋市緑区有松町で生まれ育つ[2]。9歳のとき両親が離婚し[† 1]、母親の両親や姉妹が住む[3]岡山県津山市に転居した[4][† 2]。母親はスナックで働きながら河本を育てた[5]。やがて母親は再婚したが、河本らは再婚相手からのDVに苦しめられ、再婚相手から逃れるため、小学校6年の3学期に母親の姉とともに岡山市(現・岡山市北区)内へ転居した[6]

岡山市立京山中学校に入学した河本はいじめの対象となり、放課後に加害者から逃れる場[† 3]を作るためにバレーボール部に入部した[7]。バレーボール部に在籍していた番長格の不良少年が河本を気に入り、いじめをやめるよう他の不良少年に命令したことで河本はいじめから解放された[8]。2年生になると野球部に転部し、後にコンビを組むことになる井上聡と出会っている[9]

中学時代、河本の母親はキッチンドランカーとなり、料理を作りながら泥酔状態に陥るのが常であったという[10]。河本は、酔った母親のボケにつっこむ生活を送ったことが自身の「お笑いの素養」となったのではないかと振り返っている[11][† 4]

河本曰く中学校時代の偏差値は23で、高校進学を強く希望しなかった。しかし日頃放任主義である母親が進学すべきだと強硬に主張し、最終的には進学を希望した。担任の教師が奔走した結果、定員割れの工業高校が見つかり、高校進学が決定した[12]

小学校から9年間、サッカーをやっていた河本(明確には一時期、バレーボールや野球もしていた)はサッカー部に入部し、後に次長課長社長でトリオを組む山下正人と出会っている[13]。1年生の夏にレギュラーに抜擢され[14]国体の岡山県選抜メンバーにも選ばれた[15]河本は一時、「Jリーガーも夢やないんちゃうやろか」と考えたという[15]。しかし2年生の秋に県大会の試合でシュートを失敗し、先輩から責められたことでサッカーへの情熱を失う[16]。そんな最中にMBSテレビの『素人名人会』を観て出場を思い立ち、サッカー部を退部して漫才の練習に取り組んだ結果、敢闘賞を受賞した[17]。その後、河本は酒や煙草を覚え、学校をさぼるようにもなったという[18]

高校卒業を目前にした時期に吉本総合芸能学院(NSC)のパンフレットを目にし、井上聡、山下正人とともに出願[19]。3人揃って合格し、大阪へ転居した。母親は、親戚からの借金で入学金やアパートの敷金・礼金を用立てたという[20]。NSC入学に際し河本は、「芸人として売れたら、母親と母親の姉妹一家が一緒に住めるような大きな家を岡山に建てる」という目標を掲げたという[21][† 5]

1994年に井上、山下正人とトリオ「次長課長社長」を結成。だが、1年程で「社長」にあたる山下が脱退したため、井上とのコンビとなり名前を「次長課長」に変更。最初はツッコミ担当であったが、1999年3月の心斎橋筋2丁目劇場閉館直後にボケに転向。

岡山から大阪に出てきた当時は、何度も岡山に帰ることも考えたが、相方井上の存在がその考えを踏みとどまらせた。「自分がこの世界に引きずり込んで、あいつの人生を狂わしたのに、自分が帰ったらあいつはどうなる」と発言[22]

2003年3月に、元大阪パフォーマンスドールの重元直美と結婚し、2012年時点で一男一女の父である。恐妻家としても有名で[23]、『行列のできる法律相談所』の企画「気の毒な夫No.1決定戦」で第9回チャンピオンを獲ったこともある[24]

ダイナマイト関西』でのキャッチフレーズは「お笑い慶應ボーイ」。

2009年7月、「ジュツゴロウと愉快な仲間」で「S-1バトル」の7月の月間チャンピオンとして選ばれた。ちなみにサブキャストとして、約半年後にM-1王者となる黒瀬純(パンクブーブー)を出演させている。

2010年10月、急性すい炎で入院、30日退院。約2か月の休養に入ることが発表されたが、同年11月2日放送分の『火曜サプライズ』にて復帰。

2012年5月25日、都内で生活保護の不正受給疑惑について謝罪会見。

2012年9月11日、『火曜サプライズ』を降板。

人物・エピソード[編集]

小学校では俳優のオダギリジョーと同級生だった[25]

子供の頃、雑煮の火の番をしていて誤って鍋をうっかりとひっくり返したことがある。その時、腕に張り付いた餅を、焦った母親が冷水につけて剥がそうとしたところ、皮膚ごとむけてしまう。医師は皮膚移植をするしかないと告げ、さらにの臀部の皮膚が人間のものに一番近いと説明した。医者は豚の臀部の皮膚か、(部位は特定せず)母親の皮膚を使うことを提案したが、酔っていた母親が「私のケツの皮膚、使って下さい!」と発言したエピソードがある[26]

ペア時計のために190万円を支払ったことや東京の高級クラブで大騒ぎしたことについて[27][28]ウォール・ストリート・ジャーナルによって、生活保護不正受給問題と結びつけて報じられた[27]

生活保護不正受給問題[編集]

2012年4月、『女性セブン』(小学館)の報道によって、ある芸能人が充分な収入があるにもかかわらず、その母親が生活保護を受給していることが明らかにされたが、後にそれが河本のことであることが発覚した[29]参議院議員片山さつきによって財政問題と絡めて広く周知されると[29][27]、自身のTwitter上で「Twitterの意味自体を把握してない人は今後一切見なくていいなぁ。その生き生きとしたパワーをもっと他の事で使えばいいのになぁ。人の嫌な事を生きがいにしてる人達がどうか無くなりますようになぁ。」「ビオフェルミンの瓶の中の。」 等とツイートを行い、大きな反発を買った後に河本は母親が2012年4月まで15年間に渡り生活保護を受けていたことを認めた[27][29]。同年5月25日に河本は、記者会見にて「むちゃくちゃ甘い考えだったと反省している。申し訳ございません」と述べて謝罪した[27][28][30]。河本に扶養能力が生じたのちに河本の母親が受け取った生活保護については、一部を返納している[31]。 河本が生活保護問題の件で謝罪したことは、海外メディアなどでも報じられた[32][33]。ウォール・ストリート・ジャーナルは、日本の福祉政策と財政問題に関連付けて報じている[27][28][34]

特技・芸[編集]

ジャッキー・チェンの映画『ドランクモンキー 酔拳』の脇役の顔真似をする。台詞「お前に食わせるタンメンはねぇ!」は、実際に映画の中にあったわけではなく河本も最初は台詞なしでやっていたが、番組内でアドリブ的にこのセリフを加えてやったところ、受けが良かったのでその後も続けた。なお、最初は「食わせる」ではなく「食べさす」と言っていた。他に「そうは酢豚の天津丼だ!!」というフレーズでおなじみ[35]フジテレビとんねるずのみなさんのおかげでした』の「第2回細かすぎて伝わらないものまね選手権」(2004年放送)で準優勝[36]

出演作品[編集]

現在[編集]

過去[編集]

バラエティ番組[編集]

ドラマ[編集]

映画[編集]

ラジオ[編集]

PV[編集]

DVD[編集]

  • 「ドキュメンタリーハイ 中 〜HANAJI〜」(2010年、高須光聖監督・祭日和役)

デジタルシングル[編集]

  • 「花火」(祭日和名義、2010年9月29日発売)

CM[編集]

  • 日産自動車 NOTE(2009年5月 - )
    テレビCM・ラジオCM・webアニメ『低燃費少女ハイジ』(声-やまびこ、ペーター、おんじ、クララ、ヤギのユキちゃん、セバスチャン役など)

機内ビデオ番組[編集]

  • JALオリジナル機内番組「よしもとJALTV」第一弾(2009年12月 - 2010年1月、日本航空機内で上映)

書籍[編集]

  • 一人二役 (2007年4月29日)
  • 鬼嫁合衆国 (2011年3月1日)
  • 河本準一式韓国語の教科書 (2012年2月16日)
  • イラっとくる韓国語講座presents 河本準一式ソウルの旅 (2012年5月12日)
  • 河本準一式韓国語の教科書2 実践編(2012年9月7日)

声優・ナレーション[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 父親の不倫が原因。河本は、父親の不倫相手の夫が家に殴り込みに来た場面を記憶しているという[37]
  2. ^ 津山時代の同級生にオダギリジョーがいる[38]
  3. ^ 当時母親はスーパーマーケットの鮮魚売り場では働いており[39]、夕方まで家にいなかった[40]
  4. ^ 河本によると、母親は酒を飲むと涙もろくなる傾向があり、離れて生活するようになってからも頻繁に電話がかかってくるという[41]
  5. ^ 河本は2007年の正月にも、母親やその姉妹の前で同じことを宣言したという[42]

出典[編集]

  1. ^ [http://search.yoshimoto.co.jp/talent_prf/?id=140 吉本興業芸人プロフィール
  2. ^ 河本2007、12頁。
  3. ^ 河本2007、40-41頁。
  4. ^ 河本2007、36頁。
  5. ^ 河本2007、39頁。
  6. ^ 河本2007、61-69頁。
  7. ^ 河本2007、72-77頁。
  8. ^ 河本2007、77-79頁。
  9. ^ 河本2007、94-95頁。
  10. ^ 河本2007、4頁。
  11. ^ 河本2007、89頁。
  12. ^ 河本2007、104-106頁。
  13. ^ 河本2007、112頁。
  14. ^ 河本2007、110頁。
  15. ^ a b 河本2007、109頁。
  16. ^ 河本2007、114-117頁。
  17. ^ 河本2007、117-119頁。
  18. ^ 河本2007、120頁。
  19. ^ 河本2007、128-130頁。
  20. ^ 河本2007、132頁。
  21. ^ 河本2007、139-140頁。
  22. ^ 文蔵(PHP文庫「文蔵」編集部 編)40~49ページ「スペシャルインタビュー 河本準一」
  23. ^ 恐妻家河本準一、妻の優しいところは…”. 日刊スポーツ (2011年2月28日). 2015年4月22日閲覧。
  24. ^ 2011年1月2日(日)「行列のできる法律相談所」”. gooテレビ (2011年1月2日). 2015年4月22日閲覧。
  25. ^ 「ボクらの時代」 2012年2月5日(日)放送内容”. 価格.com (2012年2月5日). 2015年4月22日閲覧。
  26. ^ 河本2007、20-23頁。
  27. ^ a b c d e f Hayashi, Yuka (2012年6月7日). “Welfare Payments Spur Japan Debate” (英語). ウォール・ストリート・ジャーナル. ダウ・ジョーンズ. 2012年6月8日閲覧。
  28. ^ a b c Hayashi, Yuka (2012年6月8日). “生活保護制度をめぐる議論が活発化” (日本語). ウォール・ストリート・ジャーナル日本版. ウォール・ストリート・ジャーナル・ジャパン. 2012年6月10日閲覧。
  29. ^ a b c Philip Brasor (June 10, 2012) The public shame of crying poor Japan Times
  30. ^ 「むちゃくちゃ甘い考え」 河本さん、会見で謝罪 朝日新聞デジタル 2012年5月25日11時46分
  31. ^ 次課長・河本、生活保護費の一部を返納 デイリースポーツ
  32. ^ Knüsel, Jan (2012年5月30日). “Sozialhilfe für die Reichen” (スイスドイツ語). Asienspiegel. 2012年6月10日閲覧。
  33. ^ 布布 (2012年5月29日). “梶原雄太和河本準一母親領取低保補助” (中国語). 北京新浪網. 新浪. 2012年6月10日閲覧。
  34. ^ 「The Wall Street Journal」にも取り上げられた河本準一にバッシング相次ぐ”. トピックニュース. ライブドア. 2012年6月10日閲覧。
  35. ^ 河本準一「おまえに食わせるタンメンはねぇ!」 実はこんなセリフは劇中になかった!?”. BIGLOBEニュース (2012年5月28日). 2015年4月22日閲覧。
  36. ^ DVD「とんねるずのみなさんのおかげでした 博士と助手 細かすぎて伝わらないモノマネ選手権 vol.2 「ヴァ~ヴァヴァンヴァヴァヴァヴァヴァ~ヴァ~ヴァン」 EPISODE6-8」(エイベックス)収録(国立国会図書館などで閲覧可能)
  37. ^ 河本2007、23-28頁。
  38. ^ 河本2007、55頁。
  39. ^ 河本2007、79頁。
  40. ^ 河本2007、75頁。
  41. ^ 河本2007、5頁。
  42. ^ 河本2007、162-163頁。

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]