NIGO

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ニゴー
NIGO®
生誕 1970年12月23日(43歳)
日本の旗 日本群馬県
出身校 文化服装学院
職業 実業家、DJ
服飾デザイナー
配偶者 牧瀬里穂
本来の表記は「NIGO®」です。この記事に付けられた題名は記事名の制約から不正確なものとなっています。

NIGO®(ニゴー、1970年12月23日)は、日本のクリエティブ・ディレクターでありファッション・デザイナーDJ、実業家でもある。ファッションブランド『A BATHING APE®』の創設者。現在はA BATHING APE®のクリエイティブからは離れ、フリーランスとして自身のブランドHUMAN MADEのデザインを手掛ける他、ユニクロのUTブランド初となるクリエティブ・ディレクターも務める。ドイツ本国のadidas Originalsと長期に渡るパートナーシップを結び2014年10月より全世界で発売が開始されている。

人物[編集]

群馬県出身。血液型はA型。妻は女優牧瀬里穂(後述)。

アパレル会社「株式会社ノーウェア」が展開しているブランド「A BATHING APE®」(ア・ベイシング・エイプ)を1993年に立ち上げたことで知られる。

服飾プロデュース活動[編集]

文化服装学院在学中にDJ、ライター、スタイリストとしてのキャリアをスタート。卒業後の1993年、当時アンダーカバーをデザインしていた高橋盾(愛称:ジョニオ)とともに、東京原宿にアパレルショップ『NOWHERE』(No whereとNow hereを掛けている)をオープンし、若者に爆発的な人気を得る。 オリジナルのカモ柄を使ってデザインをしたアイテムが世界的なアイコンとなった。商品は世界各地に約50店ある「BAPE STORE®」とよばれるショップで独占的に販売されている。2005年に「裏原宿」にThe Neptunesファレル・ウィリアムスとアパレルブランドBILLIONAIRE BOYS CLUB®とICE CREAM™を共同で立ち上げ、東京、NEW YORK、香港にも出店した。2011年にBILLIONAIRE BOYS CLUB®の運営及びデザインからは退いている。


2004年、雑誌「TIME」の特集で「アジアの英雄20人」の1人に選ばれた。

2007年24時間テレビ(第30回)のTシャツをデザインした。

2005年アンディー・ウォーホル創刊の米有名雑誌「インタビュー」誌の日本特集号の表紙を飾る。撮影はシャネルのデザイナー、カール・ラガーフェルド

マーク・ジェイコブスファレル・ウィリアムスとのコラボレートによるサングラスがルイ・ヴィトンより世界発売される。

2008年、雑誌GQ JAPAN主催の『MEN OF THE YEAR』受賞。

2010年、新ブランド「HUMAN MADE」を立ち上げる。

アイウェアメーカーのクレイドルより『EFFECTOR by NIGO®』を発表。

2011年1月31日、株式会社ノーウェアを香港企業のI.Tへ売却し、A BATHING APE®のクリエイティブ・ディレクターとして2年の契約を結ぶ。(2013年4月をもって契約満了)

『HUMAN MADE』のショップ『COLD COFFEE®』をオープン。

2012年コンバースフットウェアより『CONVERSE ADDICT by NIGO®』を発売。

2013年4月30日、香港I.Tとの契約終了に伴いA BATHING APE®のクリエイティブ・ディレクターを退任。フリーとしてさまざまな分野で活動開始。

11月ユニクロのUTブランド初となるクリエティブ・ディレクターに就任。

2014年2月25日、ドイツ本国のadidas Originalsと長期に渡るパートナーシップを結ぶ。2014年10月より全世界で発売開始。

2014年10月7日、NIGO®25周年を記念してSOTHEBY’Sで『NIGO® ONLY LIVES TWICE』オークションを香港にて開催。

2014年10月ユナイテッドアローズとの協業でスーツを主体としたブランド『NIGOLD® by UNITEDARROWS』の発売が開始。

2014年11月、WTAPSデザイナーの西山徹とブランド『DOUBTFUL AS DOUBLE®』を立ち上げ、『DOUBTFUL AS DOUBLE®』展を表参道のGYLEにて開催。ブランドは2015年よりZOZOTOWNにて販売が開始される。


音楽及びその他の活動[編集]

国内外問わず多数のミュージシャンと交流を持つ。DJ歴23年。18歳の時に西麻布にあったクラブ「P.Picasso」よりキャリアをスタートさせる。

2002年m-floVERBALRIP SLYMERYO-ZILMARI、WISEらとともに音楽ユニットTERIYAKI BOYZ®を結成。『BEEF or CHICKEN』をDef Jam Recordingsよりリリース。プロデュースにファレル・ウィリアムスダフトパンクビースティ・ボーイズコーネリアスらが参加。TERIYAKI BOYZ®全国ツアー「デリバリイッチョウツアー」開催。「ROCKIN'ON presents COUNTDOWN JAPAN 05/06」にてライブパフォーマンスを行う。

2005年、TERIYAKI BOYZ®が「MTV ASIA AWARDS 2005」にて、STYLE AWARDを受賞。

2006年、TERIYAKI BOYZ®のHeartbreakerのミュージックビデオが「SPACE SHOWER Music Video Awards 06」のBEST HIP HOP/R&B VIDEOを受賞。

TERIYAKI BOYZ®のLIVE DVD『THE OFFICIALデリバリイッチョウDVD』発売。

映画ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFTの主題歌をTERIYAKI BOYZ®で製作、プロデュースはThe Neptunes。

FENDIのイベント『B.MIX PARTY』を総合プロデュースしファッションブランドとしては初めて国立競技場のグラウンドでイベントを開催。友人でもあるカニエ・ウェストがパフォーマンスを行う。

2007年1月24日カニエ・ウェストプロデュースによる『I STILL LOVE H.E.R. feat. KANYE WEST』をリリース。 カニエ・ウェストとともにミュージックステーションに出演。

7月28日台湾の野外フェス「FORMOZ FESTIVAL 2007」出演。

8月11日、「SUMMER SONIC 07」東京公演のIsland Stageに出演。

2008年、音楽フェス「SUMMER SONIC」でフェス内フェスとしてスペシャルステージをプロデュース。カニエ・ウェストN.E.R.D.TERIYAKI BOYZがパフォーマンスを行い、その後香港にて同イベントを開催。

2009年、TERIYAKI BOYZ®のセカンドアルバム『SERIOUS JAPANESE』とDVD『DELICIOUS JAPANESE』をリリース。カニエ・ウェスト、クリス・ブラウンらが参加。。

初監督として手がけたTERIYAKI BOYZ®のミュージックビデオ『ZOCK ON! feat. PHARRELL and BUSTA RHYMES』がMTV JAPAN VIDEO MUSIC AWARDS 2009にて最優秀ヒップホップビデオ賞を受賞。

パークハイアット東京』のコンピレーションアルバム『TOKYO SUITE by NIGO®』が発売。

2010年、プロデュースを手がけたカレーショップ『CURRY UP』がオープン。

2012年ポラロイドフィルムメーカーの『THE IMPOSSIBLE PROJECT』より『IMPOSSIBLE by NIGO®』のフィルムと写真集を世界発売。

コブクロのベストアルバム「ALL SINGLES BEST 2」のアートディレクションを手掛ける。

マガジンハウスよりアトリエを自ら撮影した『ATELIER BY NIGO®』を発売。

芸名の由来[編集]

藤原ヒロシに似ている事から『藤原ヒロシ2号』と愛称がつき、その中の「2号」をローマ字表記にしたもの。

「NIGO」は商標としても登録されている。

私生活[編集]

1999年、当時歌手であった市井由理と結婚するが、2002年に離婚。2008年12月16日牧瀬里穂と再婚した。

プロレスファンであり、スター・ウォーズビートルズなど、ヴィンテージグッズのコレクターとしても有名。 愛車はロールス・ロイス・ファントムポルシェ・カイエンターボAMG・300SL GULLWING V8-6.0[1]。ほか多数所有し、アメリカの有名車雑誌DUB MAGAZINEで2度表紙に抜擢。現在までに世界中で雑誌の表紙を飾った数は、約230誌に及ぶ。

前歯にダイヤモンド製で固定式のグリルを装着している。笑っていいとも!テレフォンショッキング出演時には、しみて冷たいものが食べられないと話ていた。

脚注[編集]

  1. ^ 『週刊女性』2009年3月3日号 有名人&芸能人の愛車データベース 2009年2月27日閲覧

外部リンク[編集]