原宿
提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
原宿
世界 > アジア > 東アジア > 日本 > 関東地方 > 東京都 > 渋谷区 > 原宿
原宿(はらじゅく)とは、東京都渋谷区の一地区。明治神宮、代々木公園、竹下通り、ラフォーレ原宿、国立代々木競技場などが近くにあり若者でにぎわっている。1980年前後の竹の子族、1990年代後半の裏原宿系など先端的流行の発信地となった。現在でも奇異な格好をして街を歩く若者を多数見ることができる。そのような土地柄ゆえ、修学旅行での来訪者も多い。
目次 |
[編集] 概要
原宿は厳密に言えば表参道の北側を指す地名で、南側は穏田(おんでん)と呼ばれるのだが、現在は穏田でも原宿と呼ばれることが多く、「原宿」の名を入れた施設も多く見られる。
なお、現在、「東京都渋谷区原宿」という住所は存在しない。今日、原宿と呼ばれているエリアは、1965年の住居表示変更前まで、「原宿」「竹下町」「穏田(おんでん)」という3つの住所表記をしていたが、変更後は「神宮前」という住所表記で統一されたためである。
[編集] 歴史
江戸時代以前は鎌倉街道の宿場町があった。後三年の役の際には源義家がこの辺りで軍勢を揃えたとも言われ、この坂は勢揃い坂(現在の神宮前2丁目)と呼ばれている。1582年の本能寺の変の際に徳川家康を堺から三河まで無事に帰国させた「伊賀越え」の行賞として、1590年に伊賀者に隠田村と共に原宿村が与えられた、という記述もある。
江戸時代に入ると、甲州街道の南にある原宿には江戸の防衛のために伊賀衆の組屋敷が置かれた。また、安芸藩藩主浅野家の江戸屋敷(現在の神宮前4・5丁目)のほかに、数多くの幕臣の屋敷もあった。農民の暮らしはというと、渋谷川などでの水車による精米、製粉が中心であった。しかし、やせた土地であったために生産は上がらず、生活は苦しかった。そのために農民は雨乞いをよく行っていたという。丹沢の大山阿夫利神社や榛名山に日帰りで詣でた、という話も残されている。
なお、1738年、町並が立ち並んだ箇所に青山原宿町が起立したが、これは1872年に青山北町5丁目に組み入れられ、現在は港区北青山三丁目になっている(青山との関係で言えば、1966年の住居表示の際に原宿1丁目の一部(東京都立青山高等学校の周辺)が港区北青山二丁目に編入されている)。
明治時代以降は東京中心部と郊外を結ぶ要所として発展。1906年の山手線延伸により原宿駅が開業。1919年には明治神宮創建に合わせて表参道ができた。神宮参拝の利用客増加に対応するため、1924年には原宿駅が現在の位置に移動した。1927年に同潤会青山アパートが建設され、表参道の顔となった。
戦後は、代々木錬兵場跡地にアメリカ軍の宿舎「ワシントンハイツ」が建設され、表参道沿いにはキディランドや富士鳥居といった米兵向けの店が誕生した。1953年には日本初のスーパーマーケット、紀伊国屋オープン。1958年「原宿セントラルアパート」完成(~1986年)。1965年には日本初の億ションである高級マンション「コープ・オリンピア」完成。
1970年代は、若者の街、若者文化、流行の発信地の大きな移動が始まる。 (新宿→渋谷。)
この影響で、原宿にも大きな変化が訪れることになる。 1970年辺りまでは、若者の街、若者文化の流行の発信地といえば、新宿だった。しかし、1973年に渋谷でPARCOの開店があり、日本における若者文化の歴史が大きく変化。その流れは「新宿から渋谷、または渋谷区全体へ」と移り変わっていく。
1972年に地下鉄・明治神宮前駅が開業、1973年の「パレフランス」、1978年の「ラフォーレ原宿」のオープンや、創刊されたばかりのファッション雑誌「アンアン」や「non-no」により原宿が紹介され、アンノン族が街を闊歩、原宿はファッションの中心地として全国的な名声を手に入れた。そのなかで原宿セントラルアパートにはデザイナーやカメラマンなどのクリエーター達が事務所を構え、文化を牽引した。そこの1階にあった喫茶レオンは芸能人や表現者、セレブな人々がたむろする場所として70年代に注目を集める。また大川ひとみは原宿セントラルアパート内の小さなショップからMILKをスタートする。文化屋雑貨が開店した時は評判になった。
1980年代になると竹の子族の影響により、竹下通りが発展。80年代後半はタレントショップが増える。1977年から始まった歩行者天国(ホコ天)にはたくさんの若者が集った。1990年代は表参道に海外有名ファッションブランドの旗艦店が続々とオープンした。その傍ら、神宮前三丁目、神宮前四丁目の住宅地には新たなファッショントレンドの店が並び、「裏原宿(ウラハラ)」と呼ばれる一角が形成された。2006年には表参道ヒルズがオープン。2008年には東京地下鉄副都心線が開業し、これからも発展が予測される。
[編集] 地名の変遷
- 1871年 - 東京府豊嶋郡原宿村(廃藩置県により)
- 1878年 - 東京府南豊島郡原宿村(郡区町村編制法により)
- 1889年 - 東京府南豊島郡千駄ヶ谷村大字原宿(千駄ヶ谷村に編入)
- 1896年 - 東京府豊多摩郡千駄ヶ谷村大字原宿
- 1907年 - 東京府豊多摩郡千駄ヶ谷町大字原宿(町制施行)
- 1932年 - 東京府東京市渋谷区原宿(東京市に編入、竹下町を分離)
- 1943年 - 東京都渋谷区原宿(東京都制施行)
- 1965年 - 東京都渋谷区神宮前(隠田、竹下町と共に改称)
[編集] 観光
[編集] 交通
- 鉄道
- バス
- 道路
- 明治通り(東京都道305号芝新宿王子線)
- 表参道(東京都道413号赤坂杉並線)
- 外苑西通り(東京都道418号北品川四谷線)
[編集] 原宿に本社を置く企業
[編集] 教育
- 渋谷区立原宿外苑中学校
- 渋谷区立神宮前小学校
- 渋谷区立千駄谷小学校
[編集] 各国大使館
[編集] かつて存在した施設
[編集] 通称として原宿と呼ばれる地域
[編集] 関連項目
|
|||||