西麻布

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西麻布(にしあざぶ)は、東京都港区町名郵便番号は106-0031。

地理[編集]

麻布地区の西端に位置し、渋谷区広尾)との区境にあたる。

六本木通りと外苑西通り(東京都道418号北品川四谷線)の交差する西麻布交差点は、旧地名の麻布霞町をとった霞町交差点といまだに呼ばれることもある。

歴史[編集]

江戸時代農耕地雑木林町屋大名及び小名下屋敷からなる街外れの閑散とした地域であった。明治から大正時代にかけ住宅街として形成され、この点は元麻布南麻布も同様であるが中でも高台の麻布笄町(現・西麻布四丁目)は旧麻布区の中では麻布市兵衛町一丁目(現・六本木一丁目)、麻布今井町(現・六本木二丁目)、麻布三河台町の西側(現・六本木四丁目)、麻布六本木町の東南側(現・六本木五丁目)、麻布鳥居坂町(現・六本木五丁目)、麻布東鳥居坂町(現・六本木五丁目)、麻布永坂町(現・六本木五丁目、麻布永坂町)に準じる山の手の高級住宅街として著名な存在となっていく。

大東亜戦争敗戦後、1960年代初頭からは徐々に国際的な盛り場として変貌を遂げて行く六本木とは対照的に、未だ閑静な町並みを保っていた。しかし1964年東京オリンピック開催に伴う首都高速3号渋谷線の建設と重なる様に六本木通り沿いにはビルディングやマンションが少しずつ目立ち始めるようになっていく。その後は多くの民家がビルディングやマンションに取って代わられていくものの、今日の西麻布の様相を現し始めるのは1980年代後半からのバブル景気の時代である。

1990年平成2年)、西麻布四丁目の外苑西通り沿いに建ったザ・ウォールの大規模なディスコは、西麻布二丁目のレッドシューズカフェバー)などと並び週末は明け方まで乱痴気騒ぎを起こす若者達で溢れた。人気FM局のJ-WAVEは開局当時より地元(当時)である西麻布のディスコ(クラブ)と連動するように、最新の流行や現地からの実況中継を行うほど熱心に情報を提供していた。1996年平成8年)頃は西麻布イエローが同地のクラブシーンで人気を博した。バブル景気末期の1991年平成3年)には、同じく外苑西通り沿いで西麻布三丁目のキャンティ西麻布店並びに高級焼肉店である叙々苑遊玄亭が開業した。

沿革[編集]

  • 1967年昭和42年)
    • 1月1日 - 西麻布の住居表示を実施

交通[編集]

バス
道路
首都高速道路・出入口

施設[編集]

学校
公園
  • 笄公園 - 1970年昭和45年)に開園した港区立の公園[1]
  • 児童公園
企業
寺院
大使館

西麻布を舞台・背景とした作品[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 笄公園”. 港区. 2012年3月26日閲覧。 [リンク切れ]

関連項目[編集]

  • FEEL SO MUSE (FM-FUJI) - 西麻布にあるスタジオ「NISHIAZABU STUDIO」から月-金曜20時-21時に生放送されている。

外部リンク[編集]