麻布十番
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| 麻布十番 | |
|---|---|
| — 町丁 — | |
| 2006年撮影 | |
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| 座標: 北緯35度39分21.1秒 東経139度44分7.9秒 / 北緯35.655861度 東経139.735528度 | |
| 国 | |
| 都道府県 | 東京都 |
| 区 | 港区 |
| 地域 | 麻布地区 |
| 人口 (2010年(平成22年)12月1日現在) | |
| - 計 | 5,365人 |
| 等時帯 | JST (UTC+9) |
| 郵便番号 | 106-0045 |
麻布十番(あざぶじゅうばん)は東京都港区の町名。麻布十番一丁目から麻布十番四丁目までがある。人口は、5,365人[1]。郵便番号は、106-0045。
目次 |
[編集] 歴史
古くは、麻布村に属する低湿地帯であった。江戸時代、河川改修などによって干拓、開拓が進み、明治時代には、神楽坂と並ぶ繁華街に発展した。地名は、早くから通称として定着していた。
1962年(昭和37年)、麻布地区の町名が再編され、それまでの麻布網代町、麻布坂下町の各全域と、麻布宮下町、麻布新網町、麻布南日ヶ窪町、麻布宮村町、麻布一本松町、麻布山元町、麻布新広尾町の各一部をもって、正式の町名として「麻布十番一丁目から三丁目」が成立した。この時点では、住居表示に関する法律に基づく住居表示は未実施である。
その後1978年(昭和53年)、当地区に住居表示を実施した。東京都道415号高輪麻布線以東の狭小な区域に四丁目が設定され、麻布十番一丁目から四丁目となった。この住居表示実施により、それまで一部が存続していた麻布宮下町は麻布十番一丁目5番となり、麻布南日ヶ窪町は六本木六丁目17番となった。
[編集] 地名の由来
地名の由来は、河川改修の工区番号とも、開拓地の番号とも言われ、はっきりしていない。
[編集] 沿革
1933年頃の様子
- 1878年(明治11年)11月2日 - 大区小区制廃止、郡区町村編制法施行により、東京府麻布区の一部となる。
- 1889年(明治22年)5月1日 - 市制施行により、東京府東京市麻布区の一部となる。
- 1943年(昭和18年)7月1日 - 東京都制施行により、東京都麻布区の一部となる。
- 1947年(昭和22年)3月15日 - 東京都港区の一部となる。
- 1962年(昭和37年) - 地番整理により、麻布十番一丁目から三丁目までが成立する。
- 1978年(昭和53年)9月1日 - 住居表示を施行し、麻布十番一丁目から四丁目となる[2]。
[編集] 町名の変遷
| 実施後 | 実施年月日 | 実施前(特記なければ、各町名ともその一部) |
|---|---|---|
| 麻布十番一丁目 | 1978年9月1日 | 麻布宮下町(全域)、麻布十番一丁目(全域) |
| 麻布十番二丁目 | 麻布十番二丁目 | |
| 麻布十番三丁目 | 麻布十番三丁目 | |
| 麻布十番四丁目 | 麻布十番二丁目、麻布十番三丁目 |
[編集] 施設・名所
麻布十番駅(2008年)
- 麻布十番一丁目
- 麻布十番二丁目
- 麻布十番三丁目
[編集] 交通
[編集] 脚注
[編集] 関連項目
- 美少女戦士セーラームーン - 麻布十番が舞台となっている(作中では十番街と名乗っている)。
- マハラジャ
- 麻布十番温泉
[編集] 外部リンク
| 六本木 麻布永坂町 | 東麻布 | |||
| 元麻布 | 三田 | |||
| 南麻布 |
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