渋谷川

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宮益橋付近の渋谷川
古川橋付近

渋谷川(しぶやがわ)は、東京都渋谷区の宮益橋(穏田川・宇田川合流点)から天現寺橋までの2.6kmを流れる二級河川港区の天現寺橋(笄川合流点)から浜崎橋先の河口までの4.4kmは古川と名前を変える。

目次

[編集] 地理

渋谷川の主な上流は新宿御苑方面からの流れ(穏田川、本流)、代々幡斎場付近(狼谷)からの宇田川、初台玉川上水付近からの初台川、上原三丁目付近からの上原川、三田用水松濤公園から富ヶ谷を経由する流れ、かつては文部省唱歌春の小川」のモデルとも言われる河骨川が集まって流れていたが、現在は暗渠化され、下水道となっている。

現在は大きな源頭水源がないため、平常時の流量はほとんどないが、流量の確保のため、新並木橋のところで下水道を高度処理した水を流している。

渋谷駅東急百貨店東横店東館は、この川の上に建てられており、日本で唯一百貨店の下を流れる川となっている。

[編集] 支流

下流より記載

[編集] 歴史

玉川上水ができる前は流量の多い川ではなかったが、玉川上水完成(1653年)後、四谷大木戸(現在の四谷4丁目)の水番所から上水の余った水を渋谷川へ流すことで、流量が飛躍的に増えた。 これにより水車を掛けることが可能になり、渋谷川には幾つか水車が作られた。北斎富嶽三十六景の「穏田の水車」は、原宿穏田村付近(現在の神宮前3丁目)の渋谷川の水車小屋を描いたものである。

明治に入り設立された渋谷小学校は、近くの水車の事業で得た利益の一部を充てて設立されたこともあり、水車の羽を象った図が校章に定められた(渋谷小学校は学校統廃合のため現存しない。)。

明治前半までは水がきれいで沿岸では蛍が見られ、江戸時代において将軍に献上された蛍は渋谷川で採取されたという。

[編集] 水質

渋谷の地名は渋谷川を流れる渋色(赤茶色)の川の水に由来するという説がある。この色は水質の多量の鉄分によるもので、現在も渋谷で沸いている井戸水には日本平均の24倍にあたる鉄分が検出されている。渋谷の地層は関東ローム層の下に渋谷粘土層と呼ばれる渋谷地域特有の雨水を通過させにくい地層があるため、関東ローム層に含まれる鉄分が雨水に溶け込み地表の渋谷川に染み出し川を赤茶色に染めている。渋谷川の本来の由来は、今の大和市渋谷地区を出自とする渋谷氏一族が周辺地域に居を構えたことによるようである。

[編集] 関連項目

名所江戸百景「広尾ふる川」。四の橋から現在の白金3丁目付近を望む
  • 裏原宿 - 上流の穏田川暗渠沿いにある洋装店街。
  • 名所江戸百景 - 「広尾ふる川」と題する画では古川(渋谷川下流)の往時の様子をうかがうことができる。(「金杉橋芝浦」では河口付近も描かれる)
  • 旧渋谷川遊歩道路(キャットストリート)

[編集] 外部リンク