松濤
| 松濤 | |
|---|---|
| 東京都知事公館 | |
| 国 | |
| 都道府県 | 東京都 |
| 特別区 | 渋谷区 |
| 人口 (2010年(平成22年)7月31日) | |
| - 計 | 2,589人 |
| 等時帯 | JST (UTC+9) |
| 郵便番号 | 150-0046 |
松濤(しょうとう)とは、東京都渋谷区の地名。一丁目と二丁目とが設置されている。2010年(平成22年)7月31日現在の人口は、2,589人[1]。郵便番号は150-0046。
目次 |
[編集] 地理
渋谷区の南西部に位置し、町域内の多くは住宅地となっている。東京都心を代表する高級住宅地のひとつとしても知られるが、「松濤」はかつてこの地に茶園 『松濤園』があったことに因み、茶園の名が町名となった珍しい例である[2]。町域には住宅のほか、Bunkamuraや戸栗美術館、渋谷区立松濤美術館、観世能楽堂といった文化・芸術関係の施設も多く見られる。
北部は神山町に接する。東部は、宇田川町に接する。南東部は、道玄坂に接する。南部は、円山町・神泉町にそれぞれ接する。西部は、山手通りに接し、これを境に目黒区駒場に接する。
[編集] 歴史
この一帯はもともとの地名を大山といい、江戸時代には紀州徳川家の下屋敷があった[2]。1876年(明治9年)、旧佐賀藩主の鍋島家がこれを譲渡され、狭山茶を移植して茶園を開き、「松濤園」と命名した[2]。茶の銘柄も『松濤』とされ、一時は東京市中に知られたものの、1890年(明治23年)に東海道線が開通すると静岡産などが流入、松濤園の茶業は振るわなくなった[2]。
このため茶園は廃止され、1904年(明治37年)には果樹園となって畑果樹園種蓄牧場 「鍋島農場」と呼ばれた[2]。農場地は大正時代に入ると次第に分譲されて高級住宅地となった。1924年(大正13年)、鍋島家は涌水池のあった一角を児童遊園として公開、さらに1932年(昭和7年)10月にはこれを東京市に寄付し、1934年(昭和9年)4月からは渋谷区によって管理されることになった[2]。
この間、「松濤」は1928年(昭和3年)に住所町名として採用された[2]。湧水地のある広大な鍋島侯爵邸は戦後の華族制度廃止により公園として整備され現在では鍋島松濤公園となった。
[編集] 交通
[編集] 鉄道
町域内に鉄道駅はないが、渋谷駅や京王井の頭線・神泉駅が利用可能な範囲にある。
[編集] バス
- 東急バス「東大裏」停留所
- 東急バス「東大前」停留所
[編集] 施設
- セントラル病院
- Bunkamura
- 松濤温泉シエスパ(閉店)
- 戸栗美術館
- 渋谷区立松濤美術館
- 観世能楽堂
- 鍋島松濤公園
- 東京都知事公館
- ジブチ大使館
- 渋谷区立松濤中学校
- 松濤幼稚園(2010年(平成22年)閉園)
- 西野バレエ団
[編集] 脚注
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