アユ

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アユ
Sweetfish, Plecoglossus altivelis.jpg
産卵期のメス
分類
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 条鰭綱 Actinopterygii
: キュウリウオ目 Osmeriformes
亜目 : キュウリウオ亜目 Osmeroidei
上科 : キュウリウオ上科 Osmeroidea
: アユ科 Plecoglossidae
: アユ属 Plecoglossus
: アユ P. altivelis
亜種 : アユ P. a. altivelis
学名
Plecoglossus altivelis altivelis
(Temminck et Schlegel, 1846)
英名
Ayu

アユ(鮎、香魚、年魚、Plecoglossus altivelis altivelis )は、サケ目・アユ科に分類される回遊する魚で、日本では代表的な川釣りの対象魚であり、重要な食用魚でもある。地方公共団体を象徴する魚として指定する自治体も多い。稚魚期を降海し過ごすアユ( Plecoglossus altivelis altivelis )は、琵琶湖産コアユと区別するため、海産アユとも呼ばれる。

かつてはキュウリウオ科として分類されていたが、Nelson(1994)は一種のみでアユ科・アユ属とする分類を提唱しており、統一見解は見出されていない。[要出典]

目次

[編集] 特徴

成魚の全長は30cmに達するが、地域差や個体差があり、10cmほどで性成熟するものもいる。若魚は全身が灰緑色で背鰭が黒、胸びれの後方に大きな黄色の楕円形斑が一つある。秋に性成熟すると橙色と黒の婚姻色が発現する。口は大きく目の下まで裂けるが、唇は柔らかい。は丸く、(くし)のような構造である。

北海道朝鮮半島からベトナム北部まで東アジア一帯に分布し、天塩川が日本の分布北限。遺伝的に日本産海産アユは南北2つの群に分けられる[1]中国では、河川環境の悪化でその数は減少しているが、2004年長江下流域でも稚魚が発見された報告があるなど、現在も鴨緑江はじめ、東部の各地に生息している。また、中国では浙江省などで放流や養殖実験が行われている。台湾でも中部の濁水渓以北で生息していたが、現在は絶滅が危惧されている。

[編集] 亜種

リュウキュウアユ P. altivelis ryukyuensis Nishida, 1988年
絶滅危惧種[2]
アイソザイム(アロザイム)分析の結果、日本本土産のアユからの別離は100 万年前と推定されている[3]。アユ Plecoglossus altivelis altivelis よりも小型で成体の体長は10~15cm 。産卵期は11月下旬~3 月初旬、遡上は1月下旬から5月下旬、体長12cmの推定産卵数は17000粒程度。産卵をすると満1歳で多くは死亡するが、越年アユとして生残する個体もある。沖縄本島北部の地方名で「アーユー」と呼ばれていた。
奄美大島沖縄本島の名護以北の西海岸沿いの河川に分布していたが、沖縄本島産は1980年代に絶滅した[4]、沖縄本島産の個体は現在ではホルマリン固定された標本が国立科学博物館に残り、奄美大島では住用湾に注ぐ河川を中心に生息する。体型がずんぐりしていること、背鰭が長いこと、鱗が大きいことなどで区別される。沖縄本島産と奄美大島産では、側線横列鱗数、脊椎骨数、上顎上の櫛状歯数など幾つかの違いを見出す事が出来る[1]
1992年より沖縄本島では福地ダム安波ダムなど3箇所に、奄美大島産の稚魚約2万尾を放流し[5]保護をしている。福地ダム安波ダムでは陸封化された個体が定着した[6]、また周辺の河川にも稚魚の遡上が確認されている。
奄美大島では産卵期と遡上期の河川工事の停止、産卵期と遡上期の禁漁、漁期や漁法の制限により保護が行われている。
コアユ(琵琶湖のアユ) Plecoglossus altivelis altivelis
琵琶湖産コアユ
琵琶湖に生息するアユは、他地域のアユと遺伝的に異なる[7]。但し、正式な亜種としては分類されていない。アイソザイム(アロザイム)分析の結果、日本本土産の海産アユからの別離は10 万年前と推定されている[1]
生態的にも特殊で、仔稚魚期に海には下らず、琵琶湖を海の代わりとして利用している。琵琶湖の流入河川へ遡上し、他地域のアユのように大きく成長するもの(オオアユ)と、湖内にとどまり大きく成長しないもの(コアユ)が存在する。従来、オオアユとコアユの「両者間での遺伝的な差は無い」とされていたが、「亜種として隔離の兆候が出ている」とする研究結果もある[1]。河川に遡上しないコアユは、餌としてミジンコ類を主に捕食する。同じ琵琶湖に生息するビワマスでは海水耐性が発達せず降海後に死滅することが報告されている[8]が、コアユにおいても海水耐性が失われている可能性が示唆されている[9]。また、海産アユとの交雑個体も降海後に死滅していることが示唆されている[9]
産卵数は 海産アユより多く、他地域のアユと比べ縄張り意識が強いとされている。そのため友釣りには好都合で、全国各地の河川に放流されてきたが、琵琶湖産種苗の仔アユ或いは交配稚魚は海に下っても翌年遡上しない事[10]が強く示唆されており、天然海産アユとの交配により子の海水耐性が失われ死滅することによる資源減少が懸念されている[11]
朝鮮半島産
予備的な研究により日本産と遺伝的に有意の差があるとの報告がされている[1]
中国大陸沿岸 Plecoglossus altivelis chinensis
Xiujuan et al., 2005 により、新たな亜種として記載するとの報告もある[1]

[編集] 生活史

アユの成魚は川で生活し、川で産卵するが、生活史の三分の一程度を占める仔稚魚期には海で生活する。このような回遊は「両側回遊」(りょうそくかいゆう)と呼ばれる。ただし、河口域の環境によっては、河口域にも仔稚魚の成育場が形成される場合もある。

9月-2月頃、親のアユは川の下流に降り、砂や小石の多い浅瀬で集団で産卵する。水温15℃から20℃で2週間ほどすると孵化する。孵化した仔魚シロウオのように透明で、心臓やうきぶくろなどが透けて見える。

孵化後の仔魚は全長約6mmで卵黄嚢を持つ。海水耐性を備えているため仔魚は数日のうちに海あるいは河口域に流下し、そこでカイアシ類などのプランクトンを捕食して成長する。全長約10 mm程度から砂浜海岸や河口域の浅所に集まるが、この頃から既にスイカキュウリに似た香りがある。この独特の香りは、アユの体内の不飽和脂肪酸が酵素によって分解された時の匂いであり、アユ体内の脂肪酸は餌飼料の影響を受けることから、育ち方によって香りが異なることになる。水質の綺麗な中流域では、夏季には鮎の密度が高いと、川原が鮎の芳香で満たされる事がある。[要出典]一般的に水質が良い河川のアユはスイカの香りで、やや水質が落ちてくるとキュウリの香りとなってくることは友釣りをする釣り師の常識であるが、友釣りをしない人にはほとんど知られていない。[要出典]

川を上るアユ。多摩川調布堰にて

稚魚期には、プランクトンや小型水生昆虫、落下昆虫を捕食する。体長59~63mmになると鱗が全身に形成され稚魚は翌年4月-5月頃に5-10cm程度になり、川を遡上するが、この頃から体に色がつき、さらに歯の形が岩の上のケイソウ類を食べるのに適した櫛(くし)のような形に変化する。川の上流から中流域にたどり着いた幼魚は水生昆虫なども食べるが、石に付着するケイソウ類(バイオフィルム)を主食とするようになる。アユが岩石表面の藻類をこそげ取ると岩の上に紡錘形の独特の食べ痕が残り、これを特に「はみあと(食み跡)」という。アユを川辺から観察すると、藻類を食べるためにしばしば岩石に頭をこすりつけるような動作を行うので他の魚と区別できる。

多くの若魚は群れをつくるが、特に体が大きくなった何割かの若魚はえさの藻類が多い場所を独占して縄張りを作るようになる。縄張りは1尾のアユにつき約1m四方ほどで、この縄張り内に入った他の個体には体当たりなどの激しい攻撃を加える。この性質を利用してアユを掛けるのが「友釣り」で、釣り人たちが10m近い釣竿を静かに構えてアユを釣る姿は日本の夏の風物詩である。[要出典]

夏の頃、若魚では灰緑色だった体色が、秋に性成熟すると「さびあゆ」と呼ばれる橙と黒の独特の婚姻色へ変化する。成魚は産卵のため下流域への降河を開始するが、この行動を示すものを指して「落ちあゆ」という呼称もある。産卵を終えたアユは1年間の短い一生を終えるが、柿田川などの一部の河川やダムの上流部では生き延びて越冬する個体もいる。[要出典]

日本では、1987年にアユの冷水病が確認されている。

[編集] 名前

香魚、年魚、アイ、アア、シロイオ、チョウセンバヤ(久留米市)、アイナゴ(幼魚・南紀)、ハイカラ(幼魚)、氷魚(幼魚)など、雅語的表現や地方名、成長段階による呼び分け等によって様々な別名がある。

アユの語源は、古語の「アユル」から来たものだとされている。アユルとは落ちるという意味で、川で成長したアユが産卵をひかえて川を下る様からつけられた呼び名である。[要出典]

現在の「鮎」の字が当てられている由来は諸説あり、アユが一定の縄張りを独占する、つまり占めるところからつけられた字であるというものや、日本書紀にでてくる話に神功皇后が今後を占うために釣りをしたところ釣れた魚がアユであったため占魚とあてられたものがある。

古くは1年しか生きないことに由来する「年魚」、体表の粘膜に香りがあることから「香魚」、鱗が細かいことから「細鱗魚」などがあてられていた。アユという意味での漢字の鮎は奈良時代ごろから使われていたが、当時の鮎はナマズを指しており、記紀を含め殆どがアユを年魚と表記している。現在の鮎が一般的に書物などにあてられたのは平安時代室町時代ごろからとされる。[要出典]

中国で漢字の「鮎」は古代日本と同様ナマズを指しており、中国語では「香魚(シャンユー、xiāngyú)」が標準名とされている。地方名では、山東省で「秋生魚」、「海胎魚」、福建省南部では「溪鰛」、台湾では「[魚桀]魚」(漢字2文字)、「國姓魚」とも呼ばれる。

俳句季語として「鮎」「鵜飼」はともに夏をあらわすが、春には「若鮎」、秋は「落ち鮎」、冬の季語は「氷魚(ひお、ひうお)」と、四季折々の季語に使用されている。

[編集] 食材

塩焼き

アユは、初夏から夏の季節を代表する食材として知られ、清涼感をもたらす食材である。特に初夏の若アユが美味とされ、若アユの塩焼き天ぷらは珍重される。鮎は蓼酢で食べるのが一般的だが、ほかにも蓼味噌を添える場合もある[12]同じ河川のアユでも水が綺麗で上質の付着藻類が育つ上流域のものほど味が良いとされる。[要出典]

アユを刺身にする際には、一般的なそぎ造りにされるほか、そのまま輪切りにした「背越し」にされることがある。背越しでは、歯ざわりと爽やかな香りが楽しめる。骨ごと食べる背越しは、骨が小さくやわらかい若鮎に適した調理法である。ただし、アユは横川吸虫という寄生虫の中間宿主である。それほど重篤な症状を引き起こす寄生虫ではないものの、せごしを含め生食は薦められない。 に浸けて、酢飯と合わせた「鮎寿司」、「鮎の姿寿司」も作る地方がある。JR京都駅の名物駅弁ともなっている。

琵琶湖周辺などでは稚魚の氷魚の佃煮や、成魚の飴煮も名物として製造販売されている。

アユの腸を塩辛にした「うるか」は、珍味として喜ばれる[13]。うるかを作るには、腹に砂が入っていない(空腹になっている)夜間・朝獲れの鮎が好しとされる。[要出典]

シラス漁においては、海で過ごしているアユ仔魚・稚魚が混獲されることがある。しかし、この場合は独特の香りが製品につくのでむしろ嫌われる。[要出典]また、アユの仔稚魚は茹でると黄色になる。

乾燥させた鮎節は和食出汁としても珍重される。また、鮎の干物からとった「水出汁」は、極めて上品。

[編集] 漁法

アユの若魚は刺し網投網、産卵期に川を下る成魚は簗(やな)などで漁獲される。アユにターゲットを絞った漁法として縄張りの性質を利用した友釣りがある。岐阜県長良川などでは、ウミウを利用した鵜飼いも知られる。 水生昆虫を食べることもあるので、毛鉤によるフライ・フィッシングで釣れることもある。ただし、水産資源確保のために11月-5月は禁漁となっている。また、解禁された後も入漁料を支払う必要があることが多い。

[編集] 養殖

アユは高級食材とされており、内水面で養殖される魚種としてはウナギに次ぐ生産高を誇る。養殖は、食用とする為の成魚の養殖と、遊漁目的の放流用種苗稚魚の養殖とが日本各地で行われている。一部では完全養殖も行われる。この際には、主として、天然の稚魚を3月から4月に捕獲し淡水で育成する方法が採用される。実際、「河口付近の川で採捕した河川産稚アユ」「河口付近の海洋回遊中に採捕した海産稚アユ」「湖や湖に注ぐ河口で採捕した湖産稚アユ(コアユ)」が種苗として供給されている。完全養殖の場合、一時海水中で飼育することもあり、餌はシオミズツボワムシなどのワムシ類、アルテミア幼生、ミジンコなどが使用される。

アユの養殖の始まりは諸説ある。養殖の実験は、石川千代松らにより1904年より琵琶湖で行われたのが最初とされている[14]。1960年代になると遊漁種苗の育成が盛んに行われるようになる。当初は琵琶湖産アユが養殖種苗として利用されていたが、海産の稚魚の利用も1929年中野宗治の研究により開始された。なお、養殖アユの生産量は、最盛期の1988年には13600トン余りであったが、2001年に8,100トン、2005年には5800トン程度まで減少している[15]

アユについての漁業権のある河川では、毎年4~5月頃漁協により、10-15cm程度のサイズの稚魚の放流が行われる。

アユの養殖時の飼育適温は15~25℃であり、養殖用の生け簀(池)は長方形、円形など様々な形状のものが利用される。餌は、かつては魚の練餌が使用されたが、現在では魚粉や魚すり身を主成分とした固形配合飼料が与えられる。アユは短期間に成長させる必要がある。このため、常に飽食量に近い量が給餌される結果、残った餌により養殖池の水質が悪化し、感染症が発生し易くなるという問題が生じやすい。また密度管理も重要である。これは、感染症対策をとる必要があるばかりでなく、生育密度が高いと共食いが発生しやすいためでもある。

21世紀初頭には、流水池での養殖池や、配合飼料にクロレラを添加するなど、養殖方法にも工夫が加えられている。また、成魚養殖では天然物に近づける努力もなされている。さらに、電照飼育により性的成熟を遅らせ、「越年アユ」として販売される場合もある。

天然物と養殖物の違いとしては以下のようなものがある。

特有の香り
養殖魚にはない。
ひれ(鰭)や体色
天然物のひれは黄色みが強い。脂びれも橙色に近い黄色。えらぶた(鰓蓋)も黄色。頭部後ろにある追星と呼ばれる黄色紋も縄張りを持つと黄色がはっきりしてくる。対して養殖は全体的に黒く黄色の部分はあまり目立たない。これは縄張りを持たないという養殖環境によるものと思われる。体色はかなり保護色的で養殖物は背が黒いものが多く、養殖物でも友釣りのオトリとして川を泳がせると、数時間も経つと川底の色に応じて変色してくるのはアユ釣り師ならよく経験するところである。砂が多い川では銀色が強くなる。[要出典]
脂肪
天然物は後頭部に脂肪分がほとんど無いが、養殖物には脂肪が多く外観的に盛り上がっている場合もある。この脂肪分は動物性の餌によるもので、天然物は主に藻類を食べるため脂肪が付きにくい。しかし、環境等による運動量も影響しており、緩やかな流れにいるものよりも荒瀬にいるものがスマートであり、25cmを超えるような大型になるとでっぷりと脂がのってくる。

[編集] 飼育

アユの観賞魚用としての飼育自体は稀である[要出典]が、コアユ(陸封型)であれば可能である。また、遡上型のアユも稚アユの時期より育てれば可能である。高水温に弱いため夏場の温度管理が重要である。食性は主に植物性であるが、コアユの場合は動物性がより強いので、稀に動物プランクトンも食べる。また、観賞魚として水槽内で飼育した場合は成熟までに至らないケースが多いため、1年から3年は生きる。

和菓子の「鮎」

[編集] アユ復帰への取り組み

神戸市灘区都賀川は、かつてゴミとヘドロで埋め尽くされた「どぶ川」だった。「都賀川を守ろう会」が、1976年より、戦前のように魚とりなどができるようにと活動を続け、ゴミを引き上げたり、車に拡声器を積み、川を汚さないようにと訴えてきた。陳情を受けた兵庫県魚道の整備、産卵用の砂を敷き、川を蛇行させて流れを緩やかにした。その結果、毎年2000匹ほどが遡上し、産卵も行われるようになった[16]

[編集] 派生商品

和菓子の一種に、鮎を形取って小麦粉を焼いて作った求肥をはさんだものがあり、「鮎」または「若鮎」と呼ばれる。

[編集] 脚注

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  1. ^ a b c d e f アユ個体群の構造解析における進展とその今日的意義 (PDF)独立行政法人 水産総合研究センター
  2. ^ リュウキュウアユ(絶滅危惧種) 沖縄県
  3. ^ アユ界の階層的な類縁構造 (PDF)日本水産資源保護協会
  4. ^ リュウキュウアユとは? 内閣府沖縄総合事務局
  5. ^ リュウキュウアユ(絶滅危惧種)沖縄県
  6. ^ 沖縄島におけるリュウキュウアユの復元 (PDF) (社)日本河川協会
  7. ^ アユ神奈川県水産総合研究所内水面試験場
  8. ^ ビワマス (PDF) 水産総合研究センター さけますセンター
  9. ^ a b 海域におけるアユ仔稚魚の生態特性の解明 (PDF)
  10. ^ 海域におけるアユ仔稚魚の生態特性の解明 (PDF)水産総合研究センター研究報告
  11. ^ 人工長期継代アユの遺伝子特性調査
  12. ^ 出典 刺身百科 柴田書店 2007年
  13. ^ 「飲食事典」本山荻舟 平凡社 p17 昭和33年12月25日発行
  14. ^ アユ養殖の現状と将来 (PDF)
  15. ^ アユ養殖業の現状と課題 広島大学生物生産学部 食料生産管理学研究室 (PDF)
  16. ^ 朝日新聞 大阪本社版 朝刊 13版、2011年11月18日、39頁

[編集] 参考文献

  • 岡村収監修『山渓カラー名鑑 日本の海水魚』ISBN 4-635-09027-2
  • 川那部浩哉・水野信彦・細谷和海編『山渓カラー名鑑 改訂版 日本の淡水魚』ISBN 4-635-09021-3

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

  • あゆ 神奈川県水産総合研究所内水面試験場
  • アユ長野県水産試験場
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