日本料理

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天ぷらの盛り合わせ

日本料理(にほんりょうり・にっぽんりょうり)とは、日本でなじみの深い食材を用い、日本の国土、風土の中で独自に発達した料理をいう。日本食とも呼ばれ、日本風の食事を和食と呼ぶ[1]

2013年11月、「和食」の無形文化遺産への登録が、ユネスコの事前審査で勧告され、同年12月に登録された[2]

(穀類)・野菜が多くの場合料理の基本素材とされており、寿司および刺身天ぷら蕎麦などは日本国内外でもよく知られると共に料理店はミシュランにおける評価も高い。

オムライスカレーライスなど洋食の一部でも、日本に定着し一般的に食され日本で独自の発達を遂げている料理は日本国外において日本の料理として扱われることもある。ラーメンなど中国料理をルーツとする(和式)中華料理や、イタリア料理をルーツとするスパゲッティ・ナポリタンなどについても同様である。

概要[編集]

日本料理・和食は、日本独特の料理法を用いた日本独特の料理群を指す。何をもって日本独特とするか、日本独自とするか、判断は様々であり、明確な定義は存在せず、慣習によって決められている例が多い。米を主食とし、割烹が典型的な日本料理・和食とされている(後述)。日本で料理店や食事は「和・洋・中」といった分け方がされることが多いが、いわゆるジャンクフードやB級グルメなどその定義や分類は曖昧になる場合もある。ユネスコ無形文化遺産に登録された和食は、「多様で新鮮な食材とその持ち味の尊重」「栄養バランスに優れた健康的な食生活」「自然の美しさや季節の移ろいの表現」「正月などの年中行事との密接な関わり」である[3]

主に前近代(江戸時代以前)から日本に存在する料理の流れを引くものを日本料理・和食とするのが、一般的に普及している定義である。「日本料理」と「和食」と言う言葉は文明開化の時代に日本に入ってきた「西洋料理」や「洋食」に対応する形でできた言葉であり、「日本料理」は石井泰次郎[4]による1898年(明治31年)の『日本料理法大全』により一般化され、「和食」はそれ以降に現れたものであると見られている[5]。「日本料理」には料理屋で提供される高級料理のイメージがある一方、「和食」は家庭食も含む日本食文化全体を表す言葉としてよりふさわしいとされる[5]

日本で独自に発生した料理で、日本国外から伝来したものでなくても、近代以降に生まれたものについては、和食とはみなされないものもある。例えばお好み焼き等の鉄板焼き料理については、鉄板焼きという料理方法が伝統的なものではないことから、日本国内では和食とは区別されることもある。しかし、鉄板焼き料理は日本独特のものであり、海外では日本料理と認識される場合がみられる(ただし、ウィキペディアの英語版の「Japanese cuisine」の項目においては「お好み焼き、たこ焼き等は伝統的な料理ではないのでwashokuには定義されない」と記述されている)。日本政府の外国向け「日本食レストラン推奨制度」では、具体的に懐石、寿司、天ぷら、うなぎ、焼き鳥、そば、うどん、丼物、その他伝統の料理を日本食としている[6]

和食;日本人の伝統的な食文化」のユネスコ無形文化遺産登録申請に関連し、日本は「和食」を料理や調理法だけでなく「いただきます」や「もったいない」といった食事という空間に付随することがらも含めた「自然の尊重という日本人の精神を体現した食に関する社会的慣習」として提案[7][8][9]年末年始における餅つき御節料理食育教育を中心にプレゼンテーションを行った[10]

異文化料理との折衷・交流・逆輸出入[編集]

西洋料理を日本人の主食であった短粒種のジャポニカ米や一汁三菜のスタイルに合う副食として取り入れ、改変・融合したすき焼きライスカレーオムライス豚カツなどは、しばしば和洋折衷料理と呼ばれた[5]ステーキハンバーグのソースやサラダのドレッシングに大根おろし醤油を使う場合もあれば、スパゲティソースとして明太子たらこ納豆しそ梅干しなどを使う場合もある。このような食事は、日本料理とはいわず「和風ステーキ」などと呼ぶ事が一般的である。

以下のように、日本料理か否かの意見が分かれる場合もある。

特徴[編集]

刺身焼き物煮物漬物などを食器に盛り付け、一つの箱(弁当箱)に詰めた松花堂弁当

日本の食文化の特徴として、日本の国土に根ざした多様な食材の新鮮なままでの使用、一汁三菜を基本とする米を中心とした栄養バランスに優れた構成による長寿・肥満防止に役立つ健康的な食事、自然の美しさや季節の移ろいの表現、正月などの日本の年中行事との密接な関わりが挙げられている[9][11]

日本料理は素材に手を余り加えず、選ばれた素材そのものの風味、よさを引き立たせる素朴な調理法が尊重される傾向が強く、「素材の持ち味以上においしくしない」ことを原則とし「日本人はおいしいものを探しその持ち味を味わうことを第一としており、おいしくないものに手を加えてまで食べたいとは思わなかった」とその調理の「消極性」が表現されることもある[12]。これは濃厚な調味料を使い「積極的」に調味したフランス料理中華料理と比較すると明白であり、豆腐料理における冷奴湯豆腐に対する麻婆豆腐といった例をあげることができる。また、中華料理に良く見られる揚げた後に煮込んで揚げ浸しにしたりあんかけにすることで泥臭い川魚や獣肉を食べやすくするといった食材に対する融通性や油を多用した食材加工技術は、日本料理ではうなぎの蒲焼南蛮漬け、茄子の揚げびたしのようなもの以外はあまり顕著ではない。

食材[編集]

素材の新鮮さが特に尊重される。一般的にをはじめとする穀物野菜類、果物魚介類海藻といった海産物、鳥類などが使われ、乳製品はほとんど用いられない。特に海産物と大豆加工食品の利用の多彩さが特徴で、総じて低脂肪、高塩分であるとされる。このような特徴は韓国料理や東南アジアの食文化とも共通するが、それらの料理と比較して獣肉と油脂の利用が発達しておらず、風味の強い香辛料の使用が少ないという違いがある。新鮮な食材や良質な水に恵まれているため、素材の味を最大限に活かした味付けが尊重される。

調味の基調はうま味を豊富に含んだ出汁削り節昆布などを煮出して作られる)、大豆で発酵させた醤油味噌である。日本酒や米などの米発酵調味料も多用される。甘みには水飴みりんが使われるが、現代では砂糖を使うことが多い。ナタネ油ゴマ油などの植物油を少量使い、ラードなどの動物性油脂はほとんど使用されない。食材をにさらしたり茹でたり煮たりすることが多いため、水そのものの味も重視される。

日本料理と米[編集]

古来より米価が物価の基準として用いられ、米本位制社会とも呼ばれたように、日本では主食通貨として米が使用されるほど重要な物であり、「ご飯」という言葉は食事という意味と同時に米そのものも指す。「瑞穂国」が日本の美称としても使われ、稲荷神社が日本各地に存在し、秋の収穫祭の中心は米であり、天皇家においても新嘗祭は重要な行事である。多くの日本料理が米(および日本酒)に対する副食としてデザインされており、炊飯米と合わせて食べたときにちょうど良くなるように塩味が調整される傾向にある。

旬、季節感[編集]

季節感は日本料理の重要な要素になっている。旬の食材は美味しく、また市場に豊富に出回り値段も安く栄養価も高くなる傾向にあるため、生命力にあふれる素材そのものの味を楽しむ好機と考えられている。七草がゆのように、雑草特有の自然なあく強さや苦味も生命力を涵養する滋味として喜ばれてきた。また初鰹のような季節を先取りする「走り」、落ち鮎のような翌年まで食べられなくなる直前の「名残」など、旬よりは味が落ちるが素材の扱いを変えるなど、同じ食材でも走り、旬、名残と三度の季節感が楽しまれることもある。

割主烹従[編集]

彩りを出し、素材の持ち味を引き出すために、味付け前の下処理に手間をかける。日本料理の調理場を「板場」[13]、料理人や料理長を「板前」「花板」[14]まな板と関連付けて呼ぶ事から分かる通り、食材を切ること自体を煮炊きから独立した調理の一過程として非常に重視しており、切り方、盛り方、色組み合わせ(三真)にも注意が払われる[15]。これは、あらかじめ食べやすい大きさに切りそろえられた素材にナイフを使わず箸を使って食べるという食文化や、平安時代包丁式に見られる文化的バックグラウンドや、加熱調理は誰でも出来るという考えから来たものである。『焼く』という意味が由来のフランス語で、台所や料理法を意味する『キュイジーヌ』(cuisine)とは対照的である。

このような「切る」ことを重視する日本料理の姿勢は「割主烹従(かっしゅほうじゅう)」と呼ばれ、包丁を使って「割く(切る)」ことが第一で、「烹る(火を使った調理。煮る、焼く)」ことがこれに続くとされる[16]。これに関連し、日本料理はしばしば「割烹」と呼ばれ[15]、この言葉は江戸後期に関西から広まり、高級料理店などで用いられるようになったとされる[17]

調理法法は、生(刺身)、焼き物(焼き魚)、煮物(煮付け)・揚げ物(天ぷら)など多彩であり、焼き物の場合、下処理の済んだ食材に塩を振り、炭火で焼き上げるものが多い。煮物、蒸し物の場合、出汁を基本に味噌や醤油を用いて味付けが行われることが多い。香辛料の類はあまり使われない。香味野菜を刻んだりすりおろしたりした物を好んで使用する(薬味もしくはカヤクと呼ぶ)。

椀刺(椀差)[編集]

日本料理の考え方が色濃く現れるのは物(吸い物)と刺身であり、合わせて「椀刺」(四条流などでは「椀差」と記述)と呼ばれる。会席料理における酒肴のメインディッシュとみなされており[18][19][20][21][22]、その出来栄えによって、その店の料理人の腕前を確かめられるともいわれる[16]。会席料理での刺身は、7切れ・5切れ・3切れを遠中近の山景に見立てて並べ、これにけん・つま・かいしきと辛味を添える。吸い物は一般的な煮物椀に比べて出汁などを薄くしたり、出汁をまったく使わず潮汁として椀種の味と季節感を強調し、これに木の芽ゆずなどでアクセントが加えられる。

配膳[編集]

日常的な食事の構成としては、ご飯(白米やその他の穀物を炊いたもの)、汁物、おかず3品(主菜1品と副菜2品)という組み合わせを取り、一汁三菜と言う。これらを好みにより交互に食べる。御新香(おしんこ)のような塩気の強い食品は、ご飯などの塩気の無い料理とあわせて食べる事がある。

懐石料理・会席料理のように改まった席では、通常一品(あるいは一膳)ずつ順番に料理が供される。西洋料理には「コース」という概念があり、何段階かに分けて異なる種類の料理(前菜、スープ、主菜など)を食べるが、日常の日本料理ではそのような構成をとらない事が一般的である(日常食を提供する食堂・レストランも同様)。また食器や食事室の統一性にも配慮が払われる。

盛り付けの作法[編集]

盛付けの美しさは、日本料理の大きな特徴である。調理した食材を彩りよく並べるだけでなく、器の質感や絵柄なども吟味し、季節や風情を盛り込むことも、調理の一つとされる。を右手で扱う右利き向けの配膳が基本となっている。料理の盛り付けの作法は、次のとおり。

  • ご飯は左、味噌汁は右。古来より左が上位と扱う文化(左大臣右大臣より上位、など)のため、主食のご飯を左に置くのが正しい。
  • 尾頭付きの魚の盛り付け方は、頭を左、腹を手前側に向ける(ただし、カレイに限っては、頭を左にして腹を上にしたり白い面を表にして腹を手前にしたりする場合がある)。
  • 魚の切り身の盛りつけ方は、魚の種類によって、皮を上にする「皮表」とすべき場合と、身を上にする「身表」とすべき場合がある。ほとんどの魚は皮表で盛りつける。したがって、皮を上側、身を下側にして盛りつける(鮭などで薄い切り身となっている場合には、皮を奥側、身を手前側とする)。これに対し、ウナギ、アナゴ、ハモなどは身表とする。
  • 長い食材は、長方形の皿に盛り付ける。
  • 大根おろしや刻みねぎなど、付け合せは手前側に置く(前盛りと呼ぶ)。

日本料理の食事作法は、他文化の食事方法とは大きく異なる点が多い。

ご飯と味噌汁が逆 
魚の頭の向きが逆
付け合せは手前側に置く 
作法にかなった配置 

食器[編集]

使用する食器は、漆器陶器磁器など多種にわたり、併用される事がある。器は、多彩な絵付けが施されたりデザインに工夫を凝らすなど、料理を引き立てる事が多い(後述)。特に陶器は造形の制限が緩やかで、濃い色の皿・角型の皿、花や果実の形を模した器など、伝統的な欧米の料理の食器とは大きく異なる。近隣国で陶磁器生産の歴史がある中国・韓国と比べても、丸皿を多用し伝統的な絵付けの陶磁器を用いる中華料理や、金属製の器や絵付けのない白磁の食器を主とする韓国料理に比べ異彩を放っている。また、陶磁器の普及までは木椀を使用しており(九州では陶磁器の普及により木椀を用いる習慣がほとんど失われた一方、東北地方では近代にいたるまで木椀を多用する文化が残っていた。また社会階層により普及の時期は異なる)、漆器の多用はその名残であると言える。家庭では、ご飯茶碗・箸は、各人専用のものを用いる習慣がある(属人器)。

歴史[編集]

文献初出[編集]

料理の記述の文献初出は、『日本書紀』で磐鹿六雁命(イワカムツカリノミコト高橋氏の祖先)であり、景行天皇が亡き日本武尊を偲んで安房の浮宮へ行幸した際にを出した記述である。盤鹿六雁命は大膳職長に任じられたと言われ、後に料理のとして祭られるようになった。

料理の伝来[編集]

古来より日本列島に住んでいた人々は、採集・漁撈で得た山菜や獣肉、クリドングリを食してきたが、すでに縄文時代より雑穀の栽培が行われ、縄文時代の末期には稲作と米食が始まった。古くから煮物、焼き物、蒸し物など直火と水、鍋を用いた調理がなされていたが、揚げ物は中国から入ってきたと考えられる。さらに中国からは仏教を通して特殊な料理やが伝えられ、寺院において独自の発展をみた。これが精進料理である。7世紀後半に律令体制の確立が目標とされると、米に基く安定した税収の確保のために、稲作の推進を意図した為政者により、家畜などの野獣を食べてはいけないという禁令が飛鳥時代に何度も出されている。

奈良時代[編集]

中国文化の影響を受けていた奈良時代には、それが料理や食習慣にも現れ、端午の節句七夕など行事の移入につれて、晴れの日の特別な料理が作られるようになった。年中行事には、それに相応しい宴会が催されたが、中国から伝わった料理法が日本の風土や産物の中で工夫が加えられ、やがて日本独自の料理も多く出来てきた。

平安時代・鎌倉時代[編集]

平安時代の初期には、中国の影響を受けつつ、独自に食文化が発展している。唐揚げや唐煮、唐菓子などの料理が食膳に上り、中国風の納豆なども食べられていた。

国風文化の流れが定着すると、公家の間では食礼式や料理の流派が発達していった。大饗(だいきょう/おおあえ)料理という言葉が出てきたのもこの頃である。しかし、現在の日本料理で用いられる技法はまだ出そろっていなかった。貴族の食膳にのぼる料理は、現代のように醤油で味付けされることもなく、出汁を用いないなど、調理技術は未発達で、貴族達は食べる料理に自らなどで調味をしていた。その上、野菜を下品な食べ物と見下して摂取せず、珍しい食べ物を食べる事で貴族達は自分達の権威を見せ付けていた。更に、仏教の影響で料理の美味いまずいを口にする事をタブー視していたため、栄養面から見るとかなり悪い食事をしていた。この時代、料理に貢献をした人物としては、光孝天皇の命で新しい料理法(四条流包丁式)を編み出した藤原山蔭が挙げられる。伝統ある日本料理店では神棚に「磐鹿六雁命」と「藤原山蔭」を祀っている例も多い。

鎌倉時代には、禅宗と共に喫の風習が広まった。禅宗の僧が食べていた精進料理が本格的に流入し、がんもどきなどの食品加工技術が伝わった。精進料理の影響により、大豆加工の技術や野菜料理の技法が大きく発達し、のちの日本料理の方向性を決定づけることになった。禅僧の修行の際の軽食を「懐石」と称していたのが後の懐石料理語源である。また、栄西が中国からを持ち帰り、懐石と結びついて茶料理が生まれた。ご飯を食べる際に匙を使う習慣はすたれ、飯碗を手で持ち、箸で食べるようになった。

室町時代[編集]

室町時代に入ると宮中の料理は武家の間にも採り入れられ、食礼式が発達した。当時は小笠原流などの礼法が盛んな時代であり、料理の流派としては中納言山陰政朝を始祖とする四条流が興った。料理書『四条流包丁書』もこのころに書かれたとされる。一方、権威が落ちた貴族達は大饗料理を作る余裕が無くなり、大饗料理は有職料理に姿を変えた。また、足利家には大草流があり、この頃より食作法がやかましく言われるようになり、1人分の料理をの上に組むいわゆる「本膳の形式」による料理が形成された。一方、この儀礼的な料理に対して茶道から生まれた趣味的な料理が懐石料理であり、この二つが日本料理の主流を占めるようになった。

仏教の「食事の味を論じてはならない」という文言の解釈が変わり、禅寺では料理や食事も修行の一環とみなされるようになり精進料理が発達した。禅寺の食のタブーを克服するため調理技術が発達し、出汁の概念が生まれた。大豆の加工技術も禅寺から興ったものである。足利義政は窮屈な、接待での食事の息抜きとしてよく禅寺への用事がてらに食事をし、これが現在の日本料理の基となった、とされる。また、安土桃山時代に来日したジョアン・ロドリゲスは著書『日本教会史』の中で支配階層が身に付けるべき「能」(実践的な教養)であったものとして、「弓術・蹴鞠・庖丁」を挙げている。

室町末期から安土桃山時代には南蛮船により南蛮料理や南蛮菓子カステラなど)が伝わってきた。

江戸時代[編集]

江戸時代は、経済文化が大きく発展し、当時の献立や料理書から料理の内容が豊かであったことが知られている。天ぷらにぎり寿司蕎麦などの屋台による料理が発達した。寿司専門料理店ができるのもこのころである。また、都市部を中心に発達したお留守居茶屋などの料亭の料理は、を飲みながら料理を食べる形式で本膳や懐石のように作法にあまりとらわれないのが特徴であり、これを会席料理と称した(現在最も多く行われているのはこの会席料理である)。関東地方で濃口醤油が発明され、調味や色付けに醤油が多用されるようになった。鰹節昆布で出汁をとる技術が高度に発達し、砂糖の普及により、甘い和菓子が食べられるようになった。陶器磁器を使い、凝った絵付けを施した食器が広く普及した。またももんじ屋などでは薬食として牛肉など肉食も行なわれた。江戸時代中期には、輪違い大根に代表される「見立て」という飾り包丁の技法が発達した。また、この時代には黄身返し卵などの珍料理が生み出されている。

関東の料理[編集]

江戸料理と呼ばれる鮮度の良い[23]地元の材料を使用した料理が独自に発展していった[24][25]

江戸は政治の中心地で経済的に発展をしており[26]、「大江戸八百八町」と呼ばれる世界有数の大都市へと発展していた[27]ため、食文化は著しく発達した。

『絵本江戸風俗往来』に「江戸市中町家のある土地にして、冬分に至れば焼芋店のあらぬ所はなし」と焼き芋屋が大人気[28]となるほどの田畑の豊かな農作物以外に、特に江戸前など海の幸に恵まれていたため、刺身や握り寿司のように新鮮な魚介類を用いた料理が大きく発展した。江戸湾内で豊富に採れる魚介類江戸前の名で呼ばれ、近海で穫れるマグロなどの刺身[29]は献立に欠かせぬものとなった。また、タイは「めでたい」の語呂から姿焼きで膳に飾られる事が多く、きんとんや蒲鉾などの口取りを添えてみやげ物として持ち帰る風習が生まれた。こういった中で鮮度と産地を重視する江戸料理が生まれた。また、武家社会を中心に、八寸や口取りから始まる本膳料理が発展した。元禄年間以降、町人の手による江戸料理が発達し、富裕な階層を相手にした高級料亭から、蕎麦や丼物といった庶民の味まで、さまざまな食文化が生まれた。地方出身の単身者や職人が多かった江戸では、蕎麦やてんぷらなどの屋台や外食産業が栄えた。

特に好まれた料理としては、天ぷら・蒲焼[30]・寿司・蕎麦など。また旬の物や鮮度の良いものが好まれており、非常に高価な初ガツオ・初ナスなど縁起を担ぐ事も多かった[23]

出汁は鰹節と醤油を使ったものが好まれ、醤油はうま味成分が多い濃口醤油[31]、鰹節は花かつおなどの荒節(裸削り)ではなく、味と香りが良く高価な本節(本枯節)を使った鰹節削り節も使われた。江戸時代から調味料として醤油が盛んに用いられるようになり、江戸近郊では濃口醤油が大量生産されるようになった。料理屋の食事には、通常持ち帰り用の「折り詰め」が付いてくるため、味付けが絡みやすい濃口醤油が使われた[31]。江戸では井戸水に塩分が含まれていたため、飲料水には江戸の六上水の水が用いられた。諸大名参勤交代が行われた事などから、江戸の料理文化が日本各地に広がると共に、各地の産物や料理文化の交流があった。そして19世紀初頭には文化の中心地ともなっていった[27]。海藻類も、「わかめ(干しわかめ)」と「なまわかめ」などが区別[32]されるなど、ダシや具としても活用されていた。

こしょうなど香辛料も工夫して利用されるようになり[33]、芳飯も鶏飯など異文化も取り入れられ[33]、おじや、ねぎぞうすい[34]も食べられるようになっている。「貝焼き」は、江戸幕府の饗応食にもなった。

江戸の食文化は、落語の「時そば」「ふぐ鍋」「素人鰻」「目黒のさんま」「蕎麦の殿様」などに表現されている。

関西の料理[編集]

京都大阪の料理は「上方料理」と呼ばれた。これらの地域では、北前船によって輸送された北海道産の昆布が重宝された。また、茶会に出す料理として千利休らによって考案された会席料理は、懐石料理、割烹として京都と大阪で引き続き発展した。

京都の食文化は、朝廷料理、寺院料理などの影響を受けていた。また、町人文化として発展した京漆器や京焼が、料理に彩を添えた。盆地状の地形の京都は地下水に恵まれ、京野菜や豆腐の生産に適しており、それらの素材の風味を尊重した薄味の料理が発達した。一方で、海産物に乏しかったため、干しダラや身欠ニシンなどの乾物や保存食が用いられたほか、長期の輸送に耐えられる押し寿司や、生命力の強い鱧を用いた料理などが発展した。

江戸時代の経済、物流の拠点だった大阪では、瀬戸内の豊かな魚介類や近郊で作られた野菜だけでなく、全国の産物も集められた。そのため「諸国之台所」と評されるほど食材に恵まれていた。特に、加工した昆布を用いただしの文化が、船場を中心に発展した。一方で、米とともに全国に輸送された京都の工芸品、灘の酒、堺の刃物などは、「下りもの」と呼ばれとりわけ江戸で重宝された。

明治時代以降[編集]

肉じゃが

明治になると、肉食が解禁され牛鍋などが登場した。一方、料理の流派は包丁式を残し衰退した。それまで本式の料理とされていた本膳料理は衰退した。この時点で伝統的な日本料理の主要な業態は、会席料理を主とする料亭や高級旅館に移ったと言える。寺院を主な対象とする精進料理・茶人を主な対象とする懐石料理は独自性を保って現在まで続いている。

明治期には西洋料理が主に社交の手段として日本国外の人との交渉のある社会階層で食べられるようになったが、当初はごく一部の家庭を除き日常の食生活にはほとんど浸透しなかった。一方、各地の西洋料理店(洋食店)では、純粋な西洋料理の他に、日本人の口に合うよう日本人の手で作り変えた料理が生み出されていった。都市部の家庭ではちゃぶ台が使われ、それまでの家父長制的な銘々膳の作法から、食事が家族だんらんの場として認識されるようになっていった。

また、陸海軍においては給食携帯口糧として、従来の日本料理とともに西洋料理や和風料理がレシピに取り入れられ(帝国陸軍軍隊調理法等)、軍隊でこれらの味を覚え退役した者を通して日本国外の食文化が民間に広まっていった。

戦後になると、物資不足の中、アメリカからの食糧援助として小麦粉等が大量に輸入され、学校給食でもパンが提供された。「奥様は魔女」「名犬ラッシー」などアメリカのドラマでのパン食・洋食風景の日常がテレビで流れたこともあってパン食が米食に並ぶほど普及していき、パンも日本の料理の庶民一般的な食物となっていった。

洋食[編集]

もともとはヨーロッパから日本にもたらされた西洋料理全般を「洋食」と呼んでいたが、バブル期以降、本格的な各国の西洋料理が日本で一般化し、近年は「フランス料理」「イタリア料理」など各国名で呼ばれることが多い。

現在は、古くから日本に定着し日本化された西洋風の食文化を、日本料理の一分野として「洋食」と呼ばれることが多くなっている。また日本で作られた洋食もあり、その代表はオムライスやスパゲッティナポリタンエビフライなどがある。グラタンやシチューのように明治期にもたらされた古い西洋料理そのままのものや、ハヤシライスハンバーグのように、西洋料理を米に合うようアレンジした料理もある。なお、洋食店発祥の料理の中でも豚カツなどのカツカツレツ)料理は和食との同化が進み、和食として扱われることもある。日本風にアレンジされて独自に発展した洋食は、海外に逆輸出され、日本食レストランのメニューにもなってきている。

食材・調味料[編集]

伝統的食材[編集]

明治以降に使われるようになった食材[編集]

伝統的調味料[編集]

  • 砂糖
  • 日本では、岩塩ではなく海水を使用したものが多い
  • 醤油 だし(下記)と並んで日本料理でもっとも重要な位置を占める、日本独自の調味料。(韓国、中国の醤油とは製法・味ともに異なる)
  • 味噌 日本独自の製法のもの

(以上5種類の「さしすせそ」と称する語呂合わせがある基本的調味料。)

  • 削り節 カビ付けされた鰹節の「本枯節」は独特の物
  • 昆布
  • シイタケ
  • だし 乾燥昆布干し椎茸鰹節煮干等をに浸したり、煮出して作る。
  • 水飴 甘味料として古代から用いられ、江戸時代までは重要な甘味料であった。砂糖が安価になった現代でも調理材料に使われている。
  • 日本酒 
  • みりん もともとは飲用であったが、現代では料理に甘みを添える料理酒として使われている。
  • ワサビ 日本独自の香辛料。匂い消しのために、刺身や寿司に添えられるほか、蕎麦やうどん、茶漬けにも使われる。
  • 生姜 ワサビ同様匂い消しに用いられる。漬物にしたり、飾りに使う場合もある
  • 唐辛子 七味唐辛子柚子胡椒唐辛子味噌(寒作里)などの伝統配合調味料に使われる。
  • 柚子日本料理等において調味料として、香味・酸味を加えるために用いられる。
  • 山椒 香り付けとともに、辛味を添える。唐辛子と共に炒めた混合調味料としても利用される。
  • ネギ 薬味としては生のまま刻んで用いる。野菜として料理の素材にも大量に消費される。
  • シソ 薬味としては生で使う。梅干作りに使う赤シソを細かくしたものは「ゆかり」と呼ばれお握りの味付けにも利用される。

明治以降に使われるようになった調味料[編集]

  • 胡椒 - 奈良時代以前に伝来し、辛味の調味料として用いられていたが、戦国時代にトウガラシが伝来して以後、日本料理の調味料としての需要は減少した。現在では再び多用されているが、日本料理の調味料としてはあまり用いられない。
  • ウスターソース - たんにソースと呼ばれるとこれを指すことが多く、日本の欠かせない調味料のひとつになっている。ただし現在の日本のウスターソース類(とんかつソース、中濃ソースなど)は、英国の元来のものとは事実上別の調味料となっている。
  • マヨネーズマーガリン - 日本料理の調味料としてはあまり用いられない。
  • カレー粉として調合され売られている香辛料
  • 和風ドレッシング

分類[編集]

主な伝統的料理[編集]

伝統的な食事形式で食する伝統的な料理様式。有職料理は貴族の饗応料理、本膳料理は武家の饗応料理で、それぞれ過去には最も正統な料理形式であった。会席料理は富裕な町人を客とした料亭で生まれ、酒と料理そのものを楽しむ格式張らない料理として発達した。現在では会席料理が正統な日本料理の形式としてもてなしに使われている。

  • 有職料理 - 平安時代の貴族の社交儀礼の中で発達した大饗料理の流れをくむ料理様式。現在は京都の限られた料亭にのみ伝わる。
  • 本膳料理 - 室町時代から武家の饗応料理として発達したもので、江戸時代には本式の日本料理とされた。儀礼的な色合いが濃い料理であり、明治以降は衰退した。ちなみに、本膳料理の付随として派生・発展してきた料理に皿鉢料理がある。
  • 精進料理 - 禅寺などの寺で、外来者をもてなすための料理法として発達した。僧が食べているわけではない。
  • 懐石料理 - 茶道から発した料理。コース式に供される。本来は茶を楽しむためのものである。
  • 会席料理 - 宴席から発生した、酒を飲みながら味わう料理。料亭で出されるもので、懐石料理のようにコース式に供される。

季節料理[編集]

正月に食べるお節料理

正月など、特定の季節(時期)に食べる日本料理も多い。日本の正月には、お節料理を食べる伝統がある。正月近辺には餅が主食となることもある。

郷土料理[編集]

郷土料理は日本の地方で古くから食べられてきた料理であり、村おこしに使われるご当地料理ご当地グルメ(ご当地ラーメンなど)とは異なる。

主な大衆料理[編集]

伝統的な食事形式で食さない種類の料理で、成立年代が比較的古い、または調理形式が大部分が日本の調理法を使用する料理。大衆から愛される大衆文化からできた料理を大衆料理と呼ぶこともある。

新しい日本料理[編集]

日本の料理であるが、伝統的な調理方法から逸している料理。日本独自の料理法で作られるもの。日本で食べられる料理の中では成立年代は概ね20世紀以降の新しい料理である。

鉄板焼き[編集]

その他[編集]

  • 溶岩焼き料理 - 石焼きの一種で、天然の溶岩石製の溶岩石板または溶岩石プレートを使用する場合は溶岩焼き。
  • 焼肉 - 日本の江戸時代からあるももんじ屋が由来の説がある[35]。日本大百科全書では朝鮮料理由来としている(後述)。外国では日本の焼肉店は日式焼肉やJapanese BBQとも言われている。食べ方は、薄切りの生肉を網などの上で直火で焼き、たれにつけて食する。鉄板焼きの場合もある。

外国由来の料理[編集]

外国の料理が元であるが、日本風にアレンジされた、または日本で新メニューとして開発されたもの。多くが一般大衆の家庭料理として根付いている。

洋食[編集]

洋食は、西洋料理をベースとして日本で成立した料理である。

調理パン[編集]

日本でよく食べられる菓子パン総菜パンの多くが日本で考案されたものである。

洋菓子[編集]

海外に由来する日本発祥のもの。

中華[編集]

中華料理をルーツとしているが、材料や調理法が大きく変わって日本独自の料理となっているもの。このような中華料理の現地化はアメリカなど他の国でも見られるが、日本では特に八角五香粉など香辛料の使用が控えられ、香菜は刻みネギで置き換えられることが多く、砂糖や日本酒、みりんなどを用いて甘みが強められることが多い。また、麺料理や餃子のような中国では主食相当の料理が日本ではご飯とともに供されることも多い。

  • ラーメン - 中国から伝わった麺料理だが、日本風にアレンジされ日本独自の進化をした。「中華麺[36]という細長い麺を使う事や手間暇を掛けるダシと各種のタレを使用するスープが特徴。日本国内外に熱狂的な愛好者が多い。
  • 担担麺 - 本来の四川料理では小さな椀に入った汁なし担々麺が主流であるが、日本の担々麺は広東ラーメンに近い形の麺料理で、中華料理屋等の各種ラーメンメニューの1種にもなっている。
  • 長崎ちゃんぽん皿うどん - 長崎の中華料理店で生み出された。
  • 餃子 - 日本では、材料にニラやニンニクを入れ、焼き上げるのが主流。
  • 天津飯 - 中華料理の「芙蓉肉(蟹)」(蟹玉)をの上に乗せた料理。

その他[編集]

  • タコライス - メキシコ料理のタコスに挟む具材を、ご飯の上にかけた料理。
  • 焼肉 - 朝鮮料理由来で、薄切りの生肉を直火で焼き、たれにつけて食する[37]。鉄板焼きの場合もある。

日本国外で好まれる日本料理[編集]

2007年に発刊された高級レストランガイド「ミシュラン」の東京版では、150軒の掲載店舗のうち、約6割が日本料理店であり、日本料理店も含めて、掲載された全ての店舗に1つ以上の星が付いた(ミシュランの掲載店舗の中には、星が付かない店もあり、全ての店舗に星が付いたのは、ミシュランでは初めてのことである。)。また、150軒の掲載店舗に合計190以上の星が付き、それ自体も過去最高であった。

テレビなどメディアの影響もあり、国際的に活躍する日本人の有名料理人(スターシェフ、Star Chef)も多数出現している。

食のタブーを持つユダヤ人から「タブーに抵触しないか?」という声が上がったため、ユダヤ教のラビ(祭司)が視察・検査のため、日本にある八丁味噌の製造工場や、日本茶の農園や加工場などを訪れるようになった。ユダヤ教のラビのお墨付きが付いた食材(カシュルート)は製造過程に甲殻類が一切関わっていないため、甲殻類アレルギーの人にもありがたがられている。

正食という日本料理[編集]

食事を通じて健康などに働きかける正食(マクロビオティック)を通じて紹介された日本の料理や調味料が多く、ヨーロッパやアメリカの一部で正食が評価された地域では、日本では一般に使われていない特殊な調理法や食材が使われている場合がある(味噌はパンにぬって食べる場合がある)。企業による大量生産品も一般的であるが、醤油味噌豆腐などは古来の製法で作られることも多く、日本の一般的なものよりも風味や栄養価で優れている場合もある。アメリカではたまりも一般的である。

外国で変化した料理(日本風料理)[編集]

日本発祥の料理を各外国風にアレンジしたなどの、現地における日本風料理。

Hibachiでの玉ねぎ火山
  • 寿司 - カリフォルニアロール、スパイダーロール、スパイシーツナロールなど、果物や日本では使わない食材、調理法で構成された新しい寿司。酢飯が使われない例も多い。
  • 照り焼き-多くの場合、焼き方の一種のことではなく、醤油味を基本とした「テリヤキソースを使った付け焼きグリル料理」のことをテリヤキと称する。
  • 魚肉練り製品 - Surimiの名称で、いわゆるカニカマを中心にして欧米の消費量が急上昇している。
  • 鉄板焼き - 焼きごて捌きや玉ねぎ火山といった調理人の演出要素がふんだんに盛り込まれた鉄板焼き。欧米では「Hibachi」と言う名称で呼ばれ、典型的な日本風料理である。

日本の飲み物[編集]

日本茶
アルコール飲料
ソフトドリンク

日本食レストラン推奨制度[編集]

2007年に、正統的な日本料理店に認証を与える「日本食レストラン推奨制度」を日本貿易振興機構(JETRO)がフランスで始めた。制度の目的として、道標の提供と日本食文化の認知度向上・普及・浸透、正統的日本料理レストランにチャレンジする機会の提供、日本の食材などジャパン・ブランド輸出促進を挙げている。制度の対象は、日本で一般に「和食」のカテゴリーに入る食事がメニューのほぼ全てを占めるレストランで、その料理は懐石、寿司、天ぷら、うなぎ、焼き鳥、そば、うどん、丼物、その他伝統の日本食(フランスで創作されたそれに準拠するものも含む)としている。[6]

海外において、日本食が広く知れ渡るにつれ、日本食レストランと称していても、食材や調理方法など本来の正統な日本食とは異なる食事を提供しているレストランが多く見うけられるようになり(海外の日本食レストランはイギリス人経営のチェーン店ヨー!スーシ、フランスのプラネット・スシなど、現地人が経営・調理していることが多い)、調理法から衛生面まで基準を設け、本物の正統日本食を提供するレストランを認定する制度を日本貿易振興機構や農林水産省が設けた。イタリアやタイ等、国が認定するレストラン制度は他国にも存在する。

脚注[編集]

  1. ^ 用語解説 対する言葉は洋食
  2. ^ 「世界の「和食」決定 ユネスコ無形遺産登録」『読売新聞』2013年11月5日東京朝刊1頁参照。
  3. ^ 日本食文化を、ユネスコ無形文化遺産に。”. 農林水産省. 2013年12月26日閲覧。
  4. ^ 著者は1923年(大正12年)に石井泰次郎日本料理法大成大倉書店1923年OCLC 673989417を著した四条流九代目家元石井泰次郎ではなく、八代目家元石井治兵衛石井治兵衛日本料理法大全博文館1898年OCLC 40587513)とみられる。
  5. ^ a b c 熊倉功夫 「1.日本の伝統的食文化としての和食」『和食;日本人の伝統的な食文化』 日本食文化テキスト作成共同研究会・熊倉功夫編、農林水産省2012年3月、3-12頁。
  6. ^ a b 日本食レストラン推奨制度(pdfファイル)”. 日本貿易振興機構. 2013年12月3日閲覧。
  7. ^ 「和食;日本人の伝統的な食文化」の内容”. 農林水産省. 2013年11月24日閲覧。
  8. ^ “「和食;日本人の伝統的な食文化」のユネスコ無形文化遺産保護条約「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表(代表一覧表)」への記載に関する補助機関による勧告について” (プレスリリース), 農林水産省, (2013年10月22日), http://www.maff.go.jp/j/press/kanbo/kihyo02/131022_1.html 2013年11月24日閲覧。 
  9. ^ a b 日本食文化の世界無形遺産登録に向けた検討会 (2012年2月). “日本食文化の無形文化遺産記載提案書の概要”. 農林水産省. 2013年11月24日閲覧。
  10. ^ Draft decision No.8.17. Washoku, traditional dietary cultures of the Japanese, notably for the celebration of New Year” ((英語)(フランス語)). Evaluation of nominations for inscription in 2013 on the Representative List of the Intangible Cultural Heritage of Humanity (item 8 on the agenda). 国際連合教育科学文化機関. 2013年11月24日閲覧。
  11. ^ 我が国の食文化”. 農林水産省. 2013年12月3日閲覧。
  12. ^ 阿部孤柳 『日本料理の真髄』 講談社+α新書, 2006, p. 19-21. 「第一章 日本料理とは ― おいしいものを探す」 ISBN 978-4062723923
  13. ^ デジタル大辞泉板場』 - コトバンク
  14. ^ 百科事典マイペディア板前』 - コトバンク
  15. ^ a b 京都府特定非営利活動法人日本料理アカデミー (2011年8月19日). “「日本料理(Japanese culinary art and culture)」の世界無形文化遺産登録に向けた提案(中間案)”. 2013年11月24日閲覧。
  16. ^ a b 4時間目 鯛をおろす”. 日本料理一年生. 辻調グループ校 (2006年7月20日). 2013年11月10日閲覧。
  17. ^ 日本料理の歴史 08 割烹料理”. 味の素. 2013年11月10日閲覧。
  18. ^ 阿部孤柳 『日本料理の真髄』 講談社+α新書, 2006, p. 53-81. 「第二章 さしみは日本料理のメインディッシュ」 ISBN 978-4062723923
  19. ^ 特定非営利活動法人四條司家食文化協会監修 通信教育講座用 公式テキスト 「第1回 日本料理とは 第3項 日本料理の特色 1 椀差」, 日本食文化検定協会, accessdate=20110127.
  20. ^ 『粋』第80回 半べえ 料理長 川村 満(かわむら みつる)さん, 広島ホームテレビ, 2010年07月29日.
  21. ^ 國府田宏行 酒道第八話 酒席の礼『刺身は淡白のものから』, 菊水酒造株式会社, accessdate=20110127.
  22. ^ 別冊専門料理 『日本料理の四季』 第41号 【特集】献立の華、椀ものと刺身の技術, 柴田書店, 2010. ISBN 978-4-388-80754-3
  23. ^ a b クリナップ
  24. ^ [1]
  25. ^ 『江戸料理百選』
  26. ^ 江戸時代を参照
  27. ^ a b [2]
  28. ^ 川柳:花嫁の閑談さつま芋のこと
  29. ^ 指身や指味、刺躬、差味
  30. ^ [3]
  31. ^ a b キッコーマン 「色が濃いほどにうま味成分は多くなる」・「裏話」
  32. ^ 『江戸料理集』
  33. ^ a b 『江戸時代の料理書』に見る私たちの食卓
  34. ^ 守貞漫稿
  35. ^ 現在の中央区東日本橋2丁目。なお、ほど近い墨田区両国で、1718年創業の「もゝんじや」が2010年現在も営業している。
  36. ^ 中華麺の歴史
  37. ^ 日本大百科全書(小学館)Yahoo!百科事典

参照文献[編集]

報道資料[編集]

  • 『読売新聞』2013年11月5日東京朝刊

関連項目[編集]

外部リンク[編集]