都営バス杉並支所
| 都営バス小滝橋自動車営業所 杉並支所 Tokyo Metropolitan bus Otakibashi bus office Suginami branch |
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|---|---|
| 杉並支所 | |
| 所在地 | 東京都杉並区梅里1-14-22 |
| 所管系統数 | 5系統(深夜バス等特殊系統除く) |
| 主な運行担当区域 | 主に新宿駅西口をメインターミナルに、各方面へ延びる路線が中心。長距離運行路線が多い。 |
| 備考 | はとバスに委託。高速バスの待機場がある。収容数110台と、支所では臨海に次いで多い。 |
都営バス杉並支所(とえいバスすぎなみししょ)は、東京都杉並区梅里に位置する都営バスの営業所(支所)の一つ。営業所記号はD。
2003年4月1日、業務全般の管理を「はとバス」に委託したため、組織としては廃止されたことになっているが、現在も広大な敷地面積を持つことから各社が運行する高速バスの待避所に使用されるなど、利用者への案内上でも都営バスの支所として存続している。
目次 |
概要 [編集]
管轄路線は比較的長距離のものが多く、また営業所から離れたエリアを走る路線も受け持っている。このため路線は杉並区・渋谷区・新宿区・中野区・練馬区・板橋区・北区・世田谷区・港区・品川区の10区にまたがっており、宿91が大森駅まで運行されていた時には、目黒区・大田区にまで赴いていた。
敷地は都電杉並営業所の跡地を利用したものであるが、バスの事業所としての前身は堀ノ内にあった堀ノ内営業所になる。これを移転することにより、1966年11月30日に杉並営業所として開設され、2000年12月12日の再編時に早稲田営業所の支所に降格した。杉並営業所時代は管轄下に青梅支所を置いていたが、改正により杉並・青梅は早稲田の管轄下に変わっている。
2009年4月1日、杉並の所管営業所が小滝橋営業所に変わった。
沿革 [編集]
かつては所管路線が多く集まる新宿を中心に、西側は荻窪駅を経て東伏見、東は銀座を経て晴海埠頭方面へ至る路線を受け持っていた。特に晴海埠頭方面は、新宿から都市新バス(都03)として運行していた。しかし、都03は長距離のために道路渋滞による遅延が後を絶たないことから地下鉄利用者が増えていき、都市新バスにも関わらず営業係数が120 - 130ほどの路線だった。さらには晴海見本市会場が東京ビッグサイトに移転したことによる利用者の減少が進んだことで、2000年12月12日の都営地下鉄大江戸線全線開業時に、新宿駅西口 - 四谷駅前間が廃止された。四谷まで短縮された都03は、都05(東京駅 - 晴海埠頭)とともに深川営業所へ移管され、車両の一部も深川に転属。杉並営業所は支所に降格した。その後、都03は2012年4月よりはとバスに委託され港南支所が受け持つ。
2003年4月1日より、都営バスでは初となるはとバスへの民間委託が開始された。都職員の乗務員は全員が早稲田営業所・渋谷営業所・小滝橋営業所・青梅支所などへ異動となり、車両についてはハイブリッドバスを品川営業所・渋谷営業所・目黒営業所(現:港南支所)・葛西営業所(現:江戸川営業所)に転属させ、その代償として一般のディーゼルバスを受け入れた。
2011年末現在の担当系統は渋66・王78・宿91といった従来から杉並で担当していた系統と、品川営業所から移管した品97、練馬支所から移管した新江62である。
ちなみに、かつては配置されている車両はすべて指定メーカーの日野自動車であった[1]。日野車が投入されない年度は新車の配属が無く、他所の日野車(HR)を転用して旧式車を置き換えていた(例:日産デ車となった2008年度1期投入分は新車を小滝橋に投入しHRを杉並に転用・当所のB代を除籍)が、2009年度になって初めていすゞ・エルガ(T196号車)が配置され、2011年末には同じいすゞ・エルガのM202号車が転入によって配置された[2]。2008年2月からレゾナント・システムズの装置更新をしている。
なお、支所化後の車庫敷地内はジェイアールバス関東・福島交通・富士急行・山梨交通・神姫バスなどの高速バスの待機場ともなっている。
現行路線 [編集]
新江62系統 [編集]
- 新江62:大泉学園駅前 - 東大泉二丁目 - 三原台一丁目 - 谷原二丁目 - 中村橋駅入口 - 練馬区役所前 - 練馬駅 - 新江古田駅前(1往復のみ)
- 新江62:大泉学園駅前 - 東大泉二丁目 - 三原台一丁目 - 谷原二丁目 - 中村橋駅入口 - 練馬区役所前 - 練馬駅(3往復のみ)
都営バスでは都区内最西部に当たる西武池袋線の大泉学園駅前を発着する。1950年代から132系統として新宿駅西口発着で運行を始め、当初は西武バス練馬営業所と相互乗入れを行っていた。1972年に入ると系統番号が宿62となり、目白五丁目停留所のある目白通りと山手通りとの交差点である南長崎1丁目交差点から山手通りに入り、現在の西武バス・宿20と同経路を走行していたが、新目白通り開通後は中落合四丁目経由に変更された。西武との相互乗入れは1973年6月に西武の都合(現在西武バス新座営業所所管の泉30大泉学園駅~片山小学校の路線開設に伴う車両及び乗務員調達の為)で中止されたが路線改変は実施されず、長く都営単独で運行を続けた。ダイヤは単に西武バスが抜け、その減少分を増便しなかったため混雑が増した。その上上りの新宿駅西口行では、練馬区西部地域での乗客は、乗車すると終点の新宿駅西口まで降りないために、混んでいる割には赤字額が高い路線であった。バスの運転時分は豊玉北六丁目交差点(練馬区役所付近の千川通りとの交差点)、西落合一丁目の交差点(バス停西落合三丁目現在の落合南長崎駅前)、中野坂上交差点(バス停も中野坂上)、成子坂下交差点(バス停も成子坂下)の平日朝の上りが、ほぼ必ず渋滞していて、バスが遅れているように感じる人もいたようであるが、ダイヤは寝ておりほぼ時刻表通り・ダイヤ通りに運行が保たれていた。西武バス宿20中井線と共通定期券を発売し、新宿駅西口から中落合まで、どちらにも乗れたが、最初のころの新宿駅西口の乗り場は別々で、利用しずらかった。晩年は宿62と宿20の停留所が、まとめられたが、都営バスの宿62の方が途中で降りる乗客も乗車してきて混んでいた。また、上りと同じ理由で、新宿駅西口で乗車した乗客の大半は、練馬区西部の谷原2丁目バス停のあたりから、降りてゆく乗客が出始める状態が多かった。 1985(昭和60)年に大泉学園駅前から、谷原小学校前までと、練馬総合体育館前から、中村橋駅入口間が狭い旧道を走るため、中型車(F-N-821~F-N826、F-P851~F-P856)が投入されたため混雑に拍車をかけたこともあった。同車の廃車後は再び大型車での運行に戻ったが、1997年12月19日の都営地下鉄12号線新宿延伸開業により、地下鉄と重複する新宿駅西口 - 江原町二丁目(関東バス中12、中28、中41と共に地下鉄12号線開業時に新江古田駅前と停留所名を変更)間を廃止し、新江62系統として生まれ変わる。新江古田駅前が起点になったのは地下鉄乗り継ぎのためと、当時は練馬駅北口ターミナルが未完成(2003年4月1日に完成)のため、乗り入れることが出来なかったためである。
新江古田駅前起点となった直後から、新江古田駅前で都営地下鉄12号線と新江62系統を乗り継いだ場合、バスと地下鉄の合計運賃が割引になる制度を実施してチケットを配布し、それが証拠としていたが、元々この地下鉄開通時には70歳以上の乗客が使用できるシルバーパス(都営交通と、東京都区内の民営バスが無料で乗車できる)使用者が多かったことと、このチケットの受け取り方(バスから地下鉄への乗り継ぎは、新江古田駅前の停留所で、中ドアから直接降りるのではなく、バス乗務員へ一々申告し、チケットの配布を受け前ドアから降りねばならなかった。地下鉄からバスへは、自動改札を通らず、改札係員へ一々申告をしなければチケットの配布は行われず、一旦バスより中ドアから降車してしまったり、地下鉄では自動改札から出てからではチケットの配布が受けられず(証拠が消えている為)、方法が分からない乗客が多かった事と、短縮前より割引をしても結局割高なこともあり浸透せず、1年で廃止された。また、大泉学園駅前・三原台・谷原・練馬区役所前付近から「新宿駅直通」という唯一の利点を失ったことで乗り換え無しという唯一の長所が無くなり利用客が激減して行き、ダイヤ改正毎に本数が減少していった。2005年の改正で、利用客の少なくなった新江古田駅前 - 練馬駅間の運行本数が約1/3にまで減回されてゆき、大泉学園駅前 - 練馬駅の折返便が多くなっていた。近年は練馬駅 - 大泉学園駅前の運転間隔は約1時間に1本程度の運行であったほか、休日は平日・土曜より1時間早い終車設定となっていた。練馬車庫前発着便に関しては朝杉並車庫から回送で来た大泉学園駅前行きは練馬車庫前から営業を開始し練馬駅北口ターミナル(下りは練馬駅前:南口は設置されず)を経由せず、逆に練馬車庫前行きは練馬駅で北口バスターミナルへ入らずに南口(練馬駅前)に停車し、西武池袋線に並行し関東バス高60と共に桜台駅前を経由して池65と共に練馬車庫前へ向かっていて、杉並車庫へ回送して行く。
2009年4月1日、はとバス委託によって132~宿62時代から長く担当していた練馬支所から当杉並支所へ移管されたので。練馬支所時代には見られた大型車の運行(ただし末期は中型車幅10.5m車のスペースランナーJPが多かった)も、杉並支所移管後は品川営業所より転属してきたE代中型車による運行がほとんどとなり、大型車の運行は練馬支所時代より減ったが,E代の廃車で再び大型車(中型車幅10.5m車、日野レインボー。内部では中型系と呼称。も含む)での運転になった。
入庫便の練馬駅前停留所は、南口の他社の降車所の千川通り上にあり、これは現在は廃止されて無い。杉並支所所属のはとバス乗務員の休憩は、練馬支所で行われていた、杉並車庫と練馬車庫の間は王78系統と同じルートを、4往復の現在も、はるばる環七通りを回送運転している。杉並支所のはとバス委託後も、練馬支所時代のダイヤをなぞっていて、杉並支所~練馬支所間は営業しなかった。はとバスに委託しても、不採算路線であった。
2013年4月1日の改編で、不採算路線の運行系統整理を行い出入庫運用を廃止、残った運用も大幅に減回(1日4往復とし、新江古田駅発着はその内1往復のみ)された。また「練馬区役所入口」「練馬駅前」の両停留所が廃止となった。[3]。これに合わせて西武バス練馬営業所が当路線と同一経路の「練48」系統を新設してカバーすることになった[4]。が、都営バスで使えた「都営交通無料乗車券」等のサービスが受けられない為、沿線の障害者等の交通弱者へのサービス低下となっている。西武バスが運転開始されたこの路線は、結局乗客は少ないままである。
渋66系統 [編集]
- 渋66:阿佐ヶ谷駅前 - 杉並区役所前 - 新高円寺 - 杉並車庫前 - 堀ノ内 - 和田堀橋 - 代田橋 - 笹塚駅前 - 幡ヶ谷駅前 - 代々木八幡駅入口 - 富ヶ谷 -(←西武百貨店前 / 東急百貨店本店前→) - 渋谷駅(京王バス東・永福町営業所と共同運行) )
- 渋66:杉並車庫前 - 堀ノ内 - 和田堀橋 - 代田橋 - 笹塚駅前 - 幡ヶ谷駅前 - 代々木八幡駅入口 - 富ヶ谷 -(←西武百貨店前 / 東急百貨店本店前→) - 渋谷駅
- 渋66:阿佐ヶ谷駅前 - 杉並区役所前 - 新高円寺 - 杉並車庫前
- 渋66:阿佐ヶ谷駅前 - 杉並区役所前 - 新高円寺 - 杉並車庫前 - 堀ノ内 - 和田堀橋
渋谷駅西口から発車する唯一の都営バス路線で、131系統として運転されていた物を、渋66系統とした。山手通り、甲州街道から環七通り・青梅街道を経由して阿佐ヶ谷駅へ向かう中距離路線。JR中央線の駅から離れた杉並区内の地域から渋谷まで直通出来る点から、高齢者を中心に利用客は多い。しかし、数年前には一時的に利用客が減少したことから京王が路線の撤退を仄めかしたため、沿線の和田・堀ノ内・方南・和泉地区の住民が渋66の利用を促進したところ、縮小を免れて都営:京王=2:1での運行となった。その後、京王は2003年からバス部門の経営効率化を進めるとともに都内の路線網を積極的に拡充する方針に転じ、渋66においても担当本数を増やした。一部は杉並車庫発着があるが、夜には和田堀橋発着も運転される。また方南八幡通り・方南町発着は京王の出入便のため都営は担当しない。
2003年に杉並支所がはとバスに委託されたが、渋66だけは委託を免れて新宿支所へ移管、阿佐ヶ谷駅・渋谷駅から新宿車庫への出入庫便を新設し、この改正時に本数比率が都営:京王=1:2と逆転する。これに伴い玉突きで、新宿が担当していた品97を品川に移管したが、2005年4月のはとバス委託に伴い、品97が杉並へ移管、新宿・品川ともに品97を手放した。しかし、交通局の方針変更で渋66も2006年4月よりはとバス委託となり、新宿から杉並に再移管、同時に新宿は分駐所に格下げされた(2009年3月まで)。京王担当便の場合、「都営まるごときっぷ」・「都営交通無料乗車券」は使えない。
渋谷駅 - 富ヶ谷では、井ノ頭通りの渋谷センター街付近が西武百貨店 - 放送センター西口への一方通行のため、渋谷方面は富ヶ谷 → 神山 → 東急百貨店本店前を経由している。祭典のため、富ヶ谷 → 東急百貨店本店前間が通行止めとなることが数回ある。その際、富ヶ谷 → 渋谷駅間は渋谷区役所経由で迂回運行する。
王78系統 [編集]
- 王78:新宿駅西口 - 中野坂上 - 東高円寺駅前 - 高円寺駅入口 - 野方駅北口 - 羽沢 - 小茂根 - 南常盤台 - 大和町 - 北区神谷町 - 王子駅
- 王78:杉並車庫 - 高円寺駅入口 - 野方駅北口 - 羽沢 - 南常盤台 - 大和町 - 北区神谷町 - 王子駅
- 王78:杉並車庫 → 高円寺駅入口 → 野方駅北口 → 羽沢 → 南常盤台 → 大和町
- 王78:大和町 → 南常盤台 → 羽沢 → 野方駅北口 → 高円寺駅入口 → 東高円寺駅 → 中野坂上 → 新宿駅西口
東京都内有数の幹線道路である北本通り・環七通り・青梅街道を通り、王子と新宿を結ぶ66系統を出自とする。全長18km以上に及び、都営バスとしては長距離線の部類に入る。都営で唯一、板橋区を通る。かつては早朝などを除き、所要時間がかさむこともしばしばあったが、はとバス委託化後は、余程のことがない限りほほ定時運行が保たれるようになった。
高円寺駅入口(関東・国際は高円寺中学校) - 東十条四丁目は、関東・国際興業の赤31と重複するため、両社との区間指定共通定期券を取り扱っている。この区間の時刻調整などは行われていないようで、時刻が重複し会社が違うバスが高円寺駅入口(または反対方向)から連なって走ることがしばしばある。
現在、折返便は王子方面が志村営業所担当時代の名残りの朝の大和町着発1本のみ。新宿駅方面は杉並車庫行きが多く、王子駅方面に車庫がないため南行きの最終は22時台まである。また、志村営業所から、杉並営業所へ志村営業所の廃止に伴う移管時に、中央公園経由だったものを東京医大病院前経由(青梅街道)へ、変更されている。
宿91系統 [編集]
- 宿91:新代田駅前 - 代田橋 - 和田堀橋 - 堀ノ内 - 東高円寺駅前 - 中野坂上 - 東京医大病院前 - 新宿駅西口
- 宿91:堀ノ内 - 東高円寺駅前 - 中野坂上 - 東京医大病院前 - 新宿駅西口
- 宿91:杉並車庫前 - 東高円寺駅前 - 中野坂上 - 東京医大病院前 - 新宿駅西口
- 宿91:新代田駅前 - 代田橋 - 和田堀橋 - 堀ノ内 - 杉並車庫前
杉並で唯一所管変更が行われていない(2011年現在)系統。新宿駅から青梅街道を西へ走り、高円寺陸橋から環七通り経由で駒沢陸橋まで行っていた。途中の新代田駅折返しと新宿駅 - 杉並車庫線は、宿73として運行していたものを1990年に統合したもの。
環七の開通後、1968年より都営と東急が相互乗入れを行うこととなり、138系統、新宿駅西口 - 大森駅 - 大森操車場を運行開始した。後系統番号整理で宿91系統となる。しかし、環七通りと青梅街道の渋滞が激しく、定時運行が困難であったことから、1984年に路線を分割、都営は新宿駅西口 - 野沢銀座(宿91)、東急は新代田駅 - 大森操車所(東急バス大橋営業所[5]・森91)となった。この分断に際し、通常は両社の運行エリアの境界付近である新代田駅で分割されるが、宿91では野沢付近から新宿方面への直通需要が残っていたため、都営側が引き続き東急エリアに乗り入れる形態で残され、同時に折返し場所である新代田駅前の都営・代田操車場を東急が使用し、逆に都営が東急野沢折返所を使用することで施設使用料が発生しないように調整された。しかし、後に旧・宿73を統合したため新代田駅前以遠に乗り入れるのは全運行回数の3分の1程度に減らされた。
その後、1993年に宿91は駒沢陸橋まで延長され、僅かながら大森発着時代の一部区間が復活した。これは、野沢銀座発着時の折返しに使用していた東急バス野沢折返所が廃止されたため、折り返し地点を駒沢陸橋下のUターンレーンに変更したことによるもの。なお、この駒沢陸橋停留所は、都営バスの延長に合わせて新設され、陸橋側を走行する東急の森91は停留所の設置箇所(側道上)の影響もあって停車せず、降車専用停留所には「大森行きは止まりません」と表示されている。同時に以前より駒沢陸橋まで回送して折り返していた小田急バス・下61も、駒沢陸橋まで営業区間を延長している。
宿91の堀ノ内停留所は、かつて杉並営業所の前身・都営バス堀ノ内営業所が存在した場所であり、そのときの名残である堀ノ内発着便のために折返所がある。現在も早朝・深夜に堀ノ内発着が運転されている。堀ノ内と杉並車庫の間は、回送運転している。杉並車庫発着の出入便は新宿駅西口発着が多いが、一部は新代田駅発着(かつては駒沢陸橋発着)も少数ながら運転されている。
2013年4月1日の改編で新代田駅前 - 駒沢陸橋間を廃止し短縮した[3]。同日の改編で港南支所担当の東98も全便が東急バスの運行に変更されるため、都営バスの営業路線が目黒区から消滅し、世田谷区も宿91がわずかに走行するのみとなった。
品97系統 [編集]
- 品97:品川駅高輪口前 → 泉岳寺 → 魚籃坂下 → 天現寺橋 → 西麻布 → 青山一丁目駅前 → 信濃町駅南口 → 四谷三丁目 → 新宿三丁目 → 新宿追分 → 新宿駅西口(平日)
- 品97:新宿駅西口 → 新宿追分 → 新宿三丁目 → 四谷三丁目 → 信濃町駅南口 → 青山一丁目駅前 → 西麻布 → 天現寺橋 → 魚籃坂下 → 高輪警察署前 → 品川駅高輪口前(平日)
- 品97:品川駅高輪口前 → 泉岳寺 → 魚籃坂下 → 天現寺橋 → 西麻布 → 青山一丁目前 → 信濃町駅南口 → 四谷三丁目 → 新宿三丁目 → 歌舞伎町 → 新宿駅西口(土・休日)
- 品97:新宿駅西口 → 歌舞伎町 → 新宿三丁目 → 四谷三丁目 → 信濃町駅南口 → 青山一丁目駅前 → 西麻布 → 天現寺橋 → 魚籃坂下 → 高輪警察署前 → 品川駅高輪口前(日曜・祭日)
- 品97:品川車庫前 → 品川駅高輪口前 → 高輪警察署 → 魚籃坂下 → 天現寺橋 → 西麻布 → 青山一丁目駅前 → 信濃町駅南口 → 四谷三丁目 → 新宿追分 → 新宿駅西口(平日朝1回)
- 品97:品川車庫前 → 北品川 → 八ツ山橋 → 品川駅高輪口前 → 高輪警察署 → 魚籃坂下 → 天現寺橋 → 西麻布 → 青山一丁目駅前 → 信濃町駅南口 → 四谷三丁目 → 新宿追分 → 新宿駅西口(第一京浜回り・平日朝1回。品川車庫前 - 品川駅高輪口間は停車)
- 品97:品川駅高輪口前 - 泉岳寺 - 魚籃坂下 - 天現寺橋 - 西麻布 - 青山一丁目駅前(日曜・休日の夜間1本のみ)
品川駅前 - 四谷三丁目を結んでいた都電7系統の廃止に伴う代替バス路線507系統として運行を開始した。2000年12月の大江戸線全線開業時の再編までは四97として品川車庫前 - 天現寺橋 - 四谷駅前間を結んでいたが、この再編時に、都03の新宿駅西口 - 四谷駅前間、および田70(新宿駅西口 - 田町駅東口 - 港区スポーツセンター)の全線が廃止されたため、これらの代替として四谷三丁目から西に進路を変え新宿通りを新宿二丁目、新宿三丁目へと向い新宿に至るようルートを変更し、あわせて系統名を品97に改めた。
四97の担当は品川だったが、2000年の改正に伴い新宿支所が大半の便を担当する形での共管となった。2003年4月からは渋66が新宿支所に移管されたことに伴う負担軽減、および回送距離削減を背景に新宿担当便が減少し、品川主管に変更された。その後2005年4月よりはとバスによる受託運行路線となり、全便杉並支所に移管された。このため、夜間には品川駅から国道15号 - 山手通り(大崎駅・中目黒駅・初台)を経由して杉並車庫までの回送が行われており、営業路線とはまったく関係のないエリアで同所の車両を見ることができる。さらに2008年4月より港南支所のはとバス委託に伴い、杉並支所と港南支所による共管系統となった。はとバス同士による共同運行路線は、この品97が初である。また港南支所(および品川ナンバーの都営バス)が新宿駅西口に乗り入れる唯一の系統である。
杉並担当分の品97の一部ダイヤでは、食休を新宿支所でとる例がある。この場合の新宿駅西口 - 新宿車庫前間は回送運用となる。運行車両は中型ロングボディ車が多い。
廃止・移管路線 [編集]
市02系統 [編集]
- 市02:新宿駅西口 - 新宿二丁目 - 四谷三丁目 - 四谷駅前 - 桜田門 - 築地 - 築地三丁目 - 海幸橋 - 築地中央市場(主なバス停のみ停車)
都03・05系統(グリーンアローズ) [編集]
- 1968年に511系統として開業後、1972年に銀71、1988年に都03を名乗るまで一貫して担当していた。2000年12月12日に新宿駅西口 - 四谷駅前を短縮して深川自動車営業所へ移管されたのち、2012年4月1日からははとバス委託路線となり、はとバスが業務を行っている品川自動車営業所港南支所が担当している。
- 銀71→都03の折返便で、格上げ後に深川営業所が単独で担当していたが、杉並営業所が後から参入する。都03と共に深川営業所へ移管した。
新江62系統 [編集]
- 新江62出入:練馬車庫前 → 練馬駅 → 練馬区役所前 → 中村橋駅入口 → 谷原二丁目 → 三原台一丁目 → 東大泉二丁目 → 大泉学園駅前
- 新江62出入:練馬車庫前 → 豊玉北四丁目 → 練馬駅通り → 練馬区役所前 → 中村橋駅入口 → 谷原二丁目 → 三原台一丁目 → 東大泉二丁目 → 大泉学園駅前(練馬駅非経由)
- 新江62出入:大泉学園駅前 → 東大泉二丁目 → 三原台一丁目 → 谷原二丁目 → 中村橋駅入口 → 練馬区役所入口 → 練馬駅前 → 桜台駅前 → 練馬車庫前
- 練馬時代からの出入庫路線であるが、2013年4月1日の大減便により廃止となった。入庫系統の練馬駅前は通常便の練馬駅とは異なる場所にあった。
秋72系統 [編集]
宿73系統 [編集]
- 宿73:新宿駅西口 - 中野坂上 - 鍋屋横丁 - 新中野駅前 - 東高円寺駅前 - 堀ノ内 - 代田橋 - 新代田駅前
- 宿73:新宿駅西口 - 中野坂上 - 鍋屋横丁 - 新中野駅前 - 東高円寺駅前 - 杉並車庫前
- 宿73:新宿駅西口 - 中野坂上 - 鍋屋横丁 - 新中野駅前 - 東高円寺駅前 - 堀ノ内
- 戦前には新宿駅 - 代田橋が開通しており、戦後に新宿追分へ延伸される。代田橋側も新代田駅まで延伸されるが、1977年に新宿追分 - 新宿駅西口を短縮、1990年に宿91と統合・廃止された。
東75系統 [編集]
- 東75:東京駅丸の内南口 - 有楽町駅前 - 日比谷 - 桜田門 - 三宅坂 - 隼町 - 麹町四丁目 - 四谷駅前 - 四谷三丁目 - 新宿三丁目 - 新宿追分 - 新宿駅西口 - 東京医大病院前 - 中野坂上 - 鍋屋横丁 - 新中野駅前 - 東高円寺駅前 - 杉並車庫前 - 杉並区役所前 - 荻窪駅前 - 四面道 - 清水一丁目 - 清水操車所
※こちらがメインで、平日1日50便運転されていた。
- 東75:新宿駅西口 - 東京医大病院前 - 中野坂上 - 鍋屋横丁 - 新中野駅前 - 東高円寺駅前 - 杉並車庫前 - 杉並区役所前 - 荻窪駅前 - 四面道 - 桃井四丁目 - 荻窪警察署前 - 善福寺 - 水道端 - 関郵便局 - 北裏 - 三ツ塚 - 東伏見 - 東伏見操車所
※こちらは、梅70、宿73,91、王78(志村自動車営業所所管の王78は、中央公園経由であった)の各系統と被っていた為に便数は少なく、平日1日5便のみ運転されて来たものである。
- 長距離路線300系統として運転されて来たものである。後1977年12月7日をもって改定され、宿75(新宿駅西口 - 清水操車所 / 東伏見操車所[6])として運行されていた。改定後も、清水操車所までは平日1日61便の運転が有ったが、東伏見操車所行は便数が非常に少なかった。この改定で、並行路線の銀71系統(晴海埠頭~新宿駅西口→都03系統となり、現在は、晴海埠頭~四谷駅前;港南支所担当)が増便された。その2年後の1979年11月23日に結局全線廃止となった。
中77系統 [編集]
- かつては関東バスと共同で、130系統→中77系統江古田駅前 - 江原町二丁目(現;新江古田駅前)- 江古田三丁目 - 江古田二丁目 - 丸山車庫前 - 哲学堂前 - 新井薬師駅前 - 中野五丁目 - 新井中野通り - 中野駅北口(中野区役所前) - 中野駅南口 - 中央五丁目 - 蚕糸試験場前 - 堀ノ内 - 方南八幡通り - 代田橋間を運行していた。江古田駅前の停留所は、白61の江古田二又(江古田駅入口)と同じ千川通り上にあった。現在も関東バスが使用している。また、1977年12月15日までで中77が中野区役所前~新代田駅前になった時1977年12月16日から、中野駅前から江古田駅前は、経路を一部変更の上中41系統として、中40系統〈中野駅北口~江古田駅~茂呂郵便局前(現;小茂根)〉の支線として運転開始した。現在もとして関東バスが運行している。当時の配布チラシにも、関東バス中41系統が、都営バスと関東バスの相互乗り入れの中77系統の代替系統であると記載されている。これにより中77系統は、都営バスの単独系統となった。しかし、1982年12月26日に廃止となった。
高79系統 [編集]
- 高79:高円寺駅北口 - 蚕糸試験場 - 堀ノ内 - 方南八幡通り - 代田橋 - 代田操車所(現;新代田駅前)
- 136系統として運転されてきて、系統番号整理で高79系統となって運転されて来たが廃止となった。この系統の廃止により、都営バスの高円寺駅前の乗り入れが無くなった。
宿91系統(一部区間の短縮及び設定時の路線) [編集]
- 宿91:大森操車場 - 大森駅山王口 - 馬込銀座 - 馬込駅前 - 夫婦坂 - 洗足駅入口 - 大岡山小学校前 - 柿の木坂二丁目 - 野沢銀座 - 上馬 - 若林駅前 - 代田操車所(現;新代田駅前)- 代田橋 - 和田堀橋 - 堀の内 - 蚕糸研究場 - 高円寺南一丁目 - 新中野駅前 - 中野坂上 - 東京医大病院前 - 新宿駅西口
- 東京急行電鉄と相互乗り入れで1968年6月25日に138系統として運転を開始して、系統番号整理で宿91系統となった。環七通りの開通で、新設したが、長距離でダイヤの確保が難しくなったので野沢銀座までの運行とした。それは、野沢銀座から新宿駅西口方面に乗客が残っていた為であったが、東急の野沢折返し所廃止で一旦駒沢陸橋まで延長したが、乗客が減って来て遂に殆んど居なくなったので当初予定の新代田駅前以南を廃止した。
- 宿91:駒沢陸橋 - 野沢銀座 - 上馬 - 若林駅前 - 新代田駅前 - 代田橋 - 和田堀橋 - 堀ノ内 - 東高円寺駅前 - 新中野駅前 - 中野坂上 - 東京医大病院前 - 新宿駅西口
- 2013年4月1日、当初分割時の始めの予定地である代田操車所のある新代田駅前までの運転としたため、全便が新代田駅前発着となり、駒沢陸橋に乗り入れなくなったので、系統番号と路線が合わなくなった。系統番号は、90番台は目黒区、大田区方面へ着ける事になっていて大森の設定時のものになったが、元々の宿73系統が正しい杉並区多摩方面の70番台の系統番号であったが、宿73系統と同じ区間に落ち着いた事となり、目黒区方面への都営バスが消滅した事になる。
305系統 [編集]
- 305:新宿駅西口 - 中野坂上 - 蚕試前 - 杉並車庫前 - 杉並区役所前 - 荻窪駅前 - 四面道 - 北裏 - 東伏見 - 田無駅入口 - 橋場 - 青梅橋 - 南街 - 大和操車所前 - 奈良橋 - 横田 - 長円寺前 - 箱根ヶ崎駅入口 - 長岡 - 河辺駅入口 - 東青梅駅前 - 青梅駅前 - 青梅 - 日向和田 - 御嶽駅前 - 鳩ノ巣駅前 - 氷川駅前 - 奥多摩湖(西東京バス〈当時;奥多摩振興バス〉と相互乗り入れ。300番台の長距離系統として設定された系統で、休日の行楽客を狙った路線であった。後の梅70系統とも被っている。1971年の廃止となった系統である。
701系統 [編集]
- 701:西銀座 - 日比谷 - 四谷三丁目 - 新宿駅東口 - 新宿駅西口 - 荻窪駅北口1969年11月4日に運転開始をした深夜バスであった。後に関東バスと共同の深夜中距離バスに成長したが、都営は廃止となった。
深夜中距離 [編集]
- 深夜中距離:銀座 → 四谷三丁目 → 新宿駅東口 → 新宿駅西口 → 荻窪駅北口 → 北裏 → 三鷹駅(関東バス武蔵野営業所と共同運行)
備考 [編集]
指定車種:日野自動車
- T196:いすゞ自動車 V336〜341,W455~W459: 三菱ふそうトラック・バス
音声合成:クラリオン→レゾナント・システムズ
N317は背立て式車椅子固定試験車両である。
脚注 [編集]
- ^ R代車(2007年度車)は一台も納入されていない。
- ^ ただし、エルガは日野自動車が発売しているブルーリボンIIとの統合車種である。
- ^ a b 都営バスの路線変更等について - 東京都交通局 2013年3月1日
- ^ 【新江古田駅~大泉学園駅北口】運行開始のお知らせ (PDF, 西武バス 2013年3月1日)
- ^ 森91の大橋担当時は、大橋 - 上馬の出入庫ダイヤが存在した。
- ^ 青梅支所担当の梅70が青梅 - 田無本町二丁目(現・田無町二丁目)に短縮された際、田無本町二丁目から東伏見操車所まで回送・折返しの為に使用されていた経緯がある。
※参考文献;都営バス系統案内図、都バス担当(系統)営業所一覧表、方面別新旧系統一覧表1972年12月1日現在、東京都交通局発行。都営交通路線案内図 1978年発行、東京都交通局。
関連項目 [編集]
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