タイム (雑誌)

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タイム
TIME
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タイム誌のロゴ
ジャンル ニュース情報誌
刊行頻度 週刊
発売国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語 英語
出版社 タイム社
編集長 リチャード・ステンゲル
ISSN 0040-781X
刊行期間 1923年3月3日 - 現在
ウェブサイト www.time.com

タイム』(TIME、雑誌名は大文字で商標登録されている)は、1923年に創刊したアメリカ合衆国ニュース雑誌。世界初のニュース雑誌としても知られている。

概要[編集]

政治経済・最先端科学エンターテイメントなどあらゆる情報を網羅している。

2006年中頃から現在まで、リチャード・ステンゲルが編集長を務めている。

ヨーロッパ版『タイム・ヨーロッパ』(以前は『タイム・アトランティック』として知られていた)はロンドンで発表され、2003年以降、中東アフリカラテンアメリカもカバーしている。一方、アジア版『タイム・アジア』は香港に拠点を置く。2009年現在、『タイム』はカナダの広告出版を発表していない。南太平洋版『タイム・サウスパシフィック』はシドニーに拠点を置きオーストラリアニュージーランド太平洋諸島で発売されている。

歴史[編集]

TIME』創刊号(1923年3月3日発売)の表紙。肖像は元米下院議長ジョセフ・ガーニー・キャノン英語版

ブリトン・ハッデン英語版ヘンリー・ルース英語版によって1923年に創刊。アメリカにおける初の週刊ニュース雑誌であった[1]。ハッデンとルースは以前にも、『エール・デーリーニューズ』において議長と編集幹部を務めたことがある。

当初は題号を『Facts』とする考えもあった[2]が、結局『TIME』となり、1923年3月3日に初号が発売された。このとき表紙を飾ったのは、46年間米下院議員を務め(下院議長も7年以上務めて)、創刊号発売日当日に引退した共和党の政治家ジョセフ・ガーニー・キャノン英語版。この第1号は、創刊15周年記念の際に1938年2月28日号で複製による再版もされた[3]

1989年には、タイム社とワーナー・コミュニケーションズが合併し、タイム・ワーナーとなった。

2000年代[編集]

2001年には、タイム・ワーナーとAOLが合併し、AOLワーナーとなる(2003年に、再び「タイム・ワーナー」へ改名)。

2007年には、月曜日の会費/新聞市場送出から金曜日に発売が移行され、土曜日に雑誌が読者に届けられる(1923年の創刊時も金曜日の出版だった)。2007年前半、年の最初の号は発売が1週間遅れた。この改革に伴い、タイム社では49人の従業員削減を行っている[4]

2009年には、広い読者層を狙った新雑誌『Mine』を発行。しかし、あまりにもその焦点が広すぎると批判され、否定的な反応を受けた[5]

2014年6月6日には、タイム・ワーナーを分離・売却してしまった。

発行部数[編集]

タイムの発行部数
1997年 1998年 1999年 2000年 2001年 2002年 2003年 2004年 2005年 2006年 2007年 2008年 2009年
発行部数(単位:百万) 4.2 4.1 4.1 4.1 4.1 4.1 4.1 4.0 4.0 4.1 3.4 3.4 3.4

2008年末には、60年以上続いたカナダ版の発行を中止した。

スタイル[編集]

1936年ウルコット・ギブズによって『ザ・ニューカー』でパロディ化された。1970年代中頃まで[6]『タイム』はセレクションした重要な映画、脚本、ミュージカル、テレビ番組と文学的なベストセラーなどに要約や批評を行う「リスト」という『ザ・ニューヨーカー』の「Current Events」のようなコーナーがあった。

『タイム』の表紙は赤い縁取りが特徴である。この態勢は創刊号から一貫して変わらないものの、例外として以下の2つのケースがある。

2007年には、大幅な紙面リニューアルを行う。これは、赤い縁取を減らしてコラムタイトルを大きくし、特集記事の数を減らして記事の周囲の余白を増やし、意見部分に作家の写真を加えるというものであった。この変化は賛否両論となった[8][9][10]

法的論争[編集]

2007年9月10日に、インドネシアの最高裁判所は、ジャカルタ地方裁判所と控訴院の判断を覆し、インドネシアのスハルト元大統領に対する『タイム・アジア』の名誉毀損を認定、損害賠償1兆ルピアの支払いを命じた。訴えの対象となったのは、スハルトが270億米ドル以上(320億ドル)の金を海外に移したとする記事であった[11]

パーソン・オブ・ザ・イヤー[編集]

『タイム』がその年で最も活躍した人を決定するもの。その年のニュースに最も影響を与えた個人または団体が選ばれる。受取人が必ずしも個人または人間であるとは限らない。例えば1983年1月3日にコンピュータが「マシーン・オブ・ザ・イヤー」と認められた。1989年には“危険にさらされた地球”が「プラネット・オブ・ザ・イヤー」と名づけられた。1999年にはアルバート・アインシュタインが「パーソン・オブ・ザ・センチュリー」に選ばれた。

時折、嫌疑のかかった独裁者や主戦論者が選ばれるため論争となる。良かれ悪かれ、その年のニュースで最も話題をさらった人物が選ばれると思われる。それが必ずしも名誉または報酬であるとは限らない。過去にアドルフ・ヒトラーヨシフ・スターリンのような人物も「マン・オブ・ザ・イヤー」に選ばれている。フィリピンで民主主義を回復させ、スピーチをアメリカの連邦議会に印象付けたコラソン・アキノは「ウーマン・オブ・ザ・イヤー」に選ばれた。

2006年のパーソンは「You(あなた)」が選ばれたが、概念が創造的であると考える人がいた一方、その年の実在の人物を望んだ人もいた。またベネズエラウゴ・チャベス大統領であると述べた人もいる[12]

2009年はバラク・オバマが選ばれ、次点はサラ・ペイリンであった。

タイム100[編集]

『タイム』は近年、その年で最も有力な100人のリストを発表し始めた。当初は20世紀の最も有力な100人のリストを作成した。リストが発表される号のフロントカバーはリストアップされた人たちの写真が載り、特集としてリストアップされた人々の各々の記事が掲載される。この記事は雑誌の相当なページ数を占める。場合によっては100人以上がリストアップされるが、その際は2人一緒のリストを作成し、1つの記事で共有する。

タイム・フォー・キッズ[編集]

若いリポーターによって書かれる『タイム・フォー・キッズ』(以下、TFK)は、特に子供のために発売されて、主に教室に置かれる分割誌である。『TFK』は大衆文化に関するニュースと若干の国内ニュース、「今週の漫画」など色々な記事がある。1年の環境に関する号はアメリカの学期の終わり近くに発売される。ページ数はカバーと裏表紙を合わせても15ページを超えることが滅多にない。多くの図書館に置かれる。

著名な寄稿者[編集]

表紙を飾った日本人[編集]

パーソン・オブ・ザ・イヤーに限らず、アメリカの政治家・実業家・ジャーナリストなどは、タイム誌の表紙に載ったか否かを一つの格付けの目安ともしている。

『タイム』はあくまでもアメリカの雑誌であり、その視点はアメリカを中心としている。それでもアメリカの国策や外交、経済や文化などに大きな影響を及ぼす海外の話題や人物が特集されることはたびたび見られる。

1923年の創刊以来、このタイム誌の表紙には日本人が38回取り上げられている。このうち昭和天皇が6回、近衛文麿米内光政が各2回載っており、また「アジア系の高知能児」や「広島の被爆者」といった人々を代表する不特定の人物として掲載された者が2例あることから、実際に「カバーパーソン」にとして表紙に取り上げられた日本人は29名を数えるのみとなっている。

以下、号日付は各号の表紙、その下のタイトルはカバーパーソンを特集した記事へのリンク。肩書は選出された当時の代表的なものをあげた。

号・記事 表紙 人物・肩書 備考
1 1926年11月8日号
 Sea Noon
東郷平八郎  元帥海軍大将  
2 1928年11月19日号
 Emperor Enthroned
昭和天皇
3 1931年5月18日号
 Universal Crisis
各務鎌吉 日本郵船社長
4 1931年10月12日号
 Secessionist Movements
幣原喜重郎 外務大臣
5 1931年12月28日号
 Strong Policy
犬養毅 内閣総理大臣 名の「毅 (つよし)」を「Ki」と誤読している
6 1932年6月6日号
 Divinity with Microscope
昭和天皇 2度目、前回とまったく同じ画像が使われた
7 1932年9月5日号
 Fissiparous Tendencies
内田康哉 外務大臣
8 1933年1月23日号
 The Way of the Perfect...
荒木貞夫 陸軍大臣
9 1935年5月20日号
 Butterfly Redeemed
斎藤博 駐米大使
10 1934年5月21日号
 Keeper of Peace
廣田弘毅 外務大臣
11 1936年2月24日号
 Soviets v. Empires
昭和天皇 3度目、溥儀蒋介石スターリンとともに
12 1936年12月28日号
 Pain in the Heart
昭和天皇 4度目
13 1937年7月26日号
 Another "Kuo"?
近衞文麿 内閣総理大臣
14 1937年8月30日号
 Sailors Ashore
米内光政 海軍大臣
15 1940年3月4日号
 Son of a Samurai
米内光政 内閣総理大臣 2度目
16 1940年7月22日号
 Imitation of Naziism?
近衞文麿 内閣総理大臣 2度目
17 1941年7月7日号
 So Delicate Situation
松岡洋右 外務大臣
18 1941年9月22日号
 Honorable Fire Extinguisher
野村吉三郎 駐米大使
19 1941年11月3日号
 Safety Razor
東條英機 内閣総理大臣
20 1941年12月22日号
 Yamamoto v. the Dragon
山本五十六 連合艦隊司令長官 日米対戦下
21 1942年4月2日号
 Is Hitler Running Japan?
山下奉文 第25軍司令官 日米対戦下
22 1943年2月15日号
 How Japs Fight
永野修身 軍令部総長 日米対戦下
23 1942年8月3日号
 Man With a Plan
板垣征四郎 朝鮮軍司令官 日米対戦下
24 1943年11月8日号
 Come Out and Fight
古賀峯一 連合艦隊司令長官 日米対戦下
25 1944年7月3日号
 Ruin in Two Phases
嶋田繁太郎 海軍大臣 日米対戦下
26 1945年5月21日号
 The God-Emperor
昭和天皇 5度目、日米対戦下
27 1955年3月14日号
 Land of the Reluctant Sparrows
鳩山一郎 内閣総理大臣
28 1958年12月22日号
 The Girls on Grant Avenue
梅木美代志 ハリウッド女優 日系歌手パット・スズキとともに
29 1959年3月23日号
 The Girl from Outside
正田美智子 後の皇太子妃
30 1960年1月25日号
 Bonus to Be Wisely Spent
岸信介 内閣総理大臣
31 1962年2月23日号
 Following Henry Ford
松下幸之助 松下電器産業会長
32 1967年2月10日号
 The Right Eye of Daruma
佐藤栄作 内閣総理大臣
33 1971年5月10日号
 Japan, Inc.: Winning the Most Important Battle
盛田昭夫 ソニー社長
34 1971年10月4日号
 Japan: Adjusting to the Nixon Shokku
昭和天皇 6度目
35 1987年8月31日号
Asian-American Whiz Kids
岡政偉 アジア系高知能 「高い知能をもつアジア系アメリカ人」の一人として(他5人と共に、表紙のみ、記事中では紹介されていない)
36 1995年4月3日号
 Shoko Asahara: The Making of A Messiah
麻原彰晃 オウム真理教教祖
37 2001年9月15日特別増刊号[7]
 Music Goes Global
宇多田ヒカル 音楽アーティスト ビョークブレンダ・ファッシーマーク・アンソニー、マックス・ジ・カストロ、シャキーラとともに
38 2005年8月1日号
 Living Under the Cloud
渡辺絹代 広島被爆者 「ヒロシマの生き証人」の一人として

厳密には日本「人」ではないが、1999年11月22日号Beware of the Poke Mania」では日本発祥のキャラクターである『ポケモン』が表紙を飾った。

なお『アジア版』の発刊以後、日本人表紙への門戸はそちらで開放されている傾向がある。しかし『アジア版』においても日本人が表紙を飾る機会は稀である。例として、2002年3月25日号のアジア版「Ayumi Hamasaki」の表紙浜崎あゆみ(音楽アーティスト)が、2002年4月29日号のアジア版「Asian Heroes」の表紙(4種の表紙の中の1種)にイチロー(プロ野球選手)と中田英寿(プロサッカー選手)が、2003年4月28日号のアジア版「Asian Heroes」の表紙(5種の表紙の中の1種)に松井秀喜(プロ野球選手)が、2003年8月11日号のアジア版「Japan Rules OK!」の表紙椎名林檎(音楽アーティスト)が、2009年8月31日号のアジア版・オセアニア版「Young japan」の表紙に今村久美(特定非営利活動法人NPOカタリバ代表理事)が、2012年7月30日8月6日号のアジア版「Summer Olympics Special」の表紙澤穂希(プロサッカー選手)が登場している。

脚注[編集]

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  1. ^ History of TIME”. TIME magazine. 2009年9月7日閲覧。
  2. ^ "Henry R. Luce", in Current Biography 1941, p530
  3. ^ Instant History: Review of First Issue with Cover
  4. ^ Time Inc. Layoffs: Surveying the Wreckage”. Gawker. 2007年12月15日閲覧。
  5. ^ Time's foray into personal publishing” (2009年4月27日). 2007年12月15日閲覧。
  6. ^ http://www.time.com/time/archive
  7. ^ a b 2001年は、9月10日号と9月17日号の間に、9月14日特別号と9月15日特別号が増刊されている。9月14日特別号は9/11テロ事件の速報、9月15日特別号は当初9月17日号に掲載される予定だった特集記事を前倒しにして9/11テロ事件関連記事に紙面を譲ったもの。
  8. ^ The Time of Their Lives”. 2007年4月22日閲覧。
  9. ^ Does The Redesign of Time Magazine Mean It Has A New Business Model As Well?”. 2007年4月22日閲覧。
  10. ^ Full Esteem Ahead”. 2007年4月22日閲覧。
  11. ^ News.com.au, Suharto wins $128m in damages
  12. ^ The Time of Their Lives”. 2007年4月22日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]