北の丸公園

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北の丸公園
北の丸正門(2006年6月)
概要
管理事務所 東京都千代田区北の丸公園1番1号
(環境省皇居外苑管理事務所北の丸分室)
開園時間 終日開放
(一部地区のみ19時まで)
交通 東京メトロ東西線竹橋駅 徒歩5分
東京メトロ半蔵門線
都営地下鉄新宿線九段下駅 徒歩5分
自動車の場合は「北の丸公園入口」から乗り入れ可能
公式HP 皇居外苑(環境省)
敷地面積 193,297m²
北の丸公園、千鳥ヶ淵の南

北の丸公園(きたのまるこうえん)とは、東京都千代田区地名または国民公園で、旧麹町区地域内である。地名由来は上記公園に由来する。郵便番号は102-0091。

目次

[編集] 北の丸公園(公園)

[編集] 詳細

その名のとおり、江戸城の北の丸であった場所で現在は環境省の管理する国民公園の一つである。多くの文化施設を公園内に持ち、旧江戸城の遺構(田安門清水門はいずれも重要文化財に指定)も多い。ビルが立ち並ぶ都心部にあって、まるで別世界のように緑が大変豊かな場所であり、皇居外苑日比谷公園などと並んで都会オアシス的な公園である。園内には道路があるため、自動車での乗り入れもでき、有料駐車場も備えている。散策や森林浴、ジョギングやウォーキングを楽しむ人々も多く見られる。

北の丸公園の西側の堀の石垣のわずかな隙間に、国の天然記念物に指定されている「ヒカリゴケ」が自生している。江戸城築城の際に全国から運び込まれた石垣用の岩に付着したまま持ち込まれたと考えられているが、本来高地の洞窟などでしか見ることができない貴重なであり、都心部で発見されることは極めて稀である。

[編集] 歴史

元々太田道灌らが江戸城を築城した際に、関東の守護神でもあった築土神社(旧田安明神)の旧地であり、のち、徳川家康が入府した際に、関東代官であった内藤清成らの屋敷となったため、代官町と呼ばれた場所である。

その後、徳川忠長徳川綱重らの屋敷を経て、明暦の大火以後は火除け地になっていたが、8代将軍である徳川吉宗が就任してからは徳川氏御三卿であった田安徳川家1731年に、清水徳川家1759年に上屋敷を構えるようになった。敷地内には御蔵地や植溜御用地、馬場などもあった。

維新後、明治政府によって近衛師団の兵営地が設置された(現在の東京国立近代美術館工芸館は、近衛師団司令部の建物を改修して利用している)。

戦後、1946年昭和21年)に東京特別都市計画によって皇居周辺の緑地として整備されることが決定され、旧近衛連隊等の多くの建物を撒去。1963年(昭和38年)に建設省が森林公園として整備を開始し、1969年(昭和44年)、昭和天皇の還暦を記念して開園、一般公開される。その後厚生省が管理し、現在は、環境省が管理する国民公園となっている。

[編集] 北の丸公園(地名)

[編集] 地理

河川・橋
坂名
  • 紀伊国坂

[編集] 歴史

  • 1967年(昭和42年)の住居表示改正の際「北の丸公園」に改称される。

[編集] 地域

機関

[編集] 観光

名所・旧跡

[編集] 交通

首都高・出入口

[編集] アクセス

  • 竹橋駅から徒歩5分、九段下駅から徒歩5分。
  • 駐車場(普通車は3時間まで400円、以後1時間毎100円。夜間閉鎖。)
第一駐車場 - 普通車145台
第二駐車場 - 普通車107台
第三駐車場 - 普通車260台

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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