九段会館
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| 九段会館 | |
|---|---|
| 情報 | |
| 旧名称 | 軍人会館 |
| 設計者 | 川元良一 |
| 施工 | 清水組 |
| 建築主 | 財団法人軍人会館 |
| 構造形式 | 鉄骨鉄筋コンクリート構造 |
| 敷地面積 | 1,844.66坪 |
| 建築面積 | 941,755坪 |
| 延床面積 | 4,370.523坪 |
| 階数 | 地下1階、地上4階、塔屋付 |
| 高さ | 軒高64尺、塔屋最高部まで90尺9寸7分 |
| 着工 | 1932年(昭和7年)2月 |
| 竣工 | 1934年(昭和9年)3月 |
| 所在地 | 東京都千代田区九段南一丁目6番5号 |
| 位置 | 北緯35度41分39.99秒 東経139度45分4.44秒 / 北緯35.6944417度 東経139.7512333度 |
九段会館(くだんかいかん)は、東京都千代田区にある施設である。ホールやレストラン、宿泊施設などを備え、結婚式、各種公演、会議、試写会などに使用される。旧称「軍人会館」であり、二・二六事件では、ここに戒厳司令部が置かれた。後述の死亡事故を受けて、2011年4月12日付で廃業した。
目次 |
[編集] 概要
運営は財団法人日本遺族会。「財団法人日本遺族会に対する国有財産の無償貸付に関する法律」(昭和28年法律第200号)[1]により、本来は国の財産であるが会に無償貸与している[2]。
- 1934年(昭和9年) - 竣工。軍の予備役・後備役の訓練、宿泊を目的に建設される。
- 1936年(昭和11年)2月26日 - 二・二六事件が起こり、戒厳司令部が置かれる[2]。
- 1945年(昭和20年)9月 - 連合国軍最高司令官総司令部 (GHQ) により接収[2]。以降1957年(昭和32年)1月まで連合軍の宿舎として使用。
- 1953年(昭和28年)8月 - 国有化の際に名称を「九段会館」と改める。上記法律により、日本遺族会に貸出。
- 2011年(平成23年)
[編集] 建築概要
昭和初期に流行した帝冠様式(ていかんようしき)の建物である。設計は同潤会アパートの川元良一、技術顧問として伊東忠太。工事費約2,500,000万円。
[編集] 施設概要
[編集] ホテル
- 162室、340名
- 和・洋大宴会場
[編集] 挙式場
- 神殿
- チャペル
[編集] レストラン
- くだん亭(和・寿し・中華料理)
- 味の店 千成
- 九段迎賓館(創作フレンチ・イタリアン)
- コーヒーラウンジ
- 屋上ラウンジ(花見・ビアガーデン)
[編集] ホール
- 客席数 1112
- 1階 614席
- 2階 168席
- 3階 330席
- 座席の列番号は「いろは順」である。
- 映画『ALWAYS 続・三丁目の夕日』でヒロインの星野六子(堀北真希)が観に行った映画館のロケ地として使用された。
- 映画『クローズド・ノート』で、ヒロインの堀井香恵(沢尻エリカ)が所属するマンドリンクラブのコンサートロケ地として使用された。
[編集] 交通手段
- 九段下駅下車、徒歩1分
[編集] 周辺
[編集] 参考文献
[編集] 脚注
- ^ “財団法人日本遺族会に対する国有財産の無償貸付に関する法律(昭和二十八年八月十二日法律第二百号)”. 法令データ提供システム. 2011年6月1日閲覧。
- ^ a b c d “震災で2人死亡の九段会館、閉館へ 遺族会が国に返還”. 朝日新聞 (2011年5月7日). 2011年5月7日閲覧。
- ^ “都内で4人死亡、けが60人超/九段会館の天井崩落”. 四国新聞社SHIKOKU NEWS (2011年3月11日). 2011年3月12日閲覧。
- ^ “【東日本大震災】九段会館の天井崩落事故 遺族ら業務上過失致傷で告訴”. 産経新聞. (2011年5月12日) 2011年7月16日閲覧。
