永田町(ながたちょう)は、東京都千代田区南端の町名。国会議事堂を中心に内閣総理大臣官邸(首相官邸)、衆議院議長公邸・参議院議長公邸、諸政党の本部などが立地し、隣接する霞が関とともに日本の国家中枢機能が集中する。永田町一丁目と永田町二丁目がある。 郵便番号は、100-0014。人口は419人。(2010年12月1日現在、住民基本台帳人口による[1]。)
沿革 [編集]
地名は、江戸時代初期に永田姓の屋敷が並んでいたので一帯が「永田馬場」と呼ばれたことに由来する。
江戸城に近いことからさらに大名屋敷が建ち並ぶようになり、江戸末期に暗殺された井伊直弼をはじめとする多くの大名屋敷があった。2003年の旧首相官邸改築工事の際には村上藩内藤家の屋敷跡が発見されている。
明治時代には陸軍省などが置かれていて、当時「永田町」といえば参謀本部を指す言葉であった。1923年の関東大震災を機に現在の霞ヶ関地区の区画再編が行われ、北大路魯山人が星岡茶寮を借り受け「美食倶楽部」の拠点とし、また都立日比谷高校(当時の府立一中)がこの地の「たばこ王」 村井吉兵衛の邸宅跡に移転してくる。 1936年に国会議事堂が完成すると一挙に政治中枢が集中し、「永田町」は「政界」の代名詞になっていった。
東京オリンピックに向けての道路(国会通り)拡幅前は国会議事堂横に民家が数軒存在した。1967年(昭和42年)4月1日に住居表示を実施した[2]。
町名の変遷 [編集]
| 実施後 |
実施年月日 |
実施前(特記なければ各町ともその一部) |
| 永田町一丁目 |
1967年4月1日 |
永田町一丁目(大部分)、三年町、霞ケ関一丁目、霞ケ関二丁目、霞ケ関三丁目 |
| 永田町二丁目 |
永田町一丁目、永田町二丁目(大部分) |
| 霞が関三丁目 |
霞ケ関三丁目、三年町、永田町二丁目 |
施設・建造物 [編集]
掲載されているのは一部である。
交通 [編集]
脚注 [編集]
関連項目 [編集]
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外部リンク [編集]