日本水準原点
日本水準原点(にほんすいじゅんげんてん)は東京都千代田区にある、日本の高低測量の基準点である。
標高は東京湾平均海面(Tokyo Peil:T.P.)で24.3900 m[1]。日本水準原点標庫(にほんすいじゅんげんてんひょうこ)という建物の中にある。
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[編集] 所在地
東京都千代田区永田町一丁目一番二[1] 国会前庭洋式庭園内(国会前庭北地区、憲政記念館構内)
[編集] 歴史
1890年8月に工事計画がなされ、同年12月24日指令により創工され1891年5月、かつて参謀本部陸地測量部が存在した現在地に竣工設置された。
古くからの台地上にあり、地盤沈下の影響を避けることができる。また標庫の基礎は地下10余mの安定地層から築いてあるので、原点の高さに狂いが生じる心配はないとされている。
しかし原点の高さは不変ではない。原点を設置した当初の標高は、T.P.+24.500 mだった。その後1923年に関東大震災が発生。地殻変動が生じた為、再測量によってT.P.+24.4140 mに改定された。さらに、2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)によって24 mm沈下したため、原点標高はT.P.+24.3900 mに改正された[2]。なお、これと同時に日本経緯度原点の経度も東経139度44分28.8759秒から同139度44分28.8869秒へと0.0110秒改正された(緯度は改正されず)[2]。
原点標高は神奈川県三浦市の国土地理院油壷験潮場の験潮(検潮)と、定期的に行われる原点水準測量によって点検されている。
[編集] 日本水準原点標庫
日本水準原点標庫は、日本水準原点を保護するために存在する。原点は日本水準原点標庫の内部正面にある、菊花紋章をあしらった黒い蓋を外したところに存在する。建物自体は原点ではない(誤解、混同されがちである)。
設計者は佐立七次郎。佐立の最初期の作品である。
建物は石造で平家建。建築面積は14.93 m2で軒高3.75 m、総高4.3 m。正面のプロポーションは柱廊とその上部のエンタブラチュア(帯状部)とペディメント(三角妻壁)のレリーフの装飾で特徴づけられる。石造による小規模な作品であるがローマ風神殿建築に倣い、ドーリア式オーダー(配列形式)をもつ本格的な様式建築で明治期の数少ない近代洋風建築として建築史上貴重なものである。東京都指定有形文化財(建造物)に指定されている。
なおエンタブラチュアのフリーズ部分には菊花紋章と共に右から「大日本帝國」と刻まれており、「大日本帝国」号を残す数少ない公的建造物でもある。
[編集] 東京湾平均海面
「量水標」も参照
東京湾平均海面(Tokyo Peil:T.P.)とは、全国の標高の基準となる海水面の高さである。東京湾中等潮位とも呼ばれる。実際の測量の基準点としては、日本水準原点が使われる。
1884年、霊岸島量水標(現在の東京都中央区新川、当時の隅田川河口にあたる)における1873年から1879年までの験潮記録をもとに決定された。
東京湾平均海面が定められるまでは高低測量は各地の主要河川の河口に量水標と呼ばれる験潮場を設置し、その記録によって求めた平均潮位をもとに地域ごとに基準を定めていた。
[編集] 記念切手
1991年5月30日、日本水準原点の設置から100周年になるのを記念して「日本水準原点100周年記念切手」が発行された[3]。62円切手1種で、発行枚数1600万枚。
図案は日本水準原点標庫を背後に、明治・大正期の水準測量作業に使用されたドイツ製水準儀「カール・バンベルヒ一等水準儀」[3](国立科学博物館所蔵)を前景に配している。
[編集] 参考文献
- 週刊紙『郵趣ウィークリー』1991年16号 財団法人日本郵趣協会、1991年