大磯町

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
おおいそまち
大磯町
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 神奈川県
中郡
団体コード 14341-3
面積 17.18 km²
(境界未定部分あり)
総人口 32,487
推計人口、2014年5月1日)
人口密度 1,890人/km²
隣接自治体 平塚市中郡二宮町
町の木 クロマツサザンカ
町の花 ハマヒルガオ
町の鳥 カモメアオバト(2010年追加登録)
大磯町役場
所在地 255-8555
神奈川県中郡大磯町東小磯183番地
北緯35度18分24.8秒東経139度18分40.7秒
大磯町役場
外部リンク 大磯町公式ウェブサイト

大磯町位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町 / ― 村

特記事項 市外局番(0463)
湘南平が平塚市との境界未定
 表示ノート編集履歴 ウィキプロジェクト

大磯町(おおいそまち)は、神奈川県の南部に位置するである。神奈川県庁の定める区分では湘南地域に属する。

地理[編集]

大磯町中心部の空中写真。1988年撮影の3枚を合成作成。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。

南は相模湾に面した遠浅の海で、小漁港と砂浜になっている。町の東西を東海道が貫通し、町域を南北に二分している。北東部には高麗山、北西部には鷹取山という小丘陵があり、大磯丘陵(大磯地塊)とよばれる。町域面積の6割を占める丘陵地帯は西へつづき、小田原市にまで至る。河川は西部の葛川水系のものと、高麗山の麓から流れる血洗川が相模湾に注いでいる。1960年代以降、道路網の整備が進み、国道1号(東海道)などのバイパスとして小田原厚木道路西湘バイパスが建設され、それぞれ町の北部と南部を横断している。

歴史[編集]

歌川広重「大磯」
昭和初期の大磯(1933年9月)
  • 古代は、豪族である師長国造の支配領域であったが、律令体制の整備に伴い相武国造の支配領域と併せ相模国が形成された際に余綾郡に属すことになった。大住郡との境界にあたる町東部には高句麗(現在の中国東北部から朝鮮半島北部にわたる地域に存在した古代国家)からの渡来人が移り住んだという歴史があり、高麗山高来神社の名称は彼らに由来するとされる。
  • 中世には相模国の国府が置かれていたこともある。
  • 江戸時代には東海道宿場町として栄えた。
  • 近代以降は、温暖な気候により保養地として注目され、ドイツ人医師ベルツにより紹介されていた海水浴を普及させるための適地を探していた陸軍軍医総監松本順により海水浴場として開かれた。なおこの海水浴場を日本の海水浴の発祥とする説もある(沙美(岡山県)、二見浦(三重県)など、発祥とされる場所は他にも存在する)

別荘地[編集]

  • 明治中期から昭和初期にかけて、要人の避暑・避寒地として知られており、特に伊藤博文吉田茂のそれは特に有名である。

山縣有朋西園寺公望大隈重信陸奥宗光岩崎弥之助安田善次郎といった政財界要人の別荘が多く建てられた。1907年(明治40年)頃の大磯には150戸以上の別荘があったといわれる。
また、吉田茂の場合は首相退陣後は大磯にて隠棲生活を送ったが、晩年も政界への影響力を保持していた為、「大磯」は吉田茂を示す別称(政界用語)でもあった。

  • 現在は、企業の保養所や研修所として利用されている所が多く、一般に公開されているのはごく一部である。旧伊藤博文邸(滄浪閣)は西武から新たな企業に売却された。旧吉田茂邸は神奈川県と大磯町が県立公園化に向け西武と交渉していたが、失火により全焼。ほかにも歴史的価値のある別荘の多くはマンション建設や宅地分譲などで姿を消しつつある。

人口[編集]

Demography14341.svg
大磯町と全国の年齢別人口分布(2005年) 大磯町の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 大磯町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
大磯町(に該当する地域)の人口の推移
1970年 26,154人
1975年 27,866人
1980年 29,931人
1985年 31,211人
1990年 31,599人
1995年 32,285人
2000年 32,259人
2005年 32,590人
2010年 33,038人
総務省統計局 国勢調査より

行政[編集]

旧国府村役場が置かれた場所(写真の建物は現大磯町役場国府支所

行政区域の変遷[編集]

  • 1889年4月1日 市町村制施行により、神奈川県淘綾郡大磯町(大磯宿+西小磯村+高麗村+東小磯村)、国府村(生沢村+寺坂村+黒岩村+国府本郷村+虫窪村+国府新宿+西窪村)が成立
  • 1896年3月26日 淘綾郡が大住郡と合併、中郡
  • 1952年4月1日 国府村に町制施行、国府町
  • 1954年12月1日 大磯町と国府町が合併、新たに大磯町が発足

歴代首長[編集]

  • 初代 - 曽根田恭男(1954年(昭和29年)12月15日 - 1962年(昭和37年)12月14日)
  • 2代目 - 中島玄良(1962年(昭和37年)12月15日 - 1970年(昭和45年)12月14日)
  • 3代目 - 豊田由登(1970年(昭和45年)12月15日 - 1982年(昭和57年)12月14日)
  • 4代目 - 高島健二(1982年(昭和57年)12月15日 - 1990年(平成2年)12月14日)
  • 5代目 - 石井宣和(1990年(平成2年)12月15日 - 1998年(平成10年)12月14日)
  • 6代目 - 片野一雄(1998年(平成10年)12月15日 - 2002年(平成14年)12月14日)
  • 7代目 - 三澤龍夫(2002年(平成14年)12月15日 - 2006年(平成18年)12月14日)
  • 8代目 - 三好正則(2006年(平成18年)12月15日 - 2010年(平成22年)12月14日)
  • 9代目 - 中﨑久雄(2010年 (平成22年) 12月15日 - )

都道府県の行政機関[編集]


財政[編集]

平成18年度[編集]

  • 財政力指数 1.01 神奈川県市町村平均 1.05
  • 経常収支比率 83.2% 
  • 人口一人当たり地方債現在高 25万0285円 神奈川県市町村平均 47万6542円
  • 実質公債費比率 11.3% 神奈川県市町村平均 19.5%
  • 人口一人当たり人件費物件費等決算額 11万1261円 神奈川県市町村平均 10万3215円
  • 人口1000人当たり職員数 7.84人 神奈川県市町村平均 6.59人 
    • 内訳 一般職員204人(うち技能労務職41人) 教育公務員 41人 消防職員 42人 合計 263人
  • 職員一人当たり平均給料月額 32万39000円 すべての職員手当を含まない数字
  • 職員一人当たり人件費概算値(年額) 868万9867円(人件費/職員数)
  • 普通会計歳出に占める人件費比率 29.0%
  • ラスパイレス指数 96.4% 全国町村平均 93.9

地方債等の残高

  • 1普通会計の債務 83億9600万円
  • 2特別会計分の債務 77億1800万円(下水道事業特別会計分)
  • 3関係する一部事務組合分の債務 0円
    • 神奈川県市町村職員退職手当組合(負担割合 4.6%) 神奈川県後期高齢者医療広域連合(負担割合 0.7%)
  • 4第三セクター等の債務保証等に係る債務 9億4400万円(大磯町土地開発公社分)
    • その他 (財)かながわ健康財団 、(財)かながわ海岸美化財団

地方債等の残高合計 170億5800万円(連結会計)

  • 大磯町民一人あたり地方債等残高 50万8496円

姉妹都市・提携都市[編集]

地域[編集]

教育[編集]

学校教育[編集]

町内の幼稚園[編集]
  • 大磯町立大磯幼稚園
  • 私立こいそ幼稚園(元町立小磯幼稚園から2012年4月、学校法人小磯学園に移管)
  • 大磯町立国府幼稚園
  • 大磯町立たかとり幼稚園
町内の小学校[編集]
町内の中学校[編集]
町内の高等学校[編集]
その他の学校[編集]
  • おおいそ学園(県立の児童自立支援施設。園内に児童のための町立国府小学校・国府中学校生沢分校あり)

社会教育[編集]

ホール・集会場[編集]
図書館[編集]
  • 大磯町立図書館
    • 大磯町立図書館・国府分館
博物館[編集]
体育施設[編集]
  • 大磯運動公園

交通[編集]

鉄道路線[編集]

隣接自治体への連絡[編集]

二宮町平塚市
東海道本線 二宮駅平塚駅

近隣自治体への連絡[編集]

小田原市
東海道本線(小田原駅

バス路線[編集]

都道府県庁への連絡[編集]

  • 東海道本線を利用して横浜へ。

道路[編集]

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]

出身有名人[編集]

その他[編集]

  • 郵便番号は以下の通りとなっている。2006年10月2日に変更。
  • ラッカセイ渡辺慶次郎1871年横浜で落花生の種を譲り受け、大磯の畑で栽培されたのが日本で最初と言われている。花は咲いたが何も実を結ばないので、こんなものと足蹴りしたら地中から出てきて地下結実性であることが判明した。経済栽培に向けて、販売先の確保のため、地元旅館に試食を依頼したが「客は喜んだが、座敷が汚されて困る」と断られた逸話が残っている。その後、明治10年に0.4リットル袋入りにて横浜の駄菓子屋に売り込んだところ、盛況となり、経済栽培への見通しがたち、全国へ普及していった。
  • 「大磯砂」とは、貝殻や珊瑚のかけら等で構成される小粒の海産砂利の総称であり、以前は大磯海岸で採取されたものが水槽用に流通していたため、その名残でそう呼ばれている。現在は、採取が禁止されており、神奈川の大磯海岸で採れた砂利ではなく輸入物がほとんどである。

関連項目[編集]

Shounandayira.jpg

外部リンク[編集]