茅ヶ崎市

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茅ヶ崎市
ちがさきし
日章旗 日本
地方 関東地方
都道府県 神奈川県
団体コード 14207-7
面積 35.71km²
※境界未定部分あり
総人口 233,631
推計人口、2009年6月1日)
人口密度 6,540人/km²
隣接自治体 藤沢市平塚市高座郡寒川町
市の木 アカシア
市の花 ツツジ
市の鳥 シジュウカラ
茅ヶ崎市役所
所在地 〒253-8686 神奈川県
茅ヶ崎市茅ヶ崎一丁目1番1号
電話番号 0467-82-1111
外部リンク 茅ヶ崎市

茅ヶ崎市位置図(神奈川県)

:政令指定都市 / :市 / :町・村
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茅ヶ崎市(ちがさきし)は、神奈川県中南部に位置し、東京都心から約60キロ、相模湾に面した湘南地方の中心に位置する都市である。特例市の一つ。市名は中世以来の郷名による。

目次

[編集] 地理

相模原台地丘陵地帯と相模川の河口に形成された砂州地帯で、市内には小出川(こいでがわ)が南西に流れ相模川に注いでいる。

江戸時代東海道五十三次藤沢宿平塚宿の間の農村地帯で、東海道中に2ヶ所しかない左富士(道中ではいつも右に見える富士山が左手に見える)の場所として浮世絵の題材としても知られた。現在、国道1号鳥井戸橋で「南湖の左富士」のレリーフを見ることができる。

[編集] 歴史

茅ヶ崎市役所
ウィキソース
ウィキソース村を廃し町を置く処分の神奈川県告示文があります。
ウィキソース
ウィキソース施行日を改む件の神奈川県告示文があります。
  • 1908年(明治41年)10月1日 - 高座郡茅ヶ崎村鶴嶺村および松林村と合併し、茅ヶ崎町となる。
    駅名として広く知られているという理由から、新町名は茅ヶ崎町とした。町役場は南湖の金剛院に置く。人口は16,860人。
  • 1911年(明治44年)8月 - 町役場が字梅田(元の茅ヶ崎村役場所在地。現在は茅ヶ崎商工会議所が所在)へ移転。
  • 1921年大正10年)9月28日 - 相模鉄道相模線が開業。
ウィキソース
ウィキソース町を市とする件の内務省告示文があります。
  • 1947年昭和22年)10月1日 - 市制を施行し茅ヶ崎市となる。人口は43,315人。

戦前から戦後にかけては保養地、別荘地であったが、急速に東京ベッドタウンとして都市化が進行した。

[編集] 人口

茅ヶ崎市と全国の年齢別人口分布図(比較) 茅ヶ崎市の年齢・男女別人口分布図
紫色は茅ヶ崎市
緑色は日本全国
青色は男性
赤色は女性
1980年 171,016人
1985年 185,030人
1990年 201,675人
1995年 212,874人
2000年 220,809人
2005年 228,420人
総務省統計局 / 国勢調査2005年

[編集] 行政

[編集] 警察

[編集] 経済

[編集] 産業

茅ヶ崎漁港
東邦チタニウム株式会社・本社(金属チタンなどを製造する企業。)
株式会社アルバック・茅ヶ崎本社工場(真空装置を製造する企業)
宮田工業株式会社・本社(自転車消火器などを製造する企業。)
パナソニック株式会社エナジー社・茅ヶ崎・辻堂工場
パナソニックCCグラフィックス株式会社
株式会社オーテックジャパン・本社(特装車の企画開発・製造。)
BASFポゾリス株式会社・茅ヶ崎工場(コンクリートの混和剤などを製造する企業。)
TOTO株式会社・茅ヶ崎工場

[編集] 姉妹都市・提携都市

[編集] 国内

:江戸時代の名町奉行として知られる大岡忠相を藩祖とする西大平藩が岡崎市内にあり、また茅ヶ崎市は大岡氏の本拠地であることから。

[編集] 地域

[編集] 教育

[編集] 小学校

  • 茅ヶ崎市立
    • 円蔵小学校
    • 茅ケ崎小学校
    • 香川小学校
    • 今宿小学校
    • 緑が浜小学校
    • 室田小学校
    • 小出小学校
    • 小和田小学校
    • 松林小学校
    • 松浪小学校
    • 西浜小学校
    • 鶴が台小学校
    • 鶴嶺小学校
    • 東海岸小学校
    • 梅田小学校
    • 浜須賀小学校
    • 浜之郷小学校
    • 柳島小学校
  • 私立

[編集] 中学校

[編集] 高等学校

[編集] 特別支援学校

[編集] 大学・短期大学

[編集] その他

[編集] 隣接している自治体

平塚市藤沢市高座郡寒川町

[編集] 交通

[編集] 鉄道

[編集] 道路

[編集] みちの愛称事業

  • 茅ヶ崎市は「みちの愛称検討委員会」を職員と公募した市民で開き、道路愛称を街頭インタビューや公募などで決定し発表している。
  • 平成12年度には国道1号の南側14路線、平成13年度には国道1号と新湘南バイパスの間10路線、平成14年には新湘南バイパス北側の7路線の愛称が発表された。
  • このような「みちの愛称」を茅ヶ崎の文化とする人がある一方で、旧住民が「東海岸通り」と呼んでいた道路に観光客や新住民が使い始めた加山雄三にちなむ雄三通りを採用したり、サザンオールスターズの人気にあやかろうとしてサザン通りを採用したりした行政の姿勢を軽薄であるとする批判意見や抵抗感を示す住民もいる。「ラチエン通り」「一中通り」「鉄砲道」などはすでに通称として市民や観光客に広く使われていたものが採用された。

[編集] 主なみちの愛称

  • 雄三通り(以前は加山雄三邸が海岸付近にあった。旧くは加山雄三の父親の名から上原謙通りとも呼ばれた。駅南口の東側から、サザン通りに平行して南北に走る。)
  • サザン通り(駅南口の西側から、小さい丘を越えてサザンビーチに至る南北の尾根道。)
  • ラチエン通り(烏帽子岩が美しく見える。ラチエン(ユダヤ系ドイツ人)の邸宅があったことによる。)
  • 一中通り(市立第一中学の東側を通る南北の道。)
  • 大岡越前通り(大岡越前守忠相の墓のある浄見寺の北側を東西に走る。)
  • 石神古墳通り(国道1号線の南側の下道。駅北口から相模線の踏切を通り、東に抜ける。駅構内にあった古墳による命名。)
  • 鉄砲道(1728年に幕府が腰越村(現、鎌倉市内)から柳島村(現、茅ヶ崎市内南西部)にかけて設置した相州炮術調練場による命名。)てっぽうみちと読む。

[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

  • 烏帽子岩(姥島)
  • 平島
  • 腰掛神社 日本武尊にゆかりのある神社。
  • 浄見寺大岡忠相の墓所) - 大岡氏の本領は茅ヶ崎・寒川近辺にあった。
  • 宝生寺阿弥陀三尊像 国指定の重要文化財
  • 龍前院五輪塔
  • 旧相模川橋脚 国指定の史跡。大正12年(1923年)関東大震災と大正13年の地震によって地表に現れ、沼田賴輔(歴史学者)により旧相模川橋脚であるとされた。最近の調査では相模川本流ではないと推測されている。史跡整備事業が行われ、2008年3月29日にオープンとなった。
  • 堤貝塚 県指定の史跡相模川沿岸に残る数少ない貝塚で、縄文時代後期(紀元前4000年~3500年)の集落址に伴うものである。規模も大きく、保存状況も良好で、当時の生活を知る上で極めて重要かつ貴重な遺跡である。指定地はその一部分である。
  • 七堂伽藍跡 茅ヶ崎北陵高校のある高台の南側、一段低くなった畑地の広がる一郭の下寺尾、「七堂伽藍跡(しちどうがらん)」と刻まれた高さ3m余りの石碑が建っている。七堂伽藍とは、いくつかの建物から成る大きな寺院のことをいう。昔からこの辺りに大きな寺があったという言い伝えがあり、試掘調査の結果、古がわら片をはじめ、灯明皿など寺の存在を裏付ける遺物が数多く出土している。
  • 鶴嶺八幡宮 一説に源氏が創建した関東最初の氏社という。
  • 国木田独歩の碑
  • 平塚らいてうの碑
  • 仮名垣魯文の碑。父親の実家が萩園にあり、魯文も一時期いた。
  • 鉄砲道 相州炮術調練場(幕府の鉄砲場)に至る道であったという説がある。近年、東西に開通したので俗に「鉄砲通り」ともいう。かつては行き止まりであったので「道」と称した。
  • 佐々木卯之助の碑。現在の鉄砲道と旧道との分岐点(東海岸五丁目)にある。役人だが幕府に内緒で困窮の農民に鉄砲場内での耕作を許して島流しとなった。

[編集] レジャー

  • “チガサキ”ブランドは湘南イメージとして人気があり、夏には海水浴客、また一年通してマリンスポーツを楽しむサーファーや釣客たちが訪れている。
  • サザンビーチちがさき (旧・茅ヶ崎海水浴場) (ローマ字表記はSouthern BeachではなくSazan Beachだったが、いつの間にかSouthernに改称されていた。)
  • 湘南海岸

[編集] 観光

[編集] 祭り

[編集] ゆかりの有名人

[編集] 茅ヶ崎市出身の有名人

[編集] 茅ヶ崎市に関係のある有名人

[編集] 表彰及び褒章

[編集] 歴代名誉茅ヶ崎市民

[編集] 茅ヶ崎市民栄誉賞歴代受賞者

  1. 野口聡一宇宙飛行士
  2. 土井隆雄宇宙飛行士
  3. 山本昌広プロ野球中日ドラゴンズ投手)
  4. 三科真澄ソフトボール日本代表ルネサス高崎内野手/北京オリンピック金メダリスト)

[編集] その他

  • 市外局番 : 市内全域で0467
  • 2004年、市立中学校で創価学会歌演奏強要事件が起きた。
  • 市の一部地域が低地となっているため、大雨が降ったときにしばしば道路が冠水したり住宅が浸水することがある。
  • カッパ伝説が残されている。(カッパ徳利伝説)

[編集] 茅ヶ崎に関係する詞(コトバ)が歌詞中にある主な歌

[編集] 脚注

  1. ^ 古代より平坦な砂地で、鎌倉時代に弓の練習場として八つの的が置かれたことから。
  2. ^ 低い丘や芝原に松が多く、「八的」が後に「八松」と書かれるようになったといわれる。
  3. ^ 同日、自治省告示第109号
  4. ^ 同年10月26日、自治省告示第200号
  5. ^ 昭和47年条例第25号、茅ヶ崎市役所の位置を定める条例
  6. ^ 平成14年12月13日政令第372号

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク