茅ヶ崎市
| ちがさきし 茅ヶ崎市 |
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|---|---|
サザンビーチちがさきモニュメント「茅ヶ崎サザンC」
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| 茅ヶ崎市旗 茅ヶ崎市章 | |
| 国 | |
| 地方 | 関東地方 |
| 都道府県 | 神奈川県 |
| 団体コード | 14207-7 |
| 面積 | 35.71km² (境界未定部分あり) |
| 総人口 | 236,174人 (推計人口、2011年12月1日) |
| 人口密度 | 6,610人/km² |
| 隣接自治体 | 藤沢市、平塚市、高座郡寒川町 |
| 市の木 | アカシア |
| 市の花 | ツツジ |
| 市の鳥 | シジュウカラ |
| 茅ヶ崎市役所 | |
| 所在地 | 〒253-8686 神奈川県茅ヶ崎市茅ヶ崎一丁目1番1号 |
| 外部リンク | 茅ヶ崎市 |
| ウィキプロジェクト | |
茅ヶ崎市(ちがさきし)は、神奈川県中南部に位置し、東京都心から約60キロ、相模湾に面した湘南地方の中心に位置する特例市である。市名は中世以来の郷名による。
目次 |
[編集] 概要
相模川下流域の沖積平野に位置し、高座郡の内、旧茅ヶ崎村、鶴嶺村、松林村が合併し現茅ヶ崎市の原型が出来る。昭和30年の小出村の合併を加えほぼ現況に至る。高座郡の郡衙が茅ヶ崎北陵高校の地域にあったと推測されるが、発掘は近年であり現在に至る歴史の流れは掴めていない。人口は平成22年度現在で235,140人で特例市の一つである。気候は温暖で太平洋に面している為、関東地方に於いて夏は高温になりにくく、冬は暖かい方である。その為か東京、横浜のベッドタウンでも人気があり市制施行以来人口は一貫して増え続けている。また観光都市の側面も持っており湘南海岸の一翼を担い、夏には海水浴場として茅ヶ崎海水浴場がオープンし多くの海水浴客が訪れる。サーフィンやマリンスポーツをする人も一年を通して多く存在する。また市内の海岸線にはサイクリングロードが設けられ、マリンスポーツ以外にも多くの市民がサイクリングやジョギング、散歩を烏帽子岩や富士山、江ノ島を眺めながら楽しむ事が出来る。また釣り船もあり、投げ釣り以外にも釣り客は多い。近年砂浜の侵食が激しい為、ヘッドランド(通称「Tバー」)と呼ばれる養浜施設が設けられ対応している。尚、Tバーはサーフィン、釣りの好スポットとなっている。海のレジャー以外にもゴルフ場も丘陵に2ヶ所、海沿いに2ヶ所ある。北部は相模原台地の丘陵地帯であり市民の憩いの場である 神奈川県立茅ヶ崎里山公園 を中心に里山の豊かな自然を残そうと努力している。その他市内に2ヶ所の温泉施設がある。一方で住宅地の人口増加に伴い第一次産業従事者の数は減り続けている。特に平野部の田園地帯はほぼ姿を消した。又隣接する藤沢市や平塚市に比べ工場の数も少ない為、市内で生産業に従事する者は多くない。海の日に関東三大奇祭である浜降祭が行われ茅ヶ崎の夏の訪れとなる。
市内にはJR東日本茅ヶ崎駅を始め北茅ヶ崎駅、香川駅と三駅存在する。核となる都市は茅ヶ崎駅周辺であり行政、商業の中心地となっている。一方市内東部の住民は通勤通学に隣接する藤沢市の辻堂駅を利用する者もいる。特に辻堂駅再開発事業湘南C-Xには駅西口を中心に茅ヶ崎市も一部財源を負担している。また湘南ライフタウン付近の住民は辻堂駅以外にも小田急江ノ島線湘南台駅の利用が便利で直通のバスも出ている。市内の道路は道が狭く渋滞が多い為、国道134号線、新湘南バイパスを除き事情は良くない。自動車での移動に手間がかかるため自転車利用者が多いのも特徴である。
[編集] 地理
相模原台地の丘陵地帯と相模川の河口に形成された砂州地帯で、市内には小出川(こいでがわ)と千の川が南西に流れ相模川に注いでいる。
江戸時代は東海道五十三次藤沢宿と平塚宿の間の農村地帯で、東海道中に2ヶ所しかない左富士(道中ではいつも右に見える富士山が左手に見える)の場所として浮世絵の題材としても知られた。現在、国道1号鳥井戸橋で「南湖の左富士」のレリーフを見ることができる。
[編集] 歴史
- 縄文時代 - 北部堤に県内有数の規模を誇る堤貝塚がある。縄文時代後期(紀元前4000年から3500年)の集落址とされる。
- 飛鳥時代 - 北部の下寺尾には出土品その他から相模国最古の寺および郡衙があり、高座郡の行政の中心であったと推定されている。
- 平安時代 - 末期に関東武士団の大庭氏、懐島氏により新田開発が進む。
- 1030年(長元3年) - 関東最古の源氏の氏社である鶴嶺八幡宮を創建。
- 鎌倉時代 - 辻堂および茅ヶ崎東部沿岸を含む広域の地名で「八的ヶ原」(やまとがはら)[1] 後に、「八松ヶ原」(やつまつがはら)[2] と呼ばれる。
- 1198年(建久9年)12月27日 - 鎌倉幕府征夷大将軍源頼朝が相模川に懸けた橋の竣工式で落馬し、その怪我が元で翌年薨去したという伝説がある。
- 1281年(弘安4年) - 鎌倉幕府が元寇に対し、蒙古退散の祈祷を鶴嶺八幡宮にて行う。
- 1728年 - 享保の改革の一環で、相州炮術調練場を設置する。
- 1896年(明治29年) - 市内南湖に「東洋一」と謳われたサナトリウム南湖院が開院。国木田独歩等多くの著名人が入院した。(1945年閉鎖)
- 1898年(明治31年)6月15日 - 鉄道省東海道線の駅として茅ヶ崎駅が開業。
- 1908年(明治41年)10月1日 - 高座郡茅ヶ崎村、鶴嶺村および松林村と合併し、茅ヶ崎町となる。
- 駅名として広く知られているという理由から、新町名は茅ヶ崎町とした。町役場は南湖の金剛院に置く。人口は16,860人。
- 1911年(明治44年)8月 - 町役場が字梅田(元の茅ヶ崎村役場所在地。現在は茅ヶ崎商工会議所が所在)へ移転。
- 1921年(大正10年)9月28日 - 相模鉄道相模線が開業。
- 1923年(大正12年)9月1日 - 関東大震災発生。茅ヶ崎駅舎、馬入橋の崩壊を筆頭に多くの建物が全壊し多大な被害が出る。
- 1947年(昭和22年)10月1日 - 市制を施行し茅ヶ崎市となる。人口は43,315人。
- 1955年(昭和30年)4月5日 - 高座郡小出村の一部を編入。
- 1963年(昭和38年)7月25日 - 寒川町との境界を変更する[3]。
- 1968年(昭和43年)11月1日 - 寒川町との境界を変更する[4]。
- 1974年(昭和49年)7月22日 - 市役所が現在地へ移転[5]。
- 1988年(昭和63年)3月30日 - 新湘南バイパスが開通する。
- 1989年(平成元年) - 人口が20万人を突破。
- 2003年(平成15年)4月1日 - 特例市となる[6]。
戦前から戦後にかけては保養地、別荘地であったが、急速に東京、横浜のベッドタウンとして都市化が進行した。
[編集] 人口
| 茅ヶ崎市と全国の年齢別人口分布(2005年) | 茅ヶ崎市の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||
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■紫色 ― 茅ヶ崎市
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 |
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茅ヶ崎市(に該当する地域)の人口の推移
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| 総務省統計局 / 国勢調査 | ||||||||||||||||||||||||||||
[編集] 行政
[編集] 歴代市長
- 初代 添田良信(1947-1949)
- 二代 内田俊一(1949-1953)
- 三代 出口肇(1953-1967)
- 四代 内田俊一(1957-1961)
- 五代 野村宣(1961-1967)
- 六代 柾木一策(1967-1987)
- 七代 根本康明(1987-2001)
- 八代 添田高明(2001-2003)
- 現職 服部信明(2003-)
[編集] 警察
[編集] 消防
[編集] 医療
[編集] 指定金融機関
[編集] パブリックコメント制度
茅ヶ崎市では、市の計画等の策定過程における公正の確保と透明性の向上を図ることで市民の意見や要望を積極的に市政に反映させる為に、パブリックコメント制度を設けいている。平成15年11月1日から施行され、現在に至る。もちろん、過去の記録も残っている。
[編集] 経済
[編集] 産業
- 東邦チタニウム株式会社・本社(金属チタンなどを製造する企業。)
- 株式会社アルバック・茅ヶ崎本社工場(真空装置を製造する企業)
- 宮田工業株式会社・本社(自転車や消火器などを製造する企業。)
- AGCセイミケミカル株式会社・本社および工場(AGCグループのファインケミカルメーカー)
- パナソニック株式会社エナジー社・茅ヶ崎・辻堂工場
- パナソニックCCグラフィックス株式会社
- 株式会社オーテックジャパン・本社(特装車の企画開発・製造。)
- BASFポゾリス株式会社・茅ヶ崎工場(コンクリートの混和剤などを製造する企業。)
- TOTO株式会社・茅ヶ崎工場
[編集] 姉妹都市・提携都市
[編集] 国内
- 提携都市
[編集] 地域
概ねJR東日本東海道線によって南北に分けられる。北部は更に旧小出村部分と分けられる。市役所及び、主な商工業地域は北部茅ヶ崎駅周辺に集中している。また南部は湘南海岸に面し、所謂湘南らしい高層施設の少ない街並みとなっている。旧小出村地区には 神奈川県立茅ヶ崎里山公園 があり長閑で自然環境豊かな地域である。又、東部は鎌倉時代に藤沢市辻堂と共に八的が原と呼ばれていた。
[編集] 隣接している自治体
[編集] 教育
[編集] 小学校
茅ヶ崎市立
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私立
[編集] 中学校
茅ヶ崎市立
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私立
[編集] 高等学校
- 神奈川県立
- 私立
[編集] 特別支援学校
- 神奈川県立茅ヶ崎養護学校
[編集] 大学・短期大学
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[編集] 専門学校
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[編集] その他
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[編集] 交通
[編集] 鉄道
[編集] 道路
[編集] みちの愛称事業
茅ヶ崎市は「みちの愛称検討委員会」を職員と公募した市民で開き、道路愛称を街頭インタビューや公募などで決定し発表している。
平成12年度には国道1号の南側14路線、平成13年度には国道1号と新湘南バイパスの間10路線、平成14年には新湘南バイパス北側の7路線の愛称が発表された。
このような「みちの愛称」を茅ヶ崎の文化とする人がある一方で、旧住民が「東海岸通り」と呼んでいた道路に観光客や新住民が使い始めた加山雄三にちなむ雄三通りを採用したり、サザンオールスターズの人気にあやかろうとして「サザン通り」を採用したりした行政の姿勢を軽薄であるとする批判意見や抵抗感を示す住民もいる。「ラチエン通り」「一中通り」「鉄砲道」などはすでに通称として市民や観光客に広く使われていたものが採用された。
[編集] 主なみちの愛称
- 雄三通り(以前は加山雄三邸が海岸付近にあった。旧くは加山雄三の父親の名から上原謙通りとも呼ばれた。駅南口の東側から、サザン通りに平行して南北に走る。)
- サザン通り(駅南口の西側から、小さい丘を越えてサザンビーチに至る南北の尾根道。)
- ラチエン通り(烏帽子岩が美しく見える。ルドルフ・ラチエン(ユダヤ系ドイツ人)の邸宅があったことによる。)
- 一中通り(市立第一中学の東側を通る南北の道。)
- 大岡越前通り(大岡越前守忠相の墓のある浄見寺の北側を東西に走る。)
- 石神古墳通り(国道1号線の南側の下道。駅北口から相模線の踏切を通り、東に抜ける。駅構内にあった古墳による命名。)
- 鉄砲道(1728年に江戸幕府が腰越村(現、鎌倉市内)から柳島村(現、茅ヶ崎市内南西部)にかけて設置した相州炮術調練場にちなむ。)てっぽうみちと読む。
- 浜竹通り(辻堂駅西口から湘南新道を通じ、湘南海岸に至る。)
- 桜道(茅ヶ崎駅南口から浜竹通りに至る。かつて桜の多い道路ではあったが、近年はラチエン通りとの交差点に残る程度である。)
[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
- 烏帽子岩(姥島)
- 平島
- 旧相模川橋脚 - 国指定の史跡。大正12年(1923年)関東大震災と大正13年の地震によって地表に現れ、沼田賴輔(歴史学者)により旧相模川橋脚であるとされた。最近の調査では相模川本流ではないと推測されている。史跡整備事業が行われ、2008年3月29日にオープンした。
- 堤貝塚 - 県指定の史跡。相模川沿岸に残る数少ない貝塚で、縄文時代後期(紀元前4000年-3500年)の集落址に伴うものである。規模も大きく、保存状況も良好で、当時の生活を知る上で極めて重要かつ貴重な遺跡である。指定地はその一部分である。
- 七堂伽藍跡 - 茅ヶ崎北陵高校のある高台の南側、一段低くなった畑地の広がる一郭の下寺尾、「七堂伽藍跡(しちどうがらん)」と刻まれた高さ3m余りの石碑が建っている。七堂伽藍とは、いくつかの建物から成る大きな寺院のことをいう。昔からこの辺りに大きな寺があったという言い伝えがあり、試掘調査の結果、古がわら片をはじめ、灯明皿など寺の存在を裏付ける遺物が数多く出土している。
- 国木田独歩の碑
- 平塚らいてうの碑
- 仮名垣魯文の碑 - 父親の実家が萩園にあり、魯文も一時期いた。
- 佐々木卯之助の碑 - 現在の鉄砲道と旧道との分岐点(東海岸五丁目)にある。役人だが幕府に内緒で困窮の農民に鉄砲場内での耕作を許して島流しとなった。
- 鉄砲道 - 相州炮術調練場(幕府の鉄砲場)に至る道であったという説がある。近年、東西に開通したので俗に「鉄砲通り」ともいう。かつては行き止まりであったので「道」と称した。
- 團十郎山の碑 - 九世市川團十郎の別荘跡地(茅ヶ崎市平和町)に建立された[7]
[編集] 神社仏閣など
- 鶴嶺八幡宮 - 一説に源氏が創建した関東最初の氏社といわれる。
- 腰掛神社 - 日本武尊にゆかりのある神社。
- 高田熊野神社 - 大岡忠相の実父が建立した神社。
- 諏訪神社 (茅ヶ崎市)
- 浄見寺(大岡忠相の墓所) - 大岡氏の本領は茅ヶ崎・寒川近辺にあった。
- 宝生寺阿弥陀三尊像 - 国指定の重要文化財。
- 龍前院五輪塔
[編集] レジャー
- "チガサキ"ブランド - 湘南イメージとして人気があり、夏には海水浴客、また一年通してマリンスポーツを楽しむサーファーや釣客たちが訪れている。
- サザンビーチちがさき (旧・茅ヶ崎海水浴場) - ローマ字表記はSouthern BeachではなくSazan Beachだったが、いつの間にかSouthernに改称されていた。
- 湘南海岸
- 茅ヶ崎公園野球場
- 湘南汐見台公園
[編集] 観光
- 茅ヶ崎館 - 映画監督・小津安二郎縁の旅館。『東京物語』等、小津三部作の執筆が行われた。
- 茅ヶ崎市美術館 - 洋画家の小山敬三や萬鉄五郎等の作品が多数展示されている。
- 開高健記念館 - 作家・開高健の旧私邸。大正天皇の保養所趾(未使用)。
- 茅ケ崎市文化資料館 - 茅ヶ崎市の民俗・歴史、考古、自然誌に関する資料を収集・保存、展示している地域博物館。
- 神奈川県立茅ヶ崎里山公園
[編集] 祭り
[編集] ゆかりの有名人
[編集] 茅ヶ崎市出身の有名人
[編集] 芸能・音楽関係者
- 加山雄三(俳優、歌手、東海岸小学校校歌制作)
- 尾崎紀世彦(歌手)
- ブレッド&バター(歌手)
- 桑田佳祐(ロックミュージシャン・サザンオールスターズリーダー)
- 萩原聖人(俳優)
- 杉本哲太(俳優)
- 平尾昌晃(音楽家)
- 徳光正行(タレント)
- 片山誠史(歌手)
- 小桜舞子(演歌歌手)
- 岡田淳一(演歌歌手・社交ダンスインストラクター)
- MOOMIN(レゲエミュージシャン)
- yoheyOKAMOTO(ミュージシャン)
- THE CRAZY SKB(ロックミュージシャン・プロレスラー)
- 鳥海浩輔(声優)
- えみりぃ(女優)
- 小栗香織(女優)
- かしわ哲(ミュージシャン、児童文学者:NHK「おかあさんといっしょ」5代目歌のお兄さん)
- 松坂桃李(モデル、俳優)
- 石黒ケイ(歌手)
- 囲碁将棋・文田大介(お笑い芸人)
[編集] アナウンサー・ナレーター
- 竹内明(TBSテレビ)
- 徳田章(NHK)
- 秀島史香
- 井手麻実(四国放送アナウンサー。元tvk「みんなが出るテレビ」女子大生レポーター)
- 別府始(JSPORTSサイクルロードレース解説者。別府三兄弟の長男。次男匠、三男史之は共に自転車プロロードレース選手。下述)
[編集] スポーツ選手
- 山本昌広(中日ドラゴンズ所属プロ野球選手)
- 別府匠(自転車プロロードレース選手。現在は愛三工業レーシング監督)
- 別府史之(自転車プロロードレース選手。日本人初のツール・ド・フランス完走者の一人)
- 柳田美幸(女子サッカー選手。なでしこジャパン)
- 石坂有紀子(ビーチバレー選手。オリンピック代表)
- 扇谷健司(サッカー審判員)
- 山宮恵一郎(プロレスラー)
- 三科真澄(ソフトボール選手。北京オリンピック金メダリスト)
- 小田島隆幸(元サッカー選手)
[編集] 茅ヶ崎市に関係のある有名人
[編集] 歴史上の人物
「大岡越前祭」も参照
- ゾルゲ(スパイ、独ソ戦でのソ連敗退後の日本の対ソ宣戦布告予定をスターリンに報告)
- 木越安綱(陸軍大臣。森鴎外の友人。軍部大臣現役武官制を廃し、退役軍人の大臣を認めたために軍部からは冷遇された。)
- 大島浩(昭和期の陸軍軍人・外交官。第二次世界大戦当時の駐ドイツ日本大使)
- 箕作麟祥(法学者、茅ヶ崎の別荘族の一人、一族から博士を400名輩出。)
- 箕作元八(歴史学者)
- 添田唖蝉坊(演歌師)
[編集] 画家
[編集] 芸能人
[編集] 俳優
[編集] フリーアナウンサー
- 徳光和夫(現在市内在住のフリーアナウンサー、司会者。生まれは群馬県渋川市)
- 梶原しげる(フリーアナウンサー・タレント、生まれは大阪府大阪市阿倍野区)
- 関谷亜矢子(元日本テレビアナウンサー、フリーアナウンサー、生まれは東京都渋谷区)
[編集] 作家
- 池田忠雄(脚本家)
- 石山透(脚本家。『続 タイムトラベラー』、『新八犬伝』、『プリンプリン物語』(NHK)など。)
- 大手拓次(詩人、南湖院にて死去)
- 開高健(小説家。大正天皇の保養所の跡地に居住。現在は開高健記念館となっている。)
- 仮名垣魯文(『西洋道中膝栗毛』を書いた幕末から明治の戯作者。)
- 国木田独歩(前期自然主義の小説家、南湖院にて死去。)
- 拳骨拓史 : 作家
- 小生夢坊(大正・昭和期の漫画家、随筆家、社会評論家。)
- 斉藤昌三(書誌学者。『現代筆禍文献大年表』などを作る。門弟4000人と言われる。市立図書館名誉館長。)
- 島尾敏雄(東海岸に住んでいたことがある。『死の棘』は小栗康平監督によって映画化され松坂慶子と岸部一徳が演じ、カンヌ国際映画祭で「審査員グランプリ」「国際批評家連盟賞」をダブル受賞した。)
- 高橋治(『秘伝』で第90回直木賞受賞。)
- 城山三郎(経済小説家)
- 津路嘉郎(脚本家)
- 平塚らいてう(女性解放運動家。姉の南湖院入院により茅ヶ崎を訪れる。雑誌「青鞜」の編集も茅ヶ崎で行う。)
- 前川佐美雄(竹柏会系の歌人。)
- 真樹日佐夫(漫画原作者。市内在住。)
- 真山青果(脚本家。独歩の闘病生活と死を「読売新聞」に報じて有名になる。)
- 棟田博(小説家。『拝啓天皇陛下様』映画化され、渥美清が好演した。)
- 八木重吉(詩人。茅ヶ崎小学校の南側に住んでいた。)
- 柳田国男(民俗学者、小説家。義父の別荘が茅ヶ崎にあり、烏帽子岩や六本松についても言及。)
- 吉田一穂(詩人)
- 吉田聡(漫画家。神奈川県立茅ヶ崎高等学校卒。同校をモデルにした作品を描く。)
[編集] 音楽関係者
- 山田耕筰(作曲家、茅ヶ崎在住時に『赤とんぼ』を作曲)
- 喜多嶋修(ミュージシャン、作曲家。加山雄三の従兄弟であり、ザ・ランチャーズに参加する)
- 喜多嶋舞(喜多嶋修の長女。茅ヶ崎市を本籍地とする)
- 加瀬邦彦(作曲家、ザ・ワイルド・ワンズリーダー。茅ヶ崎在住時に音楽の世界を志す)
- 松浦亜弥(歌手、タレント。市内の中学校出身)
- テミヤン(フォークシンガー)
- 鈴木カツ(音楽評論家)
[編集] 映画監督
[編集] スポーツ選手
- ピストン堀口(プロボクサー。茅ヶ崎市在住。拳闘道場(現在のピストン堀口ジム)を開設。)
- 鎌田翔雅(サッカー選手)
- 小川直也(プロレスラー。東海岸北に柔道場を開く。)
- 佐々木貴(プロレスラー)
- 鶴見五郎(プロレスラー。茅ヶ崎市でフィットネス道場を経営)
- 渕正信(プロレスラー。全日本プロレス入門前後に居住していたことを語っている。)
- 杉山愛(プロテニス選手。実家が茅ヶ崎市に在る)
- 田代富雄(元大洋ホエールズ選手。ラーメン店を茅ヶ崎市で一時期営業)
[編集] 宇宙飛行士
[編集] デザイナー
[編集] その他
[編集] 表彰および褒章
[編集] 歴代名誉茅ヶ崎市民
- 牧野英一(1966年(昭和41年)3月11日議決)刑法学者
- 磯崎貞序(1976年(昭和51年)3月26日議決)衆議院議員
- 小山敬三(1976年(昭和51年)3月26日議決)画家
- 添田良信(1976年(昭和51年)3月26日議決)初代茅ヶ崎市長
[編集] 茅ヶ崎市民栄誉賞歴代受賞者
- 野口聡一(宇宙飛行士)
- 土井隆雄(宇宙飛行士)
- 山本昌広(プロ野球:中日ドラゴンズ投手)
- 三科真澄(ソフトボール:日本代表兼ルネサスエレクトロニクス高崎 女子ソフトボール部内野手/北京オリンピック金メダリスト)
- 杉山愛(プロテニスプレーヤー)
- 加山雄三(俳優、歌手)
[編集] 茅ヶ崎を舞台にした作品
- 湘南爆走族 - 吉田聡著。少年KING誌上に1982年から1988年まで連載。
- 湘南グラフィティ - 吉田聡著。ヤングキング誌上に1988年から1989年まで連載。
- SURF SIDE HIGH-SCHOOL - 澤井健著。週刊ヤングサンデー誌上に1995年から1997年まで連載。
[編集] 茅ヶ崎に関係する詞(コトバ)が歌詞中にある主な歌
- 「勝手にシンドバッド」(サザンオールスターズ)
- 「チャコの海岸物語」(サザンオールスターズ)
- 「ホテルパシフィック」(ブレッド&バター)
- 「HOTEL PACIFIC」(サザンオールスターズ)
- 「夏をあきらめて」(サザンオールスターズ、研ナオコ)
- 「希望の轍」(サザンオールスターズ)
- 「ラチエン通りのシスター」(サザンオールスターズ)
- 「雨上がりにもう一度キスをして」(サザンオールスターズ)
- 「茅ヶ崎に背を向けて」(サザンオールスターズ)
- 「八月の詩(セレナード)」(サザンオールスターズ)
- 「夜風のオン・ザ・ビーチ」(サザンオールスターズ)
- 「天気雨」(荒井由実/歌詞中に茅ヶ崎、ゴッデス、相模線が出てくる)
- 「Merry X'mas In Summer」(KUWATA BAND)
- 「茅ヶ崎Pipeline」(TUBE)
- 「こんな気持ちのまま」(浜田省吾)
- 「Route 134」(杉山清貴&オメガトライブ)
- 「茅ヶ崎サンライズ」(Lady-O(ラジオっ娘))
- 「MY LITTLE HOME TOWN」(桑田佳祐/歌詞中に茅ヶ崎に存在するCDショップ「CHIYAMA」などが出るなど、桑田の茅ヶ崎での思い出を歌っている)
- 「湘南の男たち」(アン・ルイス)
- 「恋のハーフムーン」(太田裕美、肌寒い茅ヶ崎という部分)
- 「潮風の少女」(堀ちえみ)
- 「茅ヶ崎の風に吹かれて」(つじむらゆみこ)
[編集] その他
- 市外局番:市内全域で0467(藤沢市0466とは同一MAの為市内料金で通話できるが、同じ市外局番の鎌倉市とは市外料金である)
- 2004年、市立中学校で創価学会歌演奏強要事件が起きた。
- 市の一部地域が低地となっているため、大雨が降ったときにしばしば道路が冠水したり住宅が浸水することがある。
- カッパ伝説が残されている(カッパ徳利伝説)。
[編集] 脚注
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 行政
- 観光
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