徳島市

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

徳島市
とくしまし
日章旗 日本
地方 四国地方
中国・四国地方
都道府県 徳島県
団体コード 36201-8
面積 191.62km²
総人口 264,507
推計人口、2009年6月1日)
人口密度 1,380人/km²
隣接自治体 小松島市

板野郡松茂町北島町藍住町
名西郡石井町神山町
名東郡佐那河内村
勝浦郡勝浦町

市の木 ホルトノキ
市の花 サクラ
市長 原秀樹
徳島市役所
所在地 〒770-8571 徳島県
徳島市幸町二丁目5番地
電話番号 088-621-5111
外部リンク 徳島市

徳島市位置図(徳島県)

:市 / :町・村
テンプレート(ノート・解説・ウィキプロジェクト)

徳島市(とくしまし)は、日本四国北東部に位置する都市で、徳島県県庁所在地である。旧名東郡。 キャッチフレーズは「心おどる水都・とくしま」。

目次

[編集] 概要

江戸時代徳島藩城下町として栄え、幕末には産業の進展で日本で十指に入る城下町となった。徳島県の政治・経済・文化の中心都市であり、四国地方でも最大規模の都市の一つである。古来より近畿地方との繋がりが強く、現在でも神戸淡路鳴門自動車道関西地方テレビラジオを通じて交流が盛んである。地理的には四国三郎として知られる吉野川河口に位置し、紀淡海峡にも面している。毎年8月のお盆期間に開催される徳島市の阿波踊りは日本の著名な伝統芸能の一つであり、阿波踊り期間中の4日間に日本国内外から約130万人の観光客が訪れる。

[編集] 地理

吉野川河口に位置し、その三角州上に発達した都市である。水の都と称されるように徳島市内には138の川が流れる。徳島市の大半は徳島平野に位置し平坦であるが、ほぼ中央には徳島市のシンボルである眉山がそびえ、風光明媚な景観を創り出している。南部は山林が広がる山間部となっている。

眉山ロープウェイから眺める徳島市街
新町川(手前)と助任川の合流点。
助任川と城山

[編集] 主な山

標高 備考
眉山 277m 映画「眉山-びざん-」の舞台としても有名
城山 62m 徳島城
中津峰山 773m 徳島市内でもっとも高い
西竜王山 495m 山内には徳島県立神山森林公園がある
東竜王山 408m 西竜王山の東部に位置している
弁天山 6.1m 自然の山としては日本でもっとも低い
平石山 648m 徳島市と勝浦町の境界に位置する山
古田山 660m 徳島市と佐那河内村の境界に位置する山
負出山 346m 徳島市と佐那河内村の境界に位置する山
日峰山 191m 徳島市と小松島市の境界に位置する山
津田山 77m 阿波狸合戦ゆかりの地
気延山 212m 源義経ゆかりの地
辰ヶ山 197m

[編集] 主な川

水系 河川一覧
吉野川 鮎喰川飯尾川西大堀川)、今切川榎瀬江湖川宮島江湖川)、正法寺川新町川助任川田宮川佐古川沖洲川大岡川興源寺川住吉島川
園瀬川御座船入江川冷田川大松川新川多々羅川千切山川星河内谷川
勝浦川 八多川仕出川金谷川)、打樋川
寺島川廃河川
  • 太字の河川は本流。

[編集] 人口

徳島市と全国の年齢別人口分布図(比較) 徳島市の年齢・男女別人口分布図
紫色は徳島市
緑色は日本全国
青色は男性
赤色は女性
1980年 249,343人
1985年 257,884人
1990年 263,356人
1995年 268,706人
2000年 268,218人
2005年 267,833人
総務省統計局 / 国勢調査2005年

人口は約26万人と、四国の県庁所在地の中では最も少ないが、徳島都市圏の人口は約60万人(四国第3位)となっている[1]

[編集] 合併構想

徳島市は、四国の県庁所在地の中では唯一平成の大合併を行っていないが、徳島県などが合併構想を持っており、徳島県市町村合併推進審議会の答申[2]では徳島市を含む合併構想について2つの案を示している。1つ目の枠組み案は小松島市・勝浦町・上勝町・佐那河内村・石井町・神山町および板野郡の各町を含むもので、この枠組みでの人口は約45万人(四国第2位)となる。もう1つの枠組み案は、1つ目の枠組み案から板野郡を除いたもので、この枠組みでの人口は約35万人(四国第3位)となる。

徳島市は「第4次徳島市総合計画[3]」などで合併に前向きな姿勢を示しており、40万人規模の中核市とすることを目標[4]にしている。しかし、周辺市町村の足並みが揃っていない[5]など合併には数多くの課題を抱えているため、徳島市は周辺市町村に呼び掛けて「徳島東部地域市長村長懇話会[6]」を設け、共通の行政課題や地域のあり方ついて話し合うことで将来的な合併に向けての足がかりを得ようとしている。

[編集] 気候

市街地は瀬戸内海式気候に属するが、太平洋側気候の影響を夏から秋に強く受け、降水量が集中する。そのため台風などの要因で、他の瀬戸内海式気候に属する地域よりも降水量が顕著に多くなる年がある。 また空梅雨の年や台風襲来のない年は他の地域と同様にかなり少なくなるなど、年ごとの降水量の変動がかなり大きい。 以上の要因から太平洋側気候と分類される場合もあり、典型的な瀬戸内海式気候ではない。

典型的な海洋性気候で年間を通じて温暖であり、冬日(日最低気温0℃未満の日)日数ゼロを観測した年がある。

また日照時間は全国的に見て長く、県庁所在地47地点中8位である。

年平年値(1971年 - 2000年平均)は、気温16.2℃、降水量1,540.7mm、日照時間2,044.4時間である。[7]

[編集] 歴史

[編集] 江戸時代まで

[編集] 明治維新から第二次世界大戦まで

[編集] 第二次世界大戦後(昭和後期)

  • 1978年(昭和53年)10月 - 徳島市立体育館が完成。
  • 1981年(昭和56年)5月 - 市立図書館・中央公民館が移転。
  • 1981年(昭和56年)10月 - 新市立葬斎場完成。
  • 1982年(昭和57年)8月 - 帯広市と産業文化姉妹都市の縁組み。
  • 1984年(昭和59年)4月 - 市役所新庁舎が開庁。
  • 1984年(昭和59年)9月 - 市民の木が「ホルトノキ」に決定する。
  • 1986年(昭和61年)3月 - 市役所新庁舎南館が完成。

[編集] 平成以後

  • 1989年(平成1年)8月 - 新町川水際公園が完成。
  • 1989年(平成1年)9月 - 徳島中央公園に鷲の門再建。
  • 1989年(平成1年)10月 - 市制施行100周年記念式典開催。
  • 1990年(平成2年)11月 - 文化の森総合公園が開園。
  • 1991年(平成3年)4月 - 西部環境事業所が本格稼働。
  • 1991年(平成3年)10月 - 中国丹東市と友好都市締結。
  • 1992年(平成4年)10月 - 徳島城博物館が開館。
  • 1993年(平成5年)9月・10月 - 東四国国体開催。
  • 1993年(平成5年)11月 - 全国身体障害者スポーツ大会開催。
  • 1994年(平成6年)3月 - 阿波史跡公園(古代の邑)が完成。
  • 1998年(平成10年)4月 - とくしま動物園が開園。
  • 1998年(平成10年)11月 - 考古資料館が開館。
  • 1999年平成11年)1月6日 - 徳島市選挙管理委員会が、「吉野川可動堰建設計画の賛否を問う住民投票条例」制定を求める直接請求の有効署名数を確定。[11]
  • 1999年平成11年)2月8日 - 徳島市議会、本会議で「吉野川可動堰建設計画の賛否を問う住民投票条例案」否決。[12]
  • 1999年(平成11年)4月 - 北部下水処理場で汚水処理開始。
  • 1999年(平成11年)8月 - 阿波おどり会館が開館。
  • 1999年(平成11年)12月 - 吉野川可動堰建設計画の賛否を問う徳島市住民投票条例[13]が可決。
  • 2000年平成12年)1月23日 - 吉野川可動堰建設計画の賛否を問うための住民投票を実施し、反対多数となる。詳しくは、吉野川第十堰を参照。[14]
  • 2001年(平成13年)6月 - 「子育て支援都市・とくしま」を宣言。
  • 2001年(平成12年)11月 - ふれあい健康館が開館。
  • 2002年(平成14年)4月 - 天狗久資料館が開館。
  • 2002年(平成14年)4月 - とくしま植物園が開園。
  • 2002年(平成14年)7月 - ポイ捨て及び犬のふん害の防止に関する条例を施行。
  • 2002年(平成14年)8月 - 住民基本台帳ネットワークシステムが稼働。
  • 2004年(平成16年)1月 - 市民活力開発センターオープン。
  • 2004年(平成16年)3月 - 太陽光発電システムを導入。
  • 2004年(平成16年)7月 - 阿波踊り有料演舞場に2部入れ替え指定席制を導入。
  • 2004年平成16年)10月20日 - 台風23号の大雨で市内の園瀬川が氾濫し、死者2名[15]のほか、上八万町を中心に約530世帯が床上浸水。
  • 2004年(平成16年)11月 - 市役所本庁舎がISO14001の認証を取得。
  • 2006年(平成18年) - 徳島を題材とした『バルトの楽園』(松平健主演)『眉山』(作者さだまさし)が映画化され、市内各地で関連イベントが実施される。

[編集] 行政

[編集] 市長

氏名 就任年月日 退任年月日 備考
井上高格 1889年明治22年)11月11日 1890年明治23年)6月3日  
2 坂部広織 1890年明治23年)6月17日 1896年明治29年)6月12日  
3 保富正三 1896年明治29年)6月29日 1897年明治30年)11月2日  
4 高井幸雄 1898年明治31年)1月31日 1902年明治35年)10月27日  
5 桑村猪平 1902年明治35年)12月1日 1906年明治39年)8月31日  
6-9 一坂俊太郎 1907年明治40年)4月13日 1922年大正11年)2月3日  
10 武市影一 1922年大正11年)4月18日 1925年大正14年)11月14日  
11 矢野猪之八 1926年大正15年)6月9日 1927年昭和2年)5月5日  
12 橋本菊太郎 1927年昭和2年)5月19日 1931年昭和6年)5月18日  
13 坂本政五郎 1931年昭和6年)6月5日 1933年昭和8年)9月6日  
14 藤岡直平衛 1933年昭和8年)9月7日 1937年昭和12年)9月6日  
15 工藤隆治 1937年昭和12年)12月6日 1941年昭和16年)12月1日  
16 森六郎 1942年昭和17年)3月27日 1945年昭和20年)4月15日  
17 吉積文平 1945年昭和20年)5月8日 1946年昭和21年)11月14日  
18 妹尾芳太郎 1947年昭和22年)4月7日 1948年昭和23年)7月1日  
19 原菊太郎 1948年昭和23年)8月27日 1951年昭和26年)3月30日  
20-21 長尾新九郎 1951年昭和26年)4月24日 1959年昭和34年)5月1日  
22-23 豊田幸太郎 1959年昭和34年)5月2日 1967年昭和42年)5月1日  
24-25 武市一夫 1967年昭和42年)5月2日 1973年昭和48年)1月31日  
26-28 山本潤造 1973年昭和48年)3月4日 1985年昭和60年)3月3日  
29-30 三木俊治 1985年昭和60年)3月4日 1993年平成5年)3月3日  
31-33 小池正勝 1993年平成5年)3月4日 2004年平成16年)3月5日  
34-35 原秀樹 2004年平成16年)4月19日 現職(2期目)  

[編集] 姉妹都市・提携都市

[編集] 日本国内

[編集] 日本国外

[編集] 経済

  • 江戸時代より徳島県の経済の中心であり、四国でも、県庁所在地の高松市、松山市、高知市と並び重要な位置を占めている。

江戸時代から明治時代までは、藍の集散地として大いに栄え、全国でも有数の商都であった。大正以後は、藍産業の衰退にともなって一時停滞を余儀なくされ、全国的な地位も低下したが、藍商人が長年蓄積した富を資本にして金融機関の設立や、紡績、製紙、電力などの近代産業の発展が見られ、現在の経済の基盤が築かれた。戦後は新産業都市の指定を受け、化学工業を中心に工場の誘致が進んだ。平成10年の明石海峡大橋開通前後には、流通産業や、関西系企業を中心とした製造業の立地が進んだ。

  • 年間商品販売額は、四国の市町村中で高松、松山、高知市に次いで第4位であり、年間製造品出荷額は第6位(県庁所在地中では第1位)である。(平成19年)
  • 一太郎を開発したジャストシステムや、自動車等で使われる特殊紙でトップクラスのシェアを誇る阿波製紙といった、世界的に評価の高い企業もある。
  • ハム・ソーセージ最大手の日本ハムや、英会話のイーオン、ジオスといった有名企業の発祥地である。
  • 仏壇製造などの木工産業が古くから盛んであり、唐木仏壇は全国トップのシェアを誇る。
  • 農業も盛んであり、農業粗生産額は四国の市町村中で最大である。関西向けの近郊型農業が発達し、カリフラワーなど、全国最大の出荷量を誇る品目もある。

[編集] 商業

商業施設が集積する元町交差点周辺

徳島市の中心市街地は、主に内町地区と呼ばれる、JR徳島駅の元町側と、新町地区と呼ばれる東新町商店街周辺の2つの地区から成り立っている。

しかし、1983年に大手百貨店の「そごう徳島店」がJR徳島駅前に開店してからは人の流れが変わり、東新町よりもJR徳島駅前の方が賑わう様になり始めた。1995年には東新町に店舗を構えていた地元老鋪の百貨店「丸新」が閉店、さらに2005年11月には、ダイエー徳島店及び徳島東宝が閉館した。ダイエー閉店後東新町商店街は著しく縮小し、阿波踊り期間中に夜店が出店するときを除けば完全にシャッター商店街と化してしまっており、地元新聞の投稿でも問題にされている。

一方、JR徳島駅前はそごう開店以降、1993年にJR徳島駅ビル「徳島クレメントプラザ」が完成するなど、順調な発展を続けていた。しかし近年では北島町のフジグランをはじめとして郊外に大型ショッピングセンターロードサイドショップが相次いで進出した事などから、徐々に人出が減りつつある。さらに2006年平成18年)9月28日には、市内にあった最後の映画館「徳島ホール」も閉館し、「映画館の無い県庁所在地」となった(その後、2008年に蔵本町にカフェを併設した「シネアルテ」がオープンした)。このため、そごう徳島店やクレメント、とくしまCITYなどの商業施設では共同でバーゲンを開催するなどして、少しでも消費者が流出しないよう力を入れているが、消費者流出の歯止めには余り至っていないのが実状[要出典]だが、2006年名店街ビルがリニューアルオープンし、周辺の商業施設や商店は新たなJR徳島駅前地区の目玉施設になると期待を寄せている。しかし、それでもあまり良好な効果は上がっておらず、名店街ビルも平日は殆ど人通りが見られない。2007年には最後まで残った徳島市内のサティ閉店が決定し、ダイエーに続きマイカルも、さらには2009年2月にはこちらも最後まで残ったジャスコも閉店し、徳島から撤退することを決定した。徳島駅から比較的近い市街地での大型スーパーマーケットがこれで消滅することとなったため、市街地の空洞化にさらなる拍車がかかることになる。残りのショッピングセンターはいずれも徳島駅から2駅以上離れた場所にあり、さらに鉄道駅からも遠いために、日常的な消費を行う店舗へのアクセスは自動車に頼らざるを得なくなっている。

[編集] 商業施設

そごう徳島店
クレメントプラザ(中央)、とくしまCITY(右)
百貨店
大型商業施設

[編集] 商店街

[編集] 産業

[編集] 市内に本社・本部を置く主要企業

製造業
情報・通信業
交通・運輸業
卸・小売業
飲食業
金融業
サービス業

[編集] 事業所等を置く主要企業

[編集] 教育

[編集] 大学・短期大学

[編集] 高等学校

市立・県立


私立

[編集] 中学校


[編集] 小学校


[編集] 保育所

  • 徳島市立富田保育所
  • 徳島市立内町保育所
  • 徳島市立渭東保育所
  • 徳島市立西富田保育所
  • 徳島市立津田保育所
  • 徳島市立加茂保育所
  • 徳島市立南井上保育所
  • 徳島市立渭北保育所
  • 徳島市立八万東保育所
  • 徳島市立国府保育所
  • 徳島市立北井上保育所
  • 徳島市立佐古保育所
  • 徳島市立論田保育所
  • 徳島市立加茂名保育所
  • 徳島市立昭和保育所
  • 徳島市立八万保育所
  • 徳島市立沖洲保育所
  • 徳島市立川内保育所
  • 徳島市立大松保育所
  • 徳島市立名東保育所
  • 徳島市立方上保育所
  • 徳島市立一宮保育所
  • 徳島市立不動保育所
  • 徳島市立北島田保育所
  • 徳島市立応神保育所
  • 徳島市立芝原保育所
  • 徳島市立明善保育所
  • 徳島市立新浜保育所
  • 徳島市立八多保育所
  • 徳島市立多家良保育所
  • 徳島市立渋野保育所
  • 徳島市立丈六保育所
  • 徳島市立飯谷保育所
  • 徳島市立新浜西保育所
  • 私立梅の花保育所
  • 私立阿波国慈恵院保育所
  • 私立出来島保育所
  • 私立前川乳児保育所
  • 私立南佐古保育所
  • 私立さくら保育所
  • 私立西富田乳児保育所
  • 私立若松保育所
  • 私立みずほ保育所
  • 私立青葉保育所
  • 私立もとしろ保育所
  • 私立島田保育所
  • 私立ひまわり保育所
  • 私立くるみ保育所
  • 私立なかよし保育所
  • 私立川内南アコール
  • 私立すぎのこ保育所
  • 私立わかば保育所
  • 私立城南保育所
  • 私立大原保育所
  • 私立あゆみ保育所
  • 私立助任保育所
  • 私立みのり保育所
  • 私立みどり保育所
  • 私立光花保育所
  • 私立春日保育所
  • 私立育英保育所
  • 私立おおぎ保育所
  • 私立青嵐保育所
  • 私立川内わかば保育所
  • 私立四国大学付属保育所
  • 私立めだか保育所


[編集] 幼稚園


[編集] 特殊学校

[編集] 廃校

[編集] 交通

[編集] 鉄道

市内をはじめ、県内全線全区間が非電化であり、電車はまったく走っていない。

[編集] バス

[編集] 路線バス

 市内に私鉄や地下鉄が通っていないため、市街地内や、市街地と郊外を結ぶ公共交通機関として重要な役割を果たしており、通勤通学や、高齢者の買い物や通院の足となっている。ほぼすべての路線がJR徳島駅前を発着点にしており、JRや、他のバス路線への乗り継ぎが分かりやすくなっている。5分以内の間隔で運行されている区間が存在するなど、私鉄がない分多くのバスが運行されているものの、最終便が早く、大半の路線で21時台となっている。全国の地方都市の路線バスと同じく利用者の減少に悩まされおり、均一運賃の導入による料金体系の見直しや、循環バスの運行、運転士のサービス改善といった対策が行われている。

[編集] 高速バス

全て徳島市内発着または徳島市内のバスストップに停車する高速バス路線。大半はJR徳島駅発着である。

徳島バス
ジェイアール四国バス
徳島バスジェイアール四国バス共同運行
その他の路線


[編集] 高速バスストップ

  • 徳島大学前バスストップ(阿南発着便・学園都市線のみ停車)
  • 徳島駅バスストップ(阿南発着便・ドリーム徳島・高知号は経由しない)
  • 工業団地前バスストップ(学園都市線・高松線のみ停車)
  • 徳島マリンピア(JRバス徳島大阪線・徳島神戸線の一部のみ停車)
  • 徳島文理大西口バスストップ(阿南発着便のみ停車)

[編集] 道路

[編集] 高速道路

四国横断自動車道(鳴門 - 阿南)開通後は徳島市東沖洲付近に徳島東インターチェンジを設置予定。

[編集] 一般国道

国道11号
徳島市かちどき橋一丁目のかちどき橋交差点から北へと延びる道。国道55号と共に徳島市を南北に貫く幹線道路として位置付けられている。市内は全線6車線で整備も行き届いているが、交通量の多さから川内町、吉野川大橋、徳島本町、県庁前などでは頻繁に渋滞が発生。吉野川大橋付近の1日の平均交通量は80000台を超え、県内はおろか四国でダントツの1位である。朝のラッシュ時には徳島本町交差点を先頭に、吉野川大橋を越えて川内町付近まで3km近く渋滞する事もある。なお、沿線は吉野川大橋以南と以北でガラリと風景が変わる。
国道28号
同線は徳島市から板野郡松茂町までは国道11号線と重複区間となっている。
国道55号
徳島市かちどき橋一丁目のかちどき橋交差点から南へと延びる道。国道11号と共に徳島市を南北に貫く幹線道路として位置付けられている。市内はかちどき橋交差点から大野橋交差点までが6車線、大野橋交差点以南が4車線で、こちらも国道11号同様、頻繁に渋滞が発生する。主な渋滞発生場所は勝浦川橋、大野橋、南昭和町、県庁前など。沿線には国道55号を中心に大学や商業施設等の立地している沖浜地区があり、沖浜以南では農耕地の広がる地域を走る。
国道192号
徳島市徳島本町二丁目の徳島本町交差点から西へと延びる道。徳島市の中心部を通って、市内を東西に貫く幹線道路として位置付けられている。市内は徳島本町交差点から上鮎喰橋までが4車線~6車線、上鮎喰橋以西が2車線で、国府町、蔵本、佐古、八百屋町、徳島本町などで頻繁に渋滞が発生する。特に、朝の蔵本公園前から中心部への渋滞はひどい。こうした渋滞を緩和する為に、現在国府町から上八万町、八万町を通って国道55号に抜けるバイパス(徳島南環状道路)が建設中である。
国道195号
同線は徳島市から阿南市までは国道55号線と重複区間となっている。
国道318号
同線は徳島市から吉野川市までは国道192号線と重複区間となっている。
国道438号
徳島市中心部から八万町、上八万町を通って佐那河内村へと続く道。八万町までは電線も地中化され、剣山付近の438号からは想像もできないような交通量と道路のステータスを誇る。市内の道は元町交差点から南二軒屋交差点までが4車線~6車線、南二軒屋交差点以遠が2車線~1、5車線で、大木、園瀬橋、南二軒屋、大工町などでしばしば渋滞が発生する。
国道439号
同線は徳島市から三好市東祖谷菅生までは国道438号線と重複区間となっている。

[編集] 県道

市内を走る県道

[編集] 船舶

[編集] 航空

最寄りの空港は徳島空港松茂町)。

乗り入れている航空会社

[編集] マスメディア

[編集] 市内に所在

新聞
テレビ局
ケーブルテレビ局
ラジオ局
  • NHK徳島放送局(AM、FM)
  • 四国放送(AM、JRN・NRN系列)
  • エフエム徳島(JFN系列)

[編集] エリア外受信が可能な局

徳島県#受信可能な県外放送局」も参照

[編集] テレビ局

市内の大半の地域では、スピルオーバーによる近畿広域圏のテレビ放送を直接受信することが可能(このため「電波銀座」とも呼ばれる)だが、受信状態は悪い[要出典][16]

さらに、近畿地方の県域局や香川県の放送が受信可能な地域がある一方、地上波デジタルテレビ放送は、海岸の一部地域で不安定な受信ができるにとどまる。

なお、将来的にはこれらの局の中継局(デジタル300w)が眉山に設置される構想がある[要出典]

[編集] ラジオ局

県域局以外である程度鮮明な音質での聴取が可能なのは以下の局であるが、ラジオ関西のほか深夜帯には東海ラジオニッポン放送九州朝日放送などもノイズ混じりながら、聴取可能である。


[編集] 公共施設・名所・旧跡・観光スポット

徳島県立21世紀館・博物館・近代美術館
徳島県立図書館
徳島県立文書館
徳島城
旧徳島城表御殿庭園
ケンチョピア
新町川水際公園

[編集] 公共施設

[編集] 名所・旧跡

[編集] 社寺

[編集] 祭り

阿波踊り
1976年以降、毎年8月12日から15日に実施されている[17]市民にとっても一大イベントであるほか、「夏の終わりを感じる行事」という人もいる[要出典]
市内のほか県内各地でも開催されているが、徳島市のものが最も規模が大きい。
開催期間中、市内の道路や公園には演舞場(藍場浜・南内町・紺屋町・市役所前は有料、元町・新町・両国は無料)が設置されるほか、企業の駐車場を利用した「踊り広場」なども各所に設置される。期間中はのべ130万人の見物客が訪れる[要出典]
徳島ジャズストリート
1988年から始まったジャズの祭典。

[編集] 食文化

銘菓
その他

[編集] スポーツチーム

[編集] 出身有名人

[編集] 脚注

  1. ^ 10%都市雇用圏の人口。四国他県の県庁所在地においては、高松都市圏が約67万人、松山都市圏が約62万人、高知都市圏が約54万人となっている。
  2. ^ 自主的な合併の推進に関する構想(答申) - 徳島県市町村合併推進審議会(2007年7月)
  3. ^ 心おどる水都・とくしま 第4次徳島市総合計画 - 徳島市
  4. ^ 第4次徳島市総合計画 P.2
  5. ^http://www.topics.or.jp/special/122545429353.html 徳島新聞 まちの行く末 とくしま合併検証 第4部]
  6. ^ 徳島東部地域市町村長懇話会 - 徳島市
  7. ^ 徳島県 徳島 平年値(年・月ごとの値)(気象統計情報) - 気象庁
  8. ^ 四国では高知市の1889年4月1日に次ぎ2番目の市制施行。なお3番目は松山市で同年12月15日。4番目は高松市の1890年2月15日。
  9. ^ 1889年当時、世帯数14,607世帯、人口60,861人(男29,530人、女31,331人)。寄留簿人口による。
  10. ^ 1889年12月12日告示第1号により「来ル12月16日ヨリ徳島市大字徳島町物産蒐集場ニ於テ徳島市役所ヲ開ク」とされた。
  11. ^ 1998年12月23日から29日の署名簿縦覧を経て、第十堰住民投票の会が集めた有効署名数を、101,535筆(法定数の24.3倍、有権者の48.8%)に確定。
  12. ^ 賛成17名、反対22名(特別委員会での賛成4名、反対7名)。
  13. ^ 平成11年徳島市条例第30号。
  14. ^ 投票総数113,996票(当日有権者総数207,284人の54.995%、有効投票数112,116票 無効票1,863票(うち白紙1,135票))のうち、可動堰建設反対102,759票、賛成9,367票だった。なお、この投票は「吉野川可動堰建設計画の賛否を問う徳島市住民投票条例(平成11年徳島市条例第30号)」第3条の規定により、「住民投票は,投票資格者の2分の1以上の者の投票により成立するものとする」とされ、投票率が50パーセントに満たないときは開票そのものを行わないという異例なものであり、戦後の地方自治法のもとで行われた住民投票では初めてのことであった。その開票基準の適否を巡っても全国の新聞・放送局その他各界で激しく議論がなされた。
  15. ^ このほか徳島県内では、吉野川市で死者1名。
  16. ^ 徳島県内では比較的良好ではある[要出典]
  17. ^ 1975年以前は、むしろ現在の8月12日から15日には実施されない事が多く、8月初旬や8月下旬のほか、9月に実施されたこともあった。また、1934年や1935年は3日間の日程で実施された(出典:徳島市観光協会の1934年以降の告知ポスター)。なお、正式な期間と日程は「阿波おどり実行委員会」において毎年決定している。
[ヘルプ]

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ