徳島市

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とくしまし
徳島市
Tokushima castle 22.JPG
徳島市旗 徳島市章
徳島市旗 徳島市章
日本の旗 日本
地方 四国地方
中国・四国地方
都道府県 徳島県
団体コード 36201-8
面積 191.69km²
総人口 261,882
推計人口、2014年8月1日)
人口密度 1,370人/km²
隣接自治体 小松島市勝浦郡勝浦町
板野郡松茂町北島町藍住町
名西郡石井町神山町
名東郡佐那河内村
市の木 ホルトノキ
市の花 サクラ
市長 原秀樹
徳島市役所
所在地 770-8571
徳島県徳島市幸町二丁目5番地
北緯34度4分13秒東経134度33分17.8秒
Tokushima city-office.jpg
外部リンク 徳島市

徳島市位置図

― 市 / ― 町・村

特記事項 市章は1909年明治42年)10月9日制定
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徳島市中心部

徳島市(とくしまし)は、日本四国北東部に位置する都市で、徳島県県庁所在地である。旧名東郡[1]。キャッチフレーズは「心おどる水都・とくしま」。

目次

概要[編集]

阿波踊り

徳島市は江戸時代徳島藩城下町として栄え、幕末には産業の発展で国内で人口が上位10位に入る城下町となった。徳島県の政治・経済・文化の中心都市であるが、四国で一番人口の少ない県庁所在地である。 民放は一局のみで、経済規模が小さい。人口は特例市にも匹敵するが、指定はされていない。 古来より近畿地方との繋がりが強く、現在でも神戸淡路鳴門自動車道関西地方テレビラジオを通じて人的・物的・経済的な交流が盛んである。地理的には「四国三郎」と呼ばれる吉野川河口に位置し、紀淡海峡に面している。

毎年8月のお盆期間に開催される当市の阿波おどりは日本の著名な伝統芸能の一つであり、阿波踊り期間中の4日間に日本国内外から約130万人の観光客が訪れる[2]

地理[編集]

沿岸側から見た徳島市街

吉野川河口に位置し、その三角州上に発達した都市である。当市内には138の川が流れる。当市の大半は徳島平野に位置し平坦であるが、ほぼ中央には当市のシンボルである眉山がそびえ、風光明媚な景観を創り出している。南部は山林が広がる山間部となっている。

広袤(こうぼう)[編集]

国土地理院地理情報によると徳島市の東西南北それぞれの端は以下の位置で、東西の長さは19.33km、南北の長さは19.44kmである。

市内の各地区は、徳島城跡や徳島駅のあるひょうたん島内町地区)を中心とすると、東西南北に次のように位置している。

また、内町地区より新町川を挟んで眉山寄りには新町地区があり、この2地区を合わせて中心市街地と定義されている。

さらに、各河川を超えると、次の地区がある。

そして、鮎喰川の中上流域に上八万ならびに入田地区が広がる。

北端
北緯34度7分50秒 東経134度34分37秒 / 北緯34.13056度 東経134.57694度 / 34.13056; 134.57694 (徳島市最北端)
西端
北緯34度2分54秒 東経134度25分21秒 / 北緯34.04833度 東経134.42250度 / 34.04833; 134.42250 (徳島市最西端)
中心点
北緯34度2分34.5秒 東経134度31分38秒 / 北緯34.042917度 東経134.52722度 / 34.042917; 134.52722 (徳島市中心点)
東端
北緯34度2分18秒 東経134度37分55秒 / 北緯34.03833度 東経134.63194度 / 34.03833; 134.63194 (徳島市最東端)

南端
北緯33度57分19秒 東経134度32分9秒 / 北緯33.95528度 東経134.53583度 / 33.95528; 134.53583 (徳島市最南端)

主な山[編集]

眉山ロープウェイから眺める徳島市街
新町川(手前)と助任川の合流点。写真中央の建物は徳島県庁舎
標高 備考
眉山 277m 映画「眉山-びざん-」の舞台
城山 062m 徳島城
中津峰山 773m 当市内でもっとも高い
西竜王山 495m 山内には徳島県立神山森林公園がある
東竜王山 408m 西竜王山の東部に位置している
弁天山 6.1m 自然の山としては日本一低い
平石山 648m 当市と勝浦郡勝浦町の境界に位置する山
古田山 660m 当市と名東郡佐那河内村の境界に位置する山
負出山 346m 当市と名東郡佐那河内村の境界に位置する山
日峰山 191m 当市と小松島市の境界に位置する山
津田山 077m 阿波狸合戦ゆかりの地
気延山 212m 源義経ゆかりの地
辰ヶ山 197m 名東郡国府町名西郡入田村の境界に位置する山
向寺山 190m 山内には徳島県立文化の森総合公園がある

主な川[編集]

水系 本川 支流
吉野川 鮎喰川 飯尾川西大堀川金治谷川
新町川 助任川田宮川佐古川沖洲川大岡川興源寺川住吉島川
園瀬川 御座船入江川冷田川大松川新川多々羅川千切山川星河内谷川長谷川
今切川 榎瀬江湖川宮島江湖川
正法寺川 -
勝浦川 八多川 仕出川金谷川
打樋川 -
廃河川 寺島川 -

その他[編集]

気候[編集]

徳島市
雨温図説明
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
 
 
39
 
10
3
 
 
53
 
11
3
 
 
95
 
14
6
 
 
108
 
19
11
 
 
148
 
24
15
 
 
191
 
27
20
 
 
149
 
30
24
 
 
173
 
32
25
 
 
210
 
28
21
 
 
146
 
23
15
 
 
97
 
18
10
 
 
45
 
13
5
気温(°C
総降水量(mm)
出典:気象庁

市街地は瀬戸内海式気候と南海型太平洋側気候のちょうど境目に位置している。南海上の湿った気流による影響が大きい点から、南海型太平洋側気候に分類されることがある。ただ降水日数や年降水量から見ると、瀬戸内海式気候が明瞭である。西日本では珍しい梅雨よりも秋雨や台風での降水量が多い地域である。

空梅雨の年、台風襲来のない年は、瀬戸内側の他の地域と同様に降水量が少なくなる。しかし、夏から秋に特に台風で雨量が集中すると、南海型太平洋側気候の地域と殆ど変わらない降水量を記録する事も珍しくなく、年によって降水量が大きく異なる。

典型的な海洋性気候で年間を通じて温暖であり、降霜や冬日(日最低気温0℃未満の日)はごく稀であり、冬季の最低気温の平均は四国四県の県庁所在地中で一番高い。

また日照時間は全国的に見て長く、県庁所在地47地点中6位である。

年平年値(1981年 - 2010年平均)は、気温:16.6℃、降水量:1,453.8mm(最多雨月9月:210.0mm、最少雨月1月:38.9mm)、日照時間:2,092.9時間、1mm以上の降水日数:97.5日/年である[3]

徳島市(1980年 - 2010年)の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温記録 °C (°F) 22.5
(72.5)
23.2
(73.8)
26.4
(79.5)
29.2
(84.6)
32.9
(91.2)
34.6
(94.3)
38.4
(101.1)
37.1
(98.8)
35.7
(96.3)
33.4
(92.1)
27.1
(80.8)
23.6
(74.5)
38.4
(101.1)
平均最高気温 °C (°F) 9.8
(49.6)
10.5
(50.9)
13.8
(56.8)
19.4
(66.9)
23.6
(74.5)
26.6
(79.9)
30.3
(86.5)
31.9
(89.4)
28.3
(82.9)
22.8
(73)
17.5
(63.5)
12.5
(54.5)
20.6
(69.1)
平均最低気温 °C (°F) 2.7
(36.9)
2.8
(37)
5.6
(42.1)
10.5
(50.9)
15.2
(59.4)
19.6
(67.3)
23.6
(74.5)
24.6
(76.3)
21.4
(70.5)
15.4
(59.7)
9.8
(49.6)
4.9
(40.8)
13.0
(55.4)
最低気温記録 °C (°F) −5.4
(22.3)
−6.0
(21.2)
−3.6
(25.5)
−0.7
(30.7)
4.6
(40.3)
9.7
(49.5)
15.3
(59.5)
16.6
(61.9)
11.9
(53.4)
4.5
(40.1)
−1.3
(29.7)
−4.3
(24.3)
−6.0
(21.2)
降水量 mm (inch) 38.9
(1.531)
52.8
(2.079)
94.5
(3.72)
108.2
(4.26)
148.4
(5.843)
190.8
(7.512)
148.8
(5.858)
172.9
(6.807)
210.0
(8.268)
146.2
(5.756)
97.2
(3.827)
45.2
(1.78)
1,453.8
(57.236)
平均月間日照時間 157.5 150.2 171.2 192.9 196.8 157.9 195.2 230.4 159.9 166.7 150.8 163.3 2,092.9
出典 1: 気象庁 [4]
出典 2: 気象庁 [5]

人口[編集]

Demography36201.svg
徳島市と全国の年齢別人口分布(2005年) 徳島市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 徳島市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
徳島市(に該当する地域)の人口の推移
1970年 223,451人
1975年 239,281人
1980年 249,343人
1985年 257,884人
1990年 263,356人
1995年 268,706人
2000年 268,218人
2005年 267,833人
2010年 264,764人
総務省統計局 国勢調査より

人口は約26万人と、四国の県庁所在地の中では最も少ないが、徳島都市圏の人口は約62万人(四国第3位)となっており、松山都市圏とほぼ同規模である。[6]

歴史[編集]

市域の変遷[編集]

江戸時代まで[編集]

明治維新から第二次世界大戦まで[編集]

徳島市章
1909年10月29日制定

第二次世界大戦後(昭和後期)[編集]

  • 1946年(昭和21年)11月 - 市戦災復興都市計画事業設計認可。
  • 1947年(昭和22年)4月 - 初の公選制による市長誕生。
  • 1948年(昭和23年)6月 - 消防本部を設置し、常備消防を消防署とする。
  • 1953年(昭和28年)10月 - 第8回国民体育大会を四国4県で開催。
  • 1957年(昭和32年)
    • 11月 - 市立動物園開園。
    • 12月 - 眉山ロープウェイ開通。
  • 1958年(昭和33年)3月 - 徳島産業科学大博覧会開催。
  • 1961年(昭和36年)
  • 1962年(昭和37年)4月 - 中央下水処理場、汚水処理を開始。徳島市立高等学校開校。
  • 1963年(昭和38年)4月 - 徳島市立文化センター新築開館。
  • 1964年(昭和39年)1月 - 当市を中心とした4市11町村が「新産業都市」に指定される。
  • 1966年(昭和41年)
    • 9月 - 市民病院が現在地へ移転新築。
  • 1967年(昭和42年)4月 - 市の花が「サクラ」と決まる。
  • 1968年(昭和43年)10月 - 市民憲章制定。
  • 1969年(昭和44年)10月 - ポルトガル共和国レイリア市と姉妹都市提携。
  • 1970年(昭和45年)
  • 1971年(昭和46年)7月 - 吉野川大橋開通。
  • 1973年(昭和48年)2月 - 徳島市中央卸売市場が開場する。
  • 1976年(昭和51年)9月 - 徳島陸上競技場が、南田宮に開場する。
  • 1978年(昭和53年)10月 - 徳島市立体育館が完成。
  • 1981年(昭和56年)
    • 5月 - 市立図書館・中央公民館が移転。
    • 10月 - 新市立葬斎場完成。
  • 1982年(昭和57年)8月 - 帯広市と産業文化姉妹都市提携。
  • 1984年(昭和59年)
    • 4月 - 市役所新庁舎が開庁。
    • 9月 - 市民の木が「ホルトノキ」に決定する。
  • 1986年(昭和61年)3月 - 市役所新庁舎南館が完成。

平成以後[編集]

行政[編集]

市長[編集]

氏名 就任年月日 退任年月日 備考
1 井上高格 1889年明治22年)11月11日 1890年(明治23年)6月3日  
2 坂部広織 1890年(明治23年)6月17日 1896年(明治29年)6月12日  
3 保富正三 1896年(明治29年)6月29日 1897年(明治30年)11月2日  
4 高井幸雄 1898年(明治31年)1月31日 1902年(明治35年)10月27日  
5 桑村猪平 1902年(明治35年)12月1日 1906年(明治39年)8月31日  
6-9 一坂俊太郎 1907年(明治40年)4月13日 1922年大正11年)2月3日  
10 武市彰一 1922年(大正11年)4月18日 1925年(大正14年)11月14日  
11 矢野猪之八 1926年(大正15年)6月9日 1927年昭和2年)5月5日  
12 橋本菊太郎 1927年(昭和2年)5月19日 1931年(昭和6年)5月18日  
13 坂本政五郎 1931年(昭和6年)6月5日 1933年(昭和8年)9月6日  
14 藤岡直平衛 1933年(昭和8年)9月7日 1937年(昭和12年)9月6日  
15 工藤隆治 1937年(昭和12年)12月6日 1941年(昭和16年)12月1日  
16 森六郎 1942年(昭和17年)3月27日 1945年(昭和20年)4月15日  
17 吉積文平 1945年(昭和20年)5月8日 1946年(昭和21年)11月14日  
18 妹尾芳太郎 1947年(昭和22年)}4月7日 1948年(昭和23年)7月1日  
19 原菊太郎 1948年(昭和23年)8月27日 1951年(昭和26年)3月30日  
20-21 長尾新九郎 1951年(昭和26年)4月24日 1959年(昭和34年)5月1日  
22-23 豊田幸太郎 1959年(昭和34年)5月2日 1967年(昭和42年)5月1日  
24-25 武市一夫 1967年(昭和42年)5月2日 1973年(昭和48年)1月31日  
26-28 山本潤造 1973年(昭和48年)3月4日 1985年(昭和60年)3月3日  
29-30 三木俊治 1985年(昭和60年)3月4日 1993年平成5年)3月3日  
31-33 小池正勝 1993年(平成5年)3月4日 2004年(平成16年)3月5日  
34-35 原秀樹 2004年(平成16年)4月19日 現職(2期目)  

議会[編集]

市議会[編集]

定数は34人。

会派の構成[編集]

会派名 議席数
市政同志会 8
朋友会 7
公明党徳島市議団 5
日本共産党徳島市議団 5
創政会 3
民主市民クラブ 2
みんなの党 2
無所属 1
欠員 1

(2012年8月29日現在)


行政組織[編集]

徳島市[編集]

徳島県[編集]

国、関西広域連合[編集]

市内に立地する国、広域連合の機関 参照

警察・消防[編集]

警察[編集]

消防[編集]

姉妹都市・提携都市[編集]

日本国内[編集]

日本国外[編集]

市内に立地する国、広域連合の機関[編集]

市中心部に出先機関の集まった徳島地方合同庁舎徳島町)、徳島第2地方合同庁舎万代町)が立地しており、主に徳島県内を管轄した業務を行なっている。

現在徳島市内には四国全域を管轄する国の出先機関はない。かつては郵政省地方貯金局南前川町)が置かれて四国全域を管轄していたが、郵政民営化に伴い国の管轄を外れてゆうちょ銀行貯金事務センターに代わった。また、四国管轄の地方専売局や、四国地方整備局の前身(内務省第五区土木監督署)が置かれていた時期もある。

四国地方整備局の出先機関のうち、小松島港湾・空港整備事務所(徳島小松島港徳島空港の整備を担う。)は小松島市、四国山地砂防事務所は三好市に置かれている。また、高松入国管理局の、徳島県内の入出国管理等を行なう出張所は小松島市中国四国農政局の四国東部農地防災事務所は板野町に置かれている。

市内の裁判所、検察庁は内町地区徳島町に集中しており、近辺には多くの弁護士事務所や、弁護士会館が立地している。

徳島県が関西広域連合に加盟したことにより、県庁内に関西広域連合広域医療局が設置されている。

名称 上位機関 省庁 管轄地域 所在地
地方支分部局内部事務所
四国厚生支局徳島事務所 四国厚生支局 厚生労働省 徳島県 寺島本町 
徳島労働局 徳島地方合同庁舎内   
徳島運輸支局 四国運輸局 国土交通省 万代町応神町
徳島河川国道事務所 四国地方整備局 上吉野町
徳島農政事務所 中国四国農政局 農林水産省 中昭和町
徳島森林管理署 四国森林管理局 川内町
徳島地方法務局 高松法務局 法務省 徳島地方合同庁舎
徳島保護観察所
徳島財務事務所 四国財務局 財務省 徳島第二地方合同庁舎
徳島行政評価事務所 四国行政評価支局  総務省 徳島地方合同庁舎
徳島地方気象台 大阪管区気象台 気象庁 大和町
徳島税務署 高松国税局 国税庁 徳島、小松島市名東名西郡 幸町
徳島労働基準監督署 徳島労働局  厚生労働省 徳島、小松島吉野川名東名西勝浦郡 徳島第二地方合同庁舎
特別の機関
徳島地方検察庁 高松高等検察庁 検察庁 徳島県 徳島町
自衛隊徳島地方協力本部 中部方面隊 防衛省 徳島第二地方合同庁舎内 
司法機関
徳島地方裁判所 高松高等裁判所 裁判所  徳島県 徳島町 
徳島家庭裁判所
徳島簡易裁判所 徳島地方裁判所 徳島、小松島市名東名西郡板野郡松茂町除く)など   
関西広域連合の機関
広域医療局   関西広域連合 広域連合管内  徳島県

合併構想[編集]

当市は、四国の県庁所在地の中では唯一平成の大合併を行っていないが、徳島県などが合併構想を持っており、徳島県市町村合併推進審議会の答申[16]では当市を含む合併構想について2つの案を示している。

1つ目の枠組み案は小松島市勝浦町上勝町佐那河内村石井町神山町および板野郡の各町を含むもので、この枠組みでの人口は約45万人(四国第2位)となる。もう1つの枠組み案は、1つ目の枠組み案から板野郡を除いたもので、この枠組みでの人口は約35万人(四国第3位)となる。

また当市は「第4次徳島市総合計画[17]」などで合併に前向きな姿勢を示しており、40万人規模の中核市とすることを目標[18]にしている。しかし、周辺市町村の足並みが揃っていない[19]など合併には数多くの課題を抱えているため、当市は周辺市町村に呼び掛けて「徳島東部地域市長村長懇話会[20]」を設け、共通の行政課題や地域のあり方ついて話し合うことで将来的な合併に向けての足がかりを得ようとしている。

2010年(平成22年)、東部地域市町村町懇話会に参加する全市町村が参加した定住自立圏を形成し、当市が近く中心市宣言を行うことを発表した。

経済[編集]

江戸時代より徳島県の経済の中心であり、四国でも県庁所在地高松市松山市高知市と並び重要な位置を占めている。江戸時代から明治時代までは、や木材の集散地として大いに栄え、全国でも有数の商業都市であった。古くから大阪など関西地方とのつながりが深いことで知られており、明石海峡大橋の開通後はそれがさらに顕著になっている。

大正以後は、藍産業の衰退にともなって一時停滞を余儀なくされたが、藍商人が長年蓄積した富を資本にした金融機関の設立や、紡績製紙電力などの近代産業の発展が見られ、現在の経済の基盤が築かれた。

太平洋戦争徳島大空襲により市街地は焦土と化したが、戦後いち早く復興し、高度経済成長期には新産業都市の指定を受け、化学工業を中心に工場の誘致が進むとともに、製材業、木工業といった従来の産業も発展した。1998年(平成10年)の明石海峡大橋開通前後には、流通産業や、関西系企業を中心とした製造業の立地が進んだ。

年間商品販売額は、四国の市町村中で高松、松山、高知市に次いで第4位であり、年間製造品出荷額は第6位(県庁所在地中では第1位)である(2007年)。

農林水産業[編集]

農業
吉野川勝浦川流域の徳島平野は肥沃な農地に恵まれており、古代より農業が盛んであった。江戸時代には藍をはじめとする商品作物の産地となり、徳島藩に多くの富をもたらした。現在でも農村部には藍蔵など当時の遺構が残されている。明治以降、藍が廃れてからは藍畑は水田や桑畑に変わったが、戦後は関西向けの近郊農業が発達し、カリフラワーや春ニンジンなど、[21]など、全国最大の出荷量を誇る品目もある。南部地域を中心とした山間部では、スダチイチゴの生産も盛んである。
農業産出額は四国の市町村中で最大の約140億円(平成18年)であり、徳島県全体の1割を占める。そのうち最も多いのは野菜(76億円)であり、米(16億円)、いも類(14億円)が続く。
沖洲地区で生産されるネギは「渭東ねぎ」としてブランド化されている。
  • 主な農産品と生産地区
農産物 生産地域
カリフラワー 川内
シイタケ 勝占上八万
サツマイモ 川内
ネギ 沖洲加茂名
ホウレンソウ 北井上国府
ニンジン 応神加茂名
レンコン 川内
スダチイチゴ 多家良勝占
ミカン 多家良
林業
市の南西部は四国山地となっており、スギヒノキなどの林産資源に恵まれている。その90%以上が民有林であることが特徴である。[22]切り出された木材は、かつては河川を利用して運搬され、市街地の河川に貯木されたのち、特産品である木工製品の材料としてさかんに利用されていた。
水産業
市内の川内地区津田地区渭東地区等の紀伊水道沿岸に漁港が点在し、沿岸漁業を中心に漁が営まれている。徳島県の郷土料理ぼうぜの姿寿司に用いられるイボダイや、京阪神に出荷されるハモなどが水揚げされている。
また、吉野川河口の汽水域は、水質が良好なことからシラスウナギシジミが獲れるほか、スジアオノリの養殖が盛んである。シラスウナギ漁は冬場の夜に行われ、川面を漁火が照らす風景は美しく、とくしま市民遺産に指定されている。鮎喰川勝浦川ではアユ漁が盛んである。

製造業[編集]

製造品出荷額は4,998億円[23](就業者数3人以下の事業所を除く。)で、徳島県全体の3分の1ほどを占める。ここ数年増加傾向にある。

化学工業の占める割合が高く、製造品出荷額では全体の68%(3,395億円)を占め、順調に増加している。これは、川内地区に徳島工場をもつ大塚製薬をはじめとする大手企業よるところが大きい。その一方で、機械産業や木工業など、他の分野は減少が続いているものが多い。重化学工業が占める割合は約73%である。

就業者数は11740人[24](同)であり、これも化学工業が最も多く、約30%(3480人)を占める。重化学工業の占める割合は56%である。一方で、事業所数(462軒)[25](同)で最も多いのは食料品業の約18%(82軒)や家具・装飾品業の約17%(75軒)であり、化学は20軒にとどまる。重化学が占める割合も28%(130軒)である。

古くからの代表的な工業としては木材業(津田地区で詳述)や、木工業(家具、木製品、装飾品業、渭東地区で詳述)がある。津田海岸町にある徳島県木材団地は、木材団地として全国屈指の規模を誇り[26]唐木仏壇徳島仏壇)は、徳島県が全国一のシェアを占めている。木工業は渭東地区沖洲地区一帯に集中している。

食料品業では、日本ハムが徳島市発祥の企業であり、現在でも県内に工場を持つ。また、徳島製粉も市内に本社、工場を持つ。

地区別の製造品出荷額では、川内地区が全体の約75%(3673億円)を占め、次いで加茂地区の約5%(227億円)、沖洲、応神、国府、津田、八万、不動の順である。

主な工業団地・および工業地[27]

工業団地・工業地 主な企業・産業
今切工業団地(川内地区)と周辺 大塚製薬大塚化学大鵬薬品工業日亜化学
その他川内地区内 日清紡新日本理化
応神地区 四国化成
渭東地区 家具(唐木仏壇など)、装飾品
徳島工業団地マリンピア沖洲内) 機械・金属製品、食料品、飲料
その他沖洲地区内 家具、装飾品、
加茂加茂名地区 阿波製紙DNP四国、金属製品製造業
徳島県木材団地津田地区 木材・木製品
八万地区 徳島製粉、食料品

商業[編集]

当市の年間商業販売額は約1兆円(9979億円・2007年)であり、徳島県全体の6割強を占める。この額は、鳴門市発祥で川内地区に主要生産、研究拠点を持つ大塚ホールディングスの年間売上高(9560億円・2009年3月期)とほぼ同額である。

年間商品販売額のうち、卸売販売額は約7000億円、小売販売額は約3000億円である。いずれも減少傾向にある。

卸売業は県内向けの商品が主に取り扱われているが、本州から四国各地への商品の流通も明石海峡大橋の開通後増加している。

小売業は、徳島駅前に百貨店などの大型商業施設、沖浜田宮街道といった市街地周辺にロードサイド型の店舗が数多く立地し、徳島県内全域から集客がある。しかし、近年では近郊の板野郡北島町藍住町などへの大型商業施設の出店により、市外からの集客は減少傾向にあり、市民も市外で買い物することが増えている。さらに明石海峡大橋(1998年)、高松自動車道(2003年)の開通により、関西や香川県への消費流出も指摘されている[28]

各地区の年間小売販売額および主な商店地区・大型商業施設の立地

地区 年間小売販売額[29] 主な商店街・商業地 備考
内町地区 466億円 徳島駅 市内で最大の繁華街である。(内町地区に詳述)

などの大型商業施設が集積する。

その他商業地 両国本町商店街中洲総合水産市場、中洲市場。通町南内町新町川沿い)などにも中小店舗が並ぶ。
新町地区 108億円   地区一帯 かつては百貨店や映画館の集まる市内最大の繁華街であったが、現在は衰退している。(新町地区に詳述。)
東富田地区 99億円 仲之町 東西に伸びる4車線道路。県道136号線に指定。カラー舗装化され、雑貨、衣料品店などの並ぶ商業地区。
二軒屋通り  二軒屋町を南北に走る江戸時代から続く商店街。国道438号に指定。カラー舗装化され、中小店舗が連なる。
秋田町栄町
鷹匠町
新町地区の紺屋町富田町とともに、市内最大の歓楽街を形成。四国でも最大規模である。
アクティ21などの大型商業ビルがある。
西富田地区 15億円
大道 国道438号指定。江戸時代からの商店街。市街地を南北に走り、二軒屋町に続く。カラー舗装化されている。
佐古地区 112億円 佐古商店街 旧伊予街道。かつて問屋街として栄えた。現在も問屋、小売店が多く残る。[30]
国道192号 旧伊予街道に沿う4車線道路。中小小売店、スーパー、飲食店が並ぶ。徳島大学病院前には菓子屋や薬局が立ち並んでいる。佐古駅に延びる道沿いにも中小店舗が並ぶ。
加茂名地区 188億円
 蔵本商店街  JR蔵本駅前、ならびに旧讃岐街道(蔵本元町)に長く延びる。徳島大学病院(徳大蔵本キャンパス)に隣接し、飲食店や居酒屋も多い。
県道30号線 田宮街道の通称で親しまれている。
  • 2008年の4車線化完成にともない、ロードサイド店が相次いで出店し、急速に発展している。
  • タクトヤマダ電機などの大型店のほか、全国チェーン店が数多く立地する。
加茂地区 129億円
渭北地区 174億円
都市計画道路常三島沖洲線 北常三島交差点から東に延びる市道。渭東地区住吉に入ると、新興商店街の「すみよしセンターストリート」となる。

全線にわたりスーパーやコンビニ、すき家などの飲食店、商店が連なる。徳島大学生が利用する店舗が多い。

渭東地区 119億円
福島安宅 県道38号線沿いがスーパーや小売店の多い商業地区となっており、また、近年開通した県道29号(徳島環状線)沿いコーナンやドラッグストアが出店している。
沖洲地区 204億円
昭和地区  198億円 国道55号沿い 飲食店、スーパー、雑貨店が並び、南下すると沖浜へ続く。
県道120号(旧国道55号)沿い
  • 全線にわたり中小小売店、スーパーが立ち並ぶ。
  • 昭和町では自動車関連の店舗が多く、当地区の自動車・自転車販売額79億円で、市内で2番目に多い。
津田地区 130億円
県道29号(徳島環状線) マルナカ徳島店が立地。近年飲食店や衣料品店など出店してきている。
八万地区 314億円 国道55号沿い
文理大学周辺
沖浜(おきのはま)と通称される、郊外型店舗の集積地である。1980年代から開発が進んだ新興商業地区である。
国道438号 城南町八万町内で中小の商店が連なり、また、スーパーやドラッグストアも立地している。
県道136号 南二軒屋町八万町では、スーパーや商店が立ち並ぶ。園瀬川以南では住宅と商店が混在する。
勝占多家良地区 294億円 
国道55号 園瀬川以南では水田地帯も見えてくるが、国道沿いにはニトリキリン堂などの大手チェーン店や自動車販売店、飲食店が立ち並び、小松島市境まで続く。三軒屋町は、かつてゆめタウン出店が計画されたところである。 
県道120号
(旧国道55号)
論田(ろんでん)町では自動車販売会社が立ち並んでいる。勝占地区の自動車・自転車販売額は市内最大の168億円であり、当地区の小売販売額(280億円)の6割を占める。大原町に入ると、小松島市境まで、大小の小売店が連なっている。
不動地区 6億円 県道1号線沿いに飲食店やコンビニなどが数軒みられる。
応神地区 67億円  県道39号
(旧国道11号
中小小売店、飲食店が立ち並び、北島町境まで続く。徳島市と北島町は、この道路に沿ってDID地区が連続している。
県道29号
(徳島環状線)
ロードサイド型の飲食店などが立地している。市境を超え、藍住町に入ってすぐにゆめタウン徳島コーナンヤマダ電機ケーズデンキの大型商業施設が立ち並ぶ。
川内地区 229億円 国道11号 ロードサイド型店舗が立ち並ぶ。餃子の王将マクドナルドケンタッキー吉野家などのチェーン店が多い。
上八万入田地区 32億円 県道沿いにスーパーや小売店、しらさぎ台には町の中央にスーパーがある。
国府南井上北井上地区 136億円 国道192号
県道30号
ロードサイド型のスーパー、飲食店、小売店が立ち並び、石井町境まで続く。

百貨店[編集]

大型商業施設[編集]

市街地では、全てJR徳島駅前に集まっている。かつては東新町商店街に丸新百貨店ダイエー徳島店などが集まっていたが、2005年までに全て閉店し、現在大型商業施設は立地していない。 また、万代町サティ南末広町ジャスコの入居した徳島リバーシティがあったが、それぞれ2008年、2009年に相次いで撤退した。そのため、現在市内に大手の大型スーパーは皆無となっている。 また、当市内に店舗面積が30,000m2を超える大型ショッピングセンターは立地していない。大型店は当市と鳴門市の中間にあり、用地取得の容易な吉野川北岸の北島町、藍住町などへの出店が増加しており、当市の小売業を衰退させる一要因となっている。

徳島市内の主な大型商業施設
名称 所在場所 開業年 閉店年 主なテナント 商業施設面積 備考
徳島駅前再開発ビルアミコビル 徳島駅 1983年 営業中 そごう徳島店 26,738m²
アミコ専門店街 約4500m²(売場面積)
その他 東急イン徳島市立図書館など
徳島駅ビル 1993年 営業中 クレメントプラザ 7000m²  
ホテルクレメント徳島  
とくしまCITY 1972年 2013年 無印良品パワードラッグワンズなど 老朽化のため閉店。新商業施設を計画中。
ラスタ徳島  1974年 2003年 コムサイズムなど 8400m²(延床面積)  1974年つぼみや百貨店新館として開業。

1987年に徳島ビブレ、2001年ラスタ徳島に業態転換。

2013年にビル取り壊し。商業ビルを計画中。

徳島名店街 1957年 営業中  ホテルサンルート徳島、タリーズコーヒーなど。 8058m²(延床面積) 2006年に新築オープン。
丸新百貨店 新町地区 1934年 1995年   7898m² 老舗の地場百貨店として賑わったが、そごう出店後売り上げが減少し閉店。
ダイエー徳島店 1971年 2005年 徳島東宝など  3720m² 現在マンションが建ち、1階部分に地場スーパーがんばりやが出店。
徳島リバーシティ 南末広町 1981年 2009年 ジャスコ徳島店など 8487m² 跡地に大型商業施設の建設を計画中。
徳島サティ 万代町 1981年 2008年 11500m²  跡地には田岡病院が開院した。
マルナカ徳島店 西新浜町 2003年 営業中 ベスト電器宮脇書店コムサイズムなど 16433m²
ショッピングプラザタクト 田宮街道 1994年 営業中 キョーエイエディオン平惣など   地場最大手のキョーエイが経営する複合商業施設。
ヤマダ電機徳島本店 2007年 営業中     6950m² 



スーパーマーケット[編集]

地元資本の勢力が強く、複数の地場スーパーがチェーン展開を行っている。かつてはダイエー、ジャスコ、サティもあったが相次いで撤退した。店舗数は増加しており、市街地や郊外を問わず市内一円に立地している。

競争が激化しているため、徳島県産の生鮮食料品の販売に力を入れたり24時間営業を行うなど、各店がさまざまなサービスを展開している。

商店街[編集]

徳島市の定義では、中心市街地は内町地区新町地区から構成されており、主に次の商店街がある。アーケードがあるのは東新町、籠屋町商店街などであるが、その長さは約1.5キロで、四国の他県都に比べると短く、店舗の集積度や通行量も少ない。これは市街地の商業の中心がアーケード街ではなく徳島駅前となっており、デパートなどの大型商業施設が商店街に存在していないことや、市内には私鉄がなく、自家用車による移動が多いため、郊外店に有利な状況が続いているためである。

かつては百貨店や大型スーパー、映画館劇場が集まり、徳島県下はもとより四国でも最大の繁華街を形成し、最新の流行文化を得られる場所として賑わった。

しかし昭和50年代以降、モータリーゼーションの進展にともない郊外の大型店に客を奪われはじめ、さらに1983年(昭和58年)にそごうの入ったアミコビルが、1993年(平成5年)にクレメントプラザが徳島駅前に開業したことから衰退が加速し、現在では大型商業施設や映画館は全て姿を消し、通行量も昭和40年代の5%ほどにまで減少している。

徳島市は藩政時代から商業都市として栄え、全国の10大都市として古くから市街地の規模も大きかった。中心市街地周辺にも、藩政時代からの歴史を持つ中小商店街が多く存在している。また、戦後開発された郊外型の商店街もある。

中心市街地の商店街
その他の商店街

映画館[編集]

かつては新町地区を中心として30軒を超す映画館があり、県内一円からの集客を誇った。

しかし、2001年(平成13年)に隣接する北島町フジグラン北島シネマコンプレックスシネマサンシャイン北島がオープンすると次々と閉館し、2006年(平成18年)に幸町徳島ホールでの封切映画の上映を打ち切ったのを最後に、市内の映画館は全滅することとなった。

県庁所在地であるのもかかわらず、映画館が全くないという状況は、市民の間でも問題となり、前回2008年の徳島市長選挙では、原秀樹市長(現職)が、映画館の復活を公約に掲げほどであった。

その後、徳島市はアニメーション制作会社「ユーフォーテーブル」に依頼して、アニメ映画を中心とした映画館を東新町商店街に開館することを決め、2012年春にufotable CINEMAが完成した。

その他[編集]

コンビニエンスストア
徳島駅前や市街地の主要道路沿い、郊外に多く立地している。店舗数は増加を続けており競争が激化している。差別化や新たな顧客獲得のため、野菜などの生鮮食料品を売る店や高齢者向けの小売品を販売する店が増えている。
徳島ラーメンの主な店舗
全国的に有名になった「徳島ラーメン」を中心に、さまざまなタイプのラーメン(中華そば・支那そば)店がある。

金融[編集]

徳島県に本社を持つ金融機関の多くが当市に本店を持っており、大手・地方銀行、証券会社、保険会社などの支店も集中している。

当市に初めてできた銀行は、地元商人の久次米兵次郎1880年(明治13年)に設立した久次米銀行であり、全国第6番目の銀行であった。

市内に本店を置く金融機関 [編集]

市内に支店を置く金融機関[編集]

政府系金融機関

メガバンク都市銀行)・信託銀行

地方銀行(本店所在地) - 四国に本店を持つ銀行は全て徳島市内に支店を持つ。

第二地方銀行(本店所在地) - 四国に本店を持つ銀行は全て徳島市内に支店を持つ。

労働金庫

信用金庫

徳島信用金庫以外に支店を持つものはない。

信用組合

徳島県内、および徳島市内に本店・支店を有する信用組合は存在しない。

証券会社


市内に本社を置く主要企業[編集]

製造業
徳島製粉阿波製紙四国大陽日酸四国トーセロ
情報・通信業
ジャストシステム四国放送徳島新聞エフエム徳島メディコムあわわ
交通・運輸業
徳島バス四国高速運輸徳島通運日通グループ)
サービス業
ノヴィルキョーエイセブンアクサスワークスタッフ

など

事業所等を置く主要企業[編集]

医療・福祉[編集]

当市は医師歯科医師薬剤師看護師などの医療従事者が非常に多いことで知られており、人口当たりの病院・診療所数は全国の市町村中4位、医師数は同19位となっている[31]

徳島県全体で医療従事者数は全国的に非常に多くなっているが、とりわけ当市に数が集中し、医師数で3分の2、医療施設で約6割を占めており、全国でも最高クラスの医療激戦区となっている[32]

市内に医療従事者が多い理由としては、徳島大学の存在が言われている[33]。同大学は医学部歯学部薬学部が揃う四国で唯一の大学であり、長年にわたり多くの医療従事者を輩出している。

特に医学部は戦前の設立であり、1973年に愛媛大学に設置されるまで四国で唯一の医学部だった。歯学部、薬学部は現在でも四国の国立大学では徳島大学にしかない。

医療施設、従事者の集中とともに、製薬などの医療関連産業も発達しており、市内には大塚製薬といった大手製薬メーカーの工場や研究所が立地しているほか、関連地場産業の発展もみられる。徳島大学との産学連携事業が盛んである[34]

主な医療機関[編集]

※病床数150床以上の病院のみ記述する。

このほか、隣接する小松島市徳島赤十字病院(405床)、吉野川市鴨島町に国立病院機構徳島病院(300床)がある。


教育[編集]

鳴門教育大学徳島工業短期大学を除き、徳島県内の大学は全て本市に立地している。また、県内の高校のうち、2011年度現在で存続している私立高校は全て本市に集中している。

本市に大学が設置されたのは戦後に入ってからだが、戦前には徳島医学専門学校などの国立専門学校が集中して開校し、四国の高等教育の中枢を担った。現在でも、四国で医歯薬学部の揃った大学は徳島大学のみであり、また、同大工学部の学生数は中四国の大学で最多である。

1875年明治8年)には、福澤諭吉の方針によって慶応義塾の支塾も開設された。同塾が支塾を開校したのは、全国で大阪、京都、徳島の3都市だけである。

大学・短期大学[編集]

徳島大学
徳島文理大学
四国大学

高等学校[編集]

市立・県立
私立

中学校[編集]

小学校[編集]

太字の学校には制服がある。

保育所(市立・認可)[編集]

  • 徳島市立富田保育所
  • 徳島市立内町保育所
  • 徳島市立渭東保育所
  • 徳島市立津田保育所
  • 徳島市立南井上保育所
  • 徳島市立渭北保育所
  • 徳島市立八万東保育所
  • 徳島市立国府保育所
  • 徳島市立北井上保育所
  • 徳島市立論田保育所
  • 徳島市立加茂名保育所
  • 徳島市立昭和保育所
  • 徳島市立八万保育所
  • 徳島市立沖洲保育所
  • 徳島市立川内保育所
  • 徳島市立大松保育所
  • 徳島市立名東保育所
  • 徳島市立方上保育所
  • 徳島市立一宮保育所
  • 徳島市立不動保育所
  • 徳島市立北島田保育所
  • 徳島市立応神保育所
  • 徳島市立芝原保育所
  • 徳島市立明善保育所
  • 徳島市立八多保育所
  • 徳島市立多家良保育所
  • 徳島市立渋野保育所
  • 徳島市立丈六保育所
  • 徳島市立飯谷保育所
  • 徳島市立新浜西保育所
  • 徳島市立城西保育所
  • 私立梅の花保育園
  • 私立阿波国慈恵院保育園
  • 私立出来島保育園
  • 私立前川乳児保育園
  • 私立南佐古保育園
  • 私立さくら保育園
  • 私立四国大学附属乳児保育園
  • 私立若松保育園
  • 私立みずほ保育園
  • 私立青葉保育園
  • 私立もとしろ保育園
  • 私立島田保育園
  • 私立ひまわり保育園
  • 私立くるみ保育園
  • 私立なかよし保育園
  • 私立川内南アコール保育園
  • 私立すぎのこ保育園
  • 私立わかば保育園
  • 私立城南保育園
  • 私立大原保育園
  • 私立あゆみ保育園
  • 私立助任保育園
  • 私立みのり保育園
  • 私立みどり保育園
  • 私立光花保育園
  • 私立春日保育園
  • 私立育英保育園
  • 私立おおぎ保育園
  • 私立青嵐保育園
  • 私立川内わかば保育園
  • 私立四国大学附属保育所
  • 私立めだか保育園
  • 私立沖浜シーズ保育園
  • 私立四国大学附属西富田保育所
  • 私立とくしま健祥会保育園

幼稚園[編集]

専門学校[編集]

穴吹デザインビューティーカレッジ
穴吹福祉医療カレッジ

特殊学校[編集]

自動車教習所[編集]

児童養護施設[編集]

廃校[編集]

交通[編集]

市内に河川がきわめて多く、橋の建設に多額の費用と高い技術が必要となるため、道路、鉄道整備は遅れた。徳島市は、四国の県都の中で唯一私鉄が走っておらず、また、慢性的な渋滞が生じている。

私鉄が走っていない分、市内の公共交通はJR線や路線バスに頼る面が大きく、JR徳島駅の乗降客数はJR四国の駅の中で第2位となっている。

関西方面への公共交通機関は高速バスが担っている。かつては高速船や航空機も多数発着していたが、明石海峡大橋開通後に全廃された。

JR線は、徳島駅を起点として高徳線徳島線牟岐線鳴門線の列車が発着し、通勤、通学を主体とした輸送が行われている。都市間連絡は高徳線に特急うずしおが高松駅(一部岡山駅)へ走り、香川、中国地方への連絡が図られ、また徳島線には特急剣山が阿波池田駅へ走り、高知方面への連絡が図られている。

関西・関東方面、ならびに松山方面には、所要時間、料金面からも高速バスが圧倒的に有利である。なお、市内に電化されている鉄道区間はない。

高速道路は、吉野川北岸を徳島自動車道が通っている。現在、徳島IC〜鳴門IC間の工事が進行しており、2015年に開通予定である。この開通により、関西、中部、関東から愛媛、高知方面へ向かう自動車、高速バスはほぼ全て徳島市を経由するようになる。

航空機は、隣の松茂町に徳島飛行場があり、東京、福岡便が発着している。 徳島市は、日本初の定期航空路線が開設された都市である。

カーフェリーについては、かつては阪神方面に多数航路が存在したが、現在は徳島港から和歌山港を結ぶ南海フェリーのみである。また、東京・北九州へオーシャン東九フェリ-が運航されており、これは四国と関東を結ぶ四国唯一のフェリー航路となっている。

市内交通は、マイカーと自転車に頼るところが大きい。とくに自転車は、雪が降らず、晴れの日が多いことや、坂道が少ないこと、公共交通機関が不便なことから、通勤通学や日常生活の足として欠かせないものとなっており、全国に先駆けて、昭和40年ごろには歩道に自転車専用レーンが整備[35]され、徳島市の交通機関に占める自転車の分担率は、全国の都道府県庁所在地で最高[36]となっている。道路については道路整備の遅れから朝夕の渋滞が慢性化しており、現在徳島環状道路の整備が進んでいる。

鉄道[編集]

徳島駅前

徳島市内を走る鉄道は全てJRである。高徳線が佐古地区から吉野川北岸の内陸側の応神地区にかけて、市街地では徳島線眉山の北側、牟岐線眉山の東側を通っている。当市内をはじめ、徳島県内全線全区間が非電化であり、電車は全く走っていない。また、路線は吉野川の川幅の広さや小河川の多さ、眉山四国山地等の地形の障壁を軽減するように通っている。その為、便利に利用が可能である地域はあまり多くない。

関西東京方面への移動は、瀬戸大橋を経由しなければならない鉄道よりも、明石海峡大橋を通る高速バスのほうが圧倒的に速く、料金も安いため、四国の他県都と違って同方面への需要はほぼ皆無である。

また、高知市松山市への移動も鉄道より高速バスを利用する人が多いため、中・長距離移動で鉄道を利用する人はかなり少ない。これが当市の鉄道路線が電化されない理由の一つになっている。ただし、通勤・通学などの近距離輸送の需要は比較的高く、徳島駅の乗降客数は高松駅に次いで四国第2位になっている。

これは、市内の朝夕の道路渋滞が激しいことや、徳島駅前にそごうなどの大型商業施設が集中し、当市最大の繁華街が形成されていること、路線バス・高速バスがほぼ全て徳島駅を起点としており、鉄道との接続がスムーズであることなどが理由として挙げられる。しかし、少子化による通学需要の減少や、中心市街地の衰退に伴い、利用者は減少傾向にある。

バス[編集]

路線バス[編集]

市内に私鉄や地下鉄が通っていないため、市街地内や市街地と郊外を結ぶ公共交通機関として重要な役割を果たしており、通勤通学や高齢者の買い物や通院の足となっている。ほぼすべての路線がJR徳島駅前を発着点にしており、JRや他のバス路線への乗り継ぎが分かりやすくなっている。最大の運行本数を持つ徳島市交通局の1日の乗客数は約14000人(平成19年)である。

5分以内の間隔で運行されている区間が存在するなど、私鉄がない分多くのバスが運行されているものの、最終便が早く、大半の路線で21時台となっている。

モータリーゼーションにより、全国の地方都市の路線バスと同じく利用者の減少に悩まされている。また、朝夕ラッシュ時は、交通渋滞のために遅延が頻発し、自転車やバイクを利用するほうが速いことが多く、とくに近距離の通勤通学利用は少ない。しかし、雨天時には自転車が利用できないためにバスを利用する客が増え、混雑する。

均一運賃の導入による料金体系の見直しや循環バスの運行、運転士のサービス改善といった対策が行われている。徳島市交通局では、近接した路線を統合して循環バスを新たに開設したり、利用者の少ない路線を福祉バス化したりするなどの経営改善策が図られ、徳島バスでは、好調な京阪神方面への高速バスでの収入により、路線バスの赤字を補っている。

2010年9月26日と10月31日の2日間、徳島市の「まちにいこうよ」事業の一環として、市内を発着する全ての路線バスの運賃を一律100円にする社会実験が行われた。

期間中、利用者が大幅に増加し好評だったことから、2011年3月までの間、各月の最終日曜日に継続して実施されることになった。実施日に合わせて、中心市街地でさまざまなイベントが開催されることになっている。

徳島市内を発着する路線バス企業

高速バス[編集]

全て当市内発着、または徳島市内のバスストップに停車する高速バス路線。大半はJR徳島駅発着である。関西方面へは、料金、時間ともに鉄道に対して圧倒的な優位性を持っており、同方面へ1日100往復を超える高速バスが運行されている。

しかし、高速道路料金の値下げによりマイカー利用者が増加したため、利用者は減少している。また、高速バスより価格が安く、目的地で終日自由行動できるツアーバスも運行されはじめ、手ごわいライバルになっている。とくに東京方面では片道5000〜6000円の格安ツアーバスがほぼ毎日運行されており、高速バスのみならず徳島空港発着の航空機の需要も奪いつつある。

徳島バス

ジェイアール四国バス

徳島バス・ジェイアール四国バス共同運行

その他

高速バスストップ[編集]

  • 徳島大学前バスストップ(神戸線、阿南発着便、高松便のみ停車)
  • 徳島駅バスストップ(阿南発着便・ドリーム高知号は経由しない)
  • 工業団地前バスストップ(大阪線の数便、高松線のみ停車)
  • 徳島マリンピア(JRバス徳島大阪線・徳島神戸線の一部のみ発着)
  • 徳島文理大西口バスストップ(阿南発着便のみ停車)
  • 鈴江バスストップ(高知線・松山線のみ停車)
  • 加茂名バスストップ(東京線吉野川市発着便・大阪線石井発着便のみ停車)

道路[編集]

当市の主要幹線道路は、徳島本町交差点を中心として東西南北方向に走っているのが特徴で、吉野川、鮎喰川、勝浦川など多くの河川や眉山といった自然の障壁に阻まれて、徳島市を通過する自動車のほとんどが中心部に集中するようになっている。

交通量の増加に伴う道路整備は、自然の障壁の多さや用地買収の難航のため遅れており、朝夕の通勤時間帯には市街地やその周辺、吉野川にかかる橋付近で激しい渋滞が発生している。

高速道路[編集]

一般国道[編集]

国道11号
起点
当市かちどき橋一丁目のかちどき橋交差点から北へと延びる道路である。国道55号と共に当市を南北に貫く幹線道路として位置付けられている。市内は全線6車線で整備も行き届いているが、交通量の多さから川内町吉野川大橋徳島本町、県庁前などでは頻繁に渋滞が発生する。吉野川大橋付近の1日の平均交通量は80,000台を超え、徳島県内だけでなく四国で1位である[37][38]。朝のラッシュ時には徳島本町交差点を先頭に、吉野川大橋を越えて川内町付近まで3km近く渋滞する事もある。


国道28号
当市から板野郡松茂町までは、国道11号と重複区間となっている。
国道55号
かちどき橋
当市かちどき橋一丁目のかちどき橋交差点から南へと延びる道路である。国道11号と共に当市を南北に貫く幹線道路として位置付けられている。市内はかちどき橋交差点から大野橋交差点までが6車線、大野橋交差点以南が4車線で、こちらも国道11号同様、頻繁に渋滞が発生する。主な渋滞発生場所は勝浦川橋、大野橋、南昭和町、県庁前など。沿線には国道55号を中心に大学や商業施設等の立地している沖浜地区があり、沖浜以南では農耕地の広がる地域を走る。


国道192号
上鮎喰橋
当市徳島本町二丁目の徳島本町交差点から西へと延びる道路である。当市の中心部を通って、市内を東西に貫く幹線道路として位置付けられている。市内は徳島本町交差点から上鮎喰橋までが4車線〜6車線、上鮎喰橋以西が2車線で、国府町蔵本町、佐古、八百屋町、徳島本町などで頻繁に渋滞が発生する。特に、朝の蔵本公園前から中心部への渋滞は激しい。こうした渋滞を緩和する為に、現在国府町から上八万町、八万町を通って国道55号に抜けるバイパス(徳島南環状道路)が建設中である。


国道195号
当市から阿南市までは、国道55号と重複区間となっている。
国道318号
当市から吉野川市までは、国道192号と重複区間となっている。
国道438号
当市中心部から八万町上八万町を通って名東郡佐那河内村へと続く道路である。八万町までは電線も地中化されている。市内の道は元町交差点から南二軒屋交差点までが4車線〜6車線、南二軒屋交差点以南が2車線〜1、5車線で、大木、園瀬橋、南二軒屋、大工町などでしばしば渋滞が発生する。
国道439号
当市から三好市東祖谷菅生までは、国道438号と重複区間となっている。

主要県道[編集]

市内を走る主要県道

一般県道[編集]

市内を通る一般県道

船舶[編集]

航空[編集]

最寄りの空港は徳島空港松茂町)。 乗り入れている航空会社

マスメディア[編集]

徳島市に新聞が創刊したのは1876年(明治8年)であり、戦前には徳島毎日新聞(徳毎)と徳島日日新報の2社が徳島県域(一部香川県)をエリアとして新聞発行を行なっていた。この2社は激しい報道合戦や購読者獲得競争を繰り広げたが、1941年(昭和16年)に新聞統制に基づき統合され、徳島新聞となった。

ラジオ放送は、大正末期にNHK大阪放送局開局により聴取が可能となり、1933年(昭和8年)、高知に次いで四国2番目の放送局として日本放送協会関西支部徳島支所(NHK徳島放送局)が開局した。

同局は、阿波踊りや、「阿波よしこの」の名手お鯉さんの歌を放送し、これらの全国的な知名度の向上に貢献した。戦後、1952年(昭和27年)には、四国放送が、中四国初となる民間ラジオ放送を開始した。

テレビ放送は、1959年(昭和34年)にNHKと四国放送が開始した。徳島県内は、ほぼ全域で近畿広域圏が受信できたため、民間放送はその後開局しなかった。しかし、地上デジタル放送は電波が遠くまで飛ばない特性がある為に、近畿広域圏および県域局は普及用アンテナでは平野部の市内の殆どの家庭でフルセグで受信できない(高利得アンテナと相応の設備が必要)。県外の送信所や中継局の山陰となっていて、建物や山に遮られて県外放送が全く受信できない地域も数多く存在する。

そのため、ケーブルテレビに加入することで視聴する形態をとる世帯が多数を占める。なお、携帯電話やスマートフォンのワンセグ放送で受信できるのは一部地域を除き、NHK、四国放送の3チャンネルとなっている。

市内に所在[編集]

NHK徳島放送局
徳島新聞社(四国放送)本社
ケーブルテレビ徳島本社
新聞
テレビ局
ケーブルテレビ局
ラジオ局

文化・観光[編集]

徳島市の観光客入り込み客数は、年間229万5,000人[39]である。1998年の明石海峡大橋の開通や、徳島を舞台にした映画『眉山』や『バルトの楽園』の上演によって増加傾向にある。

市内の主要な観光地としては、市のシンボルである眉山徳島城跡、阿波踊り会館徳島県文化の森総合公園とくしま動物園阿波十郎兵衛屋敷がある。また、市内には四国八十八箇所の札所のうち、13番大日寺から17番井戸寺までがある。いずれも市の郊外に位置している。

徳島県立21世紀館・博物館・近代美術館
徳島県立図書館
徳島県立文書館
徳島城
一宮城
旧徳島城表御殿庭園
ケンチョピア
新町川水際公園

名所・旧跡[編集]

徳島中央公園は、徳島藩蜂須賀氏の居城であった徳島城跡(城山)に整備された公園であり、日比谷公園に次いで全国2番目に整備された西洋式公園としての歴史を持つ。桜の名所であり、徳島城博物館や表御殿庭園などがある。 眉山は徳島市のシンボル的存在として市民に広く親しまれており、山頂(眉山公園)へはロープウェーや自動車で登れる。山頂からの眺望は素晴らしく、夜景は日本夜景遺産に指定されている。

公共施設[編集]

県立の図書館博物館美術館は市郊外、八万町徳島県文化の森総合公園内に集中している。かつて県立図書館は徳島中央公園徳島城跡)内に、博物館は新町地区眉山ロープウェー乗り場(現阿波踊り会館)に立地していたが、1990年(平成2年)、文化の森オープンと同時に移転した。

図書館[編集]

県立図書館の県民1人当たりの貸し出し冊数は、都道府県立の図書館の中で最も多く(2005年度)、蔵書数は四国最大である。 一方、徳島市立図書館は長らく規模の小さい図書館であったが、2012年に徳島駅前のアミコビルに拡張移転し、施設面積は約3倍となり、内容も充実した。

市立、県立
学外者の利用が可能な大学図書館

博物館、美術館、見学施設[編集]

動物園、植物園、公園、緑地[編集]

とくしま動物園は、市中心部にあった徳島市立動物園が郊外に移転拡張して1998年にオープンしたもので、年間約20万人の入園者がある。それに隣接するとくしまファミリーランドは、徳島県内唯一の遊園地となっている。 眉山公園徳島中央公園西部公園は、市内有数のの名所であり、3月末~4月上旬にかけては多くの花見客でにぎわう。市中心部のひょうたん島やその対岸の河岸は、公園や緑地として整備されて景観の向上が図られており、春~盆前にかけては阿波踊りの練習場所にもなる。しんまちボードウォークは、中心市街地の活性化のために新町川沿いに建設された遊歩道であり、とくしまマルシェなどのイベント開催時には多くの人で賑わう。普段は静かな市中心部の公園だが、阿波踊り開催中は演舞場や露店街に様変わりし、観客や踊り子達でごった返すこととなる。

ホール・劇場[編集]

有名な歌手、劇団、楽団のコンサートが主に行われるのは徳島市立文化センター徳島県郷土文化会館アスティ徳島である。このうち徳島市立文化センターは1963年(昭和38年)の開館で最も歴史があり、市内唯一の1000人規模の公共ホールとして、有名歌手や世界的なオーケストラの徳島公演が数多く行われてきたが、抜本的な改修やリニューアルは行われておらず、施設の老朽化や音響、設備の面での不備が指摘されている。そのため、徳島市は市中心部の新町西地区への新しいホール建設を計画している。 アスティ徳島は四国最大級の多目的コンベンションセンターであり、有名アーティストの大規模ライブや大型の式典、展示会が開催される。むらさきホールは徳島文理大学キャンパス内にある音楽ホールであり、主に大学主催のコンサートや学生出演のコンサートが開催される。

スポーツ施設[編集]

市内には大型のスポーツ施設が集まっており、各種競技の県大会も多数行われる。ただし、市近郊の鳴門市には県内最大の徳島県鳴門総合運動公園(鳴門・大塚スポーツパーク)があり、徳島開催のプロ野球公式戦や、Jリーグの試合は主に鳴門総合運動公園内の球場、スタジアムで行われる。 また、市内を流れる吉野川鮎喰川勝浦川の広大な河川敷は運動場としても利用されており、野球やソフトボール、サッカーなどの試合が行われるほか、阿波踊りの練習場所にもなっている。吉野川河川敷の一部は民間ゴルフ場のコースにも利用されている。

公営施設

社寺[編集]

祭事・イベント[編集]

食文化[編集]

徳島藩江戸時代中期より阿波和三盆糖の生産を開始し、薩摩鹿児島県)、讃岐香川県)と並ぶ砂糖の一大産地となった。

徳島市はその集散地として、全国でも最も早く、大量の砂糖を入手することができたため、阿波ういろなど、江戸時代から続く伝統菓子が存在する。また、古くから比較的安価に砂糖が得られたことから、庶民の間にも砂糖を使った料理や菓子が広がり、花嫁菓子といった風習も残っている。

銘菓
小男鹿滝の焼餅阿波ういろ阿波和三盆糖金長まんじゅう
調味料
御膳味噌
郷土料理・B級グルメ
徳島ラーメンぼうぜの姿寿司豆玉とくしまバーガーフィッシュカツ
酒造銘柄
勢玉、御殿桜、蘭玉、旭牡丹、南国一

 

スポーツチーム[編集]

出身有名人[編集]

徳島市名誉市民[編集]

政治・経済[編集]

学界[編集]

芸術[編集]

芸能・マスコミ[編集]

スポーツ[編集]

徳島市を舞台とした作品[編集]

小説・漫画・アニメ
映画
ドラマ

脚注[編集]

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  1. ^ 現在の市域には、かつて板野郡勝浦郡名西郡であった地域も含む
  2. ^ a b 文教大学国際学部紀要 第16巻1号(PDF)
  3. ^ 徳島県 徳島 平年値(年・月ごとの値)(気象統計情報) - 気象庁
  4. ^ 平年値(年・月ごとの値)1981-2010”. 2012年1月26日閲覧。
  5. ^ 観測史上1~10位の値1981-2010”. 2012年1月26日閲覧。
  6. ^ 10%都市雇用圏の人口。四国他県の県庁所在地においては、高松都市圏が約84万人、松山都市圏が約64万人、高知都市圏が約55万人となっている。
  7. ^ 四国では高知県高知市1889年4月1日に次ぎ2番目の市制施行。なお3番目は愛媛県松山市で同年12月15日。4番目は香川県高松市1890年2月15日
  8. ^ 1889年当時、世帯数14,607世帯、人口60,861人(男29,530人、女31,331人)。寄留簿人口による。
  9. ^ 1889年12月12日告示第1号により「来ル12月16日ヨリ徳島市大字徳島町物産蒐集場ニ於テ徳島市役所ヲ開ク」とされた。
  10. ^ 誰か昭和を思わざる 大正ラプソディー (大正元年)
  11. ^ 1998年12月23日から29日の署名簿縦覧を経て、第十堰住民投票の会が集めた有効署名数を、101,535筆(法定数の24.3倍、有権者の48.8%)に確定。
  12. ^ 賛成17名、反対22名(特別委員会での賛成4名、反対7名)。
  13. ^ 平成11年徳島市条例第30号。
  14. ^ 投票総数113,996票(当日有権者総数207,284人の54.995%、有効投票数112,116票 無効票1,863票(うち白紙1,135票))のうち、可動堰建設反対102,759票、賛成9,367票だった。なお、この投票は「吉野川可動堰建設計画の賛否を問う徳島市住民投票条例(平成11年徳島市条例第30号)」第3条の規定により、「住民投票は,投票資格者の2分の1以上の者の投票により成立するものとする」とされ、投票率が50%に満たないときは開票そのものを行わないという異例なものであり、戦後の地方自治法のもとで行われた住民投票では初めてのことであった。その開票基準の適否を巡っても全国の新聞・放送局その他各界で激しく議論がなされた。
  15. ^ このほか徳島県内では、吉野川市で死者1名。
  16. ^ 自主的な合併の推進に関する構想(答申) - 徳島県市町村合併推進審議会(2007年7月)
  17. ^ 心おどる水都・とくしま 第4次徳島市総合計画 - 徳島市
  18. ^ 第4次徳島市総合計画 P.2
  19. ^ http://www.topics.or.jp/special/122545429353.html 徳島新聞 まちの行く末 とくしま合併検証 第4部]
  20. ^ 徳島東部地域市町村長懇話会 - 徳島市
  21. ^ とくしまの自慢本あわいろ14ページ
  22. ^ 徳島市・徳島市の森林と林業の概要http://www.city.tokushima.tokushima.jp/norin_suisan/gaiyo01.html
  23. ^ 2008年(平成20年)「統計徳島」より
  24. ^ 2008年(平成20年)「統計徳島」より
  25. ^ 2008年(平成20年)「統計徳島」より
  26. ^ 徳島新聞2011年9月30日付朝刊 http://www.topics.or.jp/special/131735504843/2011/09/2011_131736009265.html
  27. ^ 徳島市発行・徳島市企業誘致推進プラン(ウェルカムTプラン)
  28. ^ 徳島大学 - 徳島県における小売業と購買行動の変化
  29. ^ 統計徳島(徳島市統計年報)平成21年度版 徳島市統計調査推進協議会発行
  30. ^ 徳島新聞2012/1/30 街道のまちhttp://www.topics.or.jp/special/122545490426/2007/01/11701230898.html
  31. ^ 東洋経済 都市データパック2008年度版より
  32. ^ 徳島経済研究所 徳島県の経済と産業2009年版
  33. ^ 徳島経済研究所 徳島県の経済と産業2009年版
  34. ^ 徳島経済研究所 徳島県の経済と産業2009年版
  35. ^ http://p-www.iwate-pu.ac.jp/~motoda/dobokukeikakuaki09motoda4.pdf#search='徳島市 自転車 依存'
  36. ^ http://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/soukou/soukou-magazine/rennraku7.1.pdf#search='自転車 分担率 交通機関 徳島市'
  37. ^ 徳島市広域道整備課 - 徳島外環状道路(南環状道路)周辺対策事業
  38. ^ 次の資料では「7万4千台」とある。国土交通省四国地方整備局徳島河川国道事務所
  39. ^ 徳島市統計資料、平成19年度
  40. ^ 1975年以前は、むしろ現在の8月12日から15日には実施されない事が多く、8月初旬や8月下旬のほか、9月に実施されたこともあった。また、1934年や1935年は3日間の日程で実施された(出典:徳島市観光協会の1934年以降の告知ポスター)。なお、正式な期間と日程は「阿波おどり実行委員会」において毎年決定している。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

行政
観光