讃岐国

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讃岐国位置図

讃岐国(さぬきのくに)は、かつて日本の地方行政区分だったの一つ。南海道に位置する。現在の香川県にあたるが、成立の当初は小豆島直島諸島が含まれていない。讃州(さんしゅう)と呼ぶこともある。延喜式での格は上国、中国。讃伎国、賛支国と表記の木簡あり。[要出典]

現在でも香川県の別名として「讃岐」の名称が用いられ、香川県の地域区分として東讃中讃西讃という名称も使用されている。

目次

[編集] 沿革

7世紀に、現在の香川県の四国本土部分とおそらく塩飽諸島を範囲として成立した。江戸時代に小豆島と直島諸島が備前国から譲られた。

平安時代初期には真言密教を興すことになる空海が讃岐国那珂郡に生まれるなど畿外の地である割に文化が高かった。平安末期には瀬戸内海水運を握っていた平家が屋島を根拠地の一つとしていたが、源義経の奇襲に敗れて滅んだ。室町時代には細川氏が讃岐に根を張る南朝方を白峰合戦で破ると、讃岐阿波を中心として細川一族が四国を管轄した。

[編集] 国府・一宮など

国府阿野郡 にあった。現在の坂出市府中と推定されているが、遺跡は未だ見つかっていない。

延喜式神名帳には大社3座3社・小社21座の計24座が記載されている。

大社(全て名神大社

小社

一宮は田村神社(高松市一宮町)、二宮は大水上神社(三豊市高瀬町)、三宮は多和神社(さぬき市志度)、総社総社神社(坂出市)。

[編集] 守護

[編集] 鎌倉幕府

[編集] 室町幕府

[編集] 国司

※日付=旧暦

[編集] 讃岐守

  • 852年(仁寿2年)2月- ?年                     弘宗王従五位上
  • 854年(斉衡)元年正月- ?年                   伴義男従四位下参議
  • 857年(斉衡4年)1月14日- ?年                源寛正四位
  • 862年(貞観4年)1月13日- 864年(貞観6年)1月16日 源生正四位下 権守
  • 864年(貞観6年)1月16日- 868年(貞観10年)1月16日 藤原良世従四位上 権守
  • 868年(貞観10年)1月16日- ?年                    源生正四位下参議 権守





[編集] 讃岐介

  • 紀長谷雄(892年(寛平4年)5月23日-897年(寛平9年)5月25日)従五位上→従四位下
  • (権介)源頼家(1198年(建久9年)1月13日-1199年(建久10年)1月20日)従五位上→正五位下

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[編集] 関連項目

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