屋島

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屋島
Mt. Yashima.jpg
高松シンボルタワーから
標高 南嶺292.12 m
所在地 香川県高松市屋島地区
位置 北緯34度21分20.5442秒 東経134度6分16.7327秒 / 北緯34.355706722度 東経134.104647972度 / 34.355706722; 134.104647972座標: 北緯34度21分20.5442秒 東経134度6分16.7327秒 / 北緯34.355706722度 東経134.104647972度 / 34.355706722; 134.104647972
山系 独立峰
種類 メサ
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サンポート高松の埠頭より
サンポート高松の埠頭より
海上から望む 先端は「長崎の鼻」
海上から望む 先端は「長崎の鼻」
東側から望む源平古戦場跡
東側から望む源平古戦場
南側斜面 中央の道は屋島ドライブウェイに通じる中腹に見えるのは屋島神社
南側斜面 中央の道は屋島ドライブウェイに通じる
中腹に見えるのは屋島神社
獅子霊巌から望む高松市内の夜景
獅子霊巌から望む高松市内の夜景

屋島(やしま)は香川県高松市屋島にある

目次

特徴 [編集]

名称は屋根のような平らな形状に由来し、その独特の景観は高松市のシンボルとなっている。

南北に延びる屋島の山を挟んで、西側ふもとが屋島西町やしまにしまち、東側ふもとおよび山上が屋島東町やしまひがしまち、中央部ふもとが屋島中町やしまなかまちである。屋島は、その三町地区内に位置する台地状の若しくは丘の名称でもある。屋島東町には檀ノ浦があり、山口県の壇ノ浦とは漢字が別だが、どちらも源平の古戦場である。屋島山上からの瀬戸内海の眺めは良く、香川県の観光地となっている。

屋島には7世紀に古代山城屋嶋城(やしまのき)が建造された。また唐僧鑑真が創建したとの伝承をもつ屋島寺もある。さらに、平氏の敗北を決定的にした屋島の戦いとして有名であり、1934年昭和9年)11月10日、国の史跡及び国の天然記念物に指定された。

地形 [編集]

もとは名前の通り南北5キロメートル、東西2キロメートルのであり、花崗岩の基盤の上に乗った輝石安山岩からなる台地である。

地中から噴出したマグマがテーブル状に固まってこの形になったとする溶岩台地説と、谷底に溜まった溶岩流が、差別浸食によって柔らかい周りの土砂が削られて残ったとする[1]メサの一種であるという説がある。以前は火山のー形態である溶岩台地とする前者の説が一般的であったが、現在では多くの学者が後者の説を支持するようになり、地元の教科書等でも後者の説を載せている。国内の同じようなメサ地形では、群馬県と長野県に跨る荒船山がある。

標高南嶺292.1メートル、北嶺281メートル。かつては狭い海峡で隔てられていたが、江戸時代新田開発によりほぼ陸続きになっており、地図上や周囲の散策からはもともとが島であることを認識することは困難である。現在の法定区分では高松市を形成する四国本島の一部の扱いであるが、今なお屋島はかつての海峡の名残である相引川(幅10m程度の水路)により四国本島とは分離されている(ただし相引川は海峡ではなく河川になる)。

歴史 [編集]

屋島に、天智天皇の命で、白村江の戦い敗戦後の667年に屋嶋城を築いたと日本書紀に記述がある。これは、新羅の日本侵攻を恐れてのことである。同時期には対馬博多-瀬戸内の海上防衛線に沿って30近い砦城が構築されている。古代山城屋嶋城は長期間その存在が不明であったが、2000年ころ地元研究家の平岡岩夫らがその遺構石塁を確認し、現在はその復元が進められている。屋嶋城を囲んでいる城壁は長さ約3kmで最大幅0.5kmと推定されている。

また、屋島は、寿永3年(1184年)一ノ谷の戦いに破れた平宗盛らが安徳天皇を奉じて根拠としており、翌寿永4年(1185年)2月に起こった屋島の戦いの古戦場としても知られる。この戦いで源氏方の武者那須与一が、平氏方の軍船に掲げられたの的を射落とした故事は特に著名である。

観光 [編集]

北嶺と南嶺にわかれ、南嶺山上には四国八十八箇所第84番札所の屋島寺や、新屋島水族館(旧・屋島山上水族館)、屋嶋城跡があり、獅子霊巌ししのれいがんからの高松市瀬戸大橋方面の眺望、冠ヶ嶽からの牟礼町方面の眺望、談古嶺からの五剣山源平古戦場方面の眺望は美しい。また、北嶺の遊鶴亭からの瀬戸内海方面の眺望も有名である。

名物は「いいだこおでん」。また、源氏が勝利を祝って屋島山頂から陣笠を投げたことに倣って「かわらけ」という薄く小さな円形の土器を投げるのも屋島を訪れる人の楽しみである。

山上には登山道(香川県道14号屋島公園線)を徒歩で登るか、JR屋島駅または高松琴平電気鉄道志度線琴電屋島駅から屋島山上行きシャトルバス利用、あるいは車で有料道路(一般自動車道)の屋島ドライブウェイを利用して登る方法がある。屋島山上に徒歩で登山する場合は、志度線の潟元駅琴電屋島駅からが近い。バスやタクシーを使い、屋島ドライブウェイ経由で登る場合は、琴電屋島駅が最寄りとなる。以前は琴電屋島駅近くの屋島登山口駅から山頂付近(屋島山上駅)まで屋島ケーブル屋島登山鉄道)がケーブルカーを運行していたが、2005年平成17年)8月31日に廃止となった。

登山口奥には、四国村(四国民家博物館)がある。

なお、屋島ドライブウェイには、下っているように見えるのに、実際は上っているという不思議な坂があり、「屋島ミステリー坂」や「おばけ坂」「幽霊坂」と呼ばれている。専門的にはこの現象を「縦断勾配錯視」という。また、展望性が優れている道でもある。

活性化への動き [編集]

かつては四国の代表的な観光地であった屋島であるが、瀬戸大橋開通時の賑わいを最後に観光客が激減した。この影響で山上にあったみやげ物店・宿泊施設が相次いで閉鎖され、2000年代に入る頃にはこれらの建物が事実上廃墟の様相を呈するに至った。景観や保安上の問題から地元からは撤去を求める声が上がったが、土地の所有者が屋島寺であるため、公的機関が思うように撤去を進められなかった。このため、高松市などにより自然公園法による国からの補助金を得て公費で撤去を行うスキームが検討された[2]。2010年前後から、これら休業施設の撤去が開始されている。

2007年に就任した高松市の大西秀人市長は、屋島の景観保存と活性化のために、2011年から「屋島活性化基本構想(仮称)」の策定に着手した。市は条例で有識者や関係者による「屋島会議」を2011年に設置して協議をおこなうとともに、市民からも意見を募集した。屋島会議は2012年11月に「屋島活性化基本構想(仮称)最終報告」を大西市長に提出し、これに基づいて市は基本構想を策定することになっている。

その他 [編集]

  • 屋島のふもとは高松市有数のベッドタウンであり、多数の住宅団地マンションが建設されている。
  • 屋島西町には、健康ランドの老舗やしま第一健康ランドがある。
  • 映画『世界の中心で、愛をさけぶ』のロケ地となった高松市庵治地区(旧・木田郡庵治町)を屋島ドライブウェイから一望できる。
  • 屋島小学校南側の新池と県道を挟んだ向かいの長池をあわせて、通称「二つ池(ふたついけ)」と呼び地元の人々の散歩道やランドマークとして親しまれている。
  • 前述のように高松市のシンボルたる屋島は、市内に立地する多くの公立小・中学校や一部の高等学校の校歌に歌われている。
  • 四国フェリーの社歌1番でも屋島と檀ノ浦が歌われている(ここで歌われているのは廃止された高松・神戸航路からの風景である)。

脚注 [編集]

外部リンク [編集]

関連項目 [編集]