アニメーション映画

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アニメーション映画(アニメーションえいが)は、映画館劇場、屋外劇場等も含む[1])での公開用に製作されるアニメーションアニメ)映像作品。略称としてアニメ映画、そのほか劇場用アニメーション映画劇場版アニメ等も表記や名称として使用される。

学校教育において上映される映画は教育映画とされ、1960年代から70年代、文部省選定、文部大臣賞などを受賞するアニメーション映画も多数存在した。その他、海外の万国博覧会や大使館で日本の文化を紹介するためにもアニメーション映画が製作された。

概要[編集]

「アニメーション映画」は、実写映画特撮映画などと対比させた言葉で、「劇場用アニメーション映画」は、テレビアニメOVAなどと対比させた言葉である。

1960年代テレビアニメが登場するまでは、アニメーションの放映媒体は映画しか存在せず、アニメーションといえばもっぱら映画館で上映されるアニメーション映画であった。

1960年代から70年代にかけて、学校教育で鑑賞される文部省選定の教育映画、海外の万国博覧会や大使館などで日本の文化を紹介するアニメーション映画など数多く製作された。

日本では1970年代まではアニメーションという呼称はまだ一般的ではなく、漫画映画(テレビアニメはテレビ漫画)と呼称されていた。

テレビアニメ作品の映画化の場合は、テレビシリーズと区別するため、作品のタイトルに「劇場版」または「映画」と付くことが多く、1本で完成された作品にするため、映画用のオリジナルストーリーで完結する作品が多い。

映画館での公開終了後、地方自治体公共団体に無償で貸し出され、星空映画会等と呼ばれるイベントで無料公開されることもある。

歴史[編集]

世界最初の純粋なアニメーション映画は、フランスの画家エミール・コールの製作した、『ファンタスマゴリー』(1908年、原題:Fantasmagorie)だと考えられている。コールはアメリカのブラックトン(後述)の用いていたコマ撮り実写映画の技法に着目し、そこから実写部分を排した完全なアニメーション作品を創作した。『ファンタスマゴリー』の動画は白い紙に黒インクで描かれ、ネガフィルムのまま黒地に白い線のアニメーション映画として上映された。世界初の長編アニメーション映画は、アルゼンチンキリーノ・クリスティアーニによって制作された『使徒』 (1917年)だとされる。

テレビ普及以前は、ニュース映画とともに短編アニメが一般映画(本編)の前座として上映された。多くの短編劇場アニメはこの時代に製作されたものである。1937年ディズニーが初のカラー長編アニメ『白雪姫』を製作するまで、ストーリーを楽しむというより絵が動くことを楽しむアトラクション的な短編アニメが普通であった。

アジアでは、1941年に中国において万籟鳴万古蟾の監督で公開された『西遊記 鉄扇公主の巻』がアジア初の長編アニメーション映画とされる。1942年に戦時下の日本に輸出され、当時16歳の手塚治虫に影響を与えると共に、海軍省に長編アニメーション映画『桃太郎 海の神兵』(1945年)を制作させる動機となった。

1953年、三井芸術プロ・プークの制作により日本で初めてのカラー・立体アニメーション動画『セロ弾きのゴーシュ』が製作された。

1958年、『かみなりんこ物語』『笛吹き王子』を東京中央人形劇場が製作した。東京中央人形劇場は後の(株)東京中央プロダクションであり、 電通映画社と共に多数のアニメーション映画を製作した。

1960年、テレビ朝日の前身である日本教育テレビの文部省監修『道徳の時間』において放送された『べニスの商人』は、ライブの人形劇をフィルム撮影してアニメーション撮影の場面を追加、人形を動かす糸やワイヤーをアニメーションによって消すなどの加工が施され、日本で初めての人形劇映画として放送された。

1967年、モントリオール万博において日本の立体アニメーション映画『一寸法師』(カラー14分・監督高橋克雄)はカナダ国営映画局で日本の文化を紹介する映画として上映された後、(株)教育映画配給社の配給により全国のにっかつ系映画館でも上映された。 当時の『一寸法師の』プレスには(カラー 14分 1.5巻 154メートル)と記載され、カラー映画がまだ珍しい時代であったためカラーの部分のみ太字で強調されている。

アメリカでは、テレビ時代になってからも劇場短編アニメがテレビで繰り返し放送されている。日本でも、1960年代からテレビアニメが量産されるまで、『トムとジェリー』『ポパイ』『スーパーマン』『ベティ・ブープ』などの劇場短編アニメがテレビで何度も再放送されていた。

日本[編集]

江戸時代[編集]

江戸時代に既に「写し絵」と呼ばれ、布や紙によるスクリーン膜に影絵、薄紙やガラス板に書かれた絵を幻灯機を用いて投映して動かし、語りや音曲を加えて上映する見世物興行があった(幻灯機は18世紀後半に西欧から長崎を通して日本に伝わった)。 もちろんこれはフィルムによる動画ではなくて,人が操作して絵を差し替えたり動かすものである.url=http://www.mus-his.city.osaka.jp/news/2011/tenjigae/110912.html

黎明期[編集]

現存する日本最古のアニメーション作品は幸内純一の『なまくら刀』(1917年公開) [2]で日本の最初期の短篇アニメーション映画である。これは1910年代に輸入された短編アニメーションを受け、日本の映画会社が依頼して制作された10分ほどの作品であり、長らく現存していないとされていたが、2007年に玩具版が発見された。1916年大正期)から下川凹天北山清太郎、幸内純一の3人の漫画家画家がそれぞれ別々にペーパーアニメーションと切紙アニメーションでアニメ作品の制作を手がけ1917年にいずれも公開されたが、現存するのはこの作品のみである。

セルアニメーションの導入が遅れた日本では切り紙アニメーションが発達し、この分野では大藤信郎賞に名を残す大藤信郎が『鯨』(1927年)で国際的な評価を得ている。

1930年代[編集]

1932年、日本初のトーキーアニメ映画『力と女の世の中』を、後に「日本のアニメーションの父」とされる政岡憲三が松竹で制作している。続いて1933年大石郁雄により『動絵狐狸達引』が制作される。

1935年、日本初の立体アニメーション撮影を用いた実写映画『かぐや姫』が、映画会社JOで制作される。演出田中喜次、撮影を円谷英二、人形を浅野孟府、アニメーションを政岡憲三が担当している。

1940年代[編集]

1940年、世界初のステレオ音声を取り入れたアニメーション映画『ファンタジア』が公開される。ただし日本での公開は1955年である。 

1943年、日本初のフルセルアニメーション『くもとちゅうりっぷ』が政岡憲三により制作される。

第二次世界大戦を迎えると、それまで個人工房により乏しい予算で小規模に行なわれて来た日本のアニメーション制作に対して、軍部より予算が投下され、戦時色の強い国威発揚的な内容ながら、瀬尾光世の『桃太郎の海鷲』(1942年)、『桃太郎 海の神兵』(1945年)といった作品が制作された。後者は日本初の長編アニメーションと位置付けられている。

1950年代[編集]

1953年、日本で初めてのカラー(総天然色)アニメーション映画『セロ弾きのゴーシュ』(三井芸術プロ・プーク制作・監督川尻泰司・森永健次郎)が製作された。撮影にはミッチェルの35ミリカメラ、日本初のコニカラーのネガが使用された。

1959年、日本教育テレビ(テレビ朝日の前身)『道徳の時間』で人形劇をフィルム撮影してアニメーション加工した人形劇映画『ベニスの商人』 の放送が決定し、製作が開始された。

1960年代[編集]

東映動画は『白蛇伝』(1958年)に始まり『安寿と厨子王丸』(1961年)、『わんわん忠臣蔵』(1963年)、「ガリバーの宇宙旅行」(1965年),『太陽の王子 ホルスの大冒険』(1968年)、『空飛ぶゆうれい船』(1969年)、『長靴をはいた猫』(1969年)などの長編漫画映画を世に送り出した。これらのシリーズは「東映まんがまつり」等のお正月の定番映画として低年齢層向け映画として普及する。これらの映画の多くは映画館だけではなく、16ミリフィルムとして小学校の上映会などにも貸し出されて、多くの子供たちが観賞する機会を得ることになり、長編アニメ映画の小学校などでの無料公開は、後の星空映画会などへと引き継がれていくこととなる。

虫プロダクション1963年に日本初の本格的テレビアニメ『鉄腕アトム』の制作を開始。これによりテレビアニメ時代の幕開けとなった。翌年には日本初のテレビアニメからの映画化作品『鉄腕アトム 宇宙の勇者』(1964年)が制作される。これ以降、テレビアニメの映画化作品は大量に生み出され、日本におけるアニメーション映画の重要な位置を占めるようになる。

これまで長編アニメではフルアニメーションを基本として来た東映動画であった。しかしテレビアニメの影響を受け1966年の『サイボーグ009』からはリミテッド・アニメーションを応用した3コマ撮りによるテレビアニメとの中間的位置付けの「B作」と呼ぶ路線が開始となる。従来のフルアニメは「A作」と呼びとして区別されるようになった。

虫プロ1969年公開の劇場用作品『千夜一夜物語』を第一作とするアニメラマ二部作を制作した。これらの作品は従来の子供向けのアニメーション映画とは逆の方向性を狙い、大人向けに作られた作品である。アニメラマは予想外にヒットし、ここから大人向けアニメが制作されることとなる。1970年には第二作『クレオパトラ』、1973年アニメロマネスク哀しみのベラドンナ』が公開されている。

1960年、日本教育テレビ(テレビ朝日の前身)の『道徳の時間』で日本で初めての人形劇映画『ベニスの商人』(東京中央人形劇場製作)が放送された。当時はまだスタジオ・ライブでの人形劇しか放送されていなかったためフィルム映画の放送には文部省の許可が必要であり、番組プロデューサーの笠原明氏が尽力してこれを実現させた。脚本・演出を高橋克雄、撮影は森隆司郎氏・村瀬栄一氏の名コンビによりフランス製ボリューの16ミリカメラを使用して行われた。スタジオライブでの人形劇と違ってフィルムが作品として残る利点があり、放送終了後、映画配給会社がこれを映画として全国に配給した。

1960年代(株)教育映画配給社によって配給された文部省選定による教育アニメーション映画は(株)東京中央プロダクションや電通映画社の製作した作品だけでも以下の通り数多く存在する。 東京オリンピックの開催に合わせて製作された「動物オリンピック」においては(株)東京中央プロダクションと電通映画社、(株)教育映画配給社の三者が製作者となる大作で文部大臣賞を受賞した。

  • 立体アニメーション映画
    • 『ベニスの商人』、『笛吹き王子』、『かみなりんこ物語』、『子鬼の祭』、『ピーターうさぎのぼうけん』、『動物オリンピック』、『うさぎとおおかみ』、『ゆだんは大敵』、『ピーターうさぎのおるすばん』、『うさぎとかめ』、『3びきのこぶた』、『7ひきのこやぎ』、『牛とかえる』、『よくばった犬』、『おやゆびひめ』(セルアニメ)、『ライオンとねずみ』
  • 交通安全シリーズ
    • 『信号を守ろう』、『とびだし あぶない』、『道の歩きかた』

1962年、大映テレビ室制作による宇宙犬を主人公した立体アニメーション・テレビドラマ『ワンウェイ物語』が(全13話)完成。 『ワンウェイ物語』は脚本・演出を高橋克雄、カメラは森隆司郎氏、照明は村瀬栄一氏、日本初のテレビ動画となるはすであったが,大映が倒産したため放映に至らず、フィルムも見つからないままとなっている。

1970年代[編集]

ついに東映動画も劇場“フル”アニメーションの制作を中止する。「東映まんがまつり」は『マジンガーZ』などテレビで人気を得たアニメの劇場用新作という路線に転換した。また、この時期の「東映まんがまつり」は東宝の「東宝チャンピオンまつり」とともに、新作ではない既に放送済みのテレビアニメを35ミリ化してそのまま劇場アニメとして上映していた。一方で、虫プロダクションが倒産して、劇場向け長編アニメといえば東映動画の独擅場だった日本アニメ界において、変化が起きるのは1970年代後半である。

1970年代後半になると、主にテレビアニメをオリジナルアニメ化した作品が登場する様になる。1974年にはテレビアニメ『宇宙戦艦ヤマト』が放送される。テレビでの本放送時にはあまり人気が無かったが、再放送によりヒットすると、1977年にテレビ放送を編集した劇場版が公開され、初日から徹夜する客が出る等の大ヒットを記録する。翌1978年には『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』が公開され空前の大ヒットを記録し、この2作品によって子供をターゲットとしていたアニメ映画というものが、年齢層を超えて楽しめるものであると認識される様になった。この後、劇場用アニメ映画が数多く作られることとなる。

『宇宙戦艦ヤマト』シリーズは2作目以降、オリジナル作品が制作されることとなるが、これらの続編では後でテレビ放映をすることを意識してか、シネマスコープサイズではない比率の映画が作成されている。

1978年には実写にアニメを部分的に合成した映画作品『火の鳥』(監督:市川崑)が公開されたが、この当時はSFブーム期だったため、大ヒットにはならなかった。同年には世界初のアニメビジョンの作品『ルパン三世 ルパンVS複製人間』が公開されるなど、1970年代後半には数多くの作品が公開された。1979年には宮崎駿が初めて監督にデビューした作品『ルパン三世 カリオストロの城』が公開される。本作はヒットにはならなかったもののアニメファンや業界関係者の評価は当時から高く、後のアニメーターたちに深い影響を与えた。

科学忍者隊ガッチャマン』『海のトリトン』『未来少年コナン』『アルプスの少女ハイジ』などテレビのアニメブームに乗って、テレビアニメを再編集した長編アニメが劇場で公開されたのもこの時期の特徴である。これはアニメブームを当て込んだものである一方で、東映動画以外の制作会社はそれまでもっぱらテレビアニメの制作を専門としていて劇場向けの長編アニメを制作するノウハウを持たず、急な需要に応えるだけの余力に欠けていたことが原因であろう(日本の映画の配給システムを支配する映画会社系列ではないアニメスタジオにとっては、劇場用の作品を制作することはハードルが高く、また利益の分配率の点などもあり中小のスタジオが劇場用にオリジナル作品を作ることは商業として経営上のリスクが高かったこともある)。観客の側にとっても、ビデオデッキレンタルビデオ店の普及が1980年代の半ばだったこともあり、再放送以外では人気テレビアニメを再鑑賞できる唯一の機会という側面があった。

また、『宇宙戦艦ヤマト』の舛田利雄を始めとして、1980年代初めまでのアニメブームは実写畑の映画監督をアニメに起用した例が多い。恩地日出夫『地球へ…』(1980年)、浦山桐郎『龍の子太郎』(1979年)。これは一説には、当時アニメ映画に馴染みの無かった地方の映画館主を納得させるためだったと言われる。

1980年代[編集]

1980年代に入ると、『風の谷のナウシカ』(1984年)が劇場公開され、この後スタジオジブリを立ち上げた高畑勲や、宮崎駿らが2年に1本程度の間隔で『天空の城ラピュタ』(1986年)、『となりのトトロ』(1988年)などのオリジナル劇場用アニメ映画を公開した。宮崎らの始めたジブリは新しいレーベルであり、彼らの才能はまだ一部のアニメファンにしか気づかれておらず、興行面ではドラえもん東映まんがまつりなどの後塵を拝し続けた。ジブリが商業的に大成功を収め一般大衆の誰もが知るような知名度になるのは1990年代以降である。

1980年から毎年春休みにドラえもんの映画作品が公開されている(2005年を除く)。このシリーズは例年20 - 40億円規模の興行収入を果している長寿人気シリーズとなり、2014年現在も新作が上映され続けている。

機動戦士ガンダム(ファーストガンダム)』の劇場版三部作が1981年から1982年にかけて公開されたのが話題を呼んだ。当初、機動戦士ガンダムは1979年にテレビシリーズとして放映されたが、不人気となり打ち切られた。しかし、再放送などで人気をさらに集め、劇場版の公開、さらにはガンダムのテレビシリーズの続編である『機動戦士Ζガンダム(1985年)』の放映にまで至った。1988年には更に続編となるアニメ映画『逆襲のシャア』も上映され、観客動員数100万人を達成している。

ガンダムの大ヒットの影響を受けて「ポスト・ガンダム」として公開された『伝説巨神イデオン 接触編・発動編』、『宇宙戦士バルディオス 劇場版』、『ドキュメント 太陽の牙ダグラム』、『ザブングルグラフィティ』が公開されたが、こちらの方はガンダム程のヒットにはならなかった。

1984年に『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』が公開され、『ヤマト』『ガンダム』に次ぐ大ヒット作品となった。

サンリオ1979年の『星のオルフェウス』に引き続き、『シリウスの伝説』(1981年)などで、大予算をかけて、1970年代に入って途絶えていたフルアニメーションによるアニメ映画を制作、国外市場に打って出ようとしていた。他にも1989年には日本アニメの世界進出を見据えた日米合作作品、『リトル・ニモ』が公開される。巨費を投じた意欲作であったが、興行的には全くの失敗であった。

1983年、東京中央プロダクション代表の高橋克雄がビデオでダイレクトにアニメーションを撮影するビデオ・アニメーションシステムを開発した。 NHKでの一年間の試験放送を経て『NHK番組のおしらせ・メルヘンシリーズ』において世界で初めての放送規格としてのビデオ・アニメーション システムで製作された同シリーズ『うりこひめ』がビデオアニメの第1号、『サルカニ合戦』『ねずみの嫁入り』等が定時番組放送された。 ご家庭用ビデオ映画として『メルヘンおはなし絵本シリーズ』』(小学館)の他、『ケンちゃんミカちゃんの不思議な旅』(電通・NTT)『モンタくんパトカーに乗る』(教育映画配給社・警視庁)などビデオアニメによる映画が製作・配給された。

1980年代半ばのビデオデッキレンタルビデオ店の普及は、アニメ映画の製作にも変化をもたらした。オリジナルビデオアニメーション(OVA)の興隆は、OVAを劇場アニメとして単館系で公開したり、逆にマニア向けの企画を一旦劇場アニメとして公開して、後のビデオ販売でも製作費の回収を計るというビジネスモデルが成立させた。その受け皿として短命に終わったものの、1989年に東京ではアニメを専門に上映する映画館「テアトル池袋」[3]と「新宿・ANIMECCA」[4]の2館が誕生。これまで劇場アニメとして通用しなかった企画が、ビデオ販売を前提として通るようになる。また、OVAの存在は、これまでテレビアニメで下請け的立場に甘んじていた中小のアニメ制作会社がOVAの制作に乗り出すことで、徐々に製作能力を高めることを可能とした。Production I.Gもそんなスタジオの一つで、1980年代に出発してOVAの制作とテレビの下請けをこなしながら、1990年代以降は劇場映画の制作で飛躍したのである。

1989年からそれいけ!アンパンマンの映画作品第1作の『それいけ!アンパンマン キラキラ星の涙』が公開され、20年以上たった現在も新作が上映されている。

1980年代、ロードショーミニシアターでの上映(興行映画作品)ではなく、各地の上映会団体が自主的に上映する親子映画用途で、戦争体験・いじめや差別(人権擁護)・伝記などをテーマとした児童書等を原作とした長編作品(うしろの正面だあれハッピーバースデー いのち輝く瞬間ガラスのうさぎ、「対馬丸 さようなら沖縄」など)が製作されるようになった。これらの作品は娯楽よりも道徳教育の要素が強く、各地域の上映会実施団体が上映作品の選定(基本的には新作)と上映会の開催を行っている。

1990年代[編集]

1990年代には劇場用アニメ映画は大きく飛躍し、数多くの作品が作られている。1993年には映画『クレヨンしんちゃん』シリーズの第1作『クレヨンしんちゃん アクション仮面VSハイグレ魔王』が、1997年に映画『名探偵コナン』シリーズの第1作『名探偵コナン 時計じかけの摩天楼』が、1998年に『劇場版ポケットモンスター』シリーズの第1作『劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲』が公開された。3作とも『ドラえもん』シリーズと並び、現在まで毎年制作され続けている人気シリーズとなった。

また、ほぼ毎年のようにアニメ映画が日本映画興行成績のトップに輝いている。1989年の『魔女の宅急便』を始めとして、1991年は『おもひでぽろぽろ』、1992年は『紅の豚』、1994年は『平成狸合戦ぽんぽこ』、1995年は『耳をすませば』、1997年は『もののけ姫』、1999年は『劇場版ポケットモンスター 幻のポケモン ルギア爆誕』と、その年の日本映画の興行成績のトップを記録している。1997年には他にも『新世紀エヴァンゲリオン Air/まごころを、君に』が25億円近い興行成績を上げた。

2000年代[編集]

1998年以降から2000年代初期の頃は、2000年は『劇場版ポケットモンスター 結晶塔の帝王 ENTEI』、2001年は『千と千尋の神隠し』など、劇場用アニメ映画が日本映画の興行成績の上位をほぼ独占している[5]。これらの作品からは『ポケットモンスター』等数多くのヒット作品が誕生し、日本国外でも大きく公開されるようになる。1999年にアメリカで公開された『劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲』(米題は"Pokemon: The First Movie")は、日本映画としては初めて「全米ナンバー1ヒット」となり全米年間映画興行成績トップ20にランキング入りを果した。同シリーズは2作目の『劇場版ポケットモンスター 幻のポケモン ルギア爆誕』(2000年)も、興行収入4376万ドルを記録している[6]。他にも『ドラえもん』『名探偵コナン』『ポケットモンスター』のファミリー向け長寿シリーズは安定期に入っており例年2、30億円規模の興行収入、週刊少年ジャンプの連載作品を原作としたアニメ『ONE PIECE』シリーズなども、平均20億円規模の興行収入を挙げている。

また宮崎駿監督の『もののけ姫』(1997年)、『千と千尋の神隠し』(2001年)は2作続けて日本映画の興行成績の記録を更新し、またアカデミー賞オスカーを受賞したり、ベルリン国際映画祭金熊賞を受賞するなど世界的にも認められ、アニメーション映画は現在の日本映画を代表する存在となっている。

日本のアニメーション映画はヨーロッパやアジア各国では次々にヒットを飛ばしているが、アメリカでは現在のところ、日本の劇場用アニメ映画が興行的に成功した例は少ない。日本映画の全米興行で空前のヒット作といわれた先述の『劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲』でもアメリカでの興行収入は8574万ドルであり、アメリカにおいて大ヒットの基準とされる興行収入1億ドルには及ばず、日本国内で最高の成績を記録している『千と千尋の神隠し』でも、アメリカでの興行収入は1006万ドルである[6][7]。またアメリカでの日本アニメ映画は公開される数がまだまだ圧倒的に少ない上、1作あたりの公開される劇場数も、『ポケットモンスター』『遊☆戯☆王』などの例外を除き、一般的に少ない。一方で日本映画の全米展開として見た場合、アニメは実写や特撮と比較して規模が大きく、期待されるコンテンツ需要としての見方もある[8]。実例として、実写作品では『ゴジラ2000 ミレニアム』(1999年)が唯一アメリカで1000万ドルの興行収入を果たした最高記録であるのに対して、アニメ映画は5作品がアメリカで1000万ドルを突破している[6]

2002年に『Pia♥キャロットへようこそ!! -さやかの恋物語-』が公開された。これは史上初のアダルトゲームを原作とする劇場用アニメである。2004年には、押井守(『イノセンス』)、大友克洋(『スチームボーイ』)、宮崎駿(『ハウルの動く城』)と巨匠たちの作品が続いた。また、『APPLESEED』が公開前から続篇製作が決定するなど全体的に話題の多い年であった。ただ、このいずれの作品も国内のアニメ賞を獲得することは出来ず、その年の文化庁メディア芸術祭大賞作は『マインド・ゲーム』であった(毎日映画コンクールの大藤信郎賞も受賞、アニメーション映画賞は『雲のむこう、約束の場所』)。

2005年に『ドラえもん』のレギュラー声優陣が交代し、2006年に『大長編ドラえもん』の映画史上初のリメイク映画『のび太の恐竜2006』が公開された。2008年に『ドラえもん映画』のリメイクでない初のオリジナル作品『のび太と緑の巨人伝』も公開された。近年の『ドラえもん映画』は、新作と過去作のリメイク作品が交互に公開されている。

2007年に、1995年にTVアニメで放送された『新世紀エヴァンゲリオン』の再構築作品である、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』が上映された。製作方式や宣伝活動が自主制作映画のそれに近く、興行形態は単館系中心のものであったが、初日上映84館からのスタートで週間興行ランキングで1位を獲得している(スクリーン数100以下の映画では史上初)[9]2008年には蛙男商会初の劇場最新作『秘密結社鷹の爪 THE MOVIE 総統は二度死ぬ』がNY国際インデペンデント映画祭で、アニメーション部門 最優秀賞作品と国際アニメーション 最優秀監督賞の2部門を受賞した。

2009年に公開された『ONE PIECE FILM STRONG WORLD』は、漫画原作の劇場用アニメ映画として最高の興行収入を記録。シリーズでは初めて原作者が監修・製作総指揮を務めたことから、原作ファンの関心を集めた。さらに入場者特典に作者書き下ろしの限定コミックが配布されたことも大きな話題となった。

テレビアニメで人気を博した作品が映画化されるのは現在も主流だが、『ラーゼフォン 多元変奏曲』(2003年)、『劇場版 灼眼のシャナ』(2007年)のようにメディアミックスの一環として映画化される作品も現れている。

2010年代[編集]

2010年以降、漫画原作の劇場用アニメ映画において、漫画の原作者が製作に参加する作品が増加。また、入場者特典に限定コミックやDVDを配布する作品も増えている。主な作品に『劇場版BLEACH 地獄篇』(2010年)、『鋼の錬金術師 嘆きの丘の聖なる星』(2011年)、『劇場版 FAIRY TAIL 鳳凰の巫女』(2012年)、『ROAD TO NINJA -NARUTO THE MOVIE-』(2012年)、『劇場版 HUNTER×HUNTER 緋色の幻影』(2013年)などがある。

2000年代後半から、深夜アニメや所謂UHFアニメの劇場版が増加している。主にアニメの放送終了から一定の期間をえてから公開されることが多く、内容は総集編や新規エピソードなどそれぞれ異なる。また、非常に小規模で公開される事例が多いのが特徴である。

アメリカ合衆国[編集]

20世紀初頭のアメリカ合衆国では、ジェームズ・スチュアート・ブラックトンが、アニメーション映画の先駆的作品とも言える、黒板に描かれたチョークの絵を用いた『愉快な百面相』(1906年、原題:Humorous Phases of Funny Faces)や、幽霊屋敷の怪奇現象をトリックにより再現した『幽霊ホテル』(1907年、原題:The Haunted Hotel)などのコマ撮り実写映画を撮影していた。

アニメーションの父ウィンザー・マッケイはブラックトンに触発され、寄席でのヴォードヴィル公演に使用する目的で、『リトル・ニモ』(1911年、原題:Little Nemo)等の短編アニメーション映画を製作した。これらの作品は映画館でも上映され、アニメーションの商業的利用に対する先鞭を付けた(しかしながら、マッケイ自身は商業アニメーションに対しては否定的であった)。また、マッケイの『恐竜ガーティ』(1914年、原題:Gertie the Dinosaur)に登場するガーティは、世界最初の個性を備えたアニメーションキャラクターとして評価されている。

前述のように、テレビが大衆化する以前にはニュース映画の前座として短篇アニメが大量に作られた。これらの短編から、世界中で広く知れ渡っているディズニーミッキーマウスドナルドダックメトロ・ゴールドウィン・メイヤートムとジェリーフライシャー・スタジオベティ・ブープワーナー・ブラザースバッグス・バニーなどの人気キャラクターが生まれた。

映画史上に残る偉業を数多く成し遂げた『白雪姫』(1937年)は世界初のカラー長編アニメーション映画となった(ただし、アルゼンチンでは1931年キリーノ・クリスティアーニにより長編アニメーション『ペルードポリス』が公開されている)。1960年代までの詳細はアメリカン・アニメーションの黄金時代を参照のこと。

1980年代からはコンピュータグラフィックスによるアニメ製作が模索され始めた。ピクサー社トイ・ストーリー1995年)を皮切りに、3次元コンピュータグラフィックスによる劇場用アニメーションが数多く制作され始め、現在ではむしろ主流になりつつある。

ウォルト・ディズニー以外にアメリカにおけるアニメーションに大きな影響を与えた人物にテックス・アヴェリー(本名フレデリック・ビーン・アヴェリー)がいる。テックス・アヴェリー派というトレンドを作り上げ、エキセントリックなキャラクター、動きを得意とした。創作した代表的なキャラクターにドルーピーなどがあり、ジム・キャリー主演の映画『マスク』など後のアメリカ映画、アメリカン・コミックスに大きな影響を与えた。

ディズニーは21世紀以降も名作の長編アニメーションを作り続けており、特に『アナと雪の女王』(2014年)は、世界の興行収入が12億ドルを記録するなど、世界歴代興行収入で第5位を記録した。同作品は日本の興行収入でも200億円を越えており、日本で公開されたアニメーション映画としては『千と千尋の神隠し』(2001年)に次ぐ第2位の興行収入を記録している。

ロシア[編集]

ソ連時代に長編アニメ映画で「せむしの仔馬」等が製作されている。ソ連ではスターリンの指示によりディズニーのようなアニメを作ることが求められていた。スターリンの死後、ロマン・カチャーノフが児童向け物語であるチェブラーシカをアニメーション化するなど、ロシアアニメ界に貢献し高い評価を得ている。

チェコ[編集]

チェコは、伝統的に人形劇が盛んであり、経済的理由からセルを使うことが困難であった。従って人形アニメーションが盛んである。代表的な作家にイジー・トルンカ1912年-1969年)などがいる。トルンカの代表作は『真夏の夜の夢』(1959年)、『手』(1965年)などがあり、とくに『手』は1968年ソ連介入を予見させるものだとして高い評価を受けている。

中国[編集]

中国では1941年に、アジア初の長編アニメーション映画『鐡扇公主』が、万籟鳴と万古蟾兄弟により制作された。

日本国内の歴代アニメ映画収入ランキング(2014年現在)[編集]

作品名 配給会社 公開年 配給収入
(億円)
興行収入
(億円)
千と千尋の神隠し 東宝 2001年 304[10]
ハウルの動く城 東宝 2004年 196[10]
もののけ姫 東宝 1997年 113[11] 194[10]
崖の上のポニョ 東宝 2008年 155[12]
風立ちぬ 東映 2013年 120.2[13]
ファインディング・ニモ ウォルト・ディズニー・スタジオ 2003年 110.0[14]
トイ・ストーリー3 ウォルト・ディズニー・スタジオ 2010年 108.0[15]
モンスターズ・インク ウォルト・ディズニー・スタジオ 2002年 93.7[16]
借りぐらしのアリエッティ 東宝 2010年 92.5[15]
モンスターズ・ユニバーシティ ウォルト・ディズニー・スタジオ 2013年 89.6[13]
ゲド戦記 東宝 2006年 76.5[17]
劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲 東宝 1998年 41.5[18] 72.4[19]
ONE PIECE FILM Z 東映 2012年 68.7[13]
猫の恩返し 東宝 2002年 64.6[16]
劇場版ポケットモンスター 幻のポケモン ルギア爆誕 東宝 1999年 35.0[20] 62.0[19]
Mr.インクレディブル ウォルト・ディズニー・スタジオ 2004年 52.6[21]
ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q ティ・ジョイカラー 2012年 52.6[22]
劇場版ポケットモンスター ダイヤモンド&パール ディアルガVSパルキアVSダークライ 東宝 2007年 50.2[23]
カールじいさんの空飛ぶ家 ウォルト・ディズニー・スタジオ 2009年 50.0[15]
劇場版ポケットモンスター 結晶塔の帝王 ENTEI 東宝 2000年 48.5[24]
劇場版ポケットモンスター ダイヤモンド&パール ギラティナと氷空の花束 シェイミ 東宝 2008年 48.0[25]
ONE PIECE FILM STRONG WORLD 東映 2009年 48.0[15]
劇場版ポケットモンスター ダイヤモンド&パール アルセウス 超克の時空へ 東宝 2009年 46.7[26]
紅の豚 東宝 1992年 28.0[27]
劇場版ポケットモンスター アドバンスジェネレーション 七夜の願い星 ジラーチ 東宝 2003年 45.0[28]
コクリコ坂から 東宝 2011年 44.6[29]
平成狸合戦ぽんぽこ 東宝 1994年 26.3[30]
劇場版ポケットモンスター アドバンスジェネレーション 裂空の訪問者 デオキシス 東宝 2004年 43.8[14]
劇場版ポケットモンスター ベストウイッシュ ビクティニと黒き英雄 ゼクロム・白き英雄 レシラム 東宝 2011年 43.3[29]
劇場版ポケットモンスター アドバンスジェネレーション ミュウと波導の勇者 ルカリオ 東宝 2005年 43.0[21]
おおかみこどもの雨と雪 東宝 2012年 42.2[31]
アラジン ウォルト・ディズニー・スタジオ 1993年 25.0[32]
劇場版ポケットモンスター ダイヤモンド&パール 幻影の覇者 ゾロアーク 東宝 2010年 41.6[19]
ウォーリー ウォルト・ディズニー・スタジオ 2008年 40.0[25]
ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破 クロックワークスカラー 2009年 40.0[26]
ドラえもん のび太のひみつ道具博物館 東宝 2013年 39.8[13]
劇場版ポケットモンスター セレビィ 時を超えた遭遇 東宝 2001年 39.0[33]
レミーのおいしいレストラン ウォルト・ディズニー・スタジオ 2007年 39.0[23]
名探偵コナン 絶海の探偵 東宝 2013年 36.3[13]
ドラえもん のび太と奇跡の島 〜アニマル アドベンチャー〜 東宝 2012年 36.2[31]
劇場版ポケットモンスター ベストウイッシュ キュレムVS聖剣士 ケルディオ 東宝 2012年 36.1[31]
魔女の宅急便 東映 1989年 21.5[34]
さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち 東映 1978年 21.2[35]
ドラえもん のび太の南海大冒険 東宝 1998年 21.0[18]
ドラえもん のび太の新魔界大冒険 〜7人の魔法使い〜 東宝 2007年 35.4[23]
名探偵コナン 漆黒の追跡者 東宝 2009年 35.0[26]
トイ・ストーリー2 ウォルト・ディズニー・スタジオ 2000年 34.5[24]
名探偵コナン ベイカー街の亡霊 東宝 2002年 34.0[16]
劇場版ポケットモンスター アドバンスジェネレーション ポケモンレンジャーと蒼海の王子 マナフィ 東宝 2006年 34.0[17]
ドラえもん のび太の日本誕生 東宝 1989年 20.2[34]
ライオン・キング ウォルト・ディズニー・スタジオ 1994年 20.0[24]
ドラえもん のび太のねじ巻き都市冒険記 東宝 1997年 20.0[11]
ドラえもん のび太の宇宙漂流記 東宝 1999年 20.0[20]
ドラえもん のび太と緑の巨人伝 東宝 2008年 33.7[25]
名探偵コナン 11人目のストライカー 東宝 2012年 32.9[31]
ドラえもん のび太の恐竜2006 東宝 2006年 32.8[17]
名探偵コナン 迷宮の十字路 東宝 2003年 32.0[28]
名探偵コナン 天空の難破船 東宝 2010年 32.0[15]
ドラえもん のび太とアニマル惑星 東宝 1990年 19.1[36]
おもひでぽろぽろ 東宝 1991年 18.7[37]
耳をすませば 東宝 1995年 18.5[38]
ドラえもん のび太のドラビアンナイト 東宝 1991年 18.0[37]
劇場版ポケットモンスター ベストウイッシュ 神速のゲノセクト ミュウツー覚醒 東宝 2013年 31.7[13]
ドラえもん のび太の人魚大海戦 東宝 2010年 31.6[15]
名探偵コナン 沈黙の15分 東宝 2011年 31.5[29]
ドラえもん のび太の太陽王伝説 東宝 2000年 30.5[24]
ドラえもん のび太のワンニャン時空伝 東宝 2004年 30.5[14]
名探偵コナン 探偵たちの鎮魂歌 東宝 2006年 30.3[17]
カーズ2 ウォルト・ディズニー・スタジオ 2011年 30.1[29]
ONE PIECE ねじまき島の冒険 / デジモンアドベンチャー02 ディアボロモンの逆襲 東映 2001年 30.0[33]
ドラえもん のび太と翼の勇者たち 東宝 2001年 30.0[33]
シュガー・ラッシュ ウォルト・ディズニー・スタジオ 2013年 30.0[13]
ドラゴンボールZ 神と神 東映 2013年 29.9[13]
リロ・アンド・スティッチ ウォルト・ディズニー・スタジオ 2003年 29.1[28]
名探偵コナン 天国へのカウントダウン 東宝 2001年 29.0[33]
ドラえもん のび太の宇宙開拓史 東宝 1981年 17.5[39]
ドラえもん のび太と雲の王国 東宝 1992年 16.8[27]
銀河鉄道999 東映 1979年 16.5[40]
ドラえもん のび太の魔界大冒険 東宝 1984年 16.5[30]
ドラえもん のび太とブリキの迷宮 東宝 1993年 16.5[32]
美女と野獣 ウォルト・ディズニー・スタジオ 1991年 16.0[27]
ドラゴンボールZ 激突!!100億パワーの戦士たち / ドラゴンクエスト ダイの大冒険 起ちあがれ!!アバンの使徒 東映 1992年 16.0[27]
ドラえもん のび太と銀河超特急 東宝 1996年 16.0[41]
名探偵コナン 銀翼の奇術師 東宝 2004年 28.0[14]
ターザン ウォルト・ディズニー・スタジオ 1999年 28.0[24]
劇場版ポケットモンスター 水の都の護神 ラティアスとラティオス 東宝 2002年 26.7[16]
ドラえもん のび太の恐竜 東宝 1980年 15.5[36]
ドラえもん のび太と竜の騎士 東宝 1987年 15.0[42]
ドラゴンボールZ 極限バトル!!三大超サイヤ人 / ドラゴンクエスト ダイの大冒険 ぶちやぶれ!!新生6大将軍 東映 1992年 15.0[27]
ドラえもん のび太とふしぎ風使い 東宝 2003年 25.4[28]
名探偵コナン 紺碧の棺 東宝 2007年 25.3[23]
名探偵コナン 瞳の中の暗殺者 東宝 2000年 25.0[24]
シュレック2 ドリームワークス 2004年 25.0[14]
ドラえもん 新・のび太と鉄人兵団 〜はばたけ 天使たち〜 東宝 2011年 24.6[29]
ドラえもん 新・のび太の宇宙開拓史 東宝 2009年 24.5[26]
名探偵コナン 戦慄の楽譜 東宝 2008年 24.2[25]
ドラえもん のび太とロボット王国 東宝 2002年 23.1[16]
ピーター・パン2 ネバーランドの秘密 ウォルト・ディズニー・スタジオ 2002年 23.0[28]
シュレック ドリームワークス 2001年 22.7[16]
マダガスカル ドリームワークス 2005年 22.5[21]
カーズ ウォルト・ディズニー・スタジオ 2006年 22.3[17]
ONE PIECE / デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム! 東映 2000年 21.6[24]
名探偵コナン 水平線上の陰謀 東宝 2005年 21.5[21]
劇場版 魔法少女まどかマギカ[新編]叛逆の物語 ワーナー・ブラザーズ 2013年 20.8[13]
マダガスカル3 ドリームワークス 2012年 20.5[31]
ONE PIECE 珍獣島のチョッパー王国 / デジモンテイマーズ 暴走デジモン特急 東映 2002年 20.0[16]
ONE PIECE THE MOVIE デッドエンドの冒険 東映 2003年 20.0[28]
ブレイブ ストーリー ワーナー・ブラザーズ 2006年 20.0[17]
ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序 クロックワークスカラー 2007年 20.0[23]
カンフーパンダ ドリームワークス 2008年 20.0[25]

その他[編集]

  • アニメーション映画は作画に力が入れられることが多く、テレビアニメから映画化された作品では見違えるような作画になることもある。
  • 一般への宣伝として有名芸能人が声優に起用されることが多い(声優#声優と芸能界も参照)。

脚注・出典[編集]

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  1. ^ アニメーション映画は、映画館のみならず劇場や屋外劇場などで上映することを目的に制作されたものでもあるため、アニメ映画と劇場版アニメはほぼ同義語になっている。
  2. ^ 日本最古の劇場公開アニメーション作品『なまくら刀』と『浦島太郎』の上映とその発見の意義 日本映像学会
  3. ^ 【REPORT】さよならテアトル池袋 トリを務めたのは『時かけ』」 WEBアニメスタイル、2006年9月5日。
  4. ^ 「東京にふたつめのアニメ専門映画館誕生」『アニメージュ』1989年8月号
  5. ^ 社団法人日本映画製作者連盟 映連データベースを参照のこと。
  6. ^ a b c 日経新聞 夕刊 3面 エンタテインメント欄 2005年6月18日記事
  7. ^ 大波起こすぞ! 「Ponyo」米上陸
  8. ^ 市場で見る 日本アニメの潜在力
  9. ^ 国内映画ランキング : 2007年9月1日〜2007年9月2日 トップ10速報 eiga.com 2007年9月4日
  10. ^ a b c 宮崎駿監督「風立ちぬ」興収100億突破確実の大ヒットスタート!”. 映画.com (2013年7月20日). 2014年3月8日閲覧。
  11. ^ a b 過去配給収入上位作品(配給収入10億円以上番組)”. 一般社団法人日本映画製作者連盟. 2014年3月8日閲覧。
  12. ^ 「風立ちぬ」興行収入100億円突破!邦画では「崖の上のポニョ」以来”. 映画.com (2013年9月12日). 2014年3月8日閲覧。
  13. ^ a b c d e f g h i 2013年(平成25年)興収10億以上番組”. 一般社団法人日本映画製作者連盟. 2014年3月8日閲覧。
  14. ^ a b c d e 2004年(平成16年)興収10億以上番組”. 一般社団法人日本映画製作者連盟. 2014年3月8日閲覧。
  15. ^ a b c d e f 2010年(平成22年)興収10億以上番組”. 一般社団法人日本映画製作者連盟. 2014年3月8日閲覧。
  16. ^ a b c d e f g 2002年(平成14年)興収10億以上番組”. 一般社団法人日本映画製作者連盟. 2014年3月8日閲覧。
  17. ^ a b c d e f 2006年(平成18年)興収10億以上番組”. 一般社団法人日本映画製作者連盟. 2014年3月8日閲覧。
  18. ^ a b 過去配給収入上位作品(配給収入10億円以上番組)”. 一般社団法人日本映画製作者連盟. 2014年3月25日閲覧。
  19. ^ a b c “ピカチュウ・ザ・ムービー”シリーズ累計興収が 700億円を“神速”で突破!!”. 株式会社テレビ東京ホールディングス (2013年8月8日). 2013年12月30日閲覧。
  20. ^ a b 過去配給収入上位作品(配給収入10億円以上番組)”. 一般社団法人日本映画製作者連盟. 2014年3月25日閲覧。
  21. ^ a b c d 2005年(平成17年)興収10億以上番組”. 一般社団法人日本映画製作者連盟. 2014年3月8日閲覧。
  22. ^ 「ヱヴァQ」上映終了、最終興行収入52.6億円に”. 映画.com (2013年4月29日). 2014年3月8日閲覧。
  23. ^ a b c d e 2007年(平成19年)興収10億以上番組”. 一般社団法人日本映画製作者連盟. 2014年3月8日閲覧。
  24. ^ a b c d e f g 2000年(平成12年)興収10億以上番組”. 一般社団法人日本映画製作者連盟. 2014年3月8日閲覧。
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  30. ^ a b 過去配給収入上位作品(配給収入10億円以上番組)”. 一般社団法人日本映画製作者連盟. 2014年3月8日閲覧。
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  34. ^ a b 過去配給収入上位作品(配給収入10億円以上番組)”. 一般社団法人日本映画製作者連盟. 2014年3月8日閲覧。
  35. ^ 『キネマ旬報ベスト・テン全史1946-1996』キネマ旬報社、1984年初版、1997年4版、p.228
  36. ^ a b 過去配給収入上位作品(配給収入10億円以上番組)”. 一般社団法人日本映画製作者連盟. 2014年3月8日閲覧。
  37. ^ a b 過去配給収入上位作品(配給収入10億円以上番組)”. 一般社団法人日本映画製作者連盟. 2014年3月8日閲覧。
  38. ^ 過去配給収入上位作品(配給収入10億円以上番組)”. 一般社団法人日本映画製作者連盟. 2014年3月8日閲覧。
  39. ^ 過去配給収入上位作品(配給収入10億円以上番組)”. 一般社団法人日本映画製作者連盟. 2014年3月8日閲覧。
  40. ^ 公開30周年記念 あの珠玉の名作がブルーレイで鮮やかに甦る!劇場版「銀河鉄道999」3作品リリース決定!”. 東映. 2014年3月8日閲覧。
  41. ^ 過去配給収入上位作品(配給収入10億円以上番組)”. 一般社団法人日本映画製作者連盟. 2014年3月8日閲覧。
  42. ^ 過去配給収入上位作品(配給収入10億円以上番組)”. 一般社団法人日本映画製作者連盟. 2014年3月8日閲覧。

関連項目[編集]