豊島 (香川県)
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| 豊島 | |
|---|---|
高松→土庄の船中から遠望 手前左は男木島 |
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| 座標 | |
| 面積 | 14.4 km² |
| 海岸線長 | 19.8 km |
| 最高標高 | 339.82 m |
| 最高峰 | 壇山 |
| 最大都市 | 家浦 |
| 所在海域 | 瀬戸内海 |
| 所属諸島 | 直島諸島 |
| 所属国・地域 | |
豊島(てしま)は 瀬戸内海の東部、小豆島の西方3.7kmに浮かぶ島。直島諸島に属す。行政区分は香川県小豆郡土庄町になる。
目次 |
[編集] 地理と自然
- 山:壇山
- 標高339メートル。島のほぼ中央に位置し、頂上からは瀬戸内の島々を一望できる。天気の良い日であれば、瀬戸大橋や淡路島も見ることができる。
- 山頂付近には樹齢200年前後と見られるスダジイの群生林が見られ、麓にはクヌギ林が広がっている。ごく最近まで人の手が入っていたようで、里山の様相を呈する。
- 湧き水:唐櫃の清水
- 唐櫃岡(からとおか)地区にわき出る湧水。喉の渇きを覚えた弘法大師が杖で地面を掘ったところ、清水がわき出たとの伝承がある。古くから地区住民の生活・交流の場として用いられてきた。
- 壇山の麓に広がるクヌギ林が豊かな水を涵養していると見られ、河川、ため池、水路などの水面面積は他の離島の3倍にもなる。
- 遺跡
- 礼田崎貝塚 - 島の南に位置する、西日本では最も古い部類の貝塚。およそ9000年前のものであることが確認された。
- 水ヶ浦遺跡・横引ヶ浜遺跡 - 島の西端に位置する、縄文末期から弥生時代にかけての遺跡。住居跡らしき形跡や出土品があったが、後述する産廃の不法投棄事件の折、事業者によって破壊された。
[編集] 産業
「豊島石」という石材を産出する。豊島村史によれば平安末期からおよそ1000年にわたって石の採掘が行われていたという。水資源に恵まれ、自給して余るほどの農産物が生産されていた。また早くから酪農も行われていた。瀬戸内の潤沢な漁場に恵まれて漁業も盛んで、文字通りの「豊かな島」であったが、過疎化と高齢化の煽りを受け、いずれの産業も不振に見舞われている。
[編集] 教育と福祉
- 土庄町立豊島小学校
- 土庄町立豊島中学校
- 乳児院「神愛館」- キリスト教社会運動家賀川豊彦によって、戦前のサナトリウム跡を利用して設立された乳児院
- 農民福音学校 - 賀川豊彦によって設立された農民学校で、セツルメント論に基づく教育が行われ、今日の大学レベルの農学が教えられた
- 特別養護老人ホーム「ナオミ荘」
- 知的障害者更生施設「みくに園」
[編集] 交通
[編集] 観光・名所・名産
- 宮の浜海水浴場
- 宮の浜、神子ヶ浜バンガロー
- 豊島石
- 壇山の麓に産する塩基性角礫凝灰岩。耐火性に優れ、多くは生活用品に加工された。また苔が付きやすい特性のために、灯籠などの石材にも重用された。
- 豊島美術館
[編集] 豊島事件(産業廃棄物問題)
産廃業者が、1975年から16年間、産業廃棄物を違法・大量に投棄・野焼きし、1990年に兵庫県警が摘発する。公害等調整委員会が実態調査を行い、投棄された廃棄物は約56万トンと判明する。同委員会における調停手続において、事業者側が住民に解決金を支払うこと、香川県が住民に謝罪し廃棄物を撤去・処理すること等を定めた調停が成立する。この調停に基づき、香川県直島で廃棄物処理する。 不法投棄現場は一般市民の立入りを禁止し、重機による産廃の掘り出しと、直島に産廃を移送するための梱包作業が行われている。予約をすれば、産廃現場と産廃問題に関する資料館を見学できる。
[編集] 年表
- 1975年12月 産業廃棄物業者の豊島総合観光開発が産業廃棄物処理業の許可を香川県に申請する。
- 1978年2月 香川県は、豊島総合観光開発に対して産業廃棄物収集運搬業(汚泥、木くず及び家畜のふん)、処分業(みみずによる土壌改良剤化処分)を許可する。
- 1990年11月 兵庫県警が豊島総合観光開発を廃棄物の処理及び清掃に関する法律違反容疑で事業場を強制捜査する。
- 1990年12月 香川県は、豊島総合観光開発に対して産業廃棄物処理業の許可を取り消し及び産業廃棄物撤去等の措置命令を行う。
- 1991年1月 兵庫県警が経営者等を逮捕する。
- 1991年7月 神戸地裁姫路支部が豊島総合観光開発と経営者等に有罪判決を下す。罰金50万円、懲役10月(執行猶予5年)。
- 1993年11月 豊島住民が県知事に公害紛争処理法に基づく公害調停を申請する。
- 1993年12月 公害調停の書類が国の公害等調整委員会に移送される。
- 1996年2月 豊島住民が高松地裁に豊島総合観光開発に対して損害賠償を提訴する。
- 1996年8月 菅直人厚生大臣(当時)が現場を視察。問題解決の端緒となった。
- 1996年12月 高松地裁が豊島総合観光開発に対して慰謝料の支払いと、廃棄物の撤去を命じる判決が出される。(豊島住民勝訴)
- 1997年3月 豊島総合観光開発及び経営者に対し、破産宣告
- 2000年6月 公害調停成立。
[編集] 関連項目
- 特定産業廃棄物に起因する支障の除去等に関する特別措置法(産廃特措法)“法の適用事例、行政責任(行政対応の検証)”
[編集] 外部リンク
- 豊島 - ウィキトラベル
- 豊島WEB(豊島観光協会情報サイト)
- 小豆島フェリー
- 豊島フェリー
- 廃棄物対策豊島住民会議
- 香川県HP - 豊島問題