野焼き

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野焼き(のやき)は、野外・野山で植生を焼き払う事である。

これは、自然の変移を断ち切って人工的に変移させるものである。主に、観光イベントや人工の植生を維持するために行われるものであり、また農地として供するためになされることもあるが、植物動物への悪影響や公害火事などの為に、野焼き防止条例などで禁止されている地域もある。

近代的な野焼きは、半永久的に農地に供するためになされる焼畑農業などがあり、これらは再生不可能であり、自然保護二酸化炭素排出から問題視されたり砂漠化の原因[1]、そして黄砂の一因ともなっている。

日本の野焼き[編集]

北海道の野焼き

日本では、先のまだ草本の新芽が出ない時期に、野山の枯れ草を焼く事が多い。山焼きとも言う。

日本の自然の状態では酷寒地を除き、草原森林へと遷移する。野焼きを行うことで、この遷移が止まり焼野原となって、遷移の初期状態に戻る。

一方、有機物の蓄積を減らし、無機塩類とすることで新たに出る若草のための肥料昆虫(農業などを営んでいる人から見た害虫をも含む)を焼き殺す為ともされる。この行為は焼畑農法の一種ではあるが、それらは、野山を草地として利用し続ける為に野焼きを継続して行こなう事で草地の為の環境保全を行っているといえる。 但し後述の法律上の規則もあり、それらを行う場合に花火を打ち上げたりし町おこしをも兼ねて周知を図る事で継続させている場合もある。

法律上の規制[編集]

森林法により、森林等の野焼き(法律用語では「火入れ」)を行う場合はその所在地の市町村長の許可を得なければならない。 また、平成13年施行の廃棄物の処理及び清掃に関する法律およびそれに基づく「廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行令」により、風俗慣習上又は宗教上の行事を行うために必要な廃棄物の焼却や、農業、林業又は漁業を営むためにやむを得ないものとして行われる廃棄物の焼却など以外は禁止されている。同法により違反した者は五年以下の懲役若しくは一千万円以下の罰金又はその両方を科せられる。

事故[編集]

  • 1977年3月25日、福岡県北九州市小倉南区平尾台での野焼きで、強風による飛び火で山林火災が発生し、207ヘクタールの山林・原野を焼損、消火作業中の消防士5人が死亡した。
  • 2002年3月20日、山梨県西桂町中央自動車道富士吉田線で、走行中の乗用車が道路脇斜面の火災による猛烈な煙により視界を失い路上で停止し、それに後続のクルマが次々と追突した。14台が関係する多重衝突事故(玉突き事故)となり、3人が死亡し2人が重体、9人が重軽傷を負っている。事故の主因となった煙は現場近くに住む男性が行っていた野焼きが延焼したことによるためとされた。なお野焼きを実施していた男性は、それによる火災の発生のみに関し責任を問われ、多重衝突事故そのものについては「視界不良が発生した際の事故の回避責任そのものはドライバーに帰する」とされている。
  • 2009年3月17日、大分県由布市湯布院町の原野で行われた野焼きで、参加者4人が焼死し2人が重軽傷を負う事故が発生した。当日は乾燥注意報が発令されており、市条例で火入れが禁止される状況であったが、市も消防署も慣例により条例違反を黙認していた。目撃証言によれば、現場では火災旋風とみられる現象が発生していたという。
  • 2010年3月20日、静岡県御殿場市小山町裾野市にある陸上自衛隊東富士演習場で、毎年恒例の野焼きに参加していた御殿場市在住の民間人男性3人が炎に巻き込まれ死亡した。当日は、記録的な強風が吹いていた。
  • 2015年4月18日、長野県南牧村平沢の畑で、所有者の男性が実施していた野焼きが下草に延焼した。炎は約1時間後に鎮火したが、約3,700平方メートルを焼き、焼け跡から男児の遺体が見つかった。警察は、一緒に畑に来ていた男性の長男(2歳)とみて確認を進めている。

日本各地の野焼き[編集]

平城宮朱雀門と若草山の山焼き(2009年1月24日)

日本国外の野焼き[編集]

熱帯諸国では、熱帯林を野焼きすることによる焼畑農業が広くおこなわれている。

先住民により小規模に長年おこなわれてきた野焼きは、短期間の利用の後に放棄され、森林として再生されるが、近代ではそのような事が無く永続的な物となっている。

インドネシアなどの東南アジアでは野焼きによる煙害が深刻化している。

脚注[編集]

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  1. ^ 内モンゴル高原における砂漠化の一要因

関連項目[編集]