淡路島
| 淡路島 | |
|---|---|
|
ランドサット7号 (Landsat 7) 撮影 |
|
| 座標 | 北緯34度09分 - 34度36分 東経134度39分 - 135度01分 |
| 面積 | 592.26[1] km² |
| 海岸線長 | 203 km |
| 最高標高 | 608[2] m |
| 最高峰 | 諭鶴羽山 |
| 所在海域 | 瀬戸内海 |
| 所属国・地域 | |
| 地方 | 近畿地方 |
| 都道府県 | 兵庫県 |
| 市町村 | 淡路市・洲本市・南あわじ市 |
| 総人口 | 143,025人(2010年10月1日)[3] |
淡路島(あわじしま)は瀬戸内海東部に位置し、瀬戸内海では最大の島である。令制国名は淡路国。近畿地方、兵庫県に属し、現在は北から淡路市・洲本市・南あわじ市の3市で区分される。
目次 |
概要[編集]
北東から南西へかけて細長く伸びる淡路島は南北約53km、東西約22km、周囲約203kmで、北部では幅5kmから8kmと細く南部で幅が拡がっている[4]。シンガポール島とほぼ同じ面積を有し、本州4島と沖縄本島を除くと対馬に次いで第7位の面積を持つ[5]。 大阪湾、播磨灘、紀伊水道に四周を囲まれ、北端の松帆崎で明石海峡に、南東端の生石鼻で紀淡海峡に、南西端の門崎(とさき)で鳴門海峡にのぞみ、本州四国連絡道路の神戸・鳴門ルートで本州・四国と繋がっている。
北部と南部の淡路山地と中南部の淡路平野に分けられ、北東部と南部の山地急斜面は海岸まで迫る。また周囲の主な属島には紀淡海峡の成ヶ島、紀伊水道の沼島がある。
気候[編集]
全島が瀬戸内海式気候(年間平均気温約16℃、年間降水量約1300mm)の区分に属するが、諭鶴羽山地以南では南海型太平洋側気候の特徴も少し混じる。このため多くの農業用ため池があり、兵庫県内にある43,000のため池の半数を超える23,000が島内にある[6] [7]。 近代以降もダム建設が行われてきたが、1999年(平成11年)12月に明石海峡大橋に架設された口径450mmの2条の水道管による本土導水が開始された[8]。
地理[編集]
地形と植生[編集]
以下の分類は『土地分類図(地形分類図)経済企画庁総合開発局 昭和49年(1974年)発行』による[9]。
- 淡路山地
- 淡路島北部と南部に分かれる地塁山地。砂岩・礫岩・頁岩で形成される。諭鶴羽山・柏原山・先山の3峰は「淡路三山」と呼ばれる。
- 森林面積は島の総面積の51.7%を占め、北淡山地と諭鶴羽山地にスギ・ヒノキの人工林があるがその比率は8.6%にすぎず、ウバメガシ・シイ・ヤマモモなどの照葉樹林が広がる[7]。また諭鶴羽山には県内一のアカガシの極相林が見られる。
海峡[編集]
- 明石海峡
- 北端の松帆崎と、本州の兵庫県明石市の間にある海峡。峡間は3.6km。潮流が早く、古くから海の難所である。全長3,911mの世界最長の吊り橋「明石海峡大橋」が架けられているほか、高速船「淡路ジェノバライン」が運航されている。
- 紀淡海峡(友ヶ島水道)
- 南東端の生石鼻と、本州の和歌山県和歌山市の間にある海峡。峡間は約11km。海峡内に4つの島があり、最も広い淡路島 - 友ヶ島間でも4.7kmである。航路などはない。費用対効果の面から今後も往来実現の可能性は低い。
- 鳴門海峡
- 南西端の門崎と、四国の徳島県大毛島北東部の孫崎の間にある海峡。峡間は約1.4km。激しい潮流のため海の難所である。全長1,629mの吊り橋「大鳴門橋」が架けられている。架橋にともない航路は廃止された。名勝に指定されている鳴門[10]では、瀬戸内海と外海(太平洋側)の潮位差により起こる「鳴門の渦潮」が著名。淡路島からは観潮船「うずしおクルーズ咸臨丸・日本丸」が毎日運航されていて、間近で渦潮を体感することができる。なお、大鳴門橋には渦潮見物のための遊歩道「渦の道」が併設されているが、入口が四国側のみであるため淡路島側からは利用できない。
歴史[編集]
記紀の日本列島の国産みの神話では、淡路島は伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊弉冉尊(いざなみのみこと)が日本列島中、最初に創造した島であるという。『古事記』では淡道之穂之狭別島(あわじのほのさわけのしま)と書かれ、『日本書紀』では、淡路洲と書かれる。
「阿波への道」が語源と言われることが多いが『古事記』・『日本書紀』で最初にできた国が淡路島とあり矛盾する。淡という漢字は淡海(近江)、淡河、淡谷など自然を表す字と組み合わされることが多い。「路」や「道」は現代で言うところの「地」であったと考えられ、最初に国として完成することができた尊い土地という意味で「淡路(淡道)」と名づけられたものと思われる。
古代から平安時代まで御食国(みけつくに)として皇室・朝廷に贄(にえ)を貢いだとされる。『延喜式』によると、淡路国は旬料・節料として「雑魚」を贄として納めることが記載されている。
江戸時代には徳島藩の知行地となった。天明2年(1782年)には島内最大の百姓一揆(強訴)である「縄騒動」が起こっている。広田宮村の才蔵らが先導。騒動は暴力事件に至らず役人の罷免で収束したが、首謀者は強訴の責任を取らされて処刑された[11]。
明治維新期の廃藩置県によって徳島藩は名東県に改組されたが、庚午事変(稲田騒動)が遠因となって1876年(明治9年)8月21日に名東県が分割されると、淡路島は兵庫県に編入された。以来、近畿地方の一角として発展している。
行政[編集]
1965年(昭和40年)以降、洲本市・津名郡・三原郡の1市10町体制が続いていたが、市町村合併によって、2005年(平成17年)1月11日には三原郡4町(緑町・三原町・西淡町・南淡町)が南あわじ市に、同4月1日には津名郡五色町を除く津名郡5町(淡路町・北淡町・東浦町・一宮町・津名町)が淡路市となった。残る五色町は2006年(平成18年)2月11日に洲本市と合併し、新たに洲本市となった。これらの合併により現在の淡路島は、北から淡路市・洲本市・南あわじ市の3市体制となっている。淡路島全体で一つの市となる構想や動きもあったが、実現しなかった[12][13][14][15]。
地域[編集]
淡路島の南北に神戸淡路鳴門自動車道が縦断する。島北東部の大阪湾に面する海岸線に沿って国道28号が走り、津名港がある。このうち、南東部の洲本市周辺の洲本平野から南西部の南あわじ市(旧南淡町)へ通じる部分を四国街道と呼ぶ。
島北西部の播磨灘に面する海岸線に沿って、南あわじ市で三原平野西部を縦断する兵庫県道31号福良江井岩屋線が走っている。かつて島内には1922年(大正11年)から1966年(昭和41年)にかけて洲本と福良をむすぶ淡路交通鉄道線が存在したが、以降は路線バスに置き換えられており、鉄道路線はなくなった。
市外局番は島内全域0799であるが、淡路市(津名MA)と洲本市・南あわじ市(洲本MA)との相互通話には市外局番が必要である。MA(単位料金区域)の統合は現在実施されていない(2009年現在、全島でMA統合が実施されたのは2005年6月の佐渡島のみである)。
自動車のナンバープレートは「神戸ナンバー」(神戸運輸監理部兵庫陸運部魚崎庁舎)である。
ケーブルテレビは島内全域に提供しており、淡路市はeo光テレビ、洲本市は淡路島テレビジョン、南あわじ市はケーブルネットワーク淡路となっている。
文化[編集]
島内には伝統芸能や農業から生まれた民間信仰、独特の習俗などが多く残っている。ここではその内の一部をリストアップする[16]。
伝統芸能[編集]
- 淡路人形浄瑠璃 - 室町時代末期に南あわじ市市三條で始まったとされる。三条八幡神社に発祥の地の碑がある。現在残っている人形座は淡路人形浄瑠璃資料館の市村六之丞座と人形浄瑠璃館(大鳴門橋記念館)の淡路人形座の二つ。また島内の小中高校の各郷土芸能部や淡路人形浄瑠璃青年研究会などが後継団体となって保存している。1976年(昭和51年)国の重要無形民俗文化財に指定。
- だんじり - 淡路のだんじりは赤い布団を5枚重ねた「布団だんじり」が特徴である。他にも「つかいだんじり」や洲本市五色町の鳥飼八幡神社に「舟だんじり」がある。
- 五尺踊り - 縄騒動で処刑された才蔵らの命日、3月23日に南あわじ市の広田八幡宮・大宮寺の「天明志士の碑」の前で奉納される。
- 阿万の風流大踊小踊 - 南あわじ市阿万上町の亀岡八幡神社に伝わる。大踊は室町時代末期から、小踊は江戸時代中頃から。
民俗信仰[編集]
- 粥占祭 - 洲本市の厳島神社、淡路市一宮多賀の伊弉諾神宮。
- 御田植神事 - 洲本市の栢野森住吉神社、淡路市一宮多賀の伊弉諾神宮。
- 庚申講 - 島内全域。
- 社日ッツァン - 民間信仰。淡路市(旧北淡町)。
- ヤマドッサン - 田の神・山の神・年神である尉と姥をヤマドッサンと呼び、正月9日にお迎えして豊作を祈る。淡路市舟木地区。
- 団子ころがし - 死者の五七日忌(35日)に団子を山上から谷に向かって投げる供養行事。先山や妙見山、地蔵山、開鏡山、愛宕山など。
- 芝右衛門狸 - 芝右衛門狸、柴右衛門狸(しばえもんたぬき、しばえもんだぬき)、日本三名狸に数えられている。
経済[編集]
総生産額は4,426億円。就業割合は1次産業が6.0%、2次産業が27.4%、3次産業が66.6%で、1次産業の割合が県平均 (0.6%) を大きく上回っている(2003年)[7]。
製造業[編集]
- パナソニックエナジー社洲本工場 (旧三洋電機モバイルエナジーカンパニー本社)
- 三洋エナジー南淡、三洋エナジー東浦
- 東洋合成工業淡路工場
- ワールド(ワールドインダストリ)
- 山本光学
- ダントーホールディングス
- パイオニア (パチスロ)
- 淡路マテリア
- イズミフードマシナリ
- 大昭和精機
- ミツ精機、ミツテック
- 沖物産
- ムネ製薬
- 三和製作所
- 森長組
淡路島の中心地である洲本市は、かつて鐘淵紡績洲本工場(カネボウ)の企業城下町であった。鐘淵紡績(カネボウ)は1900年(明治33年)に淡路紡績を買収し、関西の拠点として洲本工場を開設した。1950年(昭和25年)には従業員数4200人を超えるまでに成長したが、その後の経済構造の変化により洲本工場は縮小の道を辿り1985年(昭和60年)に綿紡事業に終止符をうち、新たに発足したカネボウ電子へ移管され、そして1986年(昭和61年)に紡績操業を停止するに至った。カネボウの歴史の中で洲本工場は、綿紡織事業を手掛けてきた工場として最長(87年)の歴史をもつ。
現在跡地は洲本市新都心ゾーンとしてイオン洲本ショッピングセンター、エディオン(ミドリ電化洲本店)、兵庫県立淡路医療センター(兵庫県立淡路病院を移転)、洲本市文化体育館、洲本健康福祉館、みなと銀行洲本支店等が立地し、洲本市民広場として整備されたエリアに点在する洲本市立図書館や洲本アルチザンスクエア、淡路ごちそう館「御食国」等は、鐘淵紡績洲本工場の近代建築を再生した施設として注目されている。
地場産業[編集]
農業[編集]
農家戸数は8,775戸。生産額は369億円。昭和40年代から三毛作が行われており、水稲 - レタス - レタスの作付けの割合が42.6%で最も多く、次いで水稲 - レタス - タマネギが25.7%となっている(2005年)[7]。
作付面積
- 水稲 - 4,380ha(キヌヒカリが74%を占める)
- タマネギ - 1,946ha(全国シェア9.3%、淡路島たまねぎ[18])
- レタス - 1,220ha
- 果樹 - 367ha(みかん・ビワなど)
農畜産品の県内出荷額比率の大きいもの(2004年度)
水産業[編集]
5t未満の小型船と養殖漁業が中心で、生産額は153億円、漁獲量は18,378t(2004年)
- 主な漁港
- 名産
観光業[編集]
年間の観光客数は1,062万人(2004年)。淡路花博のあった2000年(平成12年)から減少傾向にある[7]が、豊かな自然や食の宝庫であるなど、観光資源は豊富である。(古くから淡路国は食の宝庫として知られ、御食国として皇室・朝廷に御食料を貢いだとされる)
- 観光名所
主な金融機関[編集]
- 淡路信用金庫
- 淡陽信用組合
- 三井住友銀行(洲本支店)
- みなと銀行(岩屋支店、津名支店、洲本支店、湊支店)
- 関西アーバン銀行(淡路島支店)
- 徳島銀行(洲本支店、南あわじ支店)
- ゆうちょ銀行
- 近畿労働金庫(洲本支店)
- 淡路日の出農業協同組合
- あわじ島農業協同組合
教育[編集]
大学院[編集]
- 兵庫県立大学大学院 緑環境景観マネジメント研究科(兵庫県立淡路景観園芸学校)
- 関西看護医療大学大学院 看護学研究科
大学[編集]
専修学校[編集]
- 関西総合リハビリテーション専門学校
- 兵庫県立淡路看護専門学校
高等学校[編集]
外部との交通[編集]
2010年(平成22年)11月現在、自転車を除く軽車両・原付・小型自動二輪・ミニカーが自走で淡路島へ出入りする手段は存在しない。徒歩で橋を渡って出入りすることはできないため、歩行者はバスまたはタクシーを利用する必要がある。
道路[編集]
本州と四国を結ぶ神戸淡路鳴門自動車道が淡路島を縦断しており、北は明石海峡大橋で本州に、南は大鳴門橋で四国に連絡している。本州(特に京阪神)と四国を結ぶ高速バスも多数設定されている。淡路島北端部にある淡路SAおよび隣接する淡路ハイウェイオアシスは観覧車や展望台が併設された大規模な休憩施設であり、淡路島の新たな観光スポットとなっている。明石海峡大橋と大鳴門橋はいずれも自動車専用道路であるため、徒歩・軽車両・原付・小型自動二輪・ミニカーいずれも通行できない。
タクシーを利用する場合は降車時タクシーメーターに表示された料金の他に神戸淡路鳴門自動車道の通行料を往復分支払う必要がある。
航路[編集]
2010年11月15日を最後に明石淡路フェリー(たこフェリー)が休止したことにより、淡路島と外部を結ぶ航路は明石港 - 岩屋港間の高速船「淡路ジェノバライン」のみとなった。淡路ジェノバラインに載せることができる車両は自転車のみであるため、自転車を除く軽車両・原付・小型自動二輪車・ミニカーが自走で淡路島へ出入りする手段はない。
鉄道[編集]
かつて明石海峡大橋と大鳴門橋を経由して淡路島に四国新幹線を走らせる計画があったが、費用に比べて経済効果が低いため頓挫している。大鳴門橋は鉄道道路併用橋として建設されているが、明石海峡大橋は道路専用橋であり、今後とも淡路島に鉄道が通る可能性はほとんど無い。また岩屋~志築~洲本や志築~江井を結ぶ淡路快速交通などの計画が存在したが実現したのは淡路鉄道のみである。
路線は淡路島を東西に横断する形で敷設された。日本の北海道・本州・九州・四国の主要な四島をのぞいた島における鉄道路線は、(中州など四島から直通するものをのぞいて)第二次世界大戦後はこの淡路島のみであった[19]。 (洲本駅の駅舎がバスターミナルとして利用されるなど、今尚当時の面影が残る)
淡路島出身の有名人[編集]
- 赤阪音七 - 洲本町上物部(現在の洲本市上物部)出身。実業家、発明家。赤阪鐵工所の創業者。注水式焼玉エンジンの開発・製造に成功。
- 赤松瞭 - 淡路島出身の元プロ野球選手。大阪タイガース、大映スターズ所属。
- 秋葉魔王 - 淡路島出身の漫画家。池上遼一の下でアシスタント経験を積み、成人向け漫画を中心に活動中。「ヤングアニマル」などで熊切教介名義で読み切り漫画を連載している。
- 阿久悠 - 鮎原村(現在の洲本市五色町鮎原)出身の作詞家。数多くの歌手の歌詞を手がけた。映画『瀬戸内少年野球団』の原作本も執筆。
- 阿曇浜子 - 淡路島野島(現在の淡路市野島)の海人族。阿曇氏の一族。住吉仲皇子の乱で、野島の海人を率い、反乱軍の主力として加わるも失敗。瑞歯別尊勢に敗れ、即日黥(阿曇目)に処されたとされる。
- 雨堤みなみ - 西淡町(現在の南あわじ市)出身。女子バレーボール選手。仙台ベルフィーユ所属。
- 井植歳男 - 浦村(現在の淡路市浦)出身。三洋電機創始者。
- 一宮政吉 - 淡路島出身の牧師。救世軍、ホーリネス教会に加わり、東京聖書学院の五教授の一人として活躍。
- 井出よしの - 洲本市出身。113歳と27日間まで生き、死亡当時は世界第9位の長寿。日本国内では第4位。
- 伊藤祐樹 - 淡路市出身。社会人野球の元選手。
- 伊奈龍哉 - 洲本市由良町出身。元プロ野球選手。
- 岩木躑躅 - 生穂村(現在の淡路市生穂)出身。俳人。
- 岩野泡鳴 - 洲本市出身。小説家、詩人。自然主義文学五大作家の一人。
- 植村文楽軒 - 仮屋村(旧東浦町)出身。江戸中期の文楽、文楽座の開祖・創業者。
- 榎本保郎 - 淡路島出身の牧師。アシュラム運動の普及に貢献。三浦綾子の『ちいろば先生物語』で広く知られるようになる。
- 大内兵衛 - 西淡町(現在の南あわじ市)出身。大正・昭和期のマルクス経済学者。
- 大歳寛 - 洲本市出身。実業家。TDK元社長、元会長。
- 大西実 - 三原町(現在の南あわじ市)出身。実業家。富士写真フィルム元社長、元会長。
- 岡本帰一 - 淡路島出身の童画画家。
- 興津和幸 - 淡路島出身のアニメ声優。
- 興津大三 - 南あわじ市出身。元プロサッカー選手。
- 海原千里・万里 - 南淡町(現在の南あわじ市)出身。漫才師。1971年(昭和46年)にデビュー。
- 奥内豊吉 - 淡路島出身の実業家。オクウチグループの創業者。当時世界最大高さ100mの世界平和大観音像を仮屋に建立したことで知られる。
- 樫本義照 - 洲本市出身。作家。代表著書に『鄭先生を偲んで』がある。
- 賀集喜一郎 - 大正時代、神戸の元町に賀集書店を開業する。海事大辞書を出版する。
- 賀集正三 - 三原郡(現在の南あわじ市)出身。将棋棋士。
- 賀集珉平 - 淡路島出身の陶工。江戸時代後期、南あわじ市北阿万伊賀野にて淡路島焼を始める。珉平焼ともよばれる。
- 片山博視 - 三原町(現在の南あわじ市)出身。プロ野球選手。東北楽天ゴールデンイーグルス所属。
- 加地亮 - 西淡町湊(現在の南あわじ市湊)出身。ガンバ大阪所属のプロサッカー選手(ディフェンダー)。元日本代表。
- 門口秀世 - 洲本市出身。元近鉄バファローズ所属のプロ野球選手。
- 鎌田実 - 広田村(現在の南あわじ市広田)出身。元阪神タイガース所属のプロ野球選手。
- かみじょうたけし - 淡路市出身。お笑い芸人。
- 上沼恵美子 - 南淡町(現在の南あわじ市)出身。かつては、海原千里・万里として姉妹漫才として活躍。現在は、番組司会など幅広く活躍中。(『バラエティー生活笑百科』内で、ホラ話として淡路島の領有権を主張している)
- 川畑泰博 - 洲本市出身。元中日ドラゴンズ。オリックス・ブルーウェーブ所属のプロ野球選手。
- 菅達長 - 戦国時代の武将。淡路十人衆の一人。淡路国猪熊城(現在の淡路市釜口)城主。岩屋城の戦いで秀吉軍に敗れた後も抵抗し続けた。降伏後は、漆川梁海戦などで淡路水軍を率いて活躍。
- 菊川晋久 - 南あわじ市出身。彫刻家。
- 北原雅紀 - 洲本市出身。漫画原作者。代表作に『あいどるDays』、『ジキルとハイドと裁判員』などがある。
- 北山修 - 淡路島出身の精神科医、精神分析家、臨床心理学者、作詞家、ミュージシャン。九州大学名誉教授。
- 吉山明兆 - 淡路国物部村(現在の洲本市物部)出身。室町前期・中期の画僧。室町水墨画の開祖。
- 木場昌雄 - 南あわじ市出身。元プロサッカー選手。
- キムラ緑子 - 洲本市出身。女優。劇団MOP。
- 清川あさみ - 淡路島出身のアーティスト。元カリスマ読者モデル。
- 雲井浪子 - 洲本市出身。元宝塚少女歌劇団主演娘役トップスター。宝塚歌劇団卒業生。娘に坪内ミキ子。
- 黒田徳米 - 福良村(現在の南あわじ市福良)出身。貝類学者。
- 黒田泊庵 - 物部村(現在の洲本市物部)出身。江戸時代の絵師。「漂泊の画家」と称された。
- 桑島省三 - 淡路島出身の海軍軍人。海軍中将。日露戦争に従軍。日本海海戦で駆逐艦不知火の艦長を務め、バルチック艦隊の撃破に貢献。
- 鴻原正一 - 淡路島出身。舞昆のこうはらの創業者。
- 児玉弘義 - 淡路市出身の元プロ野球選手。近鉄バファローズ所属。
- 古東領左衛門 - 津井村(現在の南あわじ市津井)出身。幕末の大地主。天誅組・勤皇志士。
- 小西顕 - 江戸時代後期の徳島藩士。淡路地誌『味地草』の著者。
- 斉藤巧 - 洲本市出身。元プロ野球選手。横浜大洋ホエールズ、ロッテオリオンズ、オリックス・ブルーウェーブ所属。
- 桜井輝秀 - 洲本市出身。元プロ野球選手。元南海ホークス。
- 笹野高史 - 一宮町(現在の淡路市)出身。俳優。
- 志田重男 - 北淡町(現在の淡路市)出身。社会運動家。日本共産党(解放戦線)を組織。
- 四宮米蔵 - 淡路島出身。江戸中期の囲碁棋士。賭碁師。
- 白川芝山 - 大野村(現在の洲本市大野)出身。江戸後期に活躍した書家、文人画家。
- 須賀不二男 - 淡路島出身の俳優。
- 鈴木重胤 - 仁井村(現在の淡路市仁井)出身。江戸末期の国学者。
- 須田匡昇 - 洲本市出身。総合格闘家。
- 大地真央 - 洲本市出身。宝塚歌劇団に入り、退団後も幅広く女優として活躍中。
- 高田屋嘉兵衛 - 都志本村(現在の洲本市五色町都志)出身の豪商。ロシアとの国交回復に努めた。
- 高見勝利 - 淡路島出身の法学者。上智大学教授、北海道大学名誉教授。
- 炬口勝弘 - 洲本市五色町出身。カメラマン(主に将棋)。
- 竹本春子太夫 - 淡路島出身の太夫。義太夫節三代目竹本春子太夫。
- 立川雲平 - 立川瀬村(現在の南あわじ市賀集)出身。明治期の政治家。衆議院議員、政友会。島崎藤村作『破戒』の市村弁護士のモデル。
- 田中正平 - 三原郡賀集村(現在の兵庫県南あわじ市賀集)出身。純正調オルガンを発明した日本の音響学・物理学者、鉄道技師。
- 田中万米 - 三原郡賀集村(現在の兵庫県南あわじ市賀集)出身。酪農家、実業家。淡路タマネギ栽培の開拓者。淡陶社(現ダントー)社長も務めた。
- 谷池洋平 - 南あわじ市出身。プロサッカー選手。
- 鶴澤友路 - 南淡町福良(現在の兵庫県南あわじ市)出身。義太夫節の三味線奏者。人間国宝。
- 天毛政吉 - 日机村(現在の淡路市富島)出身。幕末の漁師。漂流中にアメリカの捕鯨船に助けられ、帰国後、船での経験を活かし、一介の漁師でありながら徳島藩より士分の身分へ取り立てられた。その後、徳島藩の洋式軍艦通済丸の艦長となる。
- 土居光華 - 淡路島出身のジャーナリスト、作家、翻訳家、出版人、政治家。衆議院議員。
- 土井良太 - 洲本市(旧津名郡)出身。サッカー選手。
- 藤堂裕 - 洲本市由良町出身。漫画家。「ビッグコミック」にて『S -最後の警官-』を連載中。
- 中田正一 - 淡路島出身の農学博士。NGO風の学校の創設者。
- 中野主一 - 洲本市出身。天文計算家。太陽系天体軌道計算の世界的第一人者。
- 仲野安雄 - 江戸中期の庄屋。淡路地誌『淡路常磐草』の著者。
- 中原延平 - 淡路島出身の実業家。東燃元会長。新日本奨学会を設立。
- 長尾有 - 本庄村(現在の南あわじ市阿万本庄)出身。農民運動家。労農党中央執行委員、共産党入党後、三・一五事件で逮捕。
- 長田あつし - 北淡町(現在の淡路市)出身。演歌歌手。元殿さまキングスのリーダーとして活躍。現在、オヨネーズで活動中。
- 永田秀次郎 - 倭文村(現在の南あわじ市倭文)出身。政治家。関東大震災時の東京市長。廣田内閣の拓務大臣、阿部内閣の鉄道大臣も歴任。
- 西岡三四郎 - 淡路島出身の元プロ野球選手。南海ホークス、中日ドラゴンズ、ヤクルトスワローズ所属。
- 西川光二郎 - 佐野村(現在の淡路市佐野)出身の社会運動家。社会民主党創立者の一人。平民社、日本社会党の創立にも加わる。「東京社会新聞」を発行。
- のすふぇらとぅ - 淡路島出身のアニメーター。自主制作アニメーション映画『海からの使者』を制作。
- 畑崎広敏 - 淡路島出身の実業家。アパレル大手ワールドの創業者。
- 八陣信蔵 - 尾崎村(現在の淡路市尾崎)出身。幕末の力士。大坂相撲初代横綱。小野川親方。
- 服部嵐雪 - 三原郡小榎並村(現在の南あわじ市榎列)出身。江戸前期の俳諧師。
- 波戸康広 - 西淡町津井(現在の南あわじ市津井)出身。横浜F・マリノス所属のプロサッカー選手(ディフェンダー)。元日本代表。
- 原口知美 - (原口知己・Alchemy+)南あわじ市阿万出身。音楽クリエイター、アーティスト、文筆家。
- 原健三郎 - 浅野村(北淡町を経て、現在は淡路市浅野)出身。政治家。衆議院議員当選20回。労働大臣、衆議院議長などを歴任。
- 反正天皇 - 第18代の天皇。淡路宮で生まれたとされる。
- 樋口季一郎 - 阿万村(現在の南あわじ市阿万上町)出身。陸軍軍人。陸軍中将。ナチス・ドイツに迫害されたユダヤ人を助けた。日本のシンドラー。
- ビル坂恵 - 淡路市出身。放送作家。
- 福家雅明 - 一宮町(現在の淡路市)出身。元プロ野球選手。阪神タイガース、近鉄バファローズ所属。
- 平瀬與一郎 - 福良村(現在の南あわじ市福良)出身。貝類学者。
- 平瀬信太郎 - 福良村(現在の南あわじ市福良)出身。貝類学者。
- 藤井乙男 - 洲本町(現在の洲本市)出身。国文学者、俳人。
- 不動立山 - 西淡町松帆(現在の南あわじ市松帆)出身。大正・昭和の日本画家。
- 船越景直 - 戦国時代の武将、茶人。淡路十人衆の一人。淡路国庄田城(現在の南あわじ市倭文)城主。後に江戸幕府の旗本。
- 堀井雄二 - 洲本市出身。作家、ゲームクリエーター。ドラゴンクエストシリーズ、いただきストリートなどの生みの親。
- 増田達至 - 洲本市出身。プロ野球選手。埼玉西武ライオンズ(2012年ドラフト1位)
- 松浦宏治 - 南あわじ市出身。元プロサッカー選手。
- 松岡理恵 - 五色町(現在の洲本市五色町)出身。元女子マラソン選手。
- 松下むめの - 浦村(現在の淡路市浦)出身。松下幸之助の妻。小説『神様の女房』のモデル。
- 松本正義 - 洲本市出身。住友電気工業社長。
- 三木善八 - 洲本町(現在の洲本市)出身。報知新聞社主、報知新聞の生みの親。新聞界四大巨頭の一人。
- 三島徳七 - 五色町(現在の洲本市五色町)出身。冶金学者。東京大学教授。MK鋼の発明者。藍綬褒章、勲一等旭日大綬章受章。特許庁にて「日本の十大発明家」に選定される。
- 宮地真緒 - 洲本市出身。女優。
- 向所浩二 - 洲本市出身。競艇選手。
- 物部冬男 - 淡路国の浪人。物部郷(現在の洲本市物部)を本貫とした物部氏の一族。錦織広人を闘殺して斬刑にあたる罪に問われたが、死一等を減ぜられて遠流に処せられたとされる。
- 藪長水 - 福良村(現在の南あわじ市福良)出身。江戸後期、大坂で活躍した絵師。大塩平八郎のデスマスクを描いた。
- 山口崇 - 阿那賀村(現在の南あわじ市阿那賀)出身。俳優。TVクイズ番組『タイムショック』で昭和53年から昭和61年まで2代目司会者を務めた。
- 山口春吉 - 来馬村(現在の淡路市仮屋)出身。神戸にて港湾業界を取り仕切った実業家。その後、暴力団山口組を結成し初代組長になる。
- 山田啓二 - 洲本市出身。京都府知事、全国知事会会長。
- 矢野専治安盛 - 淡路島出身。江戸時代、安盛流火術の創始者。
- 山崎猛志 - 淡路市出身。プロ野球選手。石川ミリオンスターズ所属。
- やまねあやの - 淡路島出身のイラストレーター、BL漫画家。
- 山本広 - 五色町都志(現在の洲本市五色町都志)出身。ヤクザ。暴力団組織一和会会長、三代目山口組組長代行。
- 山本隆造 - 淡路島出身の元プロ野球選手、プロ野球審判員。
- 由井大三郎 - 淡路島出身の実業家。ニッカウヰスキー元社長。
- 吉田兵次 - 淡路島出身。文楽の人形遣い。
- 吉益俊次 - 淡路島出身の検察官。陸軍機密費横領問題、シーメンス事件など大正政治史に関わる大事件を扱った東京控訴院検事長。
- 寄神美好 - 仮屋村(現在の淡路市仮屋)出身。実業家、発明家。寄神建設の創業者。港湾工事事業の開拓者。藍綬褒章受章。
- 渡辺月石 - 由良町内田(現在の洲本市由良町内田)出身。江戸時代の文人。淡路地誌『堅盤草』の著者。
- 綿貫佐民 - 淡路島の南木家(楠木正成の末裔とされる)出身。政治家、実業家。長男は、衆議院議員、国民新党初代代表の綿貫民輔。
- 渡瀬恒彦 - 淡路市出身。俳優。渡哲也の実弟。
- 渡哲也 - 淡路市出身。石原プロ所属の俳優。
淡路島ゆかりの人物[編集]
- 足利義稙 - 室町幕府第10代将軍。和泉から淡路国志筑浦に逃れ、再挙に失敗した後、1523年に撫養に遷座するまで沼島に潜んでいた。
- 安宅冬康 - 戦国武将。三好氏から淡路国安宅水軍の安宅氏(淡路十人衆)の養子に入り、家督を継承、洲本城・由良城の城主となる。
- 梶原景時 - 平安末期、鎌倉初期の武将。梶原景時の変で追放された梶原氏の一派が沼島に辿り着き、沼島城城主、沼島水軍(梶原水軍)となったとされる。
- 加藤嘉明 - 戦国大名。淡路国野口水軍の野口氏(淡路十人衆)に代わって、志知城(現在の南あわじ市志知)城主となる。その後、初代松山藩主、会津藩主となる。
- 早良親王 - 奈良時代末期の皇族。親王供養の為、栗村山(現在の淡路市久野々)に栗村山常隆寺が建立される。
- 淳仁天皇 - 第47代天皇、淡路廃帝。賀集村(現在の南あわじ市賀集)に御陵が造営される。
- 平敦盛 - 平安時代末期の武将、平経盛の末子。福良の煙島(現在の南あわじ市福良)に敦盛塚が祀られる。
- 高山路爛 - 医師、作家。医療漫画『メスよ輝け!!』の原作者。南あわじ市在住。
- 棚橋小虎 - 労働運動家、政治家。洲本町会議員を務めた。
- 鄭承博 - 在日朝鮮人の作家。生涯洲本市に定住し、地元の文化活動に貢献する。
- 不破内親王 - 奈良時代・平安時代の皇族。聖武天皇の娘。氷上川継の乱に加担したとして、娘たちとともに淡路国に配流された。
- 法道仙人 - インドの渡来僧。南あわじ市灘油谷にある長谷寺を建立したとされる。
- 湊かなえ - 作家。第6回本屋大賞受賞作『告白』の原作者。淡路島在住。
- 脇坂安治 - 戦国大名。賤ヶ岳の七本槍の一人。仙石秀久に代わって、淡路国洲本城城主、初代洲本藩主となる。その後、初代大洲藩主となる。
脚注[編集]
- ^ 国土地理院 日本の主な島の面積 - 2009年10月1日現在。
- ^ 日本の主な山岳標高 - 国土地理院
- ^ 国勢調査による。淡路市46,465人、洲本市47,271人、南あわじ市49,289人(ただし沼島の人口564人を差し引いた。)
- ^ a b c d e “兵庫県南部地震に伴う淡路島北部地域の地形変化”. 国土地理院 (1995年). 2010年12月7日閲覧。
- ^ 国立天文台(編) 平成19年 理科年表 p.565 ISBN 4621077635 - ただし本土4島を除く。
- ^ “洲本川水系河川整備計画(案)”. 兵庫県 (2008年11月). 2010年12月9日閲覧。 (PDF, 3.42MiB)
- ^ a b c d e f “淡路地域農林水産ビジョン”. 兵庫県淡路県民局 (2006年3月). 2010年12月9日閲覧。 (PDF, 7.28MiB)
- ^ “事業について”. 淡路広域水道企業団 (2005年). 2010年12月17日閲覧。 (PDF, 454KiB)
- ^ “20万分の1土地分類基本調査及び土地保全基本調査 > 兵庫県 地形分類図”. 国土交通省 土地・水資源局 国土調査課. 2010年12月12日閲覧。
- ^ 国指定文化財等データベース:主情報詳細
- ^ “兵庫県南あわじ市市勢要覧”. 南あわじ市総務部情報課 (2006年8月). 2010年12月14日閲覧。 (PDF, 4.66MiB)
- ^ 拝啓 淡路島合併論にご関心の皆さんへ
- ^ 淡路島一市フォーラム~淡路は一つ 未来の淡路島のために~
- ^ 洲本市議会議員、広田恵三の「洲本市」を考えるブログ
- ^ 淡路市長 門康彦ブログ「淡路島一市について。」
- ^ “淡路の伝統芸能と文化”. 兵庫県淡路県民局・兵庫県立淡路文化会館 (2004年3月). 2010年12月14日閲覧。 (PDF, 4.28MiB)
- ^ “淡路島の特産品”. 淡路島観光協会. 2010年12月8日閲覧。
- ^ 地域団体商標登録済み
- ^ 第二次世界大戦終結まではこのほかに沖縄県(沖縄本島など。また南大東島のものは戦後も1983年(昭和58年)まで運行。→沖縄県の鉄道を参照)、そして外地と呼ばれた太平洋戦争前の日本領である台湾・樺太がある。