真剣師

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真剣師(しんけんし)とは、現金を賭けて将棋囲碁麻雀をする人のことである。公的組織の認定するタイトル戦・大会に出場して対局を行い、棋譜・牌譜が残るプロとは違い、一切表舞台に立つことはなく、裏の世界のプロというダーティな面がある。

目次

[編集] 将棋の真剣師

将棋の源流であるとされるチャトランガが、もともと賭けの道具であったのと同様、将棋もその成立当初(平安時代後期ごろとされる)から賭けの対象として行われていた。

賭け将棋を生業とする「真剣師」が初めて登場したのがいつ頃かは不明であるが、第二次世界大戦後には多くの真剣師が現れた。「くすぶり」とも呼ばれた彼ら真剣師の中には、当時のプロ棋士を実力で打ち負かすほど伝説的な人もいた。花村に至っては五段でプロ編入が認められ、九段まで昇っている。ここに掲載している人物は『修羅の棋士-実録裏将棋界』(宮崎国夫・著、幻冬舎アウトロー文庫)を元にしている。

賭け将棋が法律で禁じられ、取り締まりが厳しくなった社会背景もあり、昭和50年代には真剣師はほとんどいなくなったものと推測されている。「最後の真剣師」と言われた大田学が真剣師廃業を決意し、最後の記念に朝日アマ名人戦に出場、63歳で優勝したのがちょうどその頃である。

[編集] 囲碁の真剣師

囲碁で賭けが行われるのも古来から行われて、江戸時代には囲碁などを禁止する藩もあった。ただしその他の遊芸が広まるにつれて囲碁への規制は緩くなっていく。江戸時代の賭碁師の中では、享保文政期に三千両を稼いだと言われる「阿波の米蔵」こと四宮米蔵などが著名。明治初期に方円社に所属した水谷縫次も、それ以前には賭碁師として名を知られていた。大正に専門棋士として三段まで進んだ大阪の堀田忠弘はその後真剣師となって1982年に没するまで、プロ棋士もしばしば破る活躍で鬼と呼ばれた。

[編集] その他の真剣師

プロ雀士の荒正義が元・裏プロであった事で知られており「最後の裏プロ」というキャッチフレーズを持つ。 また、「雀聖」の異名を持つ阿佐田哲也は若かりし頃裏プロとして活躍しており、その体験を元に「坊や哲」という主人公が登場する小説『麻雀放浪記』を発表している。「現役20年不敗」という伝説がある桜井章一については漫画『Shoichi』のほか、多数の漫画やOVAなどで描かれている。

[編集] 真剣師を扱った書籍

[編集] 参考文献