反正天皇

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反正天皇
第18代天皇
先代 履中天皇
次代 允恭天皇

誕生 336年?
崩御 410年2月12日
陵所 百舌鳥耳原北陵
異称 多遅比瑞歯別尊
水歯別命
父親 仁徳天皇
母親 磐之媛命
夫人 津野媛
弟媛
子女 香火姫皇女
円皇女
財皇女
高部皇子
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天皇系図 15~26代

反正天皇(はんぜいてんのう、仁徳天皇24年(336年)? - 反正天皇5年1月23日410年2月12日))は、第18代天皇(在位:反正天皇元年1月2日406年2月3日) - 同5年1月23日(410年2月12日))。多遅比瑞歯別尊(たじひのみずはわけのみこと)・水歯別命(古事記)。『宋書』・『梁書』に記される「倭の五王」中の倭王珍)である可能性が高い。

目次

[編集] 系譜

仁徳天皇の第三皇子。母は葛城襲津彦の女・磐之媛命(いわのひめのみこと)。
履中天皇の同母弟、允恭天皇の同母兄に当たる。

  • 皇夫人:津野媛(つのひめ。大宅臣の祖木事の女)
    • 香火姫皇女(かいひめのひめみこ、甲斐郎女)
    • 円皇女(つぶらのひめみこ)
  • 妃:弟媛(おとひめ。津野媛の妹)
    • 財皇女(たからのひめみこ、古事記に財王で男性)
    • 高部皇子(たかべのみこ、古事記に多訶弁郎女で女性)

[編集] 皇居

都は丹比柴籬宮(たじひのしばかきのみや、大阪府松原市上田七丁目の柴籬神社が伝承地)。

[編集] 略歴

淡路宮(不詳、淡路島?)で生まれ、容姿美麗であった。生まれながらにしてきれいな歯並であったので、瑞歯別の名があるという。

仁徳天皇の崩後、叛乱を起こした同母兄の住吉仲皇子を誅殺した。履中天皇2年(401年)に立太子。同6年(405年)に履中天皇が崩御し、翌年(405年)1月に即位。兄弟継承はここに始まる。10月に河内丹比を都とする。天下太平であり、何事もなく在位5年。反正天皇5年(410年)1月に崩御。『古事記』『水鏡』に60歳。『古事記』に従えば、崩御した「丁丑年七月」は西暦437年に相当し、生年は逆算して、兄履中天皇より9歳年下の西暦378年に相当するが、定かではない。

[編集] 陵墓・霊廟

反正天皇陵

百舌鳥耳原北陵(もずのみみはらのきたのみささぎ)に葬られた。大阪府堺市北三国ヶ丘町二丁にある田出井山古墳前方後円墳・全長148m)に比定されている。 この墳墓は現在一重の堀を有しているが、完成当時二重堀であった事が発掘調査により判明している。

[編集] 在位年と西暦との対照表

[編集] 関連項目

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