植村文楽軒

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初世植村 文楽軒(うえむら ぶんらくけん、宝暦1年(1751年) - 文化7年7月9日1810年8月8日))は、人形浄瑠璃文楽座の始祖。文楽の創業者。本名は正井与兵衛。

淡路国津名郡仮屋浦(現:兵庫県淡路市仮屋)の出身。寛政頃に大坂高津橋南詰西の浜側に浄瑠璃稽古場を開場。1805年に資財をなげうって新地に立人形興行を始める。これが文楽座の源流になる。のち1809年堀江に転移。植村文楽翁を名乗る。墓所は大阪市天王寺区下寺町にある円成院。戒名は「釋樂徹」。

2世以降[編集]

初世没以降、5代(諸説や異論が多い)を数える。

  • 2世は初世の妻・テルの甥で本名を正井貞蔵。1784年生まれ、1819年没。のちに浄楽を名乗る。1811年堀江にあった小屋を博労町難波神社境内に転移させ興行を始める。これを通称「稲荷の芝居」と言った。
  • 3世(4世とも)は初世の孫で2世貞蔵子で本名を正井大蔵。1813年生まれ、のちに文楽翁を名乗る。1887年2月15日没。天保の改革で宮芝居の禁止で各地を転々とし興行をする。博労町の難波神社境内に戻り興行を復活させた。
  • 6世は先代の実子。1870年生まれ、1915年6月11日没。生前経営不振で文楽座を松竹に譲渡した。