西区 (大阪市)

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にしく
西区
日本の旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 大阪府
大阪市
団体コード 27106-3
面積 5.20km²
総人口 90,474
推計人口、2014年8月1日)
人口密度 17,400人/km²
隣接自治体
隣接行政区
大阪市北区此花区浪速区港区
中央区福島区大正区
区の花 サクラバラ
パンジーコスモス
西区役所
所在地 550-8501
大阪府大阪市西区新町四丁目5番14号
北緯34度40分34.5秒東経135度29分9.6秒座標: 北緯34度40分34.5秒 東経135度29分9.6秒
Osaka Nishi Ward Office.jpg
西区役所庁舎
外部リンク 大阪市西区役所HP

西区 (大阪市)位置図

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西区(にしく)は、大阪市を構成する24区のうちの1つ。市の都心中西部に位置する。

概要[編集]

現在、西区は大阪市内でも職住近接に適した有数の良質なマンション集合住宅が立ち並ぶ高層住宅地として再開発が進んでおり、特に区東部の新町から堀江(北堀江・南堀江)にかけてのエリアでは小学校の教室が不足するなど人口の急増ぶりが際立っている。こういった事から、老年人口の比率が大阪の区の中では最も低くなっている。日本各地の市にある「西区」を名乗る行政区の中では最古のもので、「西区」としての歴史は市制施行以前にさかのぼる。

地理[編集]

区域は東を西横堀川(埋立。阪神高速1号環状線北行き)、南を道頓堀川岩崎運河、西を境川運河(埋立)、北を土佐堀川安治川に囲まれた矩形をしている。おおむね中央を南流する木津川を境に、東西に大別される。

東部[編集]

下船場(西船場)や堀江といった江戸時代からの市街地で構成される西区東部は、かつては江戸堀川京町堀川海部堀川阿波堀川薩摩堀川立売堀川長堀川堀江川百間堀川といった堀川が巡らされ、船運が主体の町であったが、現在これらの堀川は全て埋め立てられている。長堀川(長堀通)を境に、北が西船場、南が堀江となる。         

下船場(西船場) - 土佐堀・江戸堀・京町堀・阿波座立売堀
オフィス街となっており、カフェ・レストラン・服飾店・インテリアショップ・雑貨店などファッショナブルな店舗の新しい集積地となっている。
靱公園周辺
緑の少ない都心のオアシスとして名高い靭公園オリックス劇場(旧・大阪厚生年金会館)など、オフィス街でありながら憩いの場やアートなど様々な面を持ち合わせているエリア。
江之子島(えのこじま)
西は木津川、東は新なにわ筋、南は中央大通に囲まれた地域で西船場の西端に位置する。江戸堀川から分流し、木津川に合流する百間堀川に向けて東側から立売堀川が流れ込んでいたが、1964年埋め立てられた。1874年から1926年まで大阪府庁が、1889年の大阪市制施行から1912年まで大阪市役所が存在した。
西長堀
長堀通の西端で区役所や大阪市立中央図書館がある。町名は新町4丁目・北堀江4丁目にあたる。
堀江 - 北堀江・南堀江
立花通り沿いの商店、四ツ橋筋にある新築の大規模ビル、路地裏の町家・長屋など多様な顔を持つ。面状の広がりを見せ、業種も服やインテリア、カフェのみならずますます多様化、細分化している。地域の東端は心斎橋難波に隣接し、そこに湊町リバープレイスJR難波駅大阪シティエアターミナル)がある。

西部[編集]

安治川左岸の富島・古川や、木津川右岸の寺島など早くから市街化していた地域もあるが、大半を旧 西成郡九条村が占めていた西区西部は、駅周辺以外は商業地が少なく、概して住宅地域で居住人口が多い。

九条地区

九条地区は西区の西部を形成し、九条・九条南・安治川・境川からなるが、阪神なんば線地下鉄中央線により難波へのアクセスが極めて良い。駅周辺を除けば、概して住宅と工場が混じる下町の住宅地が広がっている。九条駅を挟んでナインモール九条とキララ九条商店街の2つの商店街がある。 

川口・本田  

川口に存在した川口居留地は川底が浅く大型商船が入らないため、外国商人は間もなく神戸に移っていったが、代わって中国商人が入り、日中戦争の激化までは中華街が存在していた。

京セラドーム大阪付近(千代崎)

1997年2月に京セラドーム大阪(当時:大阪ドーム)が開業した。地下鉄長堀鶴見緑地線ドーム前千代崎駅阪神なんば線ドーム前駅があり、野球試合やイベント開催時には観客で混雑する。その他大阪市交通局、西消防署を併設大阪市消防局の庁舎、大阪ガス大阪リビング営業部がある。

地名[編集]

  • 安治川(あじがわ)
  • 阿波座(あわざ)
  • 立売堀(いたちぼり)
  • 靱(うつぼ)
  • 江戸堀(えどぼり)
  • 江之子島(えのこじま)
  • 川口(かわぐち)
  • 北堀江(きたほりえ)
  • 南堀江(みなみほりえ)
  • 京町堀(きょうまちぼり)
  • 九条(くじょう)
  • 境川(さかいがわ)
  • 新町(しんまち)
  • 千代崎(ちよざき)
  • 土佐堀(とさぼり)
  • 西本町(にしほんまち)
  • 本田(ほんでん)

歴史[編集]

大阪市立花乃井中学校そばにある此花乃井(石見国津和野藩亀井氏の蔵屋敷内にあった井戸)

1869年、江戸期以来の大坂三郷を再編して発足した四大組のひとつである西大組の流れを汲む。1875年大区小区制施行により西大組は第3大区となり、1879年郡区町村編制法施行により第3大区が西区となった。1889年市制施行により区域と名称はそのまま大阪市の行政区へ移行した。1897年西成郡九条村・川南村の木津川以西・川北村の伝法川以南を編入。1925年港区此花区を分区。この際、川口・本田地区を除く旧九条村は一旦港区となり、それまで北区だった富島・古川地区も港区となった。1943年より現在の区域となる。

木津川および百間堀川より東の下船場堀江は、江戸時代以来多くの堀川が整備され、雑喉場魚市場、海産物などの問屋街、土佐藩薩摩藩徳山藩などの蔵屋敷が立地して栄え、船運が発達した地域であった。また、新町遊廓堀江新地など遊興の場も作られた。木津川より西の九条は淀川河口の中洲だったが、江戸時代初期に農地として開発され「衢壌(くじょう)島」と名づけられ、後に九条と改められた。安治川と木津川の分流点である九条の北端は大坂船手の屋敷地となった。

明治時代には船手屋敷跡地の川口が、外国人居留地の設置(1868年 - 1899年)により大阪の文明開化の象徴となった。その木津川対岸の江之子島には大阪府庁大阪市役所が建設されるなど、大正時代まで大阪の行政の中心地であった。川口居留地は川底が浅く大型商船が入らないため、外国商人は間もなく神戸に移っていったが、代わって中国商人が入り、日中戦争の激化までは中華街が存在した。一方、江之子島の南、尻無川(埋立部分)と木津川に挟まれた寺島には明治以降新町遊郭から遊郭が移転し松島遊廓となり、堀江新地も引き続き遊興地として繁栄した。松島に近い九条新道(九条商店街)は「西の心斎橋」と呼ばれたこともあった。

しかし、下船場の市場の機能はより大きな市場に集約されてゆく。雑喉場魚市場と靱の海産物問屋街は1931年に開設した大阪市中央卸売市場に移転統合され、問屋街の跡地は大阪大空襲で壊滅のうえ占領軍の飛行場にされ(現在の靱公園)、松島新地や堀江新地は戦後廃止された。また、御堂筋の開通により、梅田難波を初めて結んだ四つ橋筋は相対的に地位が低下した。材木商、陶器商、機械金属商なども高度成長期以降、都心の渋滞を避けて郊外に移転し、流通の簡素化で問屋業が衰退するなど、かつてほどの活気はなくなった。

しかし、近年の都心回帰により、堂島中之島などの都心ビジネス街に隣接した住宅エリアとしての利便性が見直され、高層マンションの相次ぐ建設などで人口が急増すると共に、堀江・新町・靱公園周辺などがカフェ・レストラン・服飾店・インテリアショップ・雑貨店などファッショナブルな店舗の新しい集積地となった。また、江戸堀・京町堀・新町に数多く残る、大正昭和初期築の近代建築や雑居ビルがギャラリーなど文化情報発信の拠点として活用され続けているなど、街への魅力から近年訪れたり店を開く若者が増加している。

2005年に実施された国勢調査において、人口増加率が隣接する中央区に次いで高い14.5%増を記録した。これは政令指定都市の行政区の中では大阪市中央区、横浜市都筑区に次いで3番目に高い数値である。1889年の市制施行時の東南西北4区のうち、東区と南区は合併して中央区になり、北区は北隣の大淀区と合併して新たな北区となったため、市制施行時から単独で存在する区としては西区が最古ということになるが、現在の西区は都心回帰による再開発によって関西の文化・流行の最先端を進む区に変貌しつつあり、進取の気風を重んじる大阪らしさを象徴する地域となっている。

交通[編集]

鉄道[編集]

かつて西区を経由する鉄道路線は大阪市営地下鉄のみだったが、2009年3月20日開業の阪神なんば線がこの区で初めての民営路線となった。

また、大阪環状線大正駅 - 弁天町駅間でごく僅かながら西区(千代崎三丁目・境川一丁目)を通過しており、車内から京セラドーム大阪が俯瞰できる。

バス[編集]

  • 大阪市営バス - 交通局本庁舎は当区九条西にある。また以前は本庁舎および大阪ドームに隣接して市バス九条営業所があった。また、ドーム前千代崎にバスターミナルがある。

道路[編集]

四つ橋筋の渡辺橋、堂島川上の阪神高速道路

教育[編集]

四つ橋筋 新町付近 向かって左側2つ目の建物は昭和3年建造の長瀬産業本館ビル

専門学校

高等学校

中学校

小学校

幼稚園

学習塾

名所・旧跡・施設[編集]

靱公園
日本基督教団 大阪教会
大阪ドーム(京セラドーム大阪)

バファローズのお膝元[編集]

1997年近鉄バファローズのホームスタジアムとして大阪ドーム(2006年命名権取得のため「京セラドーム大阪」に改称)が完成すると、球場の最寄の商店街の一つである当区のナインモール九条商店街もバファローズのお膝元として地域に密着したチーム作りを応援する体制を整えるようになった。これをきっかけに「バファロード」なる愛称も付いた。

しかし、2004年シーズン中にオリックス・ブルーウェーブとの合併計画が発覚したことをきっかけに、同商店街では合併の撤回運動を展開したが、合併決定は覆らなかった。だが2005年度以後もチーム名にバファローズが残ること、大阪ドーム(京セラドーム大阪)を本拠(専用球場、2006年のみ神戸スカイマークスタジアム(当時)に変更)とすることから今後も同商店街はバファローズのお膝元の商店街と位置づけて様々な応援キャンペーンを続けている。

西区に本社を置く企業[編集]

大同生命大阪本社ビル
旧大同生命肥後橋ビルのテラコッタに、限りなく近づけ旧ビルのイメージを大切に建築された。
大阪ガス発祥地・西区にあるドームシティーガスビル(大阪ドームそば)
首相官邸が2013年にビデオ会議システムを導入したENWA

かつては、大阪銀行が西区内に本店を置いていたが、合併して現在の近畿大阪銀行になった際に、法人格は旧大阪銀行を継承したものの、本店を旧近畿銀行側に設置したため、現在の本店は中央区となっている。旧本店の窓口は、現在は本町営業部となっているが、2004年に西区内の別位置に移転したため、所在地は大阪銀行時代の位置とは異なるものの、現在も存続している。

大阪発祥の企業であるサントリー大阪瓦斯象印マホービンタイガー魔法瓶コクヨはこの西区が発祥地であるが、大阪瓦斯の方は、現在京セラ大阪ドームの近接地に「ドームシティーガスビル」という大阪ガス所有のビジネスビルがある。

出身有名人[編集]

関連項目[編集]

  • 西区 - 全国の西区の一覧

外部リンク[編集]