堺区

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
さかいく
堺区
日本の旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 大阪府
堺市
団体コード 27141-1
面積 23.69km²
総人口 147,613
推計人口、2014年8月1日)
人口密度 6,230人/km²
隣接自治体
隣接行政区
堺市西区北区
大阪市住吉区住之江区
堺区役所
所在地 590-0078
大阪府堺市堺区南瓦町3番1号
北緯34度34分24秒東経135度28分58.8秒座標: 北緯34度34分24秒 東経135度28分58.8秒
堺区役所
外部リンク 堺市堺区役所HP
堺市堺区の位置

堺区位置図

 表示ノート編集履歴 ウィキプロジェクト

堺区(さかいく)は、堺市を構成する7行政区のうちのひとつ。中世以来の環濠都市であった地域を含み、市役所、裁判所などの官庁やシティホテル、商店などが集積している堺市の中心部である。

地理[編集]

堺市の北西部に位置し、北を大和川が流れ、西は大阪湾に面する。沿岸部は主に埋立地が広がり、堺泉北臨海工業地帯が広がる。中西部には中世の自治都市の流れを汲む堺市街地が、環濠の名残りである内川・土居川に囲まれて広がる[1]。内陸部は上町台地に続くごくわずかな台地が南北方向に存在するがおおむね平坦である。南北を鉄道と高速道路・国道が貫き、大阪と和歌山・高野山に通じている。

区の中心的地域は、市役所、裁判所、法務局や百貨店がある南海高野線堺東駅西側である。

歴史[編集]

1880年明治13年)、堺市街地は郡区町村編制法施行により堺区(郡区制)となった。その際、沿岸部に形成されていた附洲(つきす)新田も堺区(郡区制)に組み込まれた。1889年(明治22年)、堺区(郡区制)は市制施行により堺市となった。2006年平成18年)、堺市が政令指定都市へ移行したことにより、行政区としてではあるが「堺区」の名称が堺市街地にとっては117年ぶりに帰ってきたことになる。

市名と行政区名の一致は川崎市川崎区に次いで2例目。ただし、後に市名となった郡区制の区名[2]と行政区名の一致は全国初となる。このため、「堺区」の場合は市の前身か行政区か注意する必要がある。

沿革[編集]

行政[編集]

区長[編集]

  1. 番所護(2006年4月1日 - 2009年3月31日)
  2. 古川洋子(2009年4月1日 -)(前南区長)

経済[編集]

商業施設・商店街[編集]

堺駅前

堺東駅前

堺市駅前

堺市街地

  • アスティ山之口(山之口商店街)

本社を置く企業[編集]

教育[編集]

堺女子短期大学

大学[編集]

短期大学[編集]

高等学校[編集]

中学校[編集]

小学校[編集]

閉校:堺市立湊小学校、堺市立湊西小学校→2007年堺市立新湊小学校へ統合

特別支援学校[編集]

交通[編集]

鉄道[編集]

堺駅 
堺東駅 
堺市駅 

路線バス[編集]

道路[編集]

大道筋(九間町東1丁付近)
フェニックス通り(堺駅南口付近)

有料道路[編集]

一般国道[編集]

府道[編集]

主要地方道
一般府道

愛称路[編集]

名所・旧跡[編集]

環濠内

環濠外

妙国寺 
開口神社(大寺) 
顕本寺 
旧堺燈台 
大浜公園 
蘇鉄山 
大仙古墳(仁徳天皇陵) 
大仙公園 
堺市博物館 

著名な出身者[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 中世、とりわけ戦国時代に栄華を極めた堺市街地は、1615年慶長15年)の大坂夏の陣において全焼。現在見られる町割は、元和年間の復興によるものである。
  2. ^ 1区だけ置かれた場合は市名、複数の区が置かれた場合(東京の15区・大阪の4区・京都の2区)は行政区名となった。
  3. ^ 堺区(郡区制)発足と同時に、梅ケ香町附洲新田と海船町附洲新田を統合して北附洲新田、新地附洲新田を中附洲新田に改称、紺屋町附洲新田・新在家町附洲新田・蘆原町附洲新田・南半町附洲新田を統合して南附洲新田となった。現在の町名では、北附洲新田は三宝町1丁、戎島附洲新田は戎島町4・5丁と北波止町、中附洲新田と南附洲新田は大浜各町に概ね該当する。

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]