藤井寺市

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ふじいでらし
藤井寺市
Fujiidera hondo1024.jpg
葛井寺本堂
日本の旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 大阪府
団体コード 27226-4
面積 8.89km²
総人口 65,851
推計人口、2014年8月1日)
人口密度 7,410人/km²
隣接自治体 八尾市柏原市羽曳野市松原市
市の木 ウメ
市の花 キク
藤井寺市役所
所在地 583-8583
大阪府藤井寺市岡一丁目1番1号
北緯34度34分27.2秒東経135度35分50.9秒
藤井寺市役所
外部リンク 藤井寺市公式

藤井寺市位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町・村

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藤井寺市(ふじいでらし)は、大阪府南河内地域に位置する

全国のの中で5番目に(大阪府では最も、近畿圏でも京都府向日市に次いで)面積が小さい。大阪市から南東へおよそ15kmで同市のベッドタウン。大小の古墳が密集する古市古墳群や、西国三十三所第5番札所の葛井寺の門前町として知られる。かつてはプロ野球大阪近鉄バファローズの本拠地・藤井寺球場があったことでも知られている。

地理[編集]

藤井寺市中心部周辺の空中写真。1985年撮影の6枚を合成作成。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。

大阪平野の南東部、大和川石川の合流点にあり、市域はほぼ平坦。古代には河内国府が置かれ、奈良を結ぶ長尾街道(古代の大津道)と竹内街道高野山へ通じる東高野街道が通じていた。 現在は、近鉄南大阪線が東西に、国道170号が南北に市域を貫き、西名阪自動車道が通るなど交通が発達。市の西側の藤井寺駅を中心とした地域と、東側の土師ノ里駅道明寺駅を中心とした地域に市街地が発達している。

羽曳野市柏原市とは次のとおり一部事務組合を組織しており、比較的結びつきが強い。

歴史[編集]

  • 市名は、市内にある「葛井寺」(ふじいでら)に由来する。葛井寺は百済王族の子孫である渡来人系氏族葛井(藤井)連(ふじいのむらじ)の氏寺として、8世紀中頃に創建されたと推定されている。
  • 市章は、前方後円墳と縄文時代の耳飾りをモチーフにしている。
  • 市内には国府(こう)の地名が残り、ここに古代の河内国府が置かれたとされている。
  • 大正末期から昭和初期にかけて、大阪鉄道藤井寺駅付近に住宅や教材園、野球場などを建設し、田園都市として発展した。

年表[編集]

  • 4~6世紀頃、古市古墳群古墳が造営される。
  • 1704年大和川が付け替えられる。
  • 1889年明治22年)4月1日町村制施行により、丹南郡長野村、志紀郡小山村、道明寺村、沢田村が発足。
    • 長野村: 藤井寺村、岡村、野中村が合併。
    • 小山村: 小山村、丹北郡小山村、津堂村が合併。
    • 道明寺村: 道明寺村、国府村、船橋村、北條村、大井村が合併。
    • 沢田村: 沢田村、林村、古室村が合併。
  • 1890年(明治23年)4月1日、沢田村を道明寺村に編入。
  • 1896年(明治29年)4月1日、郡の統合により、南河内郡が成立。
  • 1896年(明治29年)5月4日、長野村が藤井寺村に改称。
    • 郡の統合により、「南河内郡長野村」が2つ存在する事態となったことが要因。もう一つの「長野村」は現在の河内長野市中心部の旧 錦部郡長野村。
  • 1898年(明治31年)3月、河陽鉄道が柏原-古市間を開業し、道明寺駅ができる。
  • 1915年大正4年)11月10日、小山村を藤井寺村に編入。
  • 1922年(大正11年)4月、大阪鉄道が道明寺-布忍間を開業し、藤井寺駅ができる。
  • 1928年昭和3年)5月25日藤井寺球場が完成する。
  • 1928年(昭和3年)10月15日、藤井寺村が町制施行。南河内郡藤井寺町となる。
  • 1929年(昭和4年)、大阪鉄道が藤井寺経営地に、花卉・果樹園、温室などを備えた自然学習の場として教材園を開設。
  • 1933年(昭和8年)、教材園が閉鎖される。
  • 1951年(昭和26年)1月1日、道明寺村が町制施行。南河内郡道明寺町となる。
  • 1959年(昭和34年)4月20日、藤井寺町と道明寺町が合併して、南河内郡藤井寺道明寺町となる。
  • 1959年(昭和34年)、教材園の跡地に春日丘団地が建設される。
  • 1960年(昭和35年)1月1日、藤井寺道明寺町が美陵町(みささぎちょう)に改称。
  • 1966年(昭和41年)11月1日、美陵町が市制施行(摂津市高石市と同日)。大阪府下28番目の市、美陵市となるが即日改称して、藤井寺市が誕生。
  • 1969年西名阪自動車道開通、藤井寺インターチェンジ設置。
  • 1973年(昭和48年)、藤井寺市民総合会館が完成(現在の愛称はパープルホール)。
  • 1978年(昭和53年)3月、三ツ塚古墳の周濠から古墳時代のものと推定される大小2つの修羅が出土する。
  • 2005年(平成17年)1月31日、藤井寺球場が閉鎖される。
  • 2006年(平成18年)、市制40周年式典が執り行われる。
  • 2009年(平成21年)4月、藤井寺球場跡地に四天王寺学園小学校が開校。

行政[編集]

市長[編集]

  • 松内 慶造
  • 堀端 宏
  • 井関 和彦 (1999年 - 2007年)
  • 國下 和男 (2007年5月17日 - 現職)

政治[編集]

衆議院[編集]

大阪府議会[編集]

  • 選挙区:藤井寺市選挙区

経済[編集]

商業[編集]

平成19年商業統計調査による。

製造業[編集]

大阪府統計課「平成20年大阪の工業」による。

  • 事業所数:114
  • 従事者数:2,509人
  • 製造品出荷額等:4,456,632万円

藤井寺市内に本社機能を置く主な企業[編集]

藤井寺市内に主力工場もしくは支店を置く主な企業[編集]

日本郵政グループ[編集]

(2012年12月現在)

  • 藤井寺郵便局(藤ヶ丘) - 集配局。
  • 藤井寺小山郵便局(小山)
  • 道明寺南郵便局(道明寺)
  • 藤井寺西古室(にしこむろ)郵便局(西古室)
  • 藤井寺駅前郵便局(春日丘)
  • 藤井寺沢田郵便局(沢田)
  • 藤井寺北条(ほうじょう)郵便局(北條町=ほうじょうちょう)
  • 大阪支店 藤井寺出張所(藤ヶ丘/藤井寺郵便局と併設)(ATMはホリデーサービス実施)
その他各郵便局にATMが設置され、藤井寺駅前郵便局ではホリデーサービスを実施。

※藤井寺市内の郵便番号は「583-00xx」(藤井寺郵便局の集配担当)となっている。

姉妹都市・提携都市[編集]

地域[編集]

人口[編集]

平成22年国勢調査より前回調査からの人口増減をみると、0.59%増の66,165人であり、増減率は府下43市町村中15位、72行政区域中31位。

Demography27226.svg
藤井寺市と全国の年齢別人口分布(2005年) 藤井寺市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 藤井寺市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
藤井寺市(に該当する地域)の人口の推移
1970年 50,414人
1975年 59,515人
1980年 63,726人
1985年 65,252人
1990年 65,922人
1995年 66,988人
2000年 66,806人
2005年 65,780人
2010年 66,174人
総務省統計局 国勢調査より

教育[編集]

大学・短期大学

高等学校

中学校

小学校

特別支援学校

図書館

交通[編集]

鉄道路線[編集]

バス[編集]

  • 近鉄バス
  • 公共施設循環バス
    • 市の自家用バスを使用して市内を循環する。Aコース・Bコースそれぞれに南回り・北回りを設定。柏羽藤環境事業組合の運営するクリーンピア21(羽曳野市)にも乗り入れる。運行は近鉄バスに委託。

道路[編集]

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]

葛井寺
道明寺天満宮
アイセルシュラホール
藤井寺球場
城山古墳

名所・旧跡[編集]

文化財[編集]

彫刻

  • 乾漆・十一面千手観音座像(国宝・葛井寺蔵)
  • 木造・十一面観音立像(国宝・道明寺蔵)
  • 木造・十一面観音立像(重要文化財・道明寺蔵)
  • 木造・聖徳太子立像(重要文化財・道明寺蔵)

工芸

  • 伝菅公遺品(国宝・道明寺天満宮蔵)

建築

  • 葛井寺四脚門(重要文化財)

考古資料

  • 水鳥形埴輪(重要文化財・城山古墳出土)

観光スポット[編集]

祭事・催事[編集]

出身・関連有名人[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ (  )内は2008年の1日平均利用者数(「平成21年度大阪府統計年鑑」)

外部リンク[編集]