高石市

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
たかいしし
高石市
Flag of Takaishi (Ōsaka).svg
高石市旗高石市章
1966年12月20日制定
日本の旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 大阪府
団体コード 27225-6
面積 11.35km²
総人口 57,746
推計人口、2014年10月1日)
人口密度 5,090人/km²
隣接自治体 堺市和泉市泉大津市
市の木 マツ
市の花 キク
他のシンボル -
高石市役所
所在地 592-8585
大阪府高石市加茂四丁目1番1号
北緯34度31分14.6秒東経135度26分32.5秒
高石市役所
外部リンク 高石市公式サイト

高石市位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町・村

 表示ノート編集履歴 ウィキプロジェクト

高石市(たかいしし)は、大阪府泉北地域に位置する

地理[編集]

大阪府の中南部に位置し、北と東は堺市西区)に、南は和泉市泉大津市にそれぞれ隣接し、西は大阪湾に面している。

市域はほぼ全域が平坦。東西6.1km、南北4.1km、面積11.35km²と、大阪府下の市では藤井寺市 (8.89km²) に次いで2番目に面積が狭いが、西半は堺泉北臨海工業地帯の埋立地であるため、居住面積はさらに狭い。交通網は大阪府道204号堺阪南線国道26号線大阪府道30号大阪和泉泉南線阪神高速4号湾岸線などの主要道路とともに、南海本線JR阪和線という2つの鉄道路線が南北に走っている。また、羽衣高石富木の3から大阪市中心部まで所要時間約20分、また、関西国際空港へも20数kmと近く、温暖な気候と相まって便利で住み良い住宅地として発展している。

人口[編集]

高石市中心部周辺の空中写真。1985年撮影の4枚を合成作成。
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。

平成22年国勢調査より前回調査からの人口増減をみると、2.54%減の59,572人であり、増減率は府下43市町村中35位、72行政区域中58位。

Demography27225.svg
高石市と全国の年齢別人口分布(2005年) 高石市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 高石市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
高石市(に相当する地域)の人口の推移
1970年 61,442人
1975年 66,824人
1980年 66,815人
1985年 66,974人
1990年 65,086人
1995年 64,295人
2000年 62,260人
2005年 61,127人
2010年 59,523人
総務省統計局 国勢調査より

行政[編集]

高石市長[編集]

市議を4期連続トップ当選という人気と堺市との合併反対という追い風を生かして2003年(平成15年)の市長選で初当選。1期目の任期中、議会との対立から突然辞職し、再度立候補。突然のことに反市長側が対立候補を出せなかったために無投票当選(これで2期目)。2007年平成19年)の統一地方選挙の際に行なわれた市長選で新人2人を圧倒的な大差で破り3選を果たす。同時に行われた市議選にも「チルドレン」と新聞に揶揄された子飼いの新人候補を擁立し、3人中2人が当選。既存の“与党”である3人を加え、5人の市長派議員を得た(市長web)。2011年の統一地方選挙で対立候補を破り4選を果たした。

高石市章[編集]

  • 高石市の「高」の文字を図案化したもので、台の円は市民の幸福と協和を意味し、その上に高石市が高度に発展することを象徴したもの。一般公募により1966年昭和41年)12月20日に制定されたもので、高石市の光り輝く未来への思いが込められている。

高石市の木・花[編集]

高石市の花・木・市章の紹介

高石市のキャッチフレーズ[編集]

人間都市・高石「小さな輝きが広がる和み(なごみ)のまち」

高石市のゆるキャラ[編集]

てんにょん(羽衣伝説天女をイメージした猫?のゆるキャラ[1]。2012年12月19日公募によって誕生。)

歴史[編集]

日本書紀』に「高石池」「高脚海」といった記述が見られ、古代から大鳥郡日下部郷のうちに高石村が存在していたことがうかがえる。ただし、古代の高石村の所在地については、現在の紀州街道沿いの市街地ではなく、市東部の取石や堺市西区草部付近とも言われる。高師浜と呼ばれる沿岸部の景勝地を詠んだ歌は多く、『万葉集』『古今和歌集』『金葉和歌集』などに登場する。

南北朝時代頃から、隣接する和泉郡にまたがって「綾井」の地名で呼ばれるようになり、1347年正平2年)には現在の伽羅橋駅付近に大雄寺が建立された。綾井村の大鳥郡側は江戸時代初期に高石南村、高石北村、新家村、市場村、南出村、大園村、土生村の7村に分村され、残った和泉郡側は耕地のみで居住者はいなかった。なお、明治以降に市場村と南出村が合併した際に、再び綾井村を名乗っている。また、浜寺と通称された大雄寺は応仁の乱で焼失したが、現在も市北部から堺市西区浜寺地区にかけての広域地名として残っている。

高石北村の大工村(現在の高師浜一丁目付近)は、行基の社会事業に従事した工人たちの子孫の集落と言われている。工人が内匠寮に属していたことから、現在の町会でいう高石八区は「匠」と呼ばれている。宮大工をはじめとする技術者の村で、明治維新頃まで京都御所の造営や修築に携わっていた。また、千歯扱き元禄期に大工村の宇兵衛という大工によって発明されたとする説がある。

沿革[編集]

  • 1889年明治22年)4月1日町村制施行により、大鳥郡高石南村、高石北村、今在家村、新村が合併して、大鳥郡高石村が発足。村役場を大字高石南に設置。
  • 1896年(明治29年)4月1日:郡の統廃合により、泉北郡に属する。
  • 1901年(明治34年)4月13日葛葉駅(現在の高石駅)が開業。
  • 1904年(明治37年) - 1905年(明治38年):日露戦争によるロシア兵俘虜収容所が海岸部につくられる(面積43万㎡、収容人数28000人)。
    • ロシア兵俘虜帰国後は第16師団宿舎。跡地は住宅地として整備され人口急増の一因となった。
  • 1912年(明治45年)3月1日羽衣駅が開業。
  • 1915年大正4年)4月1日:町制施行。泉北郡高石町となる。
  • 1918年(大正7年)10月2日伽羅橋駅が開業。
  • 1919年(大正8年)10月25日高師浜駅が開業。
  • 1953年(昭和28年)4月1日:泉北郡取石村を編入。
  • 1966年(昭和41年)11月1日市制施行。大阪府下28番目の市、高石市となる。市役所を加茂に設置。同日に大阪府では三島市と美陵市(同日に摂津市藤井寺市とそれぞれ改称)と埼玉県入間市が発足した。全国では福島県いわき市、埼玉県戸田市以来1ヶ月ぶりの新市。
  • 1995年平成7年):日本国内において初めてセアカゴケグモが発生。在阪・在京のマスコミに取り上げられ、全国で話題となる。
  • 2002年(平成14年)4月1日:堺市・高石市合併問題研究会を設置する。
  • 2003年(平成15年)
    • 4月27日:市議・市長選と同時に、隣接する堺市との合併の是非を問う住民投票が行なわれる。市長選では、合併反対を唱える阪口伸六が合併推進の現職だった寺田為三を破って当選。また住民投票でも合併反対票が全投票数の74%を占める。
    • 7月11日:先の市長選と住民投票の結果を受けて、堺市・高石市合併問題研究協議会が解散する。
      • 阪口は財政難を克服するため、無駄な経費を徹底的に見直した。その一環として、2007年(平成19年)現在に至るまでに市の職員を100人削減したという。一時は財政再建団体に陥る恐れがあるほど危機的な状況にあったが、阪口の推し進めた改革によって財政危機を乗り越えた。しかし、依然として財政面で厳しい市政運営が続いており、将来的には、高石市単独での存続は難しいのではないかといった意見もある。

財政[編集]

財政難から2003年に堺市との合併の是非を問う住民投票が行われたが、同時に行われた市長選で反対派であった阪口伸六が当選するとともに、住民投票でも圧倒的多数が反対であったため独自に財政を再建することとなった。市職員の削減などで早期健全化団体転落は免れているものの、財政の悪化は顕著。1998年まで常に10億円割れだった公債費は2006年から2010年まで5年連続して25億円を超え、とりわけ2010年は過去最高の2,727百万円だった。2011年当初予算でも2,845百万円、2012年も2,935百万円と悪化が続いている。2010年度決算における将来負担比率270.6(大阪府下ワースト3位)など依然厳しい財政状況にあり[2]、再び堺市との合併の動きも見られる。

経済[編集]

大阪湾岸の埋立地堺泉北臨海工業地帯が広がっている。その内、高石市域には、石油・化学の工場が集積しており、市の税収や雇用などを支えている。

産業[編集]

漁業[編集]

  • 高石漁港

通信・放送[編集]

日本郵政グループ[編集]

(2012年12月現在)

  • 浜寺郵便局(羽衣) - 集配局。
  • 高石郵便局(千代田)
  • 高石綾園(あやぞの)郵便局(綾園)
  • 高石富木(とのぎ)郵便局(取石)
  • 高石千代田郵便局(千代田)
  • 高石加茂郵便局(加茂)
  • 高石東羽衣郵便局(東羽衣)


  • 大阪支店 高石市役所内出張所(加茂)(ATMのみ)
その他上記の各郵便局にATMが設置されており、浜寺郵便局ではホリデーサービスを実施。

※高石市内の郵便番号は「592-00xx」(浜寺郵便局の集配担当)となっている。なお、南高砂(595-0081)は泉大津郵便局泉大津市小松町)の集配担当となっている。

姉妹都市・提携都市[編集]

かつての友好都市

地域の防災防犯[編集]

主な公共施設[編集]

  • 高石市役所(加茂)
  • アプラたかいし(綾園)
    • たかいし市民会館(アプラホール)
    • 高石市立図書館
  • 複合コミュニティセンターとろしプラザ(取石)
    • 高石市立図書館分館
  • パンセ羽衣(羽衣)
    • バスターミナル(臨海部企業の従業員送迎用)
    • 老人福祉センター
    • 羽衣公民館
  • デージードーム(コミュニティーセンター)(千代田)
  • 高石市立体育館(高師浜)
  • 高石市総合ライフケアセンター(羽衣)
    • 総合保健センター、診療センター、母子保健センター
  • 婦人文化センター(綾園)
  • 大阪府立臨海スポーツセンター(りんスポ)(高師浜)

教育施設[編集]

大学[編集]

  • 羽衣国際大学(堺市との境界に校地がある。大学の所在地は堺市となっている)

専門学校[編集]

高等学校[編集]

中学校[編集]

市内には、3つの公立中学校と2つの私立の中学校がある。

小学校[編集]

市内には、7つの公立小学校がある。

  • 高石小学校
  • 羽衣小学校
  • 東羽衣小学校
  • 高陽小学校
  • 清高小学校
  • 加茂小学校
  • 取石小学校

公共交通[編集]

鉄道路線[編集]

高石市役所に最も近い
南海本線 高石駅
高石市千代田1-10-18
JR阪和線としては市内唯一となる
富木駅
高石市取石2-1-3

市内には6つの鉄道駅があり、市外への交通アクセスは充実している。

路線バス[編集]

  • 南海バス
    • 東山営業所管轄の「北野田・鳳線」西区役所前 - 北野田駅前(70系統)と西区役所前 - 東山車庫前(特70系統)が北東部をわずかに走るが、市内に停留所は設置されていない[3]。この他に市内に一般路線バスはなく、バス路線が通過していながらバス停が無いという日本全国でも珍しい市で、実質的に路線バスがない市ともいえる[4]。なお、市民の中には、「市内にバスがあった方が生活が便利になる」といった意見も確かにあるのだが、依然として市の厳しい財政状況が続いており、高石市にコミュニティバスなどを導入する予定はない。現在では、コミュニティバスではないが、60歳以上の高齢者や障害者、小さな子ども連れなどが無料で利用できる「らくらく号」と「ふれあい号」という2台の福祉バスが運行されており、市内の公共施設などを巡回している(関連情報)。

道路[編集]

高速道路[編集]

一般国道[編集]

大阪府道[編集]

船舶[編集]

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]

祐子内親王家紀伊の歌碑がある。
毎年10月、体育の日の前日と前々日(土曜日、日曜日)に行われる。戦前・戦時中は上だんじりを中心に祭りを行っていたが、戦後一部の村を除いて衰退し、花車などで行われていたが、昭和の終わりからは正式なだんじりを復活する村が増え、現在、市内に15台のだんじりがあり、岸和田の旧市に次いで多い。11台が岸和田型の「下だんじり」で、残りの3台(高師浜、綾井、新家)がいわゆる「上だんじり」である。南海本線高石駅前周辺が主な見所となる。

出身・ゆかりのある人物[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ てんにょん誕生 - 高石市商工会議所ホームページ
  2. ^ 府内市町村の財政状況 - 大阪府
  3. ^ ちなみに、この系統には高石市の地名である「富木」停留所があるが堺市西区に所在する
  4. ^ 完全に路線バスのなかった市としては1986年から1993年までの群馬県館林市が知られるが、同市ではコミュニティバスなどの開設で路線バスが復活している。

外部リンク[編集]