スポーツ医学

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

スポーツ医学 (sports medicine) とは、(プロ選手・アマチュア選手ともに)競技スポーツ選手の身体能力の強化、好成績を出すため身体の使い方、故障の予防、治療などを取り扱う、総合的な専門医学分野のことを指す。スポーツ医学では、選手本人を中心にして、内科医、外科医、アスレティックトレーナー理学療法士作業療法士柔道整復師鍼灸師あん摩マッサージ指圧師、コーチなどがチームを構成している。

歴史[編集]

スポーツ医学の起源は紀元前5世紀古代ギリシア古代ローマに遡る。体育は若者の必須要素とされた時代だった。鍛錬と運動コンテストは、この時代に初めて日常生活の一部となった。しかし、1928年のサンモリッツでのオリンピック(委員会が集まって第一回スポーツ医学国際会議が計画された)まではスポーツ医学という用語はまだ存在していなかった。しかし、5世紀では、運動選手のケアは本来専門家たちの仕事であった。彼らはトレーナー・コーチであり、食餌、理学療法、衛生、管理、およびスポーツに特化した技術のエキスパートだと考えられた。治療法的訓練 (therapeutic exercise) を最初に用いたのは、ヒポクラテスの師匠の一人と考えられているヘロディコスである。最初の「チームドクター」ガレノス剣闘士の担当になった頃の紀元2世紀までは、医師は負傷者が出たときにだけ関与したのだった。当時、トレーナー・コーチとチームの医師の間に、良好な意思疎通または信頼関係があったか否かは、想像するほかない。しかし明らかなのは、当時からスポーツ医学は、単に負傷を治療するだけではなく、スポーツ選手を指導し調整することも含めた、複合的な課題であったということである。こうした体育とのつながりは、その後の発展の間、失われることはなかった。

スポーツ医学の現在[編集]

スポーツ医学は常に定義することが難しい。なぜなら単一の専門科目ではなく、ヘルスケアの専門職、研究者、教育者を含めた幅広い学問にわたる領域であるからだ。スポーツ医学の役割は、単に治療とリハビリだけではなく、予防も含んでいる。このように広い範囲であるにもかかわらず、多くの人にとっては、スポーツに関連して起きる問題は筋肉と骨の関係であって、スポーツ医学は整形外科であると思う傾向がある[要出典]。しかし実際には、スポーツ医学には、単なる筋肉と骨の診断と治療よりもはるかに多くのものを含んでいる。スポーツ中の病気や怪我は、環境的、生理学的、心理的要因など、いろいろな要因で発生する。したがって、スポーツ医学は一連の専門分野~心臓学、整形外科、生体力学、外傷学 (traumatology) なども包含することがある。例えば、訓練中や試合中の高温、低温、高度は、結果に影響を与え、時には生命を脅かすこともある。加えて、皮膚学的、内分泌学的な病気や、選手に起こるその他の問題は、専門技能とスポーツに特化した知識が必要である。サプリメントや医薬品の使用、ドーピング管理、性別判定といったトピックスは、道義的、法的、及び健康に関係する、複雑な問題を抱えている。 それから、国際的なスポーツイベントに伴って、移動の影響、順応、及び選手の出場と健康を天秤にかけようという試みなどといった、特有の問題が存在する。

アメリカ[編集]

スポーツ医学専門家はスポーツ医学チームのリーダーである。スポーツ医学チームは、スポーツ選手本人を中心として、スポーツ医学専門家のほか、専門の内科医、外科医、生理学者、運動トレーナー、理学療法士、コーチ、その他の人員で構成される。

スポーツ医学の専門家は、本来は、全科医療内科学救急医学小児科学、または物理療法とリハビリテーションのいずれかに専攻を持つ内科医である。彼らのほとんどはスポーツ医学に関する公認団体の講座を受け1ないし2年の追加訓練を積む。内科医は、全科医療、内科医学、救急救命医学、または小児科医学の修了試験に合格したら、スポーツ医学の副専門分野の資格試験を受ける資格がもらえる。スポーツ医学専門家の専攻を取ったときの追加フォーラムの中には、スポーツ医学のさらに次の教育もあるし、スポーツ医学会に入会することもできる。

スポーツ医学は1989年以来、アメリカ専門医学委員会により副専門分野として認定されている。現在70以上のスポーツ医学団体が存在し、認定されたスポーツ医学専門家は全米でおよそ1000人いる。

オリンピックにおける初のスポーツ医学チーム[編集]

カナダのオンタリオ州ロンドンで活動していたJ・C・ケネディーは、1968年メキシコシティーでの夏季オリンピックで彼の娘ルイーズが泳いでいるのを観ていたとき、さまざまな理由により、出場するカナダの選手団は適正な資格を持ち十分に組織化された医療団を伴っているべきだという結論に至った。この信念が、彼をカナダスポーツ医学アカデミーの設立へと導いた。この団体の主な役割の一つは、カナダのスポーツ選手に専門的なケアを提供することであった。そうして1972年に彼は1972年ミュンヘンオリンピックにおいて世界初の「真の」医療チームの主席医療幹事に任命された。他の諸国もこの例に倣い、オリンピック選手に医療チームを付けた。ケネディーのビジョンは、世界を旅するカナダの選手に限られてはいなかった。スポーツ医学を行う病院がカナダにまだ無かった当時、彼は大学当局を説得し、元レスリング練習室をスポーツ傷害クリニックに改装し、1972年に正式にオープンした。カナダで最初のノーチラスの装備は、このクリニックの装備のために集められた資金で購われた。ケネディーはスポーツ医学の研究への関心を高めてもらうよう活動し、ウェスタンオンタリオ大学とオンタリオのロンドンは、スポーツ医学で知られることとなった。

予防としてのスポーツ医学[編集]

スポーツ界において、予防医学的な発想が取り入れられつつある。スポーツ外傷・障害に対して適正な予防プログラムを行わせることにより、足関節捻挫、前十字靭帯損傷などを減らすことができることが明らかになってきた。傷害予防プログラムとしては、サッカー、バスケットボール、テニス、スキーなどの競技において作成されている[1]

スポーツ医学の未来[編集]

スポーツ医学は、将来、怪我の予防の分野において最も顕著な貢献をすると多くの人が信じている[要出典]。整形外科医でミシガン州の予防医学研究所所長であるデイビッド・ジャンダによれば[要出典]、予防がスポーツ医学の最後のフロンティアである。怪我のリスクは決して無くなることは無いが、有意義な研究の成果に基づいて訓練技術、器具、スポーツ会場、及びルールを改善することによってリスクを下げることができる。 予防が大きな可能性を持つ急速に進歩している領域は、身体の神経と筋肉の適応についての研究である。例えば、シーズン前のサッカー選手にある種の神経と筋肉の訓練を行うと、前十字靭帯の断裂を大幅に少なくすることが示されている。ジャンダ他による別の調査では、娯楽としてのソフトボールでは、壊れやすく設計されたベースを使った場合、重傷を98%減らすことができた。

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 臨床スポーツ医学2008 Vol.25 臨時増刊号「予防としてのスポーツ医学」p.2-3, 文光堂

参考文献[編集]

外部リンク[編集]