加地亮
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| 加地 亮 | ||
|---|---|---|
| 名前 | ||
| 愛称 | カジさん、キングカジ | |
| カタカナ | カジ アキラ | |
| ラテン文字 | KAJI Akira | |
| 基本情報 | ||
| 国籍 | ||
| 生年月日 | 1980年1月13日(29歳) | |
| 出身地 | 兵庫県西淡町(現南あわじ市) | |
| 身長 | 177cm | |
| 体重 | 73kg | |
| 血液型 | AB型 | |
| 選手情報 | ||
| 在籍チーム | ガンバ大阪 | |
| ポジション | DF、MF | |
| 背番号 | 21 | |
| 利き足 | 右足 | |
| クラブチーム1 | ||
| 年 | クラブ | App (G) |
| 1998-1999 2000-2001 2002-2005 2006-現在 |
セレッソ大阪 大分トリニータ FC東京 ガンバ大阪 |
24 (0) 75 (3) 89 (1) 83 (2) |
| 代表歴2 | ||
| 2003-2008 | 64 (2) | |
| 1. 国内リーグ戦に限る。2008年12月8日現在。 2. 2008年12月1日現在。 ■Template(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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加地 亮(かじ あきら、1980年1月13日 - )は、兵庫県出身でガンバ大阪所属のプロサッカー選手。ポジションはディフェンダーおよびミッドフィールダー。家族は妻と1男1女。
目次 |
[編集] 来歴
西淡町立御原中学校卒業後、滝川第二高等学校に入学。高校総体(インターハイ)、高校サッカー選手権大会に出場。高校卒業後の1998年、セレッソ大阪に入団し、1999年にU-20日本代表に選出され、ナイジェリアで開催されたFIFAワールドユース選手権に出場。準優勝を遂げた。2000年、大分トリニータにレンタル移籍。2002年、FC東京に移籍。
2003年、ジーコのもとA代表に選出され、チュニジアとの親善試合でA代表初出場。
2004年、A代表では中国で開催されたアジアカップに出場して優勝。ドイツW杯予選では1次予選を通過、クラブではナビスコカップ決勝で、PK戦の最終キッカーを務め、優勝を果たした。この時、蹴る順番を決める際に最後の5人目を誰もやりたがらなかったため、シーンとした雰囲気になりかけたことに耐えられなくなった加地が名乗り出たが、皆にとってそれは予想外で、石川直宏は「あれ?加地さん?という感じだった」、監督の原博実は「最後のキッカーは加地だけは嫌だった。名乗り出ちゃったけど、本当におまえがやるの?という感じで(笑)。本当は5人目は金沢浄に任せたかった」と後に語った。
2005年、ドイツW杯アジア地区最終予選のイラン戦で、A代表初得点を挙げ日本はBグループを1位で通過、本選出場を果たした。
2006年、ガンバ大阪に移籍し、6月のドイツW杯のグループリーグ2試合に出場。直前に行われたドイツとの親善試合でシュバインシュタイガーにタックルされ負傷していたため、第1戦は出場できなかった。
2008年3月に右大腿部を挫傷し代表合宿を辞退。この際に、身体コンディションを考慮した結果と、Jリーグに加えてAFCチャンピオンズリーグを戦うG大阪と代表での活動を並行するのが難しいと判断したこと、また岡田武史代表監督は右サイドバックに内田篤人の起用を優先したことなどから、加地自ら岡田監督に代表から引退する意思を伝えた。G大阪公式ウェブサイト上でも5月20日に代表からの引退が発表され、G大阪での活動に集中する環境となった。同年G大阪でACL優勝を果たし、12月のFIFAクラブワールドカップの全試合にも出場した。
[編集] プレースタイル
特筆すべきはその豊富な運動量。オーバーラップや、幾度となく繰り返される前線への飛び出しなどの動き、そして中盤のタレント群を活かすための囮に近い献身的な動きも精力的にこなす。オフの間の自主トレーニングでは、ひたすら走り込むことが知られている。砂浜、坂道、グラウンドなどで加地自身も吐き気を催すほどオーバーワークとも言える走り込みを行う。そのスタミナやタフさは、特に試合終盤になって相手の脅威となる。
[編集] 人物
2004年1月に入籍。入籍日は日本代表の背番号でもある21日を選んだ。2006年4月12日に長男が誕生。この日のAFCチャンピオンズリーグ、対大連実徳戦で加地が得たPKを遠藤保仁が決め、ガンバ大阪の選手たちがゆりかごダンスで祝った。
健康のために飲料水にこだわりを持っており、遠征先には特別な水をペットボトルで送ったりしている。首につけているのはArkRingというトルマリン系のネックレスである。怪我をしている際にも痛みを表に出すことがなく、FC東京でチームメイトだった土肥洋一曰く「加地の大丈夫は大丈夫じゃない」というほどの精神力も持ち合わせている。
引退後は保育士を志望している。
[編集] 所属クラブ
ユース経歴
プロ経歴
[編集] 個人タイトル
- 2006年 - Jリーグベストイレブン
[編集] 個人成績
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 日本 | リーグ戦 | ナビスコ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 1998 | C大阪 | 29 | J | 15 | 0 | 1 | 1 | 1 | 0 | 17 | 1 |
| 1999 | C大阪 | 17 | J1 | 9 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 9 | 0 |
| 2000 | 大分 | 22 | J2 | 34 | 3 | 1 | 0 | 2 | 0 | 37 | 3 |
| 2001 | 大分 | 22 | J2 | 41 | 0 | 4 | 0 | 2 | 0 | 47 | 0 |
| 2002 | FC東京 | 20 | J1 | 20 | 1 | 6 | 0 | 1 | 0 | 27 | 1 |
| 2003 | FC東京 | 20 | J1 | 22 | 0 | 6 | 0 | 2 | 0 | 30 | 0 |
| 2004 | FC東京 | 20 | J1 | 22 | 0 | 1 | 0 | 3 | 0 | 26 | 0 |
| 2005 | FC東京 | 20 | J1 | 25 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 27 | 0 |
| 2006 | G大阪 | 21 | J1 | 29 | 1 | 0 | 0 | 5 | 1 | 34 | 2 |
| 2007 | G大阪 | 21 | J1 | 28 | 1 | 6 | 0 | 4 | 1 | 38 | 2 |
| 2008 | G大阪 | 21 | J1 | 26 | 0 | 4 | 0 | 5 | 0 | 35 | 0 |
| 2009 | G大阪 | 21 | J1 | ||||||||
| 通算 | 日本 | J1 | 196 | 3 | 24 | 1 | 23 | 2 | 243 | 6 | |
| 日本 | J2 | 75 | 3 | 5 | 0 | 4 | 0 | 84 | 3 | ||
| 総通算 | 271 | 6 | 29 | 1 | 27 | 2 | 327 | 9 | |||
| 国際大会個人成績 | FIFA | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 |
| AFC | ACL | クラブW杯 | ||||
| 2006 | G大阪 | 21 | 5 | 0 | - | |
| 2008 | G大阪 | 21 | 8 | 0 | 3 | 0 |
| 2009 | G大阪 | 21 | 1 | 0 | - | |
| 通算 | AFC | 14 | 0 | 3 | 0 | |
[編集] 経歴
- Jリーグ初出場 - 1998年7月25日 Jリーグ 1st 第13節 vsアビスパ福岡 (長居スタジアム)
- Jリーグ初得点 - 2000年3月12日 J2 第1節 vsモンテディオ山形 (大分市営陸上競技場)
- Jリーグ100出場 - 2005年7月13日 J1 第16節 vs清水エスパルス (日本平スタジアム)
- Jリーグ200出場 - 2009年7月1日 J1 第10節 vs川崎フロンターレ (等々力陸上競技場)
[編集] 代表歴
[編集] 出場大会など
- 1999年 - ワールドユース(ナイジェリア大会)
- 2004年 - AFCアジアカップ中国大会
- 2005年 - FIFAコンフェデレーションズカップドイツ大会
- 2006年 - ワールドカップドイツ大会
- 2007年 - AFCアジアカップ2007
[編集] 試合数
- 国際Aマッチ 64試合 2得点(2003年 - 2008年)
| 日本代表 | 国際Aマッチ | |
|---|---|---|
| 年 | 出場 | 得点 |
| 2003 | 1 | 0 |
| 2004 | 20 | 0 |
| 2005 | 14 | 1 |
| 2006 | 14 | 0 |
| 2007 | 11 | 1 |
| 2008 | 4 | 0 |
| 通算 | 64 | 2 |
[編集] ゴール
| # | 開催年月日 | 開催地 | 対戦国 | 勝敗 | 試合概要 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1. | 2005年、8月17日 | 日本 | ○2-1 | 2006 FIFAワールドカップ・アジア地区予選 | |
| 2. | 2007年、10月17日 | 日本 | ○4-1 | アフロアジア選手権 |
[編集] CM出演
- Panasonic「Strada」
- 『決定的瞬間篇』(2006年) - 宮本恒靖との共演
- ミドリ電化(2007年) - 西野朗、播戸竜二、安田理大との共演
- ミズノ(2009年) - MIZUNO FOOTBALL
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