坪井慶介
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坪井 慶介 |
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| 名前 |
| 愛称 |
ツボ |
| カタカナ |
ツボイ ケイスケ |
| ラテン文字 |
TSUBOI Keisuke |
| 基本情報 |
| 国籍 |
日本 |
| 生年月日 |
1979年9月16日(32歳) |
| 出身地 |
東京都多摩市 |
| 身長 |
179cm |
| 体重 |
67kg |
| 選手情報 |
| 在籍チーム |
浦和レッドダイヤモンズ |
| ポジション |
DF |
| 背番号 |
2 |
| 利き足 |
右足 |
| 代表歴 |
| 2003-2007 |
日本 |
40 (0) |
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坪井 慶介(つぼい けいすけ、1979年9月16日 - )は、東京都多摩市出身のサッカー選手。Jリーグの浦和レッドダイヤモンズ所属。ポジションはDF。2児の父親。元日本代表。
[編集] 来歴
少年時代には野球もやっていたことがある。
鶴牧サッカークラブ、三重県立四日市中央工業高等学校から福岡大学を経て、2002年浦和レッズに入団。ディフェンスの中心としてチームを支え、同年のフェアプレー賞と新人賞を受賞。翌年にはベストイレブンに選出された。
2003年には日本代表にも招集。知名度やイメージを買われ、花王・「メンズビオレ」、カブドットコム証券などCMにも出演していた。
2006年W杯ドイツ大会の日本代表にも選ばれたが初戦のオーストラリア戦では試合中に足がつり、途中退場した。さらにドイツW杯後のトリニダードトバゴ戦でも足の同じ個所がつって途中退場した。
2007年以後代表戦での出場が少なくなり、2008年2月8日、所属チームに専念するためサッカー日本代表からの引退を宣言した。その年はシーズン開幕後、失点に繋がるミスを連発する等中々調子が上がらず、また負傷なども重なり堤俊輔にポジションを奪われた時期があったが、夏場以降調子を上げ本来のプレーを取り戻したため、再びレギュラーを奪取、2009年も4バックにシステム変更がされたが、センターバックのレギュラーを確保し続けた。
2010年は序盤戦は山田暢久とセンターバックのコンビを組み、負傷で離脱していた新加入のスピラノビッチが復帰した後もレギュラーを確保していたが、Jリーグ第18節、対名古屋グランパス戦で失点に繋がるミスをしてしまい、その後はしばらくスピラノビッチと山田暢久のコンビにポジションを奪われた。しかし、スピラノビッチがJリーグ第24節、対アルビレックス新潟戦で再度負傷して離脱した為、再びレギュラーに返り咲いた。
2011年、故障から復帰したスピラノビッチ、アルビレックス新潟から加入した永田充、そして山田暢久に続く4番手のセンターバックの座に甘んじ、シーズン開幕当初はベンチ入りすら出来ない状態に陥ってしまう。Jリーグ第16節、対清水エスパルス戦でようやくシーズン初出場を果たしたが、序盤に先制点を許したこともあり戦術上の理由から前半途中で原一樹と交代を命じられてしまう。その後も同じようにベンチ入りすら出来ない状態が続いていたが、監督が堀孝史に交代した後はレギュラーのセンターバックに復帰し、チームのJ1残留に大きく貢献した。
[編集] 所属クラブ
ユース経歴
プロ経歴
[編集] 経歴・タイトル
[編集] クラブチーム
[編集] 個人成績
| 国内大会個人成績 |
| 年度 |
クラブ |
背番号 |
リーグ |
リーグ戦 |
リーグ杯 |
オープン杯 |
期間通算 |
| 出場 |
得点 |
出場 |
得点 |
出場 |
得点 |
出場 |
得点 |
| 日本 |
リーグ戦 |
ナビスコ杯 |
天皇杯 |
期間通算 |
| 1999 |
福岡大 |
3 |
- |
- |
- |
3 |
0 |
3 |
0 |
| 2002 |
浦和 |
20 |
J1 |
30 |
0 |
8 |
0 |
1 |
0 |
39 |
0 |
| 2003 |
2 |
30 |
1 |
11 |
0 |
1 |
0 |
42 |
1 |
| 2004 |
14 |
0 |
0 |
0 |
1 |
0 |
15 |
0 |
| 2005 |
33 |
0 |
2 |
0 |
5 |
0 |
40 |
0 |
| 2006 |
27 |
0 |
1 |
0 |
2 |
0 |
30 |
0 |
| 2007 |
31 |
0 |
0 |
0 |
1 |
0 |
32 |
0 |
| 2008 |
21 |
0 |
6 |
0 |
2 |
0 |
29 |
0 |
| 2009 |
29 |
0 |
7 |
0 |
1 |
0 |
37 |
0 |
| 2010 |
31 |
0 |
3 |
0 |
4 |
0 |
38 |
0 |
| 2011 |
5 |
0 |
2 |
0 |
3 |
0 |
10 |
0 |
| 2012 |
|
|
|
|
|
|
|
|
| 通算 |
日本 |
J1 |
251 |
1 |
40 |
0 |
21 |
0 |
312 |
1 |
| 日本 |
他 |
- |
- |
3 |
0 |
3 |
0 |
| 総通算 |
251 |
1 |
40 |
0 |
24 |
0 |
315 |
1 |
その他の公式戦
| 国際大会個人成績 |
FIFA |
| 年度 |
クラブ |
背番号 |
出場 |
得点 |
出場 |
得点 |
| AFC |
ACL |
クラブW杯 |
| 2007 |
浦和 |
2 |
12 |
0 |
3 |
0 |
| 2008 |
4 |
0 |
- |
| 通算 |
AFC |
16 |
0 |
3 |
0 |
[編集] 代表歴
[編集] 出場大会など
[編集] 試合数
- 国際Aマッチ 40試合 0得点(2003-2007)
| 日本代表 |
国際Aマッチ |
| 年 |
出場 |
得点 |
| 2003 |
11 |
0 |
| 2004 |
10 |
0 |
| 2005 |
7 |
0 |
| 2006 |
11 |
0 |
| 2007 |
1 |
0 |
| 通算 |
40 |
0 |
[編集] 関連項目
[編集] CM出演
[編集] 外部リンク
|
Jリーグベストイレブン(DF) |
|
| 1990年代 |
93 大野俊三, 柱谷哲二, ペレイラ, 井原正巳, 堀池巧 | 94 ペレイラ, 井原正巳, 名塚善寛 | 95 相馬直樹, 井原正巳, ブッフバルト | 96 相馬直樹, 井原正巳, ブッフバルト | 97 相馬直樹, 井原正巳, 秋田豊 | 98 相馬直樹, 田中誠, 秋田豊 | 99 中澤佑二, 斉藤俊秀, 森岡隆三
|
|
| 2000年代 |
00 秋田豊, 洪明甫, 松田直樹 | 01 大岩剛, 秋田豊, 名良橋晃 | 02 鈴木秀人, 田中誠, 松田直樹 | 03 坪井慶介, ドゥトラ, 中澤佑二 | 04 田中マルクス闘莉王, ドゥトラ, 中澤佑二 | 05 ストヤノフ, 田中マルクス闘莉王, 中澤佑二 | 06 田中マルクス闘莉王, 山口智, 加地亮 | 07 岩政大樹, 田中マルクス闘莉王, 山口智 | 08 岩政大樹, 内田篤人, 中澤佑二, 田中マルクス闘莉王, 山口智 | 09 岩政大樹, 内田篤人, 田中マルクス闘莉王, 長友佑都
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| 2010年代 |
|
|
| GK | DF | MF | FW |
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