金崎夢生

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金崎 夢生 Football pictogram.svg
名前
愛称 ムー Mu
カタカナ カナザキ ムウ
ラテン文字 KANAZAKI Mu
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1989年2月16日(25歳)
出身地 三重県津市
身長 180cm
体重 70kg
選手情報
在籍チーム ポルトガルの旗 ポルティモネンセSC
ポジション MF(SH, CH) / FW(WG)
背番号 90
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2007-2009
2010-2012
2013
2013-
日本の旗 大分トリニータ
日本の旗 名古屋グランパス
ドイツの旗 ニュルンベルク
ポルトガルの旗 ポルティモネンセ
82 (7)
69 (9)
4 (0)
0 (0)
代表歴2
2009-2010 日本の旗 日本 5 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2013年9月3日現在。
2. 2010年10月12日現在。
テンプレート(ノート 解説)サッカー選手pj

金崎 夢生(かなざき むう、1989年2月16日 - )は、三重県津市出身のプロサッカー選手セグンダ・リーガポルティモネンセSC所属。ポジションはミッドフィールダーフォワード。元日本代表。

来歴[編集]

三重県津市に生まれる。小学校2年生からフットサルを始め、5年生時には全日本少年フットサル大会で3位に入賞するなど、全国的に知られた選手であった[1]

サッカーを始めたのは中学校入学後、3年生時には県大会で3位に入賞した[1]。卒業後は滝川第二高等学校へ進学。高円宮杯全日本ユースサッカー選手権では2年生時に3位、3年生時に優勝の成績をおさめた[1]。同期に橘章斗がいる。2007年、大分トリニータに加入。

加入直後の2007年から中盤の全てをこなせる万能型ミッドフィールダーとして期待されていた[2]が、中盤のレギュラーに割って入ることができずポジション獲得はならなかった。しかし、「スーパーサブ」として重用され、新人ながら18試合に出場した。11月には香川真司の代役としてU-18日本代表にも選出され、攻撃陣を牽引した[3]

2008年には梅崎司が移籍したものの、家長昭博がレンタル移籍で加入し、レギュラーポジションの獲得は厳しいものと思われた。しかし、練習の最中に家長が全治6か月の重傷を負い、その代役としてトップ下のポジションを確保し、リーグ戦全試合に出場した。11月のAFC U-19選手権への日本代表選出も予定されていたが、チーム事情からナビスコカップ決勝優先の判断がされたため選出はされなかった[3]。ナビスコカップではチームを優勝に導き、金崎自身もニューヒーロー賞を獲得した。リーグ戦もチーム最高の4位で終え、これらの活躍を評価されて複数の移籍オファーを受けたが、大分残留を決めた。

2009年1月に日本代表に初選出され、AFCアジアカップ2011予選の対イエメン戦で初出場を記録した。クラブでは開幕前に復帰した家長とレギュラー争いを繰り広げた[4]が、開幕スタメンを勝ち取った。しかし、チームはリーグ戦14連敗を喫する不振に陥りJ2に降格。自身もリーグ戦30試合に出場したものの1得点に留まった。J2降格が決定したことに加えて、チームが深刻な経営難にあることが発覚。経営改善のために主力選手の放出に踏み切り、金崎も移籍することを選択した。国内5クラブからオファーを受け、その中から前年もオファーを送っていた名古屋グランパスエイトを選択。12月16日、両チームから完全移籍が発表された[5]

2010年、背番号は大分でルーキーシーズンにつけていた25に決まった。4-3-3の右ウィングで起用され、開幕戦から得点に絡む活躍を見せた。2012年に名古屋を契約満了で退団。

2013年1月30日、大分時代のチームメイト清武弘嗣が所属するドイツ・ブンデスリーガ1.FCニュルンベルクと1年半契約を結んだ[6]。ニュルンベルクでの登録名はムウ。しかし、移籍1年目は出場機会に恵まれなかった。2013年6月16日、国立競技場で開催された東日本大震災復興支援 2013Jリーグスペシャルマッチにゲストプレイヤーとして出場し、決勝点を決めた。

2013年9月2日、ニュルンベルクとの契約を解除し、セグンダ・リーガ(ポルトガル2部)のポルティモネンセSCへ移籍[7]

所属クラブ[編集]

ユース経歴
プロ経歴

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2007 大分 25 J1 18 2 4 1 1 0 23 3
2008 8 34 4 9 0 0 0 43 4
2009 30 1 3 1 2 3 35 5
2010 名古屋 25 25 4 3 0 2 0 30 4
2011 12 0 2 1 4 0 18 1
2012 32 5 1 0 4 1 37 5
ドイツ リーグ戦 リーグ杯 DFBポカール 期間通算
2012-13 ニュルンベルク 28 ブンデス1部 4 0 - - 4 0
ポルトガル リーグ戦 リーグ杯 ポルトガル杯 期間通算
2013-14 ポルティモネンセ 90 ポルトガル2部
通算 日本 J1 151 16 22 3 13 4 186 22
ドイツ ブンデス1部 4 0 - 0 0 4 0
ポルトガル ポルトガル2部
総通算 155 16 22 3 13 4 190 22
国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFC ACL
2011 名古屋 25 4 3
2012 7 1
通算 AFC 11 4

その他の国際公式戦

タイトル[編集]

クラブ[編集]

大分トリニータ
名古屋グランパス

個人[編集]

  • ナビスコカップ ニューヒーロー賞(2008年)

代表歴[編集]

試合数[編集]

  • 国際Aマッチ 5試合 0得点 (2009 - )


日本代表 国際Aマッチ
出場 得点
2009 1 0
2010 4 0
通算 5 0

脚注[編集]

  1. ^ a b c サポティスタ (2009年12月13日). “大分の金崎夢生が名古屋に移籍”. 2010年2月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年2月12日閲覧。
  2. ^ 日刊スポーツ (2006年10月22日). “大分、滝川二MF金崎と仮契約”. 2009年12月19日閲覧。
  3. ^ a b 元川悦子 (2008年10月21日). “【Jリーグ】金崎夢生のナビスコカップ決勝出場に思う”. 元川悦子コラム. J SPORTS. 2010年2月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年2月12日閲覧。
  4. ^ 日刊スポーツ (2009年2月1日). “金崎vs家長! 大分司令塔争いぼっ発”. 2010年2月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年12月19日閲覧。
  5. ^ 大分トリニータ (2008年12月16日). “金崎夢生選手 名古屋グランパスへの移籍合意のお知らせ”. 2010年2月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年2月12日閲覧。
  6. ^ Goal.com (2013年1月30日). “金崎のニュルンベルク加入が決定、清武とチームメートに”. 2013年1月30日閲覧。
  7. ^ 1.FCニュルンベルク (2013年9月2日). “Mu Kanazaki verlässt den Club”. 2013年9月3日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]