梁勇基

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梁 勇基 Football pictogram.svg
名前
カタカナ リャン・ヨンギ
ラテン文字 RYANG Yong Gi
基本情報
国籍 朝鮮
生年月日 1982年1月7日(32歳)
出身地 大阪府泉北郡忠岡町
身長 173cm
体重 72kg
選手情報
在籍チーム ベガルタ仙台
ポジション MF
背番号 10
利き足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2004- ベガルタ仙台 379 (69)
代表歴
2008- 朝鮮民主主義人民共和国の旗 北朝鮮 18 (4)
1. 国内リーグ戦に限る。2014年1月9日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

梁 勇基(リャン・ヨンギ、량용기1982年1月7日- )は、大阪府泉北郡[1]忠岡町出身のプロサッカー選手MF)。Jリーグベガルタ仙台所属。在日朝鮮人であり北朝鮮代表としてもプレーする。

来歴[編集]

高卒でのJリーグ入りを目指したが外国籍枠の制限によって断念。準外国籍(いわゆる「在日枠」)選手としての認定を受けるために日本の大学への進学を決め[2]、2000年に阪南大学へ進学した。

大学での活躍が認められ、ジェフユナイテッド市原への内定が見込まれていたが、市原は準外国籍選手として金位漫を登録していたため[3][4]破談。その後、2004年2月に川崎フロンターレのキャンプに参加したものの、ここでも契約には至らなかった[4]。Jリーグを諦めて韓国Kリーグ入りを目指そうと渡航及び国籍変更手続きの準備をしていたとき[3]、J2に降格したばかりのベガルタ仙台を高校時代の監督に紹介され[4]、テスト生として入団し、プロ契約に至った。1年目からチームの即戦力として起用されるようになり、この年はリーグ戦32試合に出場。翌2005年にはレギュラーとして完全に定着し、2007年以降は5年連続でリーグ戦全試合出場を果たしている。2008年2009年はチームの主将も務めた(2013年は共同主将[注 1]の一人として再び主将に)。

2011年3月29日に開催された「東北地方太平洋沖地震復興支援チャリティーマッチ[注 2]では、日本国籍以外の選手としてはただ一人、Jリーグの選抜チームである「Jリーグ TEAM AS ONE」のメンバーに選出され、日本代表と初めて対戦した。

エピソード[編集]

J2の連続試合出場記録(145)を持っている。仙台のJ1昇格後も連続試合出場を2シーズン続けていたが、2012年2月のタイ遠征で右膝を傷めJ1開幕戦に出場できず、ディビジョンをまたいでのJリーグ連続試合出場記録は「213」でストップした[6]

高級学校時代、成績は学年でトップクラスだったが、阪南大学でサッカーをするために同大学へ進学した[1]

好きな芸人は宮川大輔である[1]

2012年10月16日から11月13日まで、火曜日に4回に渡って朝日新聞スポーツ面でコラム「継続力」を連載した。

代表歴[編集]

北朝鮮代表にもたびたび招集されており、2008年東アジア選手権南アフリカW杯・アジア3次予選にも出場した。しかし、守備的戦術を採り体力と競り合いの強さを重視する代表の中で持ち味の攻撃的センスを発揮することは難しく、また、2部リーグでプレーしていることでも軽んじられたため[7]重用されることは無かった。2009年に北朝鮮代表が東アジア選手権予選で敗退した際、出場していた同じ在日朝鮮人の鄭大世が梁を待望するコメントを出している。

北朝鮮代表が44年ぶりのW杯に挑む2010年、いわゆるBチームではあるが代表に2年ぶりに招集され、AFCチャレンジカップ2010優勝に大きく貢献。大会得点王及びMVPを獲得した。同年5月には南アフリカW杯本大会の北朝鮮代表候補(24名)に選出されたが、予備登録締め切り日までに手続きが遅れた影響で予備登録メンバーにも登録されず、直前合宿に参加したものの最終エントリーメンバーに残れなかった。実質サポートメンバーとして北朝鮮代表には引き続き帯同した。

同年12月24日にはAFCアジアカップ2011の北朝鮮代表に選出され、グループリーグ全3試合に出場した(うち2試合で先発)。2011年は2014 FIFAワールドカップ・アジア3次予選の北朝鮮代表に選出。日本戦(アウェイのみ)にも出場したが、同予選では特に目立った活躍はできず、チームも最終予選に進めなかった。

所属クラブ[編集]

ユース経歴
プロ経歴

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2000 阪南大 - - - 2 1 2 1
2003 14 - - - 2 1 2 1
2004 仙台 30 J2 32 2 - 2 0 34 2
2005 39 6 - 1 0 40 6
2006 10 42 4 - 1 0 43 4
2007 48 8 - 1 0 49 8
2008 42 13 - 0 0 42 13
2009 51 14 - 4 1 55 15
2010 J1 34 11 3 0 0 0 37 11
2011 34 4 3 0 1 0 38 4
2012 27 3 5 1 1 0 33 4
2013 30 4 2 0 4 1 36 5
2014
通算 日本 J1 125 22 13 1 6 1 144 24
日本 J2 254 47 - 9 1 263 48
日本 - - 4 2 4 2
総通算 379 69 13 1 19 4 401 74
国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFC ACL
2013 仙台 10 5 1
通算 AFC 5 1

その他の公式戦

代表歴[編集]

  • 2005年東アジア競技大会(マカオ)
  • 2010年AFCチャレンジカップ(スリランカ)得点王(4得点)・大会MVP
  • 東アジアカップ2013 予選2次ラウンド(韓国)
  • 朝鮮民主主義人民共和国代表通算11試合9得点(2005)
  • 国際Aマッチ 通算18試合4得点[8](2012年12月14日現在)


北朝鮮代表 国際Aマッチ
出場 得点
2008 2 0
2009 1 0
2010 4 2
2011 8 1
2012 3 1
通算 18 4

受賞歴[編集]

脚注[編集]

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注釈
  1. ^ FW柳沢敦(2011年より継続)、MF梁、DF角田誠、GK林卓人と、各ポジションに主将を置く。
  2. ^ 同年3月11日に発生した同地震東日本大震災)では、翌日に仙台でのホーム開幕戦を控えていた梁も被災した。地震当日は移動中の車内で一夜を明かし、その後は同僚選手との共同生活を行うなど、練習不足の状態だった[5]
  3. ^ 2002年3月閉校。
出典

参考文献[編集]

外部リンク[編集]