鄭大世

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鄭 大世 Football pictogram.svg
Jong Tae-Se.jpg
名前
愛称 テセ、人民のルーニー
カタカナ チョン・テセ
ラテン文字 CHONG Tese / JUNG Dae-se/Jong Tese
ハングル 정대세
基本情報
国籍 韓国の旗 韓国/朝鮮民主主義人民共和国の旗 北朝鮮
生年月日 1984年3月2日(30歳)
出身地 日本の旗 愛知県名古屋市
身長 181cm
体重 81kg
選手情報
在籍チーム 韓国の旗 水原三星ブルーウィングス
ポジション FW
背番号 14
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2006-2010
2010-2012
2012
2013-
日本の旗 川崎フロンターレ
ドイツの旗 VfLボーフム
ドイツの旗 1.FCケルン
韓国の旗 水原三星ブルーウィングス
112 (46)
39 (14)
10 (0)
()
代表歴2
2007- 朝鮮民主主義人民共和国の旗 北朝鮮 34 (16)
1. 国内リーグ戦に限る。2012年1月10日現在。
2. 2012年9月10日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

鄭 大世(チョン・テセ、정대세1984年3月2日 - )は、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)代表サッカー選手ポジションフォワード (FW) 。Kリーグクラシック(Kリーグ1部)水原三星ブルーウィングス所属。韓国籍、愛知県名古屋市生まれの在日コリアン(3世)。

来歴[編集]

愛知朝鮮第二初級学校(日本の小学校に相当)4年生の時にサッカーを始める。朝鮮大学校体育学部に在籍し、蹴球部所属時には東京都大学サッカーリーグ下部でプレーする傍ら、サッカー代理人契約を結んだ田邊伸明の紹介を受け、プロ入りを目指してJリーグの数チームで練習生として参加。川崎フロンターレの練習に参加した際の、専修大学との練習試合で挙げた5得点などが評価され、卒業後の2006年に川崎に入団した(同大学から直接Jリーグへ進んだのは鄭が初めてである)。

初年度は交代出場が多かったものの、コンスタントに出場機会を得て、同年7月19日のJ1第13節・鹿島アントラーズ戦(カシマ)でJリーグ初得点を挙げた。

2007年にはAFCチャンピオンズリーグ2007にも出場し、このとき初めて訪れたという韓国での全南ドラゴンズ戦で得点を挙げ、川崎のグループリーグ突破に貢献した。また、同年10月28日に行われたJ1第30節・FC東京戦(味の素スタジアム)では、自身プロ入り初となるハットトリックを記録した。2007年シーズンの後半からはスタメンに定着しゴールを量産、12得点をあげた。

2007年6月にマカオで開催された東アジアサッカー選手権2008予選大会の北朝鮮代表に選出され、3試合で8ゴールを挙げ得点王となり、チームの本大会出場に貢献した。

2009年6月に所属する北朝鮮代表が44年ぶり2度目のワールドカップ出場を決めた。

東アジア選手権2008本選では、第1戦で日本代表から1得点(試合は引き分け、第2戦の韓国戦で1得点、第3戦中国戦でも1アシストを見せた。この活躍により、FIFA公式サイトでは朝鮮人選手として初となるロングインタビューが紹介された。

2010年6月ワールドカップのグループリーグ第1戦にて、FIFAランキング1位で優勝候補に挙げられたブラジルと対戦。ブラジルの圧倒的有利が予想されたが、0-2のビハインドから北朝鮮のゴールをヘディングでアシストするも、試合は1-2で敗れた。ワールドカップ後にドイツ・ブンデスリーガ2部ボーフムへ2年契約(1年間の延長オプション付き)で移籍が決定した。

2010-11年シーズンは、ホームでの開幕戦・1860ミュンヘン戦に先発出場し、2ゴールを決める活躍を見せ[1]、フリードヘルム・フンケル監督から「彼には驚かされている。あんなにオープンなアジア人は見たことがない。彼の成長を見るのが、毎日楽しみなんだ」と評価された[2]。このシーズン、チームは昇格プレーオフで敗れ、1部昇格は逃すも自身はリーグ戦10得点を挙げる活躍を見せた。

2012年1月、ブンデスリーガ1部1.FCケルンへの移籍が発表された[3]。 終盤では出場機会が無くなり、移籍先を探すようになった。

2013年1月10日、Kリーグクラシック(Kリーグ1部)・水原三星ブルーウィングスは、同クラブと3年契約を結んだと発表した。韓国での報道によれば、移籍金は30万ユーロ(約3500万円)で年俸は3億ウォン(約2500万円)[4]。2013年6月16日、国立競技場で開催された東日本大震災復興支援 2013Jリーグスペシャルマッチにゲストプレイヤーとして出場した。

人物[編集]

特徴的な容姿は、しばしば「パンストをかぶっているような顔」とたとえられ、これに対して本人は「『どんだけ失礼やねん!』とキレながらも、ちょっとおいしいと思ってる」と心境を述べている[5]。テレビ番組『やべっちFC』では、「(`ε´)ノ」という顔文字で鄭が表されており、これはサポーターの横断幕にも描かれるほど定着している。本人のブログも、最後にこの顔文字が使用されている。敬語でも一人称は「オレ」を使う(マスコミ向けのインタビューでは「僕」を使用している)。

母校の愛知朝鮮中高級学校を度々訪れ蹴球部の指導をしている。またファジアーノ岡山李彰剛とは初級学校から高級学校までチームメイトであり親交が深い。

祖国への思い[編集]

鄭大世は父親の国籍と同じく韓国籍だが、朝鮮学校で教育を受けたため心の祖国は北朝鮮であり、かねてから「ずっと祖国(北朝鮮)の代表になりたかった」と語っていた[6]。そのため韓国籍を放棄して朝鮮籍を取得しようとしたが、韓国政府は北朝鮮を国家として承認していないため拒否され、在日本朝鮮人蹴球協会の助けを得て、韓国籍のまま北朝鮮のパスポートを取得し、FIFA(国際サッカー連盟)に北朝鮮代表としての出場を認めさせている[7]。スポーツライターの慎武宏は、韓国籍ながら北朝鮮代表として出場する鄭大世の人生について「歴史が生んだ矛盾」だと語っている[8]

在日韓国人3世でありながら朝鮮語も非常に堪能ではあるが、母語は日本語であるため日本語訛りは抜けていない。北朝鮮・韓国メディアからの取材には朝鮮語で対応している。日韓リーグオールスター戦ではJリーグ代表として出場し、韓国Kリーグと対戦する心境を「国家の代表としては北朝鮮代表だが、今回は日本代表として出て少し複雑な心境だ」と吐露していた[9]

夢は「北朝鮮代表としてワールドカップに出ること」であり、出場した2010 FIFAワールドカップの初戦・ブラジル戦では国歌斉唱時に感極まって涙した。試合後に「サッカーを始めたときから、この日をずっと想像していた。この大きな場所で世界一のブラジルと戦えたことをうれしく思う」と語った[10]。この涙は韓国でも話題となり「人民のルーニー」と呼ばれた[11]

2010年7月に中央日報のインタビューを受け、2010 FIFAワールドカップの対ポルトガル戦で雨天用スパイクが足りず、性能も悪かったというエピソードを話し、記者から「韓国代表日本代表に入ったほうが条件がいいのでは」と質問され、「金銭的な面や良い環境はプロチームで追求すればよい。自分にとって国家代表はお金ではなく信念を確認する舞台」と返答している。また「祖国は母のような存在で、変えることはできない」とも述べている。また韓国の印象について聞かれ「ワンダーガールズのファン。かわいいのもよいが、表現力が感動的なほど優れている。日本人の同僚とカラオケに行けば『独島はわが領土』をよく歌う。日本の友達も韓国語を聞き取れないので‘ウリタン(わが領土)’という部分を一緒に歌う」と返答している[12][13]

2011年2月にZDFのインタビューにおいて、「自分はスポーツ選手であり、政治家ではない」[14]として北朝鮮の政治状況に関する質問には回答していない一方、前述の通り竹島に関しては政治的な立場を明確にしている。

2013年6月21日、鄭大世が、海外のテレビ番組で金正日総書記を「尊敬している」と発言したことを受けて、韓国の検察は国家保安法違反容疑で鄭大世を捜査していると報道された[15]

Jリーグ準外国籍選手枠[編集]

Jリーグでは通常の外国人枠とは別に各クラブ1名まで出場することができる準外国籍選手枠(在日枠)を活用して入団。なお、同制度は日本の学校を卒業した者を対象としているため、鄭は朝鮮大学校在学中に通信制クラーク記念国際高等学校ダブルスクールし、日本の高校を卒業している[16]。鄭の川崎入団に伴い、それまで同クラブの準外国人枠選手だった鄭容臺が期限付き移籍終了により退団した。

Jリーグの試合や日本サッカー協会が主催する天皇杯全日本サッカー選手権では、他の外国人とは別扱いで参加できたが、2007年のAFCチャンピオンズリーグでは同僚のブラジル人選手達との登録枠争いが生じた。結果としては負傷で苦しむフランシスマールが外れ、鄭が出場可能となった。2009年シーズンからはAFCチャンピオンズリーグ等でアジア・クウォータ制が採用され、Jリーグとの差は解消された。

なおKリーグ規約では「北朝鮮国籍選手は自国扱い」としているため、外国籍選手枠の対象からは外れる。AFCチャンピオンズリーグには韓国籍選手として登録されている模様で、同リーグの外国人枠(およびAFC加盟国枠)対象にはならない。[17]

エピソード[編集]

  • ワールドカップのユニフォームの背中の名前のプリント部分に「J. TAE SE」の下に薄っすらと「A. YONG HAK」と名前の後が消された後がある。これはユニフォーム製作の際、安英学の名前をミスプリントし、再度鄭の名前がプリントされているため。本人は、「ミスったなら新しいのつくれよ。」と言いつつも、「ヨンハさんの魂を受け継いで試合頑張れる」とし、気に入っているとのこと[18]

所属クラブ[編集]

ユース経歴
プロ経歴

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2006 川崎 16 J1 16 1 4 0 2 2 22 3
2007 24 12 5 2 4 3 33 17
2008 33 14 4 1 2 0 39 15
2009 9 29 14 5 2 4 3 38 19
2010 10 5 - - 10 5
ドイツ リーグ戦 リーグ杯 DFBポカール 期間通算
2010-11 ボーフム 9 ブンデス2部 25 10 - 1 0 26 10
2011-12 14 4 - 1 1 15 5
ケルン ブンデス1部 5 0 - - 5 0
2012-13 ブンデス2部 5 0 - 1 0 6 0
韓国 リーグ戦 リーグ杯 FA杯 期間通算
2013 水原 14 Kリーグ 23 10 - 0 0 23 10
通算 日本 J1 112 46 18 5 12 8 142 59
韓国 Kリーグ 23 10 - 0 0 23 10
ドイツ ブンデス1部 5 0 - 0 0 5 0
ドイツ ブンデス2部 44 14 - 3 1 47 15
総通算 184 70 18 5 15 9 217 84
国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFC ACL
2007 川崎 16 7 2
2009 9 9 2
2010 3 1
2013 水原 14 4 0
通算 AFC 23 5

経歴[編集]

代表歴[編集]

参加大会[編集]

試合数[編集]


北朝鮮代表 国際Aマッチ
出場 得点
2007 3 8
2008 10 3
2009 7 1
2010 5 3
2011 8 0
2012 1 1
通算 34 16

関連書籍[編集]

  • 『大世―チョンテセ BIG WORLD』森雅史著、小学館クリエイティブ、2010年5月31日初版発行 ISBN 978-4778037154

脚注[編集]

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  1. ^ ボーフム鄭大世が2得点 ドイツ2部リーグ開幕戦、47news、共同通信、2010年8月24日発行。
  2. ^ ブンデスリーガに挑む日本人「言葉の壁」を乗り越えて (2/2)、スポーツナビ、2010年8月20日発行。
  3. ^ チョン・テセがケルンに移籍…背番号はエースナンバーの「9」SOCCER KING、2012年1月31日
  4. ^ 水原と3年契約 北朝鮮代表の鄭大世-スポーツナビ2013年1月10日
  5. ^ サッカー北朝鮮代表の鄭大世、「パンスト顔」OK、アメーバニュース、2009年5月20日発行。[リンク切れ]
  6. ^ 国籍変えても思い一つ、朝日新聞、2008年9月17日発行。
  7. ^ “魂”の証明――鄭大世(チョン・テセ)(2/2)、スポーツナビ、2008年2月26日発行。
  8. ^ 韓国籍に北朝鮮代表、鄭大世の人生は歴史が生んだ矛盾中央日報、2010年7月8日発行。
  9. ^ 재일동포 정대세 "독도는 당연히 한국땅!"、韓国NAVER/CBSノーカットニュース、2008年7月16日発行。
  10. ^ 鄭大世、W杯ピッチで男泣き「背負って戦う国は1つ」、朝日新聞、2010年6月16日発行。
  11. ^ 鄭大世の涙、韓国で人気沸騰「人民のルーニー」、産経新聞、2010年6月17日発行。
  12. ^ 鄭大世「雨天用スパイクなかったわけではないが…」、中央日報、2010年7月7日発行。
  13. ^ 鄭大世「韓日がうらやましいが、祖国は変えられない」、中央日報、2010年7月7日発行。
  14. ^ Chong Tese: Star aus dem Schattenreich、ZDF.de Sport、2011年2月25日発行。
  15. ^ “韓国検察、鄭大世さんを捜査 「金総書記を尊敬」発言、国家保安法違反での告発受け”. 産経新聞. (2013年6月21日). http://sankei.jp.msn.com/world/news/130621/kor13062112590002-n1.htm 2013年6月21日閲覧。 
  16. ^ 『大世―チョンテセ BIG WORLD』森雅史著 p91
  17. ^ http://images.the-afc.com/mediakit/acl2013/acl2013-presskit-h4.pdf
  18. ^ ついにきました!!、鄭大世公式ブログ、2010年6月9日発行。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]