権田修一

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権田修一
名前
愛称 ゴンちゃん
カタカナ ゴンダ シュウイチ
ラテン文字 GONDA Shuichi
基本情報
国籍 日本
生年月日 1989年3月3日(20歳)
出身地 東京都世田谷区
身長 187cm
体重 80kg
血液型 A型
選手情報
在籍チーム FC東京
ポジション GK
背番号 20
利き足 右足
クラブチーム1
クラブ App (G)
2007-現 在 FC東京 0 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2008年12月8日現在。
Template(ノート 解説)サッカー選手pj

権田修一(ごんだ しゅういち、1989年3月3日 - )は、JリーグFC東京に所属するプロサッカー選手ゴールキーパー)。

目次

[編集] 来歴

バスケットボール選手の両親を持つスポーツ一家で育つ。小学校時は川崎市内のサッカークラブに入っていたため、ゴールキーパーとして川崎選抜に選ばれていた。ユースチーム加入時には、横浜F・マリノス川崎フロンターレのユースチームにも合格していたが、小学校時に近所のサッカースクールにFC東京がコーチングスタッフを派遣しており、権田がその指導に好印象を受けた事と、そのスクール生には観戦チケットがプレゼントされ、駒沢陸上競技場にてJ2時代のFC東京の試合を生観戦したことなどが決め手となり、FC東京U-15への入団を選択した。

ユースではクラブユース選手権で優勝し日本一を経験、U-17日本代表にも選ばれU-17アジア選手権では日本のゴールマウスを守った。

2005年からトップチームの練習に帯同し始め、2007年からは高校に在学しながらFC東京トップチームに正式に昇格となった。FC東京初の「平成生まれの選手」でもある。その2007年シーズン終盤ではサブとして公式戦ベンチ入りも果たした。

2008年10月、U-19日本代表の主将としてFIFA U-20ワールドカップアジア地区予選を兼ねたアジアユース選手権サウジアラビア)に挑んだが、準々決勝で韓国に0-3と完敗。結果として日本が7大会連続で出場し続けていたU-20ワールドカップへの出場権を取り逃すことになってしまうという苦い経験をした。試合後には悔し涙を流しながらもTVインタビューに対応し、主将として責任感の強い部分を見せた。

この2008年中にFC東京は権田との契約を複数年延長し、将来のチームの大黒柱候補としての期待の大きさを伺わせている。

2009年1月下旬、FC東京の正GKである塩田仁史虫垂炎の手術のため入院。術後合併症による麻痺性腸閉塞を併発した塩田はその治療のため長期離脱を強いられたことから、権田が開幕スタメンで公式戦デビューすることとなった。その開幕では4失点、第2節も3失点と苦いデビューとなったが、第3節で完封勝利して以降は落ち着いたプレーを取り戻し、シュートに対する鋭い反応でチームに貢献。出場時間が規定に達しプロA契約選手となった。

[編集] 所属クラブ

[編集] 個人成績

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2006 FC東京 37 J1 0 0 0 0 0 0 0 0
2007 FC東京 34 J1 0 0 0 0 0 0 0 0
2008 FC東京 19 J1 0 0 0 0 0 0 0 0
2009 FC東京 20 J1
通算 日本 J1 0 0 0 0 0 0 0 0
総通算 0 0 0 0 0 0 0 0

*2006年はユース所属。  

[編集] 経歴

[編集] 代表歴

[編集] 外部リンク

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