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山岸 智 |
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| 名前 |
| 愛称 |
ヤマ |
| カタカナ |
ヤマギシ サトル |
| ラテン文字 |
YAMAGISHI Satoru |
| 基本情報 |
| 国籍 |
日本 |
| 生年月日 |
1983年5月3日(28歳) |
| 出身地 |
千葉県千葉市 |
| 身長 |
181cm |
| 体重 |
77kg |
| 選手情報 |
| 在籍チーム |
サンフレッチェ広島 |
| ポジション |
MF |
| 背番号 |
16 |
| 利き足 |
右足 |
| ユースクラブ1 |
| 年 |
クラブ |
1996-1998
1999-2001 |
海浜イレブン (稲毛第二小)
ジェフユナイテッド市原jr.ユース (稲毛中)
ジェフユナイテッド市原ユース (浦安高) |
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| クラブチーム1 |
|
|
| 代表歴 |
| 2006-2008 |
日本 |
11 (0) |
|
1. 国内リーグ戦に限る。2011年1月18日現在。
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山岸 智(やまぎし さとる、1983年5月3日 - )は、日本のプロサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。Jリーグ・サンフレッチェ広島所属。千葉県千葉市出身。東京学館浦安高等学校卒業。
[編集] 人物
左右やサイドバック・ウイングバックの差を問わず、アウトサイドならばどこでもこなせる選手[1][2]。過去にはセンターフォワードやトップ下も経験している[2]。運動量が豊富で、オフ・ザ・ボールの動きからゴール前に飛び込むプレーが持ち味[3][4]。
[編集] 来歴
ジェフユナイテッド市原ジュニアユース及びユース出身。ジュニアユース時代はセンターフォワード、ユース時代はフォワードの他、ボランチやウイングなど複数のポジションを経験した[2]。中学3年次にクラブユース選手権優勝、高校3年次2001年のJユースカップで大会得点王に輝く。[4]
2002年、トップチームに昇格。翌2003年、イビチャ・オシムによって評価され[4]、同シーズンの開幕戦・対東京ヴェルディ1969戦で、右ウイングの位置でプロ初先発出場。その後は坂本將貴と右サイドのスタメンを争う存在となった。2005年、左サイドを務めていた村井慎二の移籍に伴い、左サイドとしても出場機会を増やしていく。
2006年、先発メンバーに定着。リーグ戦は全試合に出場。自己最多の6得点を挙げ、ナビスコカップにおいても5試合出場で4得点とゴールを量産、カップ戦連覇に大きく貢献した。リーグ戦ではイエローカードを1枚も貰わなかったことから、フェアプレー個人賞を受賞した。同年10月、日本代表監督に就任したオシムによってA代表に初めて選出され[5]、2006年10月4日のガーナ戦で代表初キャップを飾った。翌2007年、アジアカップにも出場。2007年末、川崎フロンターレからオファーが届き、千葉からは残留要請されるも、千葉フロントに対する不信感から移籍を決意する[6]。
2008年より、川崎フロンターレへ完全移籍。移籍金2億5千万円(推定)[6]。サイドバックとして起用される[7]も機能せず[8]、リーグ29試合に出場しながらも先発から外れることが増えた。翌2009年、サイドアタッカーへのコンバートを志願するも[4]、若手選手の台頭もあってわずか16試合の出場となり[9]、無得点に終わった。また、この頃オシムが日本代表監督を退任するが、それ以降は代表から遠ざかっている。
2010年、出場機会を求めてサンフレッチェ広島へ期限付き移籍[7]。広島では負傷欠場の時期を除いてレギュラーに定着し、3年ぶりの得点も記録。2011年より完全移籍を果たした[10]。
[編集] 個人成績
| 国内大会個人成績 |
| 年度 |
クラブ |
背番号 |
リーグ |
リーグ戦 |
リーグ杯 |
オープン杯 |
期間通算 |
| 出場 |
得点 |
出場 |
得点 |
出場 |
得点 |
出場 |
得点 |
| 日本 |
リーグ戦 |
ナビスコ杯 |
天皇杯 |
期間通算 |
| 2002 |
市原 |
26 |
J1 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
| 2003 |
市原 |
26 |
J1 |
20 |
2 |
3 |
0 |
0 |
0 |
23 |
2 |
| 2004 |
市原 |
16 |
J1 |
12 |
4 |
3 |
0 |
0 |
0 |
15 |
4 |
| 2005 |
千葉 |
16 |
J1 |
30 |
2 |
7 |
0 |
1 |
0 |
38 |
2 |
| 2006 |
千葉 |
16 |
J1 |
34 |
6 |
10 |
5 |
1 |
0 |
45 |
11 |
| 2007 |
千葉 |
16 |
J1 |
34 |
6 |
5 |
1 |
1 |
0 |
40 |
7 |
| 2008 |
川崎 |
8 |
J1 |
29 |
0 |
3 |
0 |
0 |
0 |
32 |
0 |
| 2009 |
川崎 |
8 |
J1 |
16 |
0 |
2 |
0 |
0 |
0 |
18 |
0 |
| 2010 |
広島 |
16 |
J1 |
24 |
3 |
2 |
2 |
1 |
0 |
27 |
5 |
| 2011 |
広島 |
16 |
J1 |
|
|
|
|
|
|
|
|
| 2012 |
広島 |
16 |
J1 |
|
|
|
|
|
|
|
|
| 通算 |
日本 |
J1 |
199 |
23 |
35 |
8 |
4 |
0 |
238 |
31 |
| 総通算 |
199 |
23 |
35 |
8 |
4 |
0 |
238 |
31 |
- その他の国際公式戦
[編集] 個人タイトル
- 2001年: Jユースカップ得点王
- 2006年: Jリーグ フェアプレイ個人賞
[編集] 代表歴
| 日本代表 |
国際Aマッチ |
| 年 |
出場 |
得点 |
| 2006 |
3 |
0 |
| 2007 |
5 |
0 |
| 2008 |
3 |
0 |
| 通算 |
11 |
0 |
[編集] 脚注
[編集] 関連項目
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