Jリーグカップ

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Jリーグカップ(J. League Cup)は、日本プロサッカーリーグが主催するリーグカップである。第1回の1992年から菓子メーカーのヤマザキナビスコが冠スポンサーとなりJリーグ・ヤマザキナビスコカップと称する。ナビスコカップと通称される。カップウィナーに対してJリーグカップとヤマザキナビスコカップが授与される。

2007年の優勝チームから、翌年2月に開催されるパンパシフィックチャンピオンシップ、翌夏に開催されるスルガ銀行チャンピオンシップに参加することになった。

目次

[編集] 歴史

1992年にJリーグのプレ開幕戦として第1回大会が開催された。

これ以前のJSL時代のリーグカップとしては1・2部の全チーム出場のJSLカップと、1990年から2年間だけ行われた1部リーグのみによるコニカカップがあった。

Jリーグカップは冠スポンサーとしてヤマザキナビスコを頂き、JSLカップのリーグ戦開幕直前の前哨戦という位置付けであった性格からも大きく変容してリーグ戦と並ぶもう一つのタイトルというポジションの確立を目指した。1995年を除いてJリーグと並行して開催されている。

1993年、1994年、1997年、1998年シーズンは、全てのJリーグチームとJリーグに参加する意思を持つJリーグ準会員によってカップが争われた。1999年にJ2リーグが誕生すると、J1リーグとJ2リーグの全てのチームによってカップが争われる事になった。同時に準決勝以下の試合をホーム・アンド・アウェーのノックアウト式トーナメントで実施するようになりこの形態は2001年シーズンまで続いた。この時期が欧州のリーグカップの形態に最も近づいた時期となった。2002年からはJ2リーグの試合数が増大したためJ1リーグの参加チームのみで争われる事になった。この代わりにグループリーグを導入して試合数を確保するように努めた。

Jリーグ開幕期を除いて2001年までは、Jリーグチャンピオンシップ天皇杯決勝と比較すると地味なイメージが拭えず、決勝戦の動員は2-3万人台で推移していた。こうした状況に変化が起きたのは2002年シーズンからである。この年浦和レッズが決勝戦に進出し、人気チーム浦和の初タイトルがかかった試合ということでチケットがプレミア化し、スタンドは満員の観客であふれかえる事になった。以降浦和が3年連続で決勝戦に進出した事によって決勝戦チケットのプレミア化とリーグカップに対する注目度が上昇することが常態化した。2005年シーズンはジェフ千葉ガンバ大阪のマッチアップで浦和が絡まなかったものの、ここでもチケットはほぼ完売し2002年以前の決勝戦とはサポーターの間での捉えられ方が異なる事を印象付けた。最近では2006年から3年連続で決勝戦のチケットが完売している。2009年は東京と川崎という首都圏を本拠地とするチーム同士の対戦となり、中継を行ったフジテレビによるとチケットが20分で完売したと伝えられた。

[編集] レギュレーション

大会レギュレーションは必ずしも毎年一定ではなく、オリンピックやワールドカップといった国際的スケジュールに大きく左右される要素が多い。詳細はシーズンごとの項目を参照されたい。決勝日のスケジュールについては2000年以降、基本的に11月3日文化の日、もしくはその近くに設定されている。

[編集] 表彰・賞金

優勝 賞金1億円、Jリーグカップ、ヤマザキナビスコカップ、優勝メダル
準優勝チーム 5000万円、Jリーグ盾、準優勝メダル
3位(2チーム) 両チームにそれぞれ2000万円、Jリーグ盾
個人賞 MVP・ニューヒーロー賞

[編集] MVP

決勝戦のみで選出される。受賞者には記念トロフィー(オーナメント)と賞金100万円が贈られる。

[編集] ニューヒーロー賞

準決勝までの試合で最も活躍した23歳以下の選手に贈られる賞。リーグカップの新人王と位置づけられる。この賞の受賞者は後に代表に選ばれるなど、日本サッカー界にとって欠かすことのできない選手に成長することが多いことから、若手選手の登竜門と一般に捉えられている。

条件は大会開幕日に満年齢23歳以下で、過去の同賞を獲得したことのない選手。マスコミによる投票集計を基に決勝戦前日の前夜祭で表彰される。受賞者には記念トロフィー(オーナメント)と賞金50万円が、副賞としてナビスコ製品1年分が贈呈される。

[編集] 詳細

優勝チーム 決勝スコア 準優勝チーム 3位 MVP ニューヒーロー賞
1992年
詳細
ヴェルディ川崎 1 - 0 清水エスパルス 鹿島アントラーズ
名古屋グランパスエイト
三浦知良(V川崎)
1993年
詳細
ヴェルディ川崎 2 - 1 清水エスパルス 横浜フリューゲルス
ガンバ大阪
ビスマルク(V川崎)
1994年
詳細
ヴェルディ川崎 2 - 0 ジュビロ磐田 横浜マリノス
ガンバ大阪
ビスマルク(V川崎)
1995年 開催せず
1996年
詳細
清水エスパルス 3 - 3(延長)
PK戦:5 - 4
ヴェルディ川崎 柏レイソル
ベルマーレ平塚
サントス(清水) 名波浩(磐田)
斉藤俊秀(清水)
1997年
詳細
鹿島アントラーズ 第1レグ:2 - 1
第2レグ:5 - 1
合計:7 - 2
ジュビロ磐田 横浜フリューゲルス
名古屋グランパスエイト
ジョルジーニョ(鹿島) 三浦淳宏(横浜F)
1998年
詳細
ジュビロ磐田 4 - 0 ジェフ市原 鹿島アントラーズ
清水エスパルス
川口信男(磐田) 高原直泰(磐田)
1999年
詳細
柏レイソル 2 - 2(延長)
PK戦:5 - 4
鹿島アントラーズ FC東京
名古屋グランパスエイト
渡辺毅(柏) 佐藤由紀彦(FC東京)
2000年
詳細
鹿島アントラーズ 2 - 0 川崎フロンターレ 名古屋グランパスエイト
京都パープルサンガ
中田浩二(鹿島) 鈴木隆行(鹿島)
2001年
詳細
横浜F・マリノス 0 - 0(延長)
PK戦:3 - 1
ジュビロ磐田 鹿島アントラーズ
名古屋グランパスエイト
榎本達也(横浜FM) 曽ヶ端準(鹿島)
2002年
詳細
鹿島アントラーズ 1 - 0 浦和レッズ 清水エスパルス
ガンバ大阪
小笠原満男(鹿島) 坪井慶介(浦和)
2003年
詳細
浦和レッズ 4 - 0 鹿島アントラーズ 清水エスパルス
ジュビロ磐田
田中達也(浦和) 田中達也(浦和)
2004年
詳細
FC東京 0 - 0(延長)
PK戦:4 - 2
浦和レッズ 東京ヴェルディ1969
名古屋グランパスエイト
土肥洋一(FC東京) 長谷部誠(浦和)
2005年
詳細
ジェフ千葉 0 - 0(延長)
PK戦:5 - 4
ガンバ大阪 浦和レッズ
横浜F・マリノス
立石智紀(千葉) 阿部勇樹(千葉)
2006年
詳細
ジェフ千葉 2 - 0 鹿島アントラーズ 川崎フロンターレ
横浜F・マリノス
水野晃樹(千葉) 谷口博之(川崎F)
2007年
詳細
ガンバ大阪 1 - 0 川崎フロンターレ 鹿島アントラーズ
横浜F・マリノス
安田理大(G大阪) 安田理大(G大阪)
2008年
詳細
大分トリニータ 2 - 0 清水エスパルス 名古屋グランパス
ガンバ大阪
高松大樹(大分) 金崎夢生(大分)
2009年
詳細
FC東京 2 - 0 川崎フロンターレ 横浜F・マリノス
清水エスパルス
米本拓司(FC東京) 米本拓司(FC東京)

[編集] クラブ別優勝回数

チーム
3回 ヴェルディ川崎(現・東京ヴェルディ) 1992, 1993, 1994
鹿島アントラーズ 1997, 2000, 2002
2回 ジェフユナイテッド千葉 2005, 2006
FC東京 2004, 2009
1回 清水エスパルス 1996
ジュビロ磐田 1998
柏レイソル 1999
横浜F・マリノス 2001
浦和レッドダイヤモンズ 2003
ガンバ大阪 2007
大分トリニータ 2008

[編集] 記録

大会通算最多得点者は西澤明訓(C大阪、清水)、中山雅史(磐田)で25得点である。

[編集] テレビ中継

この他準決勝までに関しては、地上波では放映権を持つフジテレビ系列で放送(予選などは系列局が制作した中継をフジテレビONEでも放送される)されることが多いほか、一部独立テレビ局でも放送されることがある。
2009年度は準決勝戦の模様がフジテレビONE(地上波で録画中継が行われる場合は地上波局制作)で放送された。
  • 衛星放送
    • 1992年-2001年 WOWOW(ほぼ全試合を中継)
    • 2002年- BSフジフジテレビ739
    • 2009年- BSフジ、フジテレビONE(‐739より名称変更)

[編集] ラジオ中継

[編集] 外部リンク