安田理大
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| 安田 理大 | ||
|---|---|---|
| 名前 | ||
| 愛称 | ミチ | |
| カタカナ | ヤスダ ミチヒロ | |
| ラテン文字 | YASUDA Michihiro | |
| 基本情報 | ||
| 国籍 | ||
| 生年月日 | 1987年12月20日(21歳) | |
| 出身地 | 大阪府吹田市 (兵庫県神戸市生まれ) |
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| 身長 | 173cm | |
| 体重 | 65kg | |
| 血液型 | O型 | |
| 選手情報 | ||
| 在籍チーム | ガンバ大阪 | |
| ポジション | LSB、MF | |
| 背番号 | 13 | |
| 利き足 | 右足 | |
| クラブチーム1 | ||
| 年 | クラブ | App (G) |
| 2006- | ガンバ大阪 | 57(0) |
| 代表歴2 | ||
| 2005-07 2008 2008- |
6(3) 3(0) 6(1) |
|
| 1. 国内リーグ戦に限る。2008年12月6日現在。 2. 2009年2月4日現在。 ■Template(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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安田 理大(やすだ みちひろ、1987年12月20日 - )は、大阪府吹田市出身(生まれは兵庫県神戸市)のサッカー選手。ポジションは左サイドバック及びミッドフィールダー。Jリーグ・ディビジョン1、ガンバ大阪所属。同クラブに所属する安田晃大は実弟。大阪府立吹田東高等学校卒業。
目次 |
[編集] プレースタイル
右利きだが左サイドを担当することの多いドリブラーである。「仕掛ける」という意識が高く、優れた足元の技術(特にシザースフェイントが秀逸)とスピードを生かした果敢な攻撃参加が武器。
左サイドバックとして、思い切りのいい攻め上がりを見せている。守備力やクロスの精度が課題であったが、レギュラー定着により守備力も大幅に改善した。ドリブル突破後のクロス、シュートの精度も急激に成長している。
また、2009年シーズンには、チーム事情として左サイドハーフや右サイドバックとしても出場している。
[編集] 来歴
兵庫県神戸市に生まれ、5歳の時に大阪府吹田市に転居。サッカーと出会ったのはこの頃で、近所の友達と毎日サッカーをしていたという。当時住んでいたマンションは万博記念競技場のすぐ近くにあり、ホームゲームには家族揃って毎試合のように通う熱心なガンバ大阪ファンとなる。[1]小学4年生のときに兄弟とともにガンバ大阪のジュニアチームに入団し、その後ジュニアユース、ユースへと昇格する。ユース時は中盤がほぼフラットの4-4-2で左サイドハーフを務め、試合展開によってはフォワードに近い位置で起用されたこともある。年代別代表にも名を連ね、AFCユース選手権予選のU-18北朝鮮代表戦では、途中出場ながら決勝点を挙げて本大会出場を決めた。このチームでは左サイドバックでの起用が多かった。
2006年にガンバ大阪ユースからトップチームに昇格。この時に同時に昇格した6人組にはクラブによって「G6」という愛称がつけられていた。[2][3]2006年4月1日の清水エスパルス戦で公式戦デビューを飾るが、この年の出場は2試合に留まった。
当初は中盤でプレーしていたが、2007年は世代別代表で経験のあった左サイドバックとして抜擢され、ゼロックススーパーカップ・浦和レッドダイヤモンズ戦で初スタメンを飾り、得意のドリブルで浦和レッズの守備陣を翻弄。ガンバ大阪の初優勝に貢献した(本人曰く、「俺(運を)持ってるな!」とのこと)。そのプレーは日本サッカー協会キャプテン川淵三郎と日本代表監督 イビチャ・オシムから絶賛された。
その後の開幕戦でもスタメンで出場し、左サイドバックのレギュラーに定着した。同年のナビスコカップでは「ニューヒーロー賞」を受賞。さらに決勝戦では決勝ゴールとなるプロ初ゴールを挙げ、MVPを受賞。ニューヒーロー賞とナビスコカップMVPのダブル受賞は田中達也(浦和)に次いで2人目だった。[4] こうして飛躍の年となった2007年の12月には岡田武史監督就任後初めてのA代表合宿に初招集。つづく、2008年2月の東アジア選手権メンバーには追加招集され、2月17日の北朝鮮戦で途中出場して国際Aマッチ初キャップを記録した。2009年2月4日の親善試合・フィンランド戦で代表初ゴールを記録。 2009年より登録をMFからDFに変更した。
[編集] エピソード
- 憧れのサッカー選手は三浦知良。
- 尊敬する人物は坂本竜馬。中学時代に司馬遼太郎の「竜馬がゆく」を読破したことがきっかけ。
- 小学生の時はガンバのファンクラブに入っており、ホーム万博の試合は毎試合観戦し、いつか自分もそのピッチに立つことが夢であった。
- 高校3年時に出場したプリンスリーグU-18関西大会決勝戦、対滝川第二高等学校戦にて、左サイドハーフェイラインから単独でドリブル突破を敢行。次々と相手DFを抜き去り、左45度から左足でニアサイドを破り豪快にゴールネットを揺らせた強烈なドリブルシュートは印象的。
- 兄も含め3兄弟揃ってガンバ大阪ジュニアユースの出身。U-17日本代表の経験を持つ末弟安田晃大もガンバ大阪ユースから2008年にトップチームへ昇格。本人曰く、「サッカーセンスは弟の方が上」。
- 2007年3月11日J1第2節鹿島アントラーズ戦でイエローカード2枚で退場処分。試合後西野朗監督に髪色(金髪)を指摘され、翌日反省の意味を込めて丸刈りになった。
- 2007年8月9日に、結婚を発表した。夫人(当時23歳)は妊娠8ヵ月で9月16日、第1子となる長女が誕生した。(実際に入籍したのは5月1日、披露宴は2009年1月4日)
- 2008年2月20日の東アジアサッカー選手権での日本対中国戦では、ゴール前でゴールキーパーと1対1になりシュートを入れようとした所、中国のゴールキーパーの宗磊から跳び蹴りを食らい負傷退場し病院へ直行した。
- 2008年12月18日のFIFAクラブワールドカップでマンチェスター・ユナイテッドと対戦した際、クリスティアーノ・ロナウドとユニフォームを交換した。
- 千葉ロッテの西岡剛とは、友人である。
- 阪神タイガースのファンであり、「月刊タイガース 2008年12月号」の「各界タイガースファンインタビュー」でファン歴、甲子園での観戦について語っている。
- 2007年ナビスコカップ決勝、2008年ACL決勝第1戦でのゴールと、カップ戦決勝となにかと縁がある。また、Jリーグのリーグ戦でゴールを挙げるより先に、日本代表の方でゴールを決めるという珍しい記録を持つことになった。
[編集] 所属クラブ
ユース
- 1997年 - 1999年 ガンバ大阪ジュニア
- 2000年 - 2002年 ガンバ大阪ジュニアユース
- 2003年 - 2005年 ガンバ大阪ユース
プロ
- 2006年 - 現 在 ガンバ大阪
[編集] 個人成績
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 日本 | リーグ戦 | ナビスコ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 2006 | G大阪 | 33 | J1 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 |
| 2007 | G大阪 | 13 | J1 | 29 | 0 | 9 | 1 | 3 | 0 | 41 | 1 |
| 2008 | G大阪 | 13 | J1 | 26 | 0 | 3 | 0 | 4 | 0 | 33 | 0 |
| 2009 | G大阪 | 13 | J1 | ||||||||
| 通算 | 日本 | J1 | 57 | 0 | 12 | 1 | 7 | 0 | 76 | 1 | |
| 総通算 | 57 | 0 | 12 | 1 | 7 | 0 | 76 | 1 | |||
| 国際大会個人成績 | FIFA | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 |
| AFC | ACL | クラブW杯 | ||||
| 2008 | G大阪 | 13 | 9 | 2 | 3 | 0 |
| 2009 | G大阪 | 13 | - | |||
| 通算 | AFC | 9 | 2 | 3 | 0 | |
[編集] 経歴
- 2006年4月1日 - プロ初出場(Jリーグ) 対清水エスパルス戦(日本平スタジアム)
- 2007年11月3日 - プロ初得点(ヤマザキナビスコカップ) 対川崎フロンターレ戦(国立競技場)
- 2008年2月17日 - A代表初出場(東アジア選手権) 対北朝鮮代表戦(重慶オリンピックスポーツセンター/中国)
[編集] 代表歴
- U-14 日本選抜
- U-15 日本代表
- U-16 日本代表
- U-17 日本代表
- U-18 日本代表
- 2005年 - AFCユース選手権・予選
- U-19 日本代表
- U-20 日本代表
- 2007年 - トゥーロン国際大会
- 2007年 - U-20 ワールドカップ
- U-22 日本代表
- 2007年 - U-22 4カ国トーナメント2007(中国・瀋陽)
- 五輪代表
- 2008年 - 北京オリンピック・サッカー
- 日本代表
- 2008年 - 東アジア選手権
[編集] 試合数
- 国際Aマッチ 6試合 1得点(2008年 - )
| 日本代表 | 国際Aマッチ | |
|---|---|---|
| 年 | 出場 | 得点 |
| 2008 | 5 | 0 |
| 2009 | 1 | 1 |
| 通算 | 6 | 1 |
[編集] ゴール
| # | 開催年月日 | 開催地 | 対戦国 | 勝敗 | 試合概要 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1. | 2009年2月4日 | 東京、日本 | ○5-1 | キリンチャレンジカップ |
[編集] CM出演
- ミドリ電化(2007年) - 西野朗、加地亮、播戸竜二との共演
- 本格炭火焼肉 でん(2008年) - 明神智和、バレーとの共演 (バレーが移籍してからは映っている部分がカットされていた)、10月からは、安田1人で出演している
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
- ^ Jリーガー ルーツ探訪 安田理大(G大阪)『週刊サッカーダイジェスト』No.971 2008年10月21日号(日本スポーツ企画出版社)
- ^ "G大阪イケメンユニット「G6」誕生!?". なにわWEB 大阪日刊スポーツ新聞社 (2006-01-08). 2008年12月4日 閲覧。
- ^ "3月18日(土)JL3節 VS大分トリニータ @万博 スタジアム情報!!". ガンバ大阪 (2006-03-17). 2008年12月4日 閲覧。
- ^ "ヤマザキナビスコカップ 歴代カップウィナーと決勝公式記録". Jリーグ公式サイト. 2008年12月4日 閲覧。
[編集] 外部リンク
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