播戸竜二
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|---|---|---|---|---|---|---|
| 名前 | ||||||
| 愛称 | バン | |||||
| カタカナ | バンド リュウジ | |||||
| ラテン文字 | BANDO Ryuji | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 | ||||||
| 生年月日 | 1979年8月2日(33歳) | |||||
| 出身地 | 兵庫県姫路市 (旧香寺町) | |||||
| 身長 | 171cm | |||||
| 体重 | 67kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| 在籍チーム | セレッソ大阪 | |||||
| ポジション | FW | |||||
| 背番号 | 11 | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| 代表歴2 | ||||||
| 2006-2008 | 7 (2) | |||||
| 2. 2010年6月29日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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播戸 竜二(ばんど りゅうじ、1979年8月2日 - )は、兵庫県神崎郡香寺町(現:姫路市)出身のプロサッカー選手。Jリーグ・セレッソ大阪所属。ポジションはフォワード。元日本代表。
目次 |
来歴 [編集]
琴丘高校[1]時代はキャプテンを務め、国体選手にも選出された。3年生の最後の大会(選手権県予選)では加地亮や朴康造を擁する滝川二高の前に決勝で敗退した。同高の卒業生でもある森下洋一(当時松下電器産業社長)の後輩ということで入団テストにこぎつける。
1998年、ガンバ大阪に練習生として入団[2]。2000年シーズンにコンサドーレ札幌へ期限付き移籍。岡田武史監督(当時)の下、レギュラーFWとしてJ1昇格、残留を経験する。この間、U-19/U-20日本代表でも活躍。出場試合は無かったものの黄金世代の1人として、1999 FIFAワールドユース選手権のメンバーにも選出され、2001年にはA代表候補合宿にも招集された。
2002年からは地元ヴィッセル神戸に期限付き移籍で加入し、三浦知良と共に中心選手として活躍。翌2003年は完全移籍を果たす。2004年はJ1で17得点を挙げ、名古屋のマルケスと並び、得点ランク3位になったが、2005年は故障に苦しみ、チームの成績も低迷、J2降格となる。シーズンオフに年俸の大幅ダウン提示を受けたことなどに伴い神戸を退団し、2006年は古巣のG大阪に復帰。史上40人目のJ1通算50得点を達成し、スタメン出場するたびに得点を挙げ続け、A代表初選出。10月4日のキリンチャレンジカップのガーナ戦で初出場、10月11日のアジアカップ2007予選・インド戦で初先発・初得点を記録した。
2008年は足首の故障や肝機能障害などで長期離脱したが、ACLで貴重なゴールをあげるなど、重要な役割を果たし、天皇杯決勝・柏戦では途中出場で決勝点をあげ、優勝に貢献した。
2009年、レアンドロやチョ・ジェジン、ペドロ・ジュニオールといった新外国人FWの加入などもあり、出場機会のほとんどは試合終盤での途中交代だった。結局この年はリーグ戦21試合出場2得点と昨季に続いて振るわず、シーズン終盤の同年11月4日に自身のブログでガンバ大阪を退団することを発表した[3]。
2010年、ガンバ大阪からセレッソ大阪へ完全移籍[4][5][6]。移籍1年目は途中交代での出場が多かったが、18試合で5得点を挙げた。
2011年、8月20日の清水戦、9月10日の広島戦では途中出場ながらハットトリックを達成した。
人物・エピソード [編集]
- 2004年、豪雨災害に遭った兵庫県豊岡市に100万円、2009年にも同様に豪雨被害を受けた兵庫県佐用町に寄付を実施。オリジナルTシャツを販売し、その売り上げを送っている。
- キノコ類、特に椎茸が嫌いで、G大阪在籍時に「遠征時の食事で椎茸を出さないで欲しい」とお願いしたところ、要求が通り、それどころか、遠征時のチーム全体の食事メニューに、椎茸が全く出なくなった。なお、播戸の移籍後は、椎茸が遠征時のメニューに復活している。
- 2005年は怪我もあり、地元出身のエースとして期待されながら2得点と大きく期待を裏切ってチームもJ2に降格した。当時、現役日本代表だったキャプテンの三浦淳宏を筆頭に多くの主力が責任を感じ残留したが(翌年1年でJ1昇格)、エースの播戸は減俸提示を受けたことを理由にクラブを退団した。そのこともあって現在でも神戸のサポーターからは大きなブーイングを浴びせられるようになった。
- 「冬でも半袖を着て頑張る熱いハートが気に入った」として、競走馬の馬名の由来となっている[7]
- セレッソ大阪移籍後の応援歌の原曲は、関ジャニ∞の「ズッコケ男道」が原曲になっている。
- 実家の柱に身長を刻んでいると加地亮に暴露された。
所属クラブ [編集]
- ユース経歴
- 1992年 - 1994年 香寺中学校
- 1995年 - 1997年 姫路市立琴丘高等学校
- プロ経歴
個人成績 [編集]
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 日本 | リーグ戦 | ナビスコ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 1998 | G大阪 | 29 | J | 13 | 2 | 4 | 1 | 1 | 0 | 18 | 3 |
| 1999 | 18 | J1 | 21 | 1 | 2 | 0 | 2 | 0 | 25 | 1 | |
| 2000 | 札幌 | 11 | J2 | 30 | 15 | 1 | 0 | 1 | 1 | 32 | 16 |
| 2001 | J1 | 27 | 9 | 1 | 0 | 1 | 0 | 29 | 9 | ||
| 2002 | 神戸 | 13 | 26 | 4 | 5 | 0 | 0 | 0 | 31 | 4 | |
| 2003 | 27 | 7 | 6 | 0 | 3 | 1 | 36 | 8 | |||
| 2004 | 28 | 17 | 3 | 1 | 1 | 0 | 32 | 18 | |||
| 2005 | 18 | 2 | 6 | 0 | 0 | 0 | 24 | 2 | |||
| 2006 | G大阪 | 11 | 30 | 16 | 2 | 0 | 4 | 1 | 36 | 17 | |
| 2007 | 31 | 9 | 10 | 2 | 4 | 2 | 45 | 13 | |||
| 2008 | 15 | 1 | 1 | 0 | 5 | 1 | 21 | 2 | |||
| 2009 | 21 | 2 | 2 | 0 | 2 | 1 | 25 | 3 | |||
| 2010 | C大阪 | 18 | 5 | 5 | 1 | 3 | 1 | 26 | 7 | ||
| 2011 | 21 | 10 | 1 | 0 | 4 | 2 | 26 | 12 | |||
| 2012 | 17 | 2 | 4 | 1 | 2 | 0 | 23 | 3 | |||
| 2013 | |||||||||||
| 通算 | 日本 | J1 | 313 | 87 | 52 | 6 | 32 | 9 | 397 | 102 | |
| 日本 | J2 | 30 | 15 | 1 | 0 | 1 | 1 | 32 | 16 | ||
| 総通算 | 343 | 102 | 53 | 6 | 33 | 10 | 429 | 118 | |||
その他の公式戦
- 2006年
- スーパーカップ 1試合0得点
- 2007年
- スーパーカップ 1試合0得点
- 2009年
- スーパーカップ 1試合0得点
| 国際大会個人成績 | FIFA | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 |
| AFC | ACL | クラブW杯 | ||||
| 2006 | G大阪 | 11 | 6 | 1 | - | |
| 2008 | 7 | 2 | 3 | 0 | ||
| 2009 | 4 | 0 | - | |||
| 2011 | C大阪 | 3 | 1 | - | ||
| 通算 | AFC | 20 | 4 | 3 | 0 | |
その他の国際公式戦
- 2006年
- A3チャンピオンズカップ 2試合1得点
タイトル [編集]
クラブ [編集]
ガンバ大阪
- ナビスコカップ:1回 (2007年)
- 天皇杯:2回 (2008年、2009年)
- ゼロックススーパーカップ:1回 (2007年)
- AFCチャンピオンズリーグ:1回 (2008年)
- パンパシフィックチャンピオンシップ:1回 (2008年)
個人 [編集]
- Jリーグ優秀選手賞:1回 (2006年)
代表歴 [編集]
出場大会など [編集]
- U-19、U-20日本代表 (1998年-1999年)
- 1999年 FIFAワールドユース選手権ナイジェリア大会 (準優勝)
試合数 [編集]
- 国際Aマッチ 7試合 2得点 (2006 - 2008)
| 日本代表 | 国際Aマッチ | |
|---|---|---|
| 年 | 出場 | 得点 |
| 2006 | 2 | 2 |
| 2007 | 1 | 0 |
| 2008 | 4 | 0 |
| 通算 | 7 | 2 |
ゴール [編集]
| # | 開催年月日 | 開催地 | 対戦国 | 勝敗 | 試合概要 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1. | 2006年10月11日 | インド、バンガロール | ○ 3-0 | AFCアジアカップ2007予選 | |
| 2. |
CM出演 [編集]
関連項目 [編集]
脚注 [編集]
- ^ 琴丘高校時代の同期に増川隆洋がいる。
- ^ 同期入団に橋本英郎、新井場徹。稲本潤一は学年は同じではあるが、高校在学中にトップ昇格しているため同期入団ではない。
- ^ 播戸竜二 OFFICIAL BLOG: 報告。
- ^ FW播戸竜二選手 セレッソ大阪へ完全移籍 ガンバ大阪オフィシャルサイト
- ^ ガンバ大阪 播戸竜二選手 移籍加入のお知らせ セレッソ大阪 CEREZO OSAKA OFFICIAL SITE
- ^ 播戸竜二 OFFICIAL BLOG: 移籍報告。
- ^ ハンソデバンド根性の鼻差V/共同通信杯 日刊スポーツ2010年2月8日記事
- ^ ガンバ播戸竜二選手(Ryuji Bando)_Panasonic WET剃り LAMDASH CM YouTube
外部リンク [編集]
- Ryuji Bando Official Site
- 播戸竜二 - FIFA主催大会成績(英語)
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