梶山陽平

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梶山 陽平
名前
愛称 ヨーヘイ
カタカナ カジヤマ ヨウヘイ
ラテン文字 KAJIYAMA Yohei
基本情報
国籍 日本
生年月日 1985年9月24日(23歳)
出身地 東京都江東区
身長 180cm
体重 75kg
血液型 B型
選手情報
在籍チーム FC東京
ポジション MF
背番号 10
利き足 右足
クラブチーム1
クラブ App (G)
2004-現 在 FC東京 98(8)
1. 国内リーグ戦に限る。2008年1月12日現在。
Template(ノート 解説)サッカー選手pj

梶山 陽平(かじやま ようへい、1985年9月24日 - )は、東京都江東区出身のサッカー選手。ポジションは攻撃的ミッドフィールダーまたは守備的ミッドフィールダー。FC東京に所属。家族は妻と1女。

目次

[編集] 経歴

小学5年の時に「家から近かった(梶山談)」ことから東京ガスサッカースクールに入会し、以後、FC東京U-15、U-18と昇格したクラブ生え抜き選手。まだU-18所属だった頃からトップチームに帯同し、2003年3月のナビスコカップ横浜F・マリノス戦で公式戦初出場。リーグ戦でも4月29日ヴィッセル神戸戦でJ1デビューを果たす。当時高校3年生だった。コンスタントに試合に出場するようになったのは正式にトップチームに昇格しプロ選手となった翌2004年からで、主にトップ下でプレー。リーグ戦初ゴールは2004年9月の東京ダービーで記録、同年Jリーグ優秀新人賞を受賞。その後怪我に苦しんだが、2005年7月にレギュラーを掴み、以降守備的MFの位置で常時先発。2007年はシーズン後半を左脛骨高原骨折で離脱しリハビリに費やしたが、2008年からはエースの象徴でもある”背番号10”を託されている。これはチームの悲願であった『ユース出身者による背番号10』の誕生でもあった。

年代別日本代表としてはU-17時代から中心選手として活躍。 2005年のワールドユース・オランダ大会には、怪我明けながら3試合に出場。 2008年北京オリンピック・サッカー日本代表(U-23)でも背番号10を背負い期待されたが、日本は3戦全敗で梶山も強い存在感を示す事が出来なかった。

[編集] プレースタイル

その特徴は、高いボールキープ力。鈍重だが、ひとたびボールを持つとのらりくらりと敵をかわし、パスを通す。その要因は強いフィジカルにある。足が長く懐が深いため、相手選手は中々飛び込めず、また強引に取りに行こうとしても殆ど倒れそうな無理な体勢からパスを繰り出すこともある。また枠内に飛ぶことは少ないが、枠に飛べば脅威となるミドルシュートも特徴で、梶山のゴールは記憶に残る鮮烈なものが多い。例として2004年ナビスコカップ・鹿島戦の決勝点や、同年の東京V戦での決勝ゴール、千葉戦の同点弾などが挙げられる。また、フリーキックも武器であり2007年の広島戦ではゴールまで28メートルの距離から無回転フリーキックを決めている。

課題としては、試合によって調子の波が激しく、悪いときには試合中消えている時間帯がほとんどである事が挙げられる。難易度の高く見えるプレーを繰り出す反面、あっけなくボールを失う事も多い。これに関連して、梶山のボールキープ力をチームメイトが信頼しすぎるあまり、ひとたびボールを失うと一気に決定的ピンチに陥りやすいことも弱点である。

[編集] 所属クラブ

  • 東京ガスFCジュニア
  • 1998年 - 2000年 FC東京U-15
  • 2001年 - 2003年 FC東京U-18
  • 2004年 - 現 在 FC東京

[編集] 個人成績

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2003 FC東京 34 J1 3 0 3 0 1 0 7 0
2004 FC東京 23 J1 16 2 5 2 1 0 22 4
2005 FC東京 23 J1 26 2 1 0 2 0 29 2
2006 FC東京 23 J1 30 3 5 1 2 1 37 5
2007 FC東京 23 J1 24 1 6 0 2 1 32 2
2008 FC東京 10 J1 28 1 5 0 4 1 37 2
2009 FC東京 10 J1
通算 日本 J1 127 9 25 3 12 3 131 14
総通算 127 9 25 3 12 3 131 14
  • 2003年はFC東京U-18所属

[編集] 代表歴

[編集] トピックス

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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