田代有三

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
田代 有三 Football pictogram.svg
名前
カタカナ タシロ ユウゾウ
ラテン文字 TASHIRO Yuzo
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1982年7月22日(32歳)
出身地 福岡県福岡市
身長 181cm
体重 77kg
選手情報
在籍チーム ヴィッセル神戸
ポジション FW
背番号 11
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2003
2004
2005-2011
2010
2012-
大分トリニータ(特別指定選手)
サガン鳥栖(特別指定選手)
鹿島アントラーズ
モンテディオ山形(loan)
ヴィッセル神戸
1 0(0)
10 0(1)
114 (31)
29 (10)
53 (14)
代表歴
2008 日本の旗 日本 3 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

田代 有三(たしろ ゆうぞう、1982年7月22日 - )は、福岡県出身のプロサッカー選手Jリーグヴィッセル神戸所属。ポジションフォワード。元サッカー日本代表選手。

来歴[編集]

福岡大学時代は、大学No1FWとの評価が高く、大分トリニータサガン鳥栖特別指定選手として登録(サガン鳥栖所属の赤星拓は中学、高校、大学の後輩)。2005年に鹿島アントラーズに加入。2006年から出場機会を増やし、2008年には巻誠一郎らの負傷により、東アジア選手権2008中国重慶)の追加メンバーで日本代表に初招集。鹿島では2008年第5節千葉戦以降25試合ゴールがなく、FW興梠慎三とのポジション争いの結果、控えに回ることが多くなっており、田代をターゲットマンとする戦術はオプションの1つとなっていた。2009年には、新加入のFW大迫勇也の台頭もあり、大きく出場時間を減らしていた。2010年1月6日、出場機会を求め、MF増田誓志と共にモンテディオ山形へ期限付き移籍。山形ではレギュラーとして活躍し、リーグでは自身最多の10得点を記録した。2011年、鹿島に復帰。シーズン途中から同じく復帰した増田と共にスタメンレギュラーに定着。新外国人FWカルロンの不振なども手伝い、エアバトルに強い田代をFWの軸としてターゲットマンにする戦術が採られた。しかし、出場機会は少なく、自己最多の12得点をマークしたが退団が決定した。

2012年より、ヴィッセル神戸へ完全移籍。開幕当初ターゲットマンとして期待されていたが、足首の故障などで1ヶ月以上出遅れた。7節の柏レイソル戦で移籍後初出場、初得点を記録した。その後も故障による離脱を重ねたが、出場した試合では高い決定力と抜群のキープ力を見せた。2013年は、神戸の降格によりプロ入り後初のJ2でのプレーとなった。最初の13試合で6得点を挙げる活躍を見せたが、その後14節から42節までのゴールはわずか2にとどまり、終盤にはスタメン落ちも増え不完全燃焼のシーズンを送った。

所属クラブ[編集]

アマチュア経歴
プロ経歴

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2003 大分 35 J1 1 0 0 0 0 0 1 0
2004 鳥栖 4 J2 10 1 - 0 0 10 1
2005 鹿島 19 J1 5 1 4 0 0 0 9 1
2006 20 7 8 2 4 2 32 11
2007 9 24 6 5 4 5 2 34 12
2008 27 3 1 0 2 0 30 3
2009 16 2 2 0 2 1 20 3
2010 山形 10 29 10 6 3 4 3 39 16
2011 鹿島 30 22 12 3 1 2 1 27 14
2012 神戸 11 18 6 1 0 1 0 20 6
2013 J2 35 8 - 2 0 37 8
2014 J1
通算 日本 J1 162 47 30 10 20 9 212 66
日本 J2 45 9 - 2 0 47 9
総通算 207 56 30 10 22 9 259 75
  • 2003年、2004年は特別指定選手として登録

その他の公式戦[編集]

国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFC ACL
2008 鹿島 9 8 5
2009 3 0
2011 30 3 1
通算 AFC 14 6

代表歴[編集]

試合数[編集]


日本代表 国際Aマッチ
出場 得点
2008 3 0
通算 3 0

関連項目[編集]

外部リンク[編集]