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| 田代有三 |
| 名前 |
| カタカナ |
タシロ ユウゾウ |
| ラテン文字 |
TASHIRO Yuzo |
| 基本情報 |
| 国籍 |
日本 |
| 生年月日 |
1982年7月22日(26歳) |
| 出身地 |
福岡県 |
| 身長 |
181cm |
| 体重 |
77kg |
| 血液型 |
O型 |
| 選手情報 |
| 在籍チーム |
鹿島アントラーズ |
| ポジション |
FW |
| 背番号 |
9 |
| 利き足 |
右足 |
| 代表歴 |
| 2008 |
日本 |
3 (0) |
| ■Template(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
田代 有三(たしろ ゆうぞう、1982年7月22日 - )は、福岡県出身で鹿島アントラーズ所属のサッカー選手。ポジションはフォワード。元日本代表選手。
[編集] プレースタイル
怪我を恐れぬ闘志溢れるプレーが身上で、前線で起点となる。卓越した跳躍力を持ち、キーパーの手より高くジャンプすることもある。ヘディングの強さは、かつて「空の王者」と謳われた長谷川祥之を彷彿とさせる。 またキャリアを重ねるにつれ、ヘディングの高さだけではなく、精度という面で確実に狙った位置に落とし味方に繋げてチャンスメイク、DFからの当たりにも耐えて正確なポストプレーと、技術面での向上も見られる。 スピードに乗ったドリブル突破や、ゴール前でクロスボールに反応してオーバーヘッドシュートでの得点など、プレーの幅が広い。 ただ決定力がないのが課題であり、2008年第5節ジェフユナイテッド千葉戦以降25試合ゴールがなかった。 そのため、ライバルであるFW興梠慎三とのポジション争いの結果控えに回ることが多くなっており、田代をターゲットマンとする戦術はオプションの1つとなっている。
[編集] 所属クラブ
アマチュア経歴
プロ経歴
[編集] エピソード
- 大学No1FWとの評価が高かった。
- 福岡大学在学中に高校の教員免許を取得していて、サッカー選手でなければ高校の先生になろうと考えていた。
- 所属するアントラーズでは田代が決めればチームは負けないという不敗神話を更新していたが(2008/04/05現在 公式戦23試合全勝)2008年のFC東京戦で記録が止まった
- 新生岡田ジャパンにて念願の日本代表候補に初招集される。
- 巻らのけが人に代わりに、東アジア選手権2008(中国・重慶)の追加メンバーで日本代表に招集。
[編集] 個人成績
| 国内大会個人成績 |
| 年度 |
クラブ |
背番号 |
リーグ |
リーグ戦 |
リーグ杯 |
オープン杯 |
期間通算 |
| 出場 |
得点 |
出場 |
得点 |
出場 |
得点 |
出場 |
得点 |
| 日本 |
リーグ戦 |
ナビスコ杯 |
天皇杯 |
期間通算 |
| 2003 |
大分 |
35 |
J1 |
1 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
1 |
0 |
| 2004 |
鳥栖 |
4 |
J2 |
10 |
1 |
- |
0 |
0 |
10 |
1 |
| 2005 |
鹿島 |
19 |
J1 |
5 |
1 |
4 |
0 |
0 |
0 |
9 |
1 |
| 2006 |
鹿島 |
19 |
J1 |
20 |
7 |
8 |
2 |
4 |
2 |
32 |
11 |
| 2007 |
鹿島 |
9 |
J1 |
24 |
6 |
5 |
4 |
5 |
2 |
34 |
12 |
| 2008 |
鹿島 |
9 |
J1 |
27 |
3 |
1 |
0 |
2 |
0 |
30 |
3 |
| 2009 |
鹿島 |
9 |
J1 |
|
|
|
|
|
|
|
|
| 通算 |
日本 |
J1 |
77 |
17 |
18 |
6 |
11 |
4 |
106 |
27 |
| 日本 |
J2 |
10 |
1 |
- |
0 |
0 |
10 |
1 |
| 総通算 |
87 |
18 |
18 |
6 |
11 |
4 |
116 |
28 |
[編集] 代表歴
- 2003年ユニバーシアード代表
- 日本代表(2008_)
[編集] 試合数
国際Aマッチ 3試合0得点
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク