駒野友一
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| 駒野 友一 | ||
|---|---|---|
| 名前 | ||
| 愛称 | コマ | |
| カタカナ | コマノ ユウイチ | |
| ラテン文字 | KOMANO Yuichi | |
| 基本情報 | ||
| 国籍 | ||
| 生年月日 | 1981年7月25日(27歳) | |
| 出身地 | 和歌山県海南市 | |
| 身長 | 172cm | |
| 体重 | 76kg | |
| 血液型 | O型 | |
| 選手情報 | ||
| 在籍チーム | ||
| ポジション | MF、DF | |
| 背番号 | 5 | |
| 利き足 | 右足[1] | |
| クラブチーム1 | ||
| 年 | クラブ | App (G) |
| 2000-2007 2008- |
サンフレッチェ広島 ジュビロ磐田 |
191 (9) 34 (1) |
| 代表歴2 | ||
| 2005-現在 | 44 (0) | |
| 1. 国内リーグ戦に限る。2009年1月20日現在。 2. 2009年6月6日現在。 ■Template(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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駒野 友一(こまの ゆういち、1981年7月25日 - )は、和歌山県海南市出身のサッカー選手。ジュビロ磐田所属。ポジションはミッドフィールダー、ディフェンダー。広島県立吉田高等学校卒業。
目次 |
[編集] 略歴
[編集] クラブ
小学生のころはFWで中学2年生のときにアウトサイドに転向。中学3年生時に地元初芝橋本高等学校、ガンバ大阪ユース、ジェフユナイテッド市原ユース、サンフレッチェ広島ユースからオファーがあった。そのうち、初芝橋本高は練習に参加したが私立高校のため、G大阪ユースは地元和歌山から通いになるため、どちらも経済的理由から断念。市原ユースの練習に参加したが、体調不良からセレクションに不合格、もう一度テストに来るよう誘われたが断りを入れ、1997年広島ユースへ入団[2]した。ちなみに、広島ユースに入る直前に父親を亡くしている[3]。ユース時代からウイングバックとして活躍し、高校3年次には同級生の森崎和幸・浩司兄弟とともに2種登録選手になった。
2000年、サンフレッチェ広島とプロ契約[4]する。翌2001年、ヴァレリー・ニポムニシに見出され、右SBとして沢田謙太郎からレギュラーを奪う。その後も安定したプレーぶりを見せ、その年の2ndステージ3位になる原動力となった。それ以降も右のアウトサイドのレギュラーとして活躍した。
2003年8月16日対横浜FC戦で左膝前十字靭帯を損傷。手術後の入院中に突然エコノミークラス症候群にかかり生命の危機に陥った[5]。懸命なリハビリを続け、2004年4月29日ナビスコカップ対横浜F・マリノス戦で復帰した。駒野不在の間、広島の右サイドでレギュラーを掴み取った選手は誰もおらず、チームは駒野の存在感の大きさを実感することとなる。
2004年8月18日、アテネ五輪ガーナ戦で左鎖骨を骨折、同年9月21日ブドウ膜炎をおこし失明の危機まであったが軽症で済んだ[5]。2005年には本調子を取り戻し佐藤寿人とのコンビでチャンスを量産、右SBながら9アシストという数字を残した。
2008年、広島のJ2降格を機にジュビロ磐田へ移籍したが、チームは低迷し2年続けてJ1残留争いを経験。
2009年、やべっちFCにてゲスト出演していた中山雅史に駒吉と呼ばれ、さらには駒野本人はいじられキャラだという事が判明した。磐田での背番号は前年の25から広島時代と同じ5に変わり、ポジションがMFからDF[SB]に変わった。
[編集] 代表
年代別代表時代から右SBだけではなく左SBとしても活躍、2004年にアテネオリンピックサッカー日本代表として招集される。
A代表には、2005年東アジア選手権、怪我の三浦淳宏に代わり初招集。その後も招集され続け、2006年ドイツW杯本大会のメンバーに選ばれた(追加招集された茂庭照幸と共に、「アテネ世代」からの数少ない選出メンバーとなる)。レギュラーであった加地亮のバックアップと両サイドをこなせるユーティリティ性を買われての選出だったが、加地の負傷により本大会初戦のオーストラリア戦に先発メンバーに起用される。試合では同点に追いつかれた直後、ペナルティエリア内で仕掛けた際に倒されあわや追加点となるチャンス(後にPKに値するプレイだったとFIFAの審判委員会が誤審を認めた。)も作った。加地が負傷から復帰した第二戦以降は控えに回った。
その後、イビチャ・オシムが日本代表監督になってからも左サイドバックやCBとして招集されている。
[編集] プレースタイル
利き足である右足から繰り出せるクロス精度はJリーグ屈指。特にFWの動きに合わせた軌道を研究して練習した、と自身で述べている鋭く曲がり落ちるアーリークロスは大きな武器で、何度もアシストを記録している。運動量は日本人選手屈指であり、試合中に何度も上下運動を激しく繰り返す強靭なスタミナも持ち合わせている。ドリブル突破も魅力であり、サイドから切りこんで強烈なシュートも放つ。
また、本職は右サイドバックであるが、日本代表では左サイドバックとして起用されている。
[編集] 所属クラブ
- 1994年 - 1996年 海南市立第三中学校
- 1997年 - 1999年 サンフレッチェ広島ユース(広島県立吉田高等学校)
- 2000年 - 2007年 サンフレッチェ広島
- 2008年 - 現 在 ジュビロ磐田
[編集] 経歴・タイトル
[編集] 個人タイトル
- Jリーグアウォーズ・優秀選手賞 2回 (2005年、2007年)
[編集] クラブチーム
- アンダーカテゴリー
- 国民体育大会 広島県代表(1998年、1999年)
- トップチーム
- 公式戦初ベンチ入り 2000年3月25日 J1・1st第3節対川崎フロンターレ戦(等々力陸上競技場)
- 公式戦初出場 2000年4月12日 ナビスコカップ1回戦第1戦対モンテディオ山形戦(山形県総合運動公園陸上競技場)
- 先発フル出場
- リーグ戦初出場 2001年3月31日 1st第3節対コンサドーレ札幌戦(広島ビッグアーチ)
- 先発フル出場
- プロ初得点 2001年5月19日 J1・1st第10節対東京ヴェルディ1969戦(広島スタジアム)
- 先発フル出場、118分ゴール
[編集] 個人成績
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 日本 | リーグ戦 | ナビスコ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 2000 | 広島 | 23 | J1 | 0 | 0 | 3 | 0 | 1 | 0 | 4 | 0 |
| 2001 | 広島 | 5 | J1 | 24 | 1 | 3 | 0 | 2 | 0 | 29 | 1 |
| 2002 | 広島 | 5 | J1 | 27 | 1 | 2 | 0 | 4 | 0 | 33 | 1 |
| 2003 | 広島 | 5 | J2 | 23 | 0 | - | 0 | 0 | 23 | 0 | |
| 2004 | 広島 | 5 | J1 | 18 | 1 | 3 | 0 | 1 | 0 | 22 | 1 |
| 2005 | 広島 | 5 | J1 | 34 | 2 | 4 | 0 | 1 | 0 | 39 | 2 |
| 2006 | 広島 | 5 | J1 | 31 | 2 | 1 | 0 | 2 | 1 | 34 | 3 |
| 2007 | 広島 | 5 | J1 | 34 | 2 | 3 | 0 | 5 | 1 | 42 | 3 |
| 2008 | 磐田 | 25 | J1 | 34 | 1 | 1 | 1 | 0 | 0 | 35 | 2 |
| 2009 | 磐田 | 5 | J1 | ||||||||
| 通算 | 日本 | J1 | 202 | 10 | 20 | 1 | 16 | 2 | 238 | 13 | |
| 日本 | J2 | 23 | 0 | - | 0 | 0 | 23 | 0 | |||
| 総通算 | 225 | 10 | 20 | 1 | 16 | 2 | 261 | 13 | |||
- 2007年 : 入替戦2試合0得点
- 2008年 : 入替戦2試合0得点
[編集] 代表歴
[編集] 出場大会など
- アジアユース(イラン)(2000年)
- ワールドユース(アルゼンチン)(2001年)
- 釜山アジア大会(2002年)
- アテネオリンピック(2004年)
- 東アジア選手権(2005年)
- ドイツワールドカップ(2006年)
- アジアカップ2007
[編集] 試合数
- 国際Aマッチ 44試合 0得点(2005-)
| 日本代表 | 国際Aマッチ | |
|---|---|---|
| 年 | 出場 | 得点 |
| 2005 | 5 | 0 |
| 2006 | 10 | 0 |
| 2007 | 12 | 0 |
| 2008 | 13 | 0 |
| 2009 | 4 | 0 |
| 通算 | 44 | 0 |
[編集] 関連情報
[編集] CM
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
[編集] 外部リンク
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