ヤマハスタジアム
| ヤマハスタジアム YAMAHA Stadium |
|
|---|---|
| 施設情報 | |
| 所在地 | |
| 位置 | 北緯34度43分30.71秒 東経137度52分29.94秒 |
| 開場 | 1978年 |
| 所有者 | ヤマハ発動機 |
| グラウンド | 天然芝(111 × 74.5 m) |
| ピッチサイズ | 105 × 68 m |
| 使用チーム、大会 | |
| ジュビロ磐田(Jリーグ) ヤマハ発動機ジュビロ(ラグビートップリーグ) |
|
| 収容能力 | |
| 16,879人 | |
ヤマハスタジアムは、静岡県磐田市にあるサッカー・ラグビー専用スタジアムである。企業名を冠しているが、これはヤマハ発動機がスタジアムを所有しているためで、命名権によるものではない。WEBサイトやテレビ中継等の表記では「ヤマハスタジアム(磐田)」と都市名を併記しているものが多い。
目次 |
施設概要 [編集]
1978年に「ヤマハ発動機東山総合グラウンド」という名称で、ヤマハ発動機サッカー部(現・ジュビロ磐田)の主本拠地としてオープンする。
1985年にバックスタンドを5,000人収容で設置。1993年から日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)規格適合のためにスタジアムの増築を行い、まずこの年にナイター設備4基を設置、バックスタンドも増築し9,000人収容となり暫定的に「ヤマハ磐田サッカー場」とスタジアム名を改める。1994年には電光掲示板(最上部に1行表示の簡易フリーボード、両サイドに選手表記用のパネル付き)と、スタンドもメインスタンド(屋根つき)を建設し約15,500人収容の「ジュビロ磐田サッカースタジアム」となる。
その後ホーム側ゴール裏スタンドが二層式となり1995年に19,000人収容。1997年にバックスタンドの立見を座席に変更し17,000人収容に変更。2002年、アウェーゴール裏に大型映像装置を開設(当時はクラブスポンサーだったネスレ日本寄贈により「ネスレビジョン」と命名されていた。選手表記はこの映像装置に事実上移動となり、得点掲示のみの従来のスコアボードの選手表記パネル箇所はその後広告横断幕に差し替えられた)。これに伴って現在の収容人員(Jリーグ届出)は更に減って16,893人となった。
2003年にラグビー・トップリーグのヤマハ発動機ジュビロも本拠地とすることから名称を今日の「ヤマハスタジアム」と変更(ただし、2003年はトップリーグ開催時は「ヤマハスタジアム」、Jリーグ開催時は「ジュビロ磐田スタジアム」と使い分けていた)。なおJリーグの公式ガイドブックなどでは「ヤマハスタジアム(磐田)」と紹介される場合もある。なお、ラグビーを開催するに当たって両ゴール裏サイドの芝生を拡大すると共に、サイドスタンドのフェンス部分には事故防止のためのゴム(濃い緑色)を敷き詰めた。
ヤマハ関係以外では、2003年から全日本高校女子サッカー選手権の決勝開催地となっている。「スポーツのまちづくり」を掲げる磐田市が同選手権の誘致に成功し、現在でも日本サッカー協会と共に主催者となっている事から、決勝戦ではヤマハ発動機がヤマハスタジアムを貸し出して協力している。一方、準々決勝・準決勝などは磐田市が整備した磐田スポーツ交流の里・ゆめりあ[1]で行われているが、ジュビロ磐田はその隣接地にあるヤマハ大久保グラウンドとともにこのゆめりあのグラウンドも利用している。
バックスタンド [編集]
スタジアムの西側を流れる今之浦川の支流が形成した河岸段丘を利用し、大規模な構造物の設置を行わずに傾斜のある一層式のスタンドが整備されている。観客入口はスタンドの最上部に設置されている。
バックスタンドの中央部分にはチームカラーのサックスブルー(水色)地にチームロゴマーク「Jubilo IWATA」の文字(IWATAは小さめ)が浮かぶように見えていた。近年Jリーグや国際試合が開かれる競技場の多くはそのスタジアムの所在する都道府県や市区町村の名前(磐田なら「IWATA」)の英語文字をスタンドに取り付ける傾向にあるが、チーム名が入ったものはこのスタジアムだけであった。(現在は日立柏サッカー場も「REYSOL」の文字をバック席に入れている)2005年6月にバックスタンドの改装工事が行われ、その際に座席が居住性改善を目的に交換されたため文字は一時消えたが、2012年開幕前のスタンド改修で座席に「Jubilo」の文字が復活している。
サイドスタンド [編集]
サイドスタンドは変則的な工法となっている。1994年にジュビロがJリーグ昇格を果たした時は両サイドとも一層式だったが、あくる1995年に座席の増築工事を実施した際、北側サイド(ホーム側ゴール裏)スタンドだけ二層式に変更された。これは南側サイド(アウェー側ゴール裏)スタンドの後方にチーム運営会社「ヤマハフットボールクラブ株式会社」のクラブ事務所が入居する建物(ヤマハ発動機第2事務所)があるため、増改修をするためのスペースを確保できなかったことによるもの。北側(ホーム側ゴール裏)スタンドの後方はヤマハ発動機社員のレクリエーション活動用に使われる体育館(ヤマハ健康保険組合磐田体育館)である。アウェーゴール裏スタンドの狭さがよく話題にされるが、実はこの増築の際に上層部を支える柱が設置された影響でホーム側の方が狭くなっている。
スタジアム周辺 [編集]
元々、新貝を中心とした磐田市東部にはヤマハ発動機の本社、及びそれの付設工場があり、東山総合グラウンド(現ヤマハスタジアム)も同社サッカー部の活動や従業員の福利厚生のため整備されたため、ヤマハスタジアムは北側(ホーム側)サイドスタンドに隣接する体育館と共にヤマハ発動機所有地の北西端にある[2]。スタジアムが立地する場所の地名は本来は「西貝塚」になるが、南側(Jリーグ開催でのアウェー側)サイドスタンドに隣接する建物へ入居しているヤマハフットボールクラブ株式会社は本社に揃えてその住所を「磐田市新貝2500」とし、ヤマハスタジアムも公式の所在地をそれに合わせている。
ヤマハフットボールクラブ事務所と道路を隔てて西側にある建物には「ジュビロショップ磐田」が開設され、試合開催時以外の通常時でもジュビロのグッズを販売して、観戦客やサポーターへの便宜を図っている[3]。スタジアムの東側がヤマハ発動機の工場なのに対し、ジュビロショップのある西側は住宅地が広がっている。
ヤマハスタジアムの約500m南西側には「磐田市安久路公園」があり、そこにも球技場が設えてある。この安久路球技場でもジュビロのユースチーム以下の育成チームが練習や試合に使用する。その近隣、西貝塚北バス停(通常時のスタジアム最寄りバス停)そばにはジュビロ磐田の選手寮が設置され、ヤマハスタジアムを中心としたクラブ施設の集約が進められている。
トピックス [編集]
スタジアムの横断幕・垂れ幕の掲示について [編集]
当スタジアムではスタンドとピッチの仕切り部分(フェンス)やスタンド上部などはチームのスポンサー企業の広告で大半を占めており、ジュビロ磐田は横断幕・垂れ幕に関して次のようなルールを定めている。(2013年、ホームとアウェーの入れ替えにより一部変更)
- バックスタンドの最前列フェンスの横断幕は縦80cm・横3m80cm以内。但し「YAMAHA」の文字(CIを含む)を隠すことやガムテープの貼り付けは禁止(養生テープは可)。
- ゴール裏スタンドの1階席の最前列フェンス(両サイドとも)は広告スペースで埋まっているので横断幕の貼り付けは一切禁止。
- ゴール裏スタンド2階席の場合は縦80cm・横5m以内。応援席後方にあるネット部分にだけ掲出することが可能。(アウェーチームのサポーターの横断幕はアウェーゴール裏のみで、バックスタンドへの掲出は禁止)
- ※なお、スタンド最前列とメイン以外のスタンド後方にあるチームスポンサーの広告看板はAFCチャンピオンズリーグ(サッカー)、トップリーグ(ラグビー)の試合ではそれぞれ主催連盟が指定したスポンサーの看板広告のみを設置することが義務付けられているので、その場合はゴール裏最前列はフェンスと同じ濃い緑色のシートで覆い、その他の場合も看板を外したり、あるいはシートで覆うことがある。
エコパスタジアムとの関係 [編集]
ヤマハスタジアムはJ1リーグ参加条件である「収容人数15,000人以上」は満たしているが、他クラブのスタジアムと比較しても観客席数が少ないため、ジュビロ磐田では多くの観客来場が見込まれる浦和レッドダイヤモンズ(浦和レッズ)戦や清水エスパルス戦(静岡ダービー)などにおいては、東隣の袋井市[4]に2001年に完成したエコパスタジアムを使用することが多くなった[5]。ヤマハスタジアムとエコパは直線距離で約9kmしか離れておらず[6]、サポーターへの利便性低下も抑えられるため、ジュビロ磐田は両スタジアムを使い分け、エコパが事実上の準ホームスタジアムとなっており、年3-4試合を開催している[7]。なお、2013年はヤマハスタジアムの増築に伴い1試合だけとなった。
1990年代、ジュビロ磐田は大規模増築が難しい本拠地の抜本的改善案として、磐田市と同じ静岡県西部(遠江地域)の浜北市(現在の浜松市浜北区)に新造される3-5万人規模のスタジアムへ移転し、浜松市なども含めた広域ホームタウン化を行う構想を持っていたが、不況による資金難などで難航していた時に静岡県によるエコパの整備が決まり、その代替となった(新スタジアム計画の詳細は「ジュビロ磐田」参照)。
優勝決定試合 [編集]
ジュビロ磐田は1997年・1999年・2002年と3度Jリーグ年間チャンピオンになっているが、最初の2度はJリーグチャンピオンシップの第2戦をアウェーで戦っており[8]、ジュビロ磐田スタジアム(当時)で優勝を決めたのは第1・第2ステージの両方を制して完全制覇を決めた2002年のみである。これは同年11月23日、東京ヴェルディ1969戦で決定した[9]。一方、ジュビロが最初に参加した1994年のサントリーステージ(前期)ではサンフレッチェ広島が6月11日に同スタジアムでステージ優勝を決めたが、表彰式でチームスタッフがクリスタル製のチェアマン杯を割る珍事も起きている。
大規模改修 [編集]
2012年シーズン終了後より大規模な改修を行うことになった。2013年シーズン途中の完成予定(工事期間中も、一部の入場制限の箇所はあるものの、通常通り試合には使われる)。
- ゴール裏のホームとアウェーの位置を入れ替えて、現・ヤマハフットボールクラブ事務所がある「ヤマハ発動機第2事務所」を一旦取り壊した上で、2,000人程度が収容できる新しいホームゴール裏スタンドを設置[10]。これによりメイン・バック両スタンドとの一体性を出す。全体の収容人員はこれまでとほぼ同等の16,000人強を予定。
- また新スタンド内にこれまでのジュビロ・ヤマハサッカー部時代の史料を展示した「ジュビロミュージアム」の設置を予定している。
- これに付随して、大型映像装置をこれまで磁気反転掲示板を設置していた北側(新・アウェー側)ゴール裏スタンド2階席の箇所に移設された。
- 出典
- ヤマハスタジアム(磐田)の改修について(ジュビロリリース)
- ヤマハスタジアム改修 2階建てスタンド新設へ(静岡新聞)
- 2月14日のヤマハスタジアム(ジュビロ磐田ブログ)
- 3月5日のヤマハスタジアム(同上)
飲料の持ち込み [編集]
- 飲料のカン・ビン・ペットボトルは内容量に関係なくスタジアム内へ持ち込み禁止(水筒か紙コップに移す)。
アクセス [編集]
-
- 2番乗り場から25番「ヤマハ磐田営業所行き」で10分、「ヤマハ発動機」下車徒歩約5分(本数少)。スタジアムから見て東側(バックスタンド側)。
- 同乗り場から27番「東新町行き」で8-9分、「西貝塚北」下車徒歩約8分。スタジアムから見て南側。
- 1番乗り場から80番「見付・磐田営業所行き」で約8分、「見付」または「富士見町」下車、徒歩約15分。スタジアムから見て北西側。両バス停とも国道1号上にある。
- 道路交通では、東名高速道路の磐田インターチェンジから南に約4km、車で約5分[11]。
- 通常時はヤマハスタジアムには駐車場がないが、Jリーグのトップチームの試合開催時のみ、ヤマハ発動機の駐車場がいくつか開放される。
フォトギャラリー [編集]
参照 [編集]
- ^ ヤマハスタジアムから約5km、東名自動車道の磐田ICの北側にある。
- ^ 同本社工場の敷地面積は47万8031m2と紹介されている。出典=SankeiBiz、2012年5月5日付記事、「【ニッポン経済図鑑】ヤマハ発動機 磐田本社工場 (2/2ページ)」
- ^ 同店の住所は「西貝塚」。出典:ジュビロ磐田公式サイト「ジュビロショップ磐田」
- ^ 掛川市との境界にある。
- ^ 同スタジアムの収容人数は50,889人。静岡ダービーを例に取ると、エコパで準々決勝が行われたW杯日韓大会以外の直後に試合が組まれた2002年(ジュビロスタジアムで開催)以外、ジュビロは2001年の開場から常にダービーの主催試合をエコパで開催している。
- ^ 鉄道では磐田駅からエコパ最寄り駅の愛野駅までJR東海道本線で2駅、約10分。エコパ開催時にはジュビロショップ磐田(ヤマハスタジアムの隣)からの直行バスも運行されている。
- ^ 一方、同じ静岡県にある清水エスパルスは自らの本拠地である静岡市清水日本平運動公園球技場(IAIスタジアム日本平)からエコパまで50km以上もあり、生活圏が異なるなどの理由で、静岡ダービーでの主催開催は取りやめたが、現在も浦和、鹿島戦など年に1-2試合は開催している。
- ^ 年間王者が決まる第2戦をジュビロスタジアムで開催した事はない。
- ^ 1対0、福西崇史の延長Vゴールでジュビロが勝利。出典:ジュビロ磐田公式サイト「試合レポート」、2002 J1 2nd 第14節
- ^ 従って、現行のホーム側である北側サイドスタンドがアウェー側となり、南側の新造サイドスタンドがホームゴール裏となる。
- ^ ヤマハ発動機公式サイトでの案内。
外部リンク [編集]
- ヤマハ発動機株式会社による、紹介ページ(日本語)
- ジュビロ磐田公式HPの紹介ページ(日本語)
|
|||||||||||||||||||||||