豊田スタジアム
| 豊田スタジアム |
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|---|---|
| 施設情報 | |
| 所在地 | |
| 位置 | 北緯35度5分4.28秒 東経137度10分15.41秒 |
| 起工 | 1997年9月 |
| 開場 | 2001年7月21日 |
| 所有者 | 豊田市 |
| 運用者 | (株)豊田スタジアム |
| グラウンド | 天然芝(115 x 78 metres) |
| ピッチサイズ | 105 x 68 metres |
| 大型映像装置 | 可動式アストロビジョン1基 |
| 建設費 | 総工費308億700万円 |
| 設計者 | 豊田市中央公園推進室・黒川紀章建築都市設計事務所 |
| 建設者 | 大成・清水・矢作・太啓・豊田総建・三栄建設JV |
| 使用チーム、大会 | |
| トヨタ自動車ヴェルブリッツ(ラグビー・トップリーグ) 名古屋グランパス(ホーム[1]、Jリーグ) FIFAクラブワールドカップ[2](2005〜2008年、2011年〜2012年) |
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| 収容能力 | |
| 45,000人 | |
| アクセス | |
| 名鉄三河線・豊田市駅 愛知環状鉄道・新豊田駅 |
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豊田スタジアム(とよたスタジアム)は、愛知県豊田市にある球技場。略称は、豊スタ。
目次 |
概要 [編集]
豊田市が市制50周年記念事業の一環として整備を進めたスタジアムで、設計は建築家・黒川紀章が行った。2015年の完成を目指してロシア・サンクトペテルブルクに黒川設計のガスプロム・アリーナ(FCゼニト・サンクトペテルブルクが利用する予定)が建設されており、このデザインは豊田スタジアムとほぼ同一である。
施設は豊田市が所有し、豊田市と愛知県内の主要企業の出資による第三セクター・株式会社豊田スタジアムが運営管理を行っている。球技専用スタジアムのため、陸上競技用トラックは存在しない。
ジャパンラグビートップリーグ・トヨタ自動車ヴェルブリッツのホームスタジアムとなっている。Jリーグでは、名古屋グランパスが、開場以来準ホームスタジアムとして主に2万人(ホームである名古屋市瑞穂公園陸上競技場のJリーグでの定員)以上の集客が見込めるカードで使用するが、近年は開催頻度が上がり、週末を中心に年間のグランパス主管ホームゲームのほぼ半数がここで行われ事実上「ダブルフランチャイズ」となっていた。2012年シーズンよりグランパスのホームタウンがこれまでの「名古屋市のみ」から「名古屋・豊田・みよし市の3市(を中心とした愛知県全域)」に広域化されたことに伴い、豊田スタジアムも瑞穂陸上競技場とともにホームスタジアムの一つとなった[3]。また毎年8月には豊田国際ユースサッカー大会が行なわれている。
2002年のFIFAワールドカップの候補地となったが、落選。2019年のラグビーワールドカップの会場となる予定。
スタジアムの「10番ゲート」は名古屋グランパスエイトで活躍し、現在の監督であるドラガン・ストイコビッチの功績を称え『ピクシー・ゲート』と名付けられている(ピクシーは、ストイコビッチの愛称、10番は代表でもグランパスでも彼の不動の背番号であった)。現在も彼のガッツポーズをモチーフにした装飾と、「PIXY GATE」と書かれたゲート看板が残されている。なお、ストイコビッチがこのスタジアムでプレーしたのは開場直後に行なわれた引退記念試合の1試合のみである。
名称については、豊田市に所在するスタジアムという意味であり、トヨタ自動車株式会社及びグループ各社の命名権によるものではない(名称の表記が「トヨタスタジアム」、「TOYOTAスタジアム」ではない。ただし、英文表記は"TOYOTA STADIUM"である)。ただし豊田市という名称は、トヨタ自動車と共に発展した市の歴史を踏まえ、挙母市から改まったという経緯があるため、関連性は大きく、またアウェー側サイドスタンドとバックスタンドの4階席部分に「TOYOTA」の文字が刻まれている他、トヨタ自動車グループのスポンサー看板も多く設置されている。そのため、2005年から開催のFIFAクラブワールドカップでは、トヨタ自動車がスポンサーであることもあり、日本での開催時の会場の一つになっている。
愛知県内ではかなりの客席数を誇るため、コンサート会場としても使われる。コンサートでの使用や屋根の存在により芝の状態がよくないという指摘もある。
2009年には本スタジアムで使用する天然芝の農地が豊田市内に作られた[4]。競技場の芝を地産地消で賄うのは日本で初めての試みであるという。
建設経緯 [編集]
サッカーW杯開催地へ立候補 [編集]
愛知県では、1989年に戦前から県内ではサッカーどころで知られる刈谷市が5万人収容で国際規格のサッカースタジアムの建設を計画していた[5]。また、同時期に2002年に開催予定のFIFAワールドカップ(W杯)を日本に誘致する計画が浮上し、愛知県でも開催地を誘致する動きが活発化した。愛知県内では、1992年7月13日に刈谷市が正式に誘致を表明した[6]。
名古屋市でも誘致の検討がはじまり、1993年1月14日に立候補を表明した[7]。立候補時は瑞穂公園陸上競技場の増築によって賄う計画で、同年7月25日にはスタンドを2層構造とするなどの具体案が発表されたが[8]、
- 増築に伴う近隣住宅の立退き費用が多額であること。
- 増築そのものが消防法に抵触する可能性がある。
という2点の問題や狭い敷地のために周辺が人であふれかえることなどに日本サッカー協会が難色を示したため、計画の実現性が低いと判断され、1994年5月9日に瑞穂案の断念が発表された[9]。
続いて、名古屋市南部の大高緑地公園に10万人収容のサッカー専用スタジアム構想を立ち上げ、「決勝戦も可能」と謳うが、環境保護団体と地域住民の猛烈な反発にあい、計画段階で断念。
さらにナゴヤドーム[10]内に天然芝を敷き詰めて開催する案を提出するものの、組織委員会から一蹴され、打つ手をなくした名古屋市としては条件を満たすスタジアムの設置が不可能と判断し、立候補を取り消す事態に発展した。
一方、豊田市では1993年12月の市議会で加藤正一市長がW杯誘致に意欲を見せた。1994年10月24日には、豊田市体育協会・連合愛知豊田地域協議会・豊田商工会議所の代表が、同年8月から10月にかけて集めたサッカー場を建設を求める254,899人の署名を豊田市長・市議長に手渡した[11]。
W杯誘致では、名古屋市の撤退が発表された後、日本サッカー協会から「日本有数の大都市圏で試合が無いのは問題である。」との救済意見が入り、1995年1月25日、愛知県が「愛知県」として立候補を発表。同年2月9日に日本サッカー協会理事会で承認された[12]。名古屋市の立候補により表立った活動をしてこなかった刈谷市と豊田市の2市が立候補に名乗りを上げ、熾烈な誘致合戦を行った。
1995年4月12日、愛知県サッカー協会の審査の結果、交通の便や市民の熱意は刈谷市が上回るものの、
- 市の財政力が高い
- すでにスタジアム構想が立ち上がっていることで、土地収用等の時間が短縮できスタジアムの建設が容易
との理由で「愛知県」枠は豊田市となった。
1995年夏に豊田市の新聞『矢作新報』が市民千人にスタジアム建設の是非を問うたアンケートでは、賛成20%、反対40%、どちらでもない37%と、スタジアム建設に否定的な意見が目立った[13][14]。
W杯選考落選と規模縮小 [編集]
本来であれば、これで豊田市は開催地に決定するが、その後、同大会は日韓共催となることが国際サッカー連盟理事会によって決定する。これにより、日本側の割り当てである10会場に会場を絞り込むことになった。
当初、スタジアムの収容人数や市の経済力・世界的知名度で、豊田市は優位と言われていた。しかし、1996年12月の開催地を決定する投票で、同じ中部圏の新潟県が推す新潟スタジアム(現・東北電力スタジアム)との決選投票となり、結果落選した。
理由としては、
- 新潟県は立候補地の中で唯一の『日本海沿岸』であり、地域性の均衡が図れる。また、空路・海路で朝鮮半島やロシアからの受け入れが容易である。
- 同様の理由で、「愛知県」の隣には「静岡県」(静岡スタジアム)があるので、開催地域が集中してしまう。
の2点が挙げられる。
落選後、設計の見直しが行われ、1997年9月25日に収容人数を4万3千人に減らすなどの設計が公表された[15]。一方、スタジアム建設反対派住民らによって結成された「巨大サッカー場問題を考える会」は、1998年7月3日に市に対して31,817人の署名とともに住民投票条例制定を求める直接請求を行ったが[16]、同月17日の市議会臨時会で否決された[17]。
2001年7月21日、会場記念セレモニーが開かれ、2,001人によるテープカットや、Kiroro、ゴスペラーズ、THE BOOMによるオープニングコンサートも行われた。コンサートには篠原ともえも参加予定だったが、急病のため出演とりやめとなった。
その後、FIFA関連のイベントでは、FIFAクラブワールドカップの日本開催時の会場の一つとして使用されている(使用年については下記年表を参照)。
年表 [編集]
- 1994年6月 - 豊田市議会において市制50周年記念事業の一環としてサッカー用スタジアム建設を検討。
- 1996年 - 2002 FIFAワールドカップ会場から落選。
- 1997年 - 設計開始、当時競技場名を「豊田市スタジアム」とする案が出ていた。
- 2000年9月 - 株式会社豊田スタジアム法人設立。
- 2001年7月21日 - 豊田スタジアム開場。
- 2001年7月22日 - 杮落とし試合としてサテライトリーグの名古屋グランパスエイト対ジュビロ磐田が行われた。
- 2001年8月4日 - たらみオールスターサッカー(2001Jリーグオールスターサッカー)が開催された。
- 2001年10月6日 - ドラガン・ストイコビッチ引退記念試合「名古屋グランパスエイト対レッドスター・ベオグラード」を開催。
- 2001年11月17日 - 初のコンサートDream Concert~ホセ・カレーラス&サラ・ブライトマン開催。この公演には谷村新司も出演。
- 2002年 - スタジアムテーマソング「愛のうた」(大黒摩季)が、一周年記念で完成。浜崎あゆみやモーニング娘。のライブが開催。
- 2003年~2005年 - TUBEのライブが開催。
- 2003年 - SMAPのライブが開催。
- 2004年 - ラグビーのトヨタ自動車のホームスタジアムになる。
- 2005年8月23日 - ジョニー・ウィルキンソン率いるイングランド・ニューカッスル・ファルコンズ対トヨタ自動車のプレシーズンが行われた。
- 2005年9月 - メインスタンド1階コンコースに「スタジアムギャラリー」がオープン。
- 2005年 - FIFAクラブ世界選手権2005の会場の一つとなった(開幕戦:国立競技場、決勝戦:横浜国際総合競技場)
- 2006年 - FIFAクラブワールドカップ2006の開幕戦が行われた(決勝戦:横浜国際総合競技場)
- 2007年 - FIFAクラブワールドカップ2007の会場の一つとなった(開幕戦:国立競技場、決勝戦:横浜国際総合競技場)
- 2007年8月25日・26日 - Mr.Childrenのライブが開催された。
- 2007年11月 - 屋根の開閉部分に故障が見つかり、修理に10ヶ月の期間を要すると発表された。これにより修理が完了するまで天候の状況に関わらず屋根が開かれた状況でイベントが行われる事となった。
- 2008年1月6日 - スタジアム内のプール施設において、天井が落下する事故が発生。
- 2008年5月24日 - キリンカップ2008の日本対コートジボワールの試合が行われた。
- 2008年9月13日・14日 - B'zが、「B'z LIVE-GYM Pleasure 2008 -GLORY DAYS-」開催。
- 2008年 - FIFAクラブワールドカップ2008の会場のひとつとなった(開幕戦:国立競技場、決勝戦:横浜国際総合競技場)
- 2010年3月3日 - AFCアジアカップ2011 (予選)日本対バーレーンが開催された。
- 2010年8月21日・22日- EXILEが「EXILE LIVE TOUR 2010 FANTASY」開催。
- 2011年6月19日 - ロンドンオリンピック男子サッカーアジア2次予選・日本対クウェートが開催された。
- 2011年 - FIFAクラブワールドカップ2011の会場のひとつとなり、開幕戦・準決勝など5試合を開催。(決勝戦:横浜国際総合競技場)
- 2012年 - 名古屋グランパスのホームタウン広域化により準ホームスタジアムからホームスタジアムとなった(名古屋市瑞穂公園陸上競技場との併用)。
- 2012年2月29日 - 2014 FIFAワールドカップ・アジア3次予選、日本対ウズベキスタン戦開催。
- 2012年 - FIFAクラブワールドカップ2012の会場の一つとなり、準々決勝・準決勝など4試合を開催。
- 2013年5月30日 - キリンチャレンジカップの日本対ブルガリアの試合が行われる。
施設の概要 [編集]
アクセス [編集]
鉄道・バス [編集]
- 名鉄三河線豊田市駅、または愛知環状鉄道線新豊田駅下車徒歩15~20分。
- 名鉄バス 豊田スタジアムバス停が近接。平常時は土休日の昼間の古瀬間墓苑系統のみ(2往復)が停車し、イベント開催時は豊田市駅2番乗り場からシャトルバスが出る。但し、行きの豊田スタジアム行きのみであり、帰りの豊田市駅行きは運行されない。
- とよたおいでんバス 豊田スタジアム東バス停。東山町五丁目、市木・双美団地行き、小渡行き、三河豊田駅前行きが停車。
- 中部国際空港より名鉄バス豊田・空港線豊田市バス停下車。バス停は豊田市駅前の名鉄トヨタホテル前。
車および駐車場 [編集]
- 最寄りの高速道路インターチェンジは東海環状自動車道豊田松平ICで、国道301号線を西に一直線で約4kmである。
- スタジアムには600台分の駐車場があるが、大きなイベントが行われる時は関係者専用となり閉鎖される。JリーグおよびFIFAクラブワールドカップの開催時は、トヨタ本社工場と東海環状自動車道の勘八IC付近に臨時駐車場が設けられ、シャトルバスが運行される。また豊田市内はITSによる駐車場情報が充実しており、空き駐車場探しに苦労することはそれほどない。
スタンド [編集]
- 収容人員 45,000人(ゴール裏スタンドの一部は可動式となっている。固定席は43,000人を収容できる)全面二層式でメイン・バックスタンドは4階席、サイドスタンドは3階席まである。
- 可動席はこれまで集客の見込める国際試合などに限って使用されてきたが、2006年シーズンより名古屋グランパス主催試合においても、「ホーム側のみ」使用されるようになった。しかし、前2列は安全性や円滑な試合運営等の観点から立入は制限されている。なお、天皇杯など、他の大会で当競技場が使われる場合はホーム側も可動席は使用しない(天皇杯は愛知県サッカー協会の主管であるため、グランパスが登場する試合であっても例外なし)。
- ※2011年6月のロンドンオリンピック男子サッカー2次予選・日本対クウェートの試合では国際試合だったがホーム・アウェーとも可動席を使用しなかった。
- スタジアムギャラリー - メインスタンド1階コンコース。名古屋グランパス関連の展示を行なっている。原則として、Jリーグ試合日のみ入場可能。
- 開閉式屋根、大型映像装置装備。この大型映像装置は可動式である。
- 入場ゲートは全部で10ヶ所ある。スタンドは掘り下げ式であり、入場ゲートから入った所は1階席の最上部となる
- ラグビーなどの試合にも対応させるため、サッカーの試合ではゴール裏がやや遠くなる。
ロケーション [編集]
建設費 [編集]
- 総工費308億700万円(工事費293億4,000万円+消費税14億6,700万円)
- スタジアム建築工事費 179億7,200万円・スタジアム設備工事費 41億8,100万円・開閉式屋根工事 31億2,500万円
Jリーグ開催時 [編集]
瑞穂陸上競技場と同様、Jリーグ開催時のアウェー側サイドスタンドは通常、半分がアウェーサポーター専用、残りがグランパスサポーター専用(アウェーサポーターが混在しているときもある)となっている。しかし、相手が人気チームで多くのアウェーサポーターの来場が予想される場合(浦和レッズ、鹿島アントラーズ、ジュビロ磐田など)はアウェー側サイドスタンドは全てアウェーサポーター専用となる。なお、前者の場合はトラブルを防ぐために緩衝エリアが設けられている。
脚注 [編集]
- ^ 名古屋市瑞穂公園陸上競技場との併用
- ^ 2005年は「FIFAクラブ世界選手権」の名称で開催。
- ^ ホームタウンの広域化について 名古屋グランパス 2011年12月20日
- ^ 「中部経済新聞」 2009年5月18日
- ^ 「中日新聞」 1989年5月21日 朝刊、東海社会面 29頁
- ^ 「中日新聞」 1992年7月14日 朝刊、県内版
- ^ 「中日新聞」 1993年1月15日 朝刊、1面
- ^ 「中日新聞」 1993年7月26日 朝刊、第2社会面 12頁
- ^ 「中日新聞」 1994年5月10日 朝刊、第2社会面 24頁
- ^ 1994 FIFAワールドカップで屋内競技場に一時的に天然芝を敷いて会場とした例や、Jリーグプレシーズンマッチで東京ドームに天然芝を敷いて開催した例はあったが、不評だった。
- ^ 「朝日新聞」 1994年10月25日 朝刊、愛知面
- ^ 「朝日新聞」 1995年2月10日 朝刊、第2社会面 28頁
- ^ 「朝日新聞」 1995年10月19日 朝刊、第2社会面 34頁
- ^ 「朝日新聞」 1996年4月10日 朝刊、愛知面
- ^ 「朝日新聞」 1997年9月26日 朝刊、第3社会面 27頁
- ^ 「朝日新聞」 1998年7月4日 朝刊、第2社会面 30頁
- ^ 「朝日新聞」 1998年7月18日 朝刊、第3社会面 29頁
外部リンク [編集]
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