大宮アルディージャ
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| 大宮アルディージャ | |
|---|---|
| 原語表記 | 大宮アルディージャ |
| 愛称 | アルディージャ |
| クラブカラー | オレンジ |
| 創設年 | 1969年 |
| 所属リーグ | Jリーグ |
| 所属ディビジョン | ディビジョン1 (J1) |
| ホームタウン | 埼玉県さいたま市 |
| ホームスタジアム | NACK5スタジアム大宮 |
| 収容人数 | 15,500 |
| 運営法人 | エヌ・ティ・ティ・スポーツコミュニティ株式会社 |
| 代表者 | 渡邉誠吾 |
| 監督 | 張外龍 |
| 公式サイト | 公式サイト |
大宮アルディージャ(おおみやアルディージャ、Omiya Ardija)は、日本の埼玉県さいたま市にホームを置く、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟するプロサッカークラブである。
目次 |
[編集] 概要
1999年にJリーグ加盟。母体はNTT関東サッカー部。ホームタウンは埼玉県さいたま市(さいたま市の合併前は大宮市)。ホームスタジアムはNACK5スタジアム大宮。チーム名の「アルディージャ(Ardija)」は、スペイン語の「リス (Ardilla)」を日本語話者が発音しやすいように変更したもの(Ll参照)。リスは、旧大宮市が1990年の市制施行50周年記念のマスコットとして、市内在住の絵本作家あすかけんの代表作の主人公である「こりすのトトちゃん」を起用したのがきっかけであった(北区にある市民の森には「リスの家」というリス飼育園もある)。大宮駅東口には「こりすのトトちゃん」の銅像がある。
大宮のホームスタジアムは大宮公園サッカー場である(2007年5月14日、同スタジアムに地元・埼玉県の民放FM局NACK5が命名権を取得し、「ナックファイブスタジアム大宮」と変更になった)が、キャパシティの増強などJ1規格への改修工事を行っていたため2005年と2007年シーズンの一部、2006年シーズン中は埼玉スタジアム、駒場スタジアム、熊谷スポーツ文化公園陸上競技場でもホームゲームを開催していた。2005年のリーグ戦では大宮で5試合、埼玉で7試合、駒場2試合、熊谷で3試合と分配されたが、2006年-2007年10月までは大宮公園サッカー場をクローズして改修工事を行うため、駒場、埼玉、熊谷でホームゲームを開催した。2007年度の大宮(ナックファイブスタジアム)での試合は11月完成のため、2試合のみであった。2008年から大宮がメインスタジアムとして本格稼働し、駒場でのホームゲームはない。なお、2009年は埼玉スタジアムで3試合開催される。
チーム発足当初から埼玉県内を活動拠点としており、Jリーグ発足時に埼玉県に進出した浦和レッズよりも埼玉での活動の歴史は長い。現状ではJリーグトップクラスの成績・観客動員力を誇る浦和に知名度・観客動員力で及ばず、大宮主催の「さいたまダービー」でも浦和サポーターに観客席の大半を埋められてしまうが、チームの強化と共にさいたま市外の県内各地にもファンを増やすべく努力を続けている。
ホームゲームでのチームスポンサーの広告板は、2005年のJ1昇格にあわせて電動式回転板が採用されている(2008年から電光看板「オーロラリボン」に変更)が、従来の広告板も併用して設置されている。なお、J2在籍時の大宮サッカー場でのホームゲームでも、チームスポンサーの広告板はゴール裏しか設置しなかった。(バックスタンドには大会タイトルの看板、及びJリーグサプライヤー企業=朝日新聞などの広告数枚が設置されたのみだった)
練習場は主に志木市にあるNTT東日本総合グラウンドを使用するが、西区にある「秋葉の森総合公園サッカー場」で練習する事もある。
なお2007年9月30日より、JR大宮駅の京浜東北線2番線の発車メロディーには、大宮アルディージャオフィシャルソングである、「Vamos Ardija」が使用されている。
[編集] 歴史
[編集] Jリーグ以前
創部は1969年。 当初、旧浦和市を本拠地にNTT(電電公社)関東サッカー部としてJリーグの前身の日本サッカーリーグ時代から参加した。 リーグ制度の変化に伴い、1993年からジャパンフットボールリーグ(旧JFL)に参加。
岡本隆吾、平本大介、小阪昭典など関東大学サッカーリーグ出身の選手をアマチュア契約(NTTグループの社員)で獲得したが、公益企業のプロスポーツクラブ保有に対する抵抗感などからプロ化は遅れ、外国人選手もいないチームは準会員申請も行わなかったこともあり成績は低迷した。 なお、旧JFLの各チームでは多かった社員選手は、チームのJリーグ参加と共に引退・移籍、あるいはプロ契約への切り替えなどで減少し、現在は斉藤雅人が大宮で唯一、Jリーグ1部でもFC東京の浅利悟との2人だけとなっている。
やがてJリーグが活況を呈し、地域貢献の一環としてのJリーグクラブ保有が社会に認知されるようになり、NTTも自チームのプロ化に踏み切った。 1998年にNTT関東サッカー部は誘致に熱心であった旧大宮市を本拠地とし、チーム名を「大宮アルディージャ」に改称。 1999年よりJ2に参加し、運営子会社として「NTTスポーツコミュニティー株式会社」が設立された。その年の7月にNTT本体が持株会社となり、現在はその持株会社傘下のNTT東日本が中心となって、NTTドコモ、NTTデータ、NTTファシリティーズ、NTTコムウェア、日本コムシスなどのNTTグループ関連企業18社が出資し運営している。
[編集] J2時代
アマチュアからプロへの変化を導いたのは、旧JFL最終年の1998年途中から監督に就任したチーム史上初の外国人監督、オランダ人のピム・ファーベークだった。 オランダ流のトータルフットボールを唱えながら、堅い守備陣と強力な外国人FWで勝ち抜こうとするスタイルは他チームの脅威となり、成績は上昇した。 しかし、序盤好調で首位争いをしていた1999年、その牽引役だったFWヨルン・ブーレが深夜の飲食店で暴漢に襲われ左眼失明の重傷を負い、引退を余儀なくされるという問題が起き、チームの勢いは以後尻すぼみとなってしまった。
2000年にはコーチから昇格した三浦俊也監督が現在に至るまで大宮の特色となっている4-4-2のシステムを構築した。そして、この年にJ2に降格していた浦和レッズとの「埼玉ダービー」では1勝3敗として、対浦和戦の公式戦での初勝利を挙げた。
2001年には昇格請負人として加入したパナマ代表FWのホルヘ・ルイス・デリー・バルデスが大活躍し、前半戦を17勝3分2敗の首位で終えた。しかし、得点源であったFWジョルジーニョが大分戦でシーズンを棒に振るう重傷を負い、さらに追い打ちをかけるようにバルデスがパナマ代表の試合でこちらもシーズンを棒に振るう重傷を負った(登録抹消)。そのためエースFW二人を一度に失った後半戦は、緊急加入したバレーの活躍も及ばずに9勝3分10敗と負け越して最終順位は5位となり、確実視されていたJ1昇格を逃す結果となった。 この失速の責任を取って三浦監督は辞任した。
2004年、3シーズンぶりに大宮で指揮を執った三浦は自分が作ったシステムを再び徹底させ、守備を重視した手堅いサッカーを志向した。 夏場まではJ1昇格争いの一角に位置し、9月に川崎フロンターレの昇格決定を阻止してから勢いを付けた大宮は、バレーや森田浩史らの活躍で11連勝を飾り、昇格争いから抜け出した。 11月20日、地元・大宮サッカー場で開かれた水戸ホーリーホックとの対戦を3-1で制し、優勝した川崎に次ぐJ1自動昇格条件の2位を確定させた。 折りしもこの日は同じさいたま市を本拠とする浦和レッズの第2ステージ優勝が地元・駒場スタジアムで決定した日でもあり、埼玉サッカー界にとっては幸福な日となった。
[編集] J1昇格後
2005年シーズン、元ブラジル代表FWクリスティアンや、地元大宮出身のFW桜井直人、元日本代表MF藤本主税などを補強し、前半戦は強豪とほぼ互角の試合を演じた。 さらにナビスコ杯ではJ1・1年目にしてベスト8に進出するなど、旋風を巻き起こした。 しかし、リーグ戦で15試合6得点を上げていたクリスティアンが突如ブラジルへと帰国し、サンパウロFCに移籍するという想定外の出来事が発生。 前線の核を欠いたチームは攻撃の形を失い、また桜井をはじめ故障者が続出するなどチームは悪循環に陥り、7連敗。 一時は16位まで順位を下げ、残留争いに巻き込まれた。 しかし残留争い真っ只中の第29節からは新戦力のレアンドロ、若林学らの活躍もあり4連勝と持ち直し、第32節に15位以上が確定、J1残留を決めた。 残留争いに加わった一方で、このシーズンに優勝したガンバ大阪には2戦2勝だったほか、浦和レッズがホームの際のさいたまダービーに勝利するなど、上位に強い一面を見せた。 リーグの終盤戦での好調な勢いは天皇杯でも続き、同年のJ2優勝の京都パープルサンガや、リーグ戦では勝てなかった鹿島アントラーズと互角な戦いを演じ、ベスト4へ進出。翌年の躍進が期待された。
2006年は、柏レイソルからDF土屋征夫、波戸康広、東京VからMF小林慶行、小林大悟、ヴィッセル神戸から佐伯直哉を獲得し、またFWには吉原宏太(ガンバ大阪)、サウル・マルティネス(前・上海申花・ホンジュラス代表)、GK江角浩司(前・大分トリニータ)など全ポジションに選手を補強し、チームの底上げを計った。 さらにシーズン途中には磐田・横浜FMで実績のあるFWロドリーゴ・グラウも獲得した。 しかし、マルティネスは不振のため4月末で解雇され、グラウはレンタル移籍であったが本人の希望により契約延長せず、わずか3ヶ月での退団となるなど外国籍選手獲得の難しさも経験することになった。 シーズン終盤にもブラジル人FWのアリソンを補強したが、チーム浮上のきっかけとはならず、12位でシーズンを終えた。 シーズン終了後、守備の要で大宮のJ1昇格・勝利に大きく貢献したトニーニョが退団し帰国。 また、同じくJ1昇格に大きく貢献した久永辰徳はレンタル終了に伴いアビスパ福岡へ復帰、新加入だった土屋は家庭の諸事情により、東京Vへ完全移籍した。 そして三浦監督は12月に退任。
2007年は、ピム・ファーベーク元監督の弟であるロバート・ファーベークが監督に就任。しかしリーグ前半戦、3勝7分8敗の16位(入れ替え戦圏内)と低迷。 ロバート監督は解任され、佐久間悟強化育成部長が新監督に就任。 その後もチームの調子は急浮上と行かなかったものの、15位でJ1残留となった。
2008年は、三浦元監督(第2期)退任時からオファーを出していた前・モンテディオ山形監督の樋口靖洋が監督に就任。 樋口監督は攻撃的なサッカーを志向し、シーズン前半はそれが功を奏したが、後半は無得点記録と6連敗を記録するなど息切れして12勝7分け15敗の12位に終わり、1年で退任となった。
2009年は、新監督として過去にヴェルディ川崎(現、東京ヴェルディ)、コンサドーレ札幌で指揮を執ったことのある張外龍が就任した。 かつてチームを支えていた荒谷弘樹(コンサドーレ札幌)、佐伯直哉(ジェフユナイテッド千葉)、吉原宏太(水戸ホーリーホック)が移籍、小林大悟がノルウェー1部リーグ・スタバエクIFに移籍した。 一方、札幌にレンタル移籍していた高木貴弘が復帰し、湘南ベルマーレから石原直樹、サガン鳥栖から藤田祥史、Kリーグ・水原三星ブルーウィングスからマト、同じくKリーグ・浦項スティーラースから朴原載が移籍、また、レンタル移籍だった内田智也が完全移籍となった。
[編集] メイン本拠地の遍歴
- 1999年-2004年=J2 大宮公園サッカー場(2003年3月31日まで埼玉県営、4月1日よりさいたま市営 収容人員12500人)
- 2005年=J1 登録上の本拠地はさいたま市大宮公園サッカー場だが、キャパシティや改修工事の問題もあり、埼玉スタジアム2002(収容人員63000人)を事実上の準メイン扱いとした
- 2006年-2007年=J1 大宮の改修に伴い、さいたま市駒場スタジアム(収容人員21500人)を暫定メインとする。[1]2007年11月よりNACK5スタジアム大宮(大宮公園サッカー場改め 15500人収容)使用再開
- 2008年-2009年=J1 NACK5スタジアム大宮(収容人員15500人)
- ^ ただしJリーグ書籍シリーズ(イヤーブック・ファンズガイド)などでは引き続き大宮を本拠地として掲載していた
[編集] 戦績
| 年度 | 所属 | 試合 | 勝点 | 勝利 | 敗戦 | 引分 | 順位 | 監督 | 総監督 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1992年 | 旧JFL2部 | 18 | 22 | 5 | 6 | 7 | 6位 | 清水隆 | - |
| 1993年 | 18 | - | 6 | 12 | - | 7位 | - | ||
| 1994年 | 旧JFL | 30 | - | 10 | 20 | - | 12位 | - | |
| 1995年 | 30 | 31 | 9 | 21 | - | 14位 | - | ||
| 1996年 | 30 | 23 | 7 | 23 | - | 13位 | - | ||
| 1997年 | 30 | 39 | 14 | 16 | - | 9位 | 佐々木則夫 | - | |
| 1998年 | 30 | 31 | 11 | 19 | - | 12位 | 佐々木則夫/ピム | 清雲栄純 | |
| 1999年 | J2 | 36 | 51 | 18 | 17 | 1 | 6位 | ピム | |
| 2000年 | 40 | 68 | 23 | 16 | 1 | 4位 | 三浦俊也 | ||
| 2001年 | 44 | 78 | 26 | 12 | 6 | 5位 | |||
| 2002年 | 44 | 59 | 14 | 13 | 17 | 6位 | ヘンク | ||
| 2003年 | 44 | 61 | 18 | 19 | 7 | 6位 | 菅野将晃/ 清雲栄純 |
清雲栄純 (10月~監督兼任) |
|
| 2004年 | 44 | 87 | 26 | 9 | 9 | 2位 | 三浦俊也 | - | |
| 2005年 | J1 | 34 | 41 | 12 | 17 | 5 | 13位 | - | |
| 2006年 | 34 | 44 | 13 | 16 | 5 | 12位 | - | ||
| 2007年 | 34 | 35 | 8 | 15 | 11 | 15位 | ロバート/佐久間悟 | - | |
| 2008年 | 34 | 43 | 12 | 15 | 7 | 12位 | 樋口靖洋 | - | |
| 2009年 | 張外龍 | - |
[編集] 電電関東・NTT関東時代の戦績
| 年度 | カテゴリ | 順位 | 勝点 | 勝 | 分 | 敗 | 得点 | 失点 | 監督 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1972 | 埼玉県 | 3位 | 金岡正輝 | ||||||
| 1973 | 埼玉県 | 2位 | |||||||
| 1974 | 関東 | 4位 | 28 | 5 | 4 | 5 | 20 | 28 | |
| 1975 | 関東 | 8位 | 9 | 2 | 7 | 5 | 17 | 32 | 暮石勝己 |
| 1976 | 埼玉県 | 優勝 | 斎藤昭 | ||||||
| 1977 | 埼玉県1部 | 優勝 | |||||||
| 1978 | 埼玉県1部 | 優勝 | |||||||
| 1979 | 埼玉県1部 | 2位 | |||||||
| 1980 | 関東 | 6位 | 17 | 7 | 3 | 8 | 23 | 22 | |
| 1981 | 関東 | 5位 | 18 | 5 | 8 | 5 | 26 | 22 | 京野正三郎 |
| 1982 | 関東 | 2位 | 24 | 10 | 4 | 4 | 32 | 20 | |
| 1983 | 関東 | 2位 | 26 | 11 | 4 | 3 | 39 | 21 | |
| 1984 | 関東 | 3位 | 22 | 10 | 2 | 6 | 36 | 17 | |
| 1985 | 関東 | 4位 | 19 | 7 | 5 | 6 | 29 | 24 | |
| 1986 | 関東 | 2位 | 28 | 11 | 6 | 1 | 37 | 13 | |
| 1987 | JSL2部・東 | _ | 17 | 5 | 7 | 2 | 20 | 12 | |
| JSL2部・上位 | 5位 | 14 | 4 | 6 | 4 | 8 | 9 | ||
| 1988-89 | JSL2部・東 | _ | 16 | 6 | 4 | 4 | 16 | 20 | 白土功(土に、) |
| JSL2部・上位 | 7位 | 12 | 3 | 6 | 5 | 18 | 12 | ||
| 1989-90 | JSL2部 | 9位 | 47 | 13 | 8 | 9 | 41 | 32 | |
| 1990-91 | JSL2部 | 6位 | 51 | 16 | 3 | 11 | 43 | 41 | |
| 1991-92 | JSL2部 | 9位 | 33 | 9 | 6 | 15 | 37 | 44 |
[編集] 獲得タイトル
- 2007年12月までに獲得タイトルなし
[編集] 公式戦対戦通算成績
[編集] 対戦通算成績と得失点
2008年終了時
| 対戦チーム (対戦経験のある前身のチーム名) |
J1 | J2 | 合計 | |||||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 勝 | 分 | 敗 | 得 | 失 | 勝 | 分 | 敗 | 得 | 失 | 勝 | 分 | 敗 | 得 | 失 | ||||||
| コンサドーレ札幌 | 1 | 0 | 1 | 3 | 3 | 7 | 2 | 7 | 15 | 19 | 8 | 2 | 8 | 18 | 22 | |||||
| 鹿島アントラーズ | 0 | 2 | 6 | 3 | 14 | - | - | - | - | - | 0 | 2 | 6 | 3 | 14 | |||||
| 浦和レッドダイヤモンズ | 2 | 2 | 4 | 5 | 10 | 1 | 0 | 3 | 1 | 8 | 3 | 2 | 7 | 6 | 18 | |||||
| ジェフユナイテッド千葉(←ジェフユナイテッド市原) | 4 | 0 | 4 | 13 | 11 | - | - | - | - | - | 4 | 0 | 4 | 13 | 11 | |||||
| 柏レイソル | 2 | 2 | 2 | 4 | 7 | - | - | - | - | - | 2 | 2 | 2 | 4 | 7 | |||||
| FC東京 | 2 | 1 | 5 | 8 | 15 | 1 | 0 | 3 | 1 | 5 | 3 | 1 | 8 | 9 | 20 | |||||
| 東京ヴェルディ(←東京ヴェルディ1969←ヴェルディ川崎) | 1 | 1 | 2 | 5 | 5 | - | - | - | - | - | 1 | 1 | 2 | 5 | 5 | |||||
| 川崎フロンターレ | 3 | 2 | 3 | 11 | 15 | 8 | 2 | 10 | 20 | 23 | 11 | 4 | 13 | 31 | 38 | |||||
| 横浜F・マリノス | 5 | 3 | 0 | 11 | 5 | - | - | - | - | - | 5 | 3 | 0 | 11 | 5 | |||||
| アルビレックス新潟 | 3 | 1 | 4 | 12 | 14 | 9 | 3 | 8 | 27 | 31 | 12 | 4 | 12 | 39 | 45 | |||||
| 清水エスパルス | 2 | 4 | 2 | 9 | 9 | - | - | - | - | - | 2 | 4 | 2 | 9 | 9 | |||||
| ジュビロ磐田 | 2 | 1 | 5 | 5 | 11 | - | - | - | - | - | 2 | 1 | 5 | 5 | 11 | |||||
| 名古屋グランパス | 2 | 1 | 5 | 7 | 20 | - | - | - | - | - | 2 | 1 | 5 | 7 | 20 | |||||
| 京都サンガF.C.(←京都パープルサンガ) | 1 | 2 | 1 | 4 | 4 | 4 | 0 | 4 | 10 | 9 | 5 | 2 | 5 | 14 | 13 | |||||
| ガンバ大阪 | 4 | 0 | 4 | 9 | 11 | - | - | - | - | - | 4 | 0 | 4 | 9 | 11 | |||||
| ヴィッセル神戸 | 1 | 2 | 3 | 3 | 7 | - | - | - | - | - | 1 | 2 | 3 | 3 | 7 | |||||
| 大分トリニータ | 3 | 1 | 4 | 12 | 12 | 6 | 1 | 9 | 21 | 25 | 9 | 2 | 13 | 33 | 37 | |||||
| ベガルタ仙台 | - | - | - | - | - | 9 | 3 | 4 | 26 | 16 | 9 | 3 | 4 | 26 | 16 | |||||
| モンテディオ山形 | - | - | - | - | - | 13 | 4 | 7 | 35 | 22 | 13 | 4 | 7 | 35 | 22 | |||||
| 水戸ホーリーホック | - | - | - | - | - | 13 | 3 | 4 | 37 | 18 | 13 | 3 | 4 | 37 | 18 | |||||
| ザスパ草津 | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | |||||
| 横浜FC | 2 | 0 | 0 | 2 | 0 | 10 | 5 | 1 | 25 | 8 | 12 | 5 | 1 | 27 | 8 | |||||
| 湘南ベルマーレ(←ベルマーレ平塚) | - | - | - | - | - | 7 | 8 | 5 | 28 | 19 | 7 | 8 | 5 | 28 | 19 | |||||
| ヴァンフォーレ甲府 | 1 | 1 | 2 | 6 | 6 | 17 | 2 | 5 | 35 | 23 | 18 | 3 | 7 | 41 | 29 | |||||
| FC岐阜 | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | |||||
| セレッソ大阪 | 3 | 0 | 1 | 4 | 1 | 0 | 2 | 2 | 2 | 6 | 3 | 2 | 3 | 6 | 7 | |||||
| サンフレッチェ広島 | 1 | 0 | 5 | 3 | 7 | 1 | 1 | 2 | 4 | 6 | 2 | 1 | 7 | 7 | 13 | |||||
| 徳島ヴォルティス | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | |||||
| 愛媛FC | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | |||||
| アビスパ福岡 | 0 | 2 | 0 | 3 | 3 | 5 | 2 | 5 | 18 | 15 | 5 | 4 | 5 | 21 | 18 | |||||
| サガン鳥栖 | - | - | - | - | - | 14 | 3 | 7 | 37 | 24 | 14 | 3 | 7 | 37 | 24 | |||||
| ロアッソ熊本 | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | |||||
| (Jリーグクラブ)計 | 45 | 28 | 63 | 142 | 190 | 125 | 41 | 86 | 342 | 277 | 170 | 69 | 149 | 484 | 467 | |||||
[編集] ダービーマッチ
[編集] さいたまダービー
- 浦和レッドダイヤモンズとの対戦は、サッカーの街さいたまを二分する熱いダービーである。さいたま市誕生後、2005年よりJ1にて行われている(2000年にもJ2でこのカードはあったがさいたま市誕生前であり、真の意味での「ダービーマッチ」ではなかった)。同一市内に2つのJチームという事よりも、さいたま市に合併する前の浦和市と大宮市と隣り合った両市の関係とプライド(浦和市は埼玉県庁、埼玉県警本部、さいたま市役所本庁舎、さいたま地方裁判所など埼玉県の行政所在地であり、文教都市でもある上、全国有数のサッカーの街でもある。対して大宮市は東北・上越新幹線が止まり、東北方面と上信越方面へ路線が分岐するなど数多くの路線が乗り入れる埼玉の交通の要所であり、デパートやブランドショップなどが多く存在する商業都市という面を持つ)が現在も引きずっている所があり、両チームのライバル心は強い。しかし現状は、サポーター数(観客動員数)、成績、知名度ともに浦和が大宮を圧倒している。ただ2005年、2007年とリーグ戦で大宮が浦和に勝利するなど(共に浦和のホームゲーム)、大宮は浦和にとって侮れない存在となってきている。
- 同じ都市で本拠が異なるチームのダービーはさいたまと横浜ダービーだけであるが、2005-2007年のさいたまダービーは大宮主管分も埼玉スタジアムで行われていた。
- 2008年は8年ぶり(前回2000年は大宮・浦和ともJ2だった)に大宮主催分がさいたま市大宮公園サッカー場=NACK5大宮でダービーが行われる(大宮はメインスタジアムであるNACK5スタジアム大宮の本格稼働により、2008シーズンは埼玉スタジアム2002でホームゲームを行う予定はない。浦和主催分は従前と同じく埼玉スタジアムを使用)。
- 2009年は、大宮主催のダービーは埼玉スタジアムで行われる。
[編集] その他のダービー
- 野田線ダービー
- 大宮アルディージャ vs 柏レイソル(2005年、2007年-)
[編集] エピソード
- 2008年7月27日に行われたJ1第19節、対清水エスパルス戦でTBSの番組「スーパーサッカー」サブMCの加藤未央がホームゲーム運営の手伝いをした。これは同番組の「ボレーの虎」コーナーの第1回目の対戦で、同番組キャスターの小倉隆史が大宮所属の吉原宏太、江角浩司と対戦し敗れたため、罰ゲームとして大宮アルディージャに1日レンタルするとなったため。
- 2005年のJ1昇格後、毎年のようにJ2降格争いに巻き込まれながらシーズン終盤の驚異的な粘りで残留を決めてきた勝負強さから、2009年1月6日、クラブショップで「落ちない!お守り」を発売したところ、受験生などの間で話題となり5日で完売してしまった。お守りの中身は結局使われなかった前年のJ1・J2入れ替え戦のチケット。[1]
- 現社長の渡邉誠吾が何らかの節目の試合で挨拶にたって挨拶したあとにサポーターのチャントを歌っている。これを行った試合は負けないという不敗神話が存在する。
[編集] ユニフォーム
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[編集] チームカラー
- チームカラーはオレンジ色、紺色
[編集] ユニフォームスポンサー
| 掲出箇所 | スポンサー名 | 表記 | 掲出年 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 胸 | NTTドコモ | NTT docomo | 2008年途中〜 | 2007年はパンツ |
| 背中 | NTT東日本 | FLET'S光 | 2007年〜 | |
| 袖 | 富士薬品 | 富士薬品 | 2005年〜 | |
| パンツ | NTTぷらら | ひかりTV | 2009年〜 |
[編集] ユニフォームサプライの遍歴
- 1999年~2006年 ミズノ
- 2007年~2008年 Lotto
- 2009年~現在 Under Armour
[編集] 歴代ユニフォームスポンサー年表
| 年度 | 胸 | 袖 | 背中 | パンツ | サプライヤー |
| 1998年 | - | - | - | - | Mizuno |
| 1999年 | NTT | - | - | - | Mizuno |
| 2000年 | NTT東日本 | - | - | - | Mizuno |
| 2001年 | - | - | - | - | Mizuno |
| 2002年 | - | - | - | NTTオートリース | Mizuno |
| 2003年 | - | - | - | NTTオートリース | Mizuno |
| 2004年 | - | - | - | - | Mizuno |
| 2005年 | FLET'S | 富士薬品 | FOMA NTT DoCoMo | アイダ設計 | Mizuno |
| 2006年 | FLET'S | 富士薬品 | FOMA NTT DoCoMo | - | Mizuno |
| 2007年 | DCMX NTT DoCoMo | 富士薬品 | FLET'S 光 | NTT DoCoMo | lotto |
| 2008年 | DCMX→NTT docomo | 富士薬品 | FLET'S 光 | NTT Communications | lotto |
| 2009年 | NTT docomo | 富士薬品 | FLET'S 光 | ひかりTV | Under Armour |
[編集] 協賛企業
[編集] ユニフォーム
[編集] サプライヤー
[編集] オフィシャル
- ISS
- アビックス
- インターコネクト
- NTTアド
- NTTエムイー
- NTTコミュニケーションズ
- NTTデータ
- NTTBJ
- NTTファシリティーズ
- NTT都市開発
- 協和エクシオ
- コミューチュア
- 佐田
- しまむら
- スポーツニッポン新聞社
- 大明
- テルウェル東日本
- 日本カーソリューションズ
- 日本コムシス
- ビジュアルビジョン
- フジノン
- 毎日興業
- みずほコーポレート銀行
- 三菱電機
- 武蔵野銀行
- モビメント
他各社
[編集] マスコット
- アルディ
- ミーヤ
チーム名の通り、リスをモチーフにしている。男の子のアルディが先に存在しており、女の子のミーヤはクラブ設立10周年記念として2008年に登場し、2009年に公式マスコットとして認定された。
アルディとミーヤは仲良しのカップルであり、公式プロフィールにもアルディの欄には「好きな女性のタイプ:ミーヤ」、ミーヤの欄には「将来の夢:アルディとNACK5スタジアム大宮で結婚式をあげること」と書かれている。[1]また、公式サイトの「アルディとミーヤの日記」では必ずパートナーを褒める「おのろけ」コメントが入っていたり、ホーム試合では2匹揃って登場し、手をつなぐ、抱擁するなど、夫婦や男女ペアのマスコットの多いJリーグマスコットの中でも際だったカップルぶりを披露している。
[編集] 埼玉スタジアム2002でのホームゲームでの注意事項
通常、スタジアムのメインスタンドから見て左側がホームチーム、右側はアウェイチームと配置されるが、埼玉スタジアムで行われる大宮アルディージャのホームゲームではその逆で、左側がアウェーチーム、右側がホーム・大宮アルディージャ側となるので、チケット購入時には注意が必要である。大宮のホームゲーム開催時は、メインスタンドとバックスタンドの上段部分は原則としてさいたまダービーでも使用されないので、この点も留意する必要がある。
[編集] 関連項目
- アルディージャと同じく、NTTグループ内のサッカーチームを前身とするクラブとして、以下のクラブがある。
- その他
[編集] 脚注
[編集] 外部リンク
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